第15話 確信
『……お前にあの人の何がわかる!? 実際に会ってもいないお前に』
二時間前に俺がタイラーに吐いたセリフだ。
消したい……今すぐに、その記憶を抹消したい。
患者を選ぶ医療魔術師……しかも病状でなく、女性のタイプで……
――お前にあの人の何がわかる!? お前にあの人の何がわかる!? お前に――
その台詞が何度も何度も頭に浮かぶ。
「うわああああっ!」
「ザックス、うるさいよ。治療の邪魔だよ、ねーっマイヤーちゃん」
誰のせいだよ! ジーク先生、なんで……なんであんたはあんたなんですか?
そんな心の叫びも虚しく、しきりに女性の頭を撫でるジーク先生。
「あ、あの……傷があるのは右手なんですけど」
戸惑いながらそう呟く女性に、懲りずに頭を撫で続けるジーク先生。
「ああ、それは包帯巻いておけば治るよ。後で巻いたげるから」
とりあえず、その頭を撫でてる手を離せばいいんじゃないですか?
「でも、傷が残ったりしたら――」
「傷なんて残らないよ。実は医療魔術ばっかりに頼るのは結構危険なんだ。人体には再生力ってのがあって、少なからず医療魔術はそれを媒介にしてる。一度の治療は微々たるもんでも、二回……三回……やるたびに再生力は衰えていく。だから、それぐらいの傷だったら自然治癒の方がいいんだ」
じゃあ、なんでその患者を治療してるんだ!
「じゃあ、なんで私の治療を?」
彼女は俺の言いたいことを代弁した。
「……マイヤーちゃん、実は君は重大な病気を抱えている」
まさか……恋の病とか言うんじゃねぇだろうな?
「……恋の病とか言いませんよね?」
またも、彼女は俺の言いたいことを代弁した。
「げっ……あはは、それもあるんだけどね。『ジャイナ病』って知ってる?」
ジーク先生の言葉を聞いて、耳を疑った。
すぐに、彼女の元へ駆け寄って表情を確認した。
ジャイナ病は、一万人に一人の割合で発見される奇病だ。早期発見が何より大事なこの病気は半年間は発症の兆候を見せない。
しかし、その半年間を超えると一週間と経たずに人を死に至らしめる。
三十年前、アナン公国随一の医療魔術師ジャイナが筆頭大臣の病状を見逃し、死に至らしめたことでその名がつけられ、その病気は全大陸に知れ渡るようになった。
初期に病状を確認するのはそれだけ難しいのだ。
確かに、目に若干のクマがありジャイナ病の症状とは重なる、
が、それだけで彼女をジャイナ病とは断定できない。
「ザックス……ここ、触ってみ?」
そう言ってジーク先生は撫でている頭の一か所に俺の手を持って行った。
「ここが……どうかしましたか?」
「その感触。よーく、覚えておけ。ジャイナ病にかかった子は、その感触で、この表情だから」
言っている意味がすぐに理解できない……いや、ジーク先生の実力に理解が追い付いてない。
「この感触って……どこにも異変なんて……それにこの目のクマだけじゃなんとも――」
「いや、わかるだろう。ほらっ、こんなに一目瞭然だろう?」
そう言って再び彼女の頭を撫でるジーク先生に、思わず鳥肌が立った。
この人は……この条件だけでジャイナ病と確信している。
俺には決して気づくことができない、その兆候を一瞥で判断し頭を撫でただけで病状を完全特定した。
いったい何人の患者を診れば、そこまでの観察眼を得られるのだろうか……いや、それともジーク先生の天性の才能が許された業なのか……
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