第26話 オータムさんのお悩み

<オータム=アーセルダム>


 患者の診療終了後、ジーク先生がいつに無く真剣な顔をして立っていた。


「オータム、この後に時間ある?」


 休みが欲しいのかな。

 ロスが来て以降、仕事としてはいつに無く落ち着いてきたが、ここ最近は教え子たちの指導も頑張っていてそろそろそんな事を言いだすのかと思っていた。


「はい。なんですか? 休みならあげませ――」


「この後、ちょっと食事に付き合って欲しいんだけど」


 予想外の言動。一瞬にして体温が上昇した。


「えっ! もっ、もちろんいいですけど」


 うん、普通だよね、食事くらい誰だって付き合うよね。


「ほんとに? よかった。ラーマさんとのデートの下見がしたかったんだよね!」


 ……この男にデリカシーについて小一時間説教したい。


 仕事後、ジーク先生と約束したので仕方なくノーザルの町に向かい、高級レストラン『秋晴れ』に入った。今までは入ったことないような豪華な店内で、なんだかソワソワする。私とジーク先生はとりあえずテーブルに座り、メニューボードを見た。

 ええっ、水高っ! 難しすぎて何の料理がいいかわからない。

 2人してあたふたしながらも何とかオーダーをすますと、高級そうな料理が運ばれてきた。


「ふーん……なかなかよさそうな雰囲気だな。料理もおいしいし」


 ジーク先生もオロオロしていたが、ボーイも去ったのでやっと料理を味わう余裕が出てきたらしい。


「ラーマさんと食事するの初めてじゃないんでしょ? 今更下見なんかしなくてもいいんじゃないですか?」


 だいたいデートに下見って。時間も無いのにそんなに見え張って。


「いや、そろそろアレかなと思って。」


「アレって……あ、あー……アレですか。そうですよね……もう長いですもんね」


 そっか、もうジーク先生も25歳だしな。ラーマさんて私より3個上だったから確か22歳だ。お互いにもう結婚していても全くおかしくないぐらいの歳だ。

 思わずため息をつきそうになるのをこらえて、ワインを一気飲みした。


「まあ……そろそろな……俺もいい年だしな。けじめつけようってことでな」


「……おめでとうございます」


 ――私は素直な声でこの言葉が言えているのだろうか。


「いやぁ……まだオッケーもらえたわけじゃないけどな!」


 でも、ずっと順調に付き合ってるんでしょ。知らないけど大丈夫なんじゃないですか。知らないけど。


「そうなんですか……頑張って下さいね」


 もうどうでもよくなってきた。もう一回ワインを一気に飲み干した。


「おう! まずは告白しないと始まらないしな!」


 そう告は――ん? 何か言ってることおかしくないか。


「……告白って言うかプロポーズでしょ?」


「プ、プロポーズ? おいおい気が早すぎるだろ!」


 顔を真っ赤にしながらワインを飲み干すジーク先生。


「もしかして……まだ付き合ってもないんですか?」


 嘘でしょ。色んな意味で嘘でしょ。だって、もうラーマさんと知り合って1年ぐらい経ちましたよね。その間、何やってたんですか。ずっとご飯食べて、話をしてた訳じゃないんでしょ。

 ジーク先生は黙って下を向いている。コイツ、シンジラレナイ。


「もーなんなんですか! 驚かせて! いい大人なんですから……告白なんてすでにしてるかと思ってましたよ!」


 一気に力抜けましたよ。


「……悪かったな! 俺はお前と違って恋愛経験が少ないんだよ!」


 ――お、お、お前と違ってって言いました今。


「何言ってるんですか! 私だって皆無ですよ。だいたい、7歳からあなたと働いていて、ろくに休みなんかもらえなかったじゃないですか!」


「……そうだったっけ?」


 確かにシフトを組むのは私の仕事で、休みが無いのは私の勝手ですけどそうですよ。だってそうじゃないですか。だってジーク先生が休みないのに私だけガンガン休んでたら嫌でしょ。だからあなたのせいなんです。


「そうですよ!」


 そこは自信をもって頷いた。


「そうかぁ。オータムには苦労かけたな……」


 かけたなって……ジーク先生、今も全然かけられています。絶賛迷惑掛けられ中です。それから少し雑談をしていると突然ジーク先生がマジマジとこちらを見つめてきた。


「……あのさ、オータムはこの仕事を逃げ出したいって思った時はない?」


「そんなのないに決まってるじゃないですか!」


 私が逃げ出したら誰がジーク先生のお守りをするんですか。


「……俺はたまに思ってるよ」


「知ってますよ。と言うかいつも叫んでるでしょ。今更突然どうしたんですか?」


「うん……いつもはその時、その時で思ってるだけなんだ……でも、毎日毎日無数の患者たちばっかり救っていって、気が付いたら時間があっという間に過ぎて……本当に嫌になる時がある」


「……はい」


 頷くことしかできなかった。私はジーク先生の人生を潰しているのだろうか。


「オータムは本当に凄いよな。……それだけ」


 そう言いながらジーク先生は一気にワインを飲み干した。

 ジーク先生、私だって、患者さんたちだけのために頑張ってるんじゃないです。

 自分のためなんです。

 私、先生の逃亡を阻止するじゃないですか……それは、ジーク先生が私の尊敬する人だから。だから……逃げてほしくないんです。

 勝手ですよね。勝手ですよ私は。


 結局、それは口に出すことが出来なかった。


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