第18話 凄すぎるアホ
ジーク先生から投げられた測定石を信じがたい様子で眺めるタイラーの減らず口がやっと閉じたところで、試験を再開――
「み、認めんぞ! ど田舎の一診療所のビジターが大陸一と謳われる医療魔術研究所の副所長と同等なんて……断じて認められん」
――ああうるさいなこいつはっ!
「貴様は仮にも試験管として来たんだろう? 邪魔をするんじゃねぇよ」
「黙れ! おい、そこのお前研究所員だろう? 最新の測定石を持って来い」
そう受験者の一人を怒鳴り散らして命令する。
この医療魔術研究所の将来が危ぶまれるほど横暴な男だ。こんな奴に副長の座を明け渡してしまった事に一抹の悔いを感じた。
「何? 勝負すんの? 医療魔術研究所の副所長(・・・)如き(・・)がこの医療魔術史上最強の男に勝てるとでも思ってるの?」
ジーク先生が調子に乗って来た。
そして、元医療魔術研究所副長である俺も少し傷つく発言。
「な、なんだと貴様!」
「さっきから偉そうに……副所長だろう? いるんだよねぇ、ナンバー二なのに天下獲ったような気になって自慢する自尊心の低い男が。トップ取れなくて自慢するなんてよっぽどプライドと野望が低い証拠だろう? なあ、ザックス」
「え、ええ」
相槌を打ちながらも、密かに砕かれていく俺の自尊心。
「……吠え面かくなよ」
もはや、怒りを通り越して冷静に言い放つタイラー。
その時、受験者が最新の測定石を持ってきた。
タイラーがそれを奪い取って、全力で魔力を込める。
最新の測定石はいくつものそれが複合されてできた石だ。色の変わり方はもちろん変らないのだが、一か所目が赤くなれば一〇〇点、二か所目が赤くなれば二○○点と染まる範囲によって点数がつけられる。最大千か所変わり、合計で一万点が最大となるので実質全ての魔術師の魔力を計測できると言っていいだろう。
そして、タイラーの込めた魔力は二か所目がほぼ赤色になった。
「……一七四点と言ったところか」
「はぁ……はぁ……どうだ、まだその減らず口を叩くか!」
タイラーが息をきらしながら自慢げに吠える。
確かに言うだけあって、魔力量は常人より遥かに上回っている。
しかし、ジーク先生の魔力こそハッキリ言って際限がない。実際はどの程度の魔力なのだろうか。
「ふっふっふっ……やっぱりショボイな。それで全力とは」
ジーク先生が肩をグルグル回しながら勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「な、なんだと!?」
「ハッキリ言って! 俺はこの一〇倍……いや、四〇倍の魔力量は軽く出せる」
……いや無理でしょそれはー?
「……ぶはははははっ! ザックス。貴様の上司は身の程知らずにもほどがあるぞ。そんな魔力今まで聞いたこともない。予言してやる。出せても一〇五点だ。地方レベルの一介の診療所の魔術師が出せる限界。お前などはその程度だ。ギリギリ一〇〇点になったところで、そこで引き下がればいいものを」
タイラーは笑いながら答える。
奴が冗談だと感じたのも無理はない。タイラーの実力ですら二〇〇点を超えない。その四〇倍を出すなんてどう見たって嘘にしか感じない。
「じゃあ、俺がお前の四○倍の魔力量を計測したら、お前の権限で一発合格にしてくれ」
ジーク先生が目を瞑りながら、タイラーに言う。
「――はははっ。わかった。もちろん合格にさせてやる。天地神明に賭けて誓ってやる。もちろんできたらだがなぁ」
「……約束だぞ」
そう言ってジーク先生がいつになく真剣な表情をし始めた。
そして、静かに瞑想をしだし、何やらブツブツ呟きはじめる。
やる気だ……この男……本気で四○倍の数値を出す気だ。
そうだ、アホだった。ジーク先生は凄いけど本物のアホだった。
周りの受験者もすでに観客のような立ち位置でジーク先生を見守る。
その時、ジーク先生の身体からおびただしいほどの魔力がマグマのように噴き出てきた。常人では考えられないほどの魔力だ。
タイラーもそれを感じたようで、二、三歩後ろへ下がる。
女王テーゼ……三年前に一度だけ出会ったことがある圧倒的な魔力。近づくことすらうるされぬほどの常人離れした彼女の魔力……明らかにそれに近いような魔力を感じた。
やがて、ジーク先生は両手を上に掲げ、魔力をその両手に集め出した。
圧倒的にどす黒い光がその手を全体で包み込む。
仮にそれが何かに触れれば、即消滅してしまってもおかしくない……それほどの魔力量がそれに秘められているのを感じた。
もしかしたら……これほどの禍々しい魔力は……
「……はあ!」
そう叫びながらジーク先生が測定石に両手をあてた。
昼で明るいはずの教室が眩いばかりの闇に包まれ、視界が暗くなった。
次の瞬間にはそれは解消され、ジーク先生の方を見ると測定石がタイラーとは比べ物にならないくらい色が変わっていた。
なんと言う……異常な魔力。
「……っぶはぁ! どうだ、採点してくれ。おい、そこの君、頼んだ。ザックスがやったらそこのタイラー先生が不正と言いだすといかんからなぁ!」
満足げにタイラーにそう言い放つジーク先生だが、もはやタイラーの口は開いたまま動かなかった。
「……凄すぎませんか? ジーク先生」
素直にそう賞賛した。もはや嫉妬どころのレベルじゃない。
「まあまあ、それほどでもあるんだけどね。実際に一回やったことあるんだよ。ロスが『俺と勝負したい』って言いだして、その魔力石用意してもらって。で、その時の数字が六五〇〇点。それってだいたいあいつの四五倍くらいだろう? だから四〇倍っていったってこと」
そうか、だから数字が具体的だったのか。
しかしそれにしても凄すぎる魔力。さすがは目指す頂点と素直に賞賛したくなる。
そして、ビジターの試験もこれでクリアーすることができた。
「数字出ました! 六七三二点です」
採点をしてくれた受験生が興奮した様子で点数を叫んだ。
瞬間、周囲にどよめきと驚嘆が包んだ。
「どうだ! 見たかぁ、タイラー君。副所長如きの立場をわきまえたまえ。上には山ほど実力者がいるんだから。副所長如きで調子に乗るんじゃないよ、わかったかい?」
そうタイラーの方をポンポン叩く。
副所長如き副所長如きって……この人……わざとやっとらんか?
「じゃあ、試験もパスしたし俺は帰るから。ザックス君。後は頑張ってくれ」
そう言って意気揚々と教室を去ろうとするジーク先生。
ま、まあタイラーが責任を持つって言ってるし問題はないのだろうか。
「あ……あの……」
先ほど声高々に採点を読み上げた受験者が、教室を出ようとするジーク先生を引き留めた。
「なんだい? サインなら書くけど――」
「いえ……そうじゃなくて、まだ試験続きますけど」
申し訳なさそうに答える受験者。
「ん? だって俺、もう合格したし……」
「いえ、だから六七三二点て……その凄い点数だとは思いますけど」
……んんっ! 六七三二点!? ちょっと待て!
六七三二÷一七四=三八.六六六六……
た……足りてない……
「ジーク先生! 足りてないっす! 四〇倍届いてないっす! どーゆーことですか! 調子悪かったんですか?」
「な、何言ってんの?」
そう言っておもむろに割り算しだすジーク先生。
「……っはは、計算ミス」
やっぱり、ただのアホだった。
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