閃き


 オータムに殴られながらも、午前中ずっと参考文献に目を通していたが、なにも見つからずにそのまま昼になった。


「役に立たないのに、ご飯だけはよく食べるんですね」


 オータムの冷たい一言で、三杯目のスルスクク丼のスプーンが止まる。一方、オータムは七杯目だ。お前が言うなよ、とは口が裂けても言えないところである。


「まあまあ。せっかくバカラ帝国に来たんですからお昼ぐらい楽しみましょうよ。ジーク先生、それおいしいでしょう? 名物なんですよ、スルスクク丼。スルスって動物とスククっていうミルクを混ぜ合わせてるんですよ」


 サリーが六杯目のスルスクク丼を食べながら言う。


「君たちは……なぜ、太らないのか不思議だよ俺は」


 そのスレンダーな身体のどこにその丼が入っているのか、全くもって人体の神秘だ。


「働くんです。脳みそ動かすんです。と違って」


 こ、この野郎!


「はははははは、オータム……お前には絶対的にカルシウムが足りてないんじゃないかぁ? 怒りっぽいし。何よりそのおっぱーー」


                  ・・・


 マウントで、スルスクク丼3杯分の血を吐いた。


 その時、午後の終わりのチャイムが鳴った。


「うーーーーーーーーんっ、午後も参考文献漁りますかぁ!」


 清々しげに、大きく伸びをするオータム。今にも俺が息絶えようとしているのに、なぜそんなに爽やかでいられるのは全く謎だ。


「だ、大丈夫ですか? ジーク先生」


 さすがに、これだけの血を流すと心配してくれるサリー。常人なら、明らかに致死量だ。


「大丈夫大丈夫、慣れっこだから。ジーク先生は」


 な、なんでお前が答えるオータム。


「大丈夫なわけあるか! お前、血の気が多すぎるんだよ!」


「……なんでそんなに大丈夫そうなんですか? あんなに血を吐いたのに。ジーク先生、絶対にどっかおかしいですよ」


 サリーが若干ひいて、失礼な発言をしてくる。


「まあ、一時的に魔法で増幅するんだ。これは、俺のオリジナルなんだけど」


「……な、なんですかそのすごい魔法」


「だろ? ロスもザックスも驚いてたよ。画期的だって」


「そういうレベル超えてるような気がするんですけど」


「まあ、普段は使わないからな。魔力の波長合わせるのが大変で扱いが難しいんだよ、すっごく」


 普段は出血多量の患者に対して、その患者自身の生命力を増大させて血液循環を促進する方法がポピュラーだ。それで事足りるし、それ以上の治療法はないと思っている。自分に対してのみ使うのは、魔力の波長を合わせる心配がないからだ。こっちの方が即効性が高いのでケースバイケースで、使い分けている次第だ。


「……それ、セリーナさんの治療に使えませんかね?」


「無理だな。そもそも、魔力のない彼女の血液を増幅させたところで効果はないよ。血が増えたところで、ないものはないんだ」


「そうですか……すいません、素人考えで」


 サリーが深々と謝る。


「いや……そう言う発想から案外治療法が生まれるものだから」


 そんなことより、サリーの優しさをオータムにも見習って欲しいものである。爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


                 ・・・


 ん?


「なんですか? その私にサリーを見習って欲しいみたいな態度ーー」


「ちょっと待てっ!」


「……えっ、は、はい」


 今、なんか……ちょっと待て。スルスクク丼……血……煎じて飲む……


                 ・・・



「あああああああああああああっ!」


「ちょっ! ジーク先生、めっちゃ響いてます……キャッ!」


「オータム! これだ……これだよ!」


「あの……わかりました……その……わかりましたから……みんな見てます」


 あっ……


 気がついたら、オータムを目一杯抱きしめていた。


「ご、ごめん」


「い、いいえ……」


 慌てて、離れた時、サリーがニヤニヤ俺とオータムを眺める。


「なぁに、ラブラブしてるんですかぁ」


「「してない」」


                ・・・


「そ、そんなことより! すぐにロスの元に戻るぞ。閃いたんだ」


 すぐに、身支度を始めて馬車に乗り込む。


 いける……この方法なら……セリーナさんを、治せる!



 




 

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