第25話 サリーの日記
<サリー=ミリアム>
「オータムさん、お休み」
「うん、お休みサリー」
そう言いながらオータムさんが眠そうに部屋に入って行った。私も自分の部屋に入って椅子に座った。お気に入りの万年筆を片手に、宝箱入れから日記帳を取り出す。
――さぁて、日記書かなきゃ。
この診療所に入ってからというもの激務で忙しい毎日。日記だけは書き続けて今日で5年だ。私の趣味はジーク先生とオータムさんの行動を観察すること。2人は面白い。そして申し訳ないけど凄くおかしい。最近ではロス先生も入って来てのトライアングルフォーメーションも興味あるが、今はもっぱら医療魔術師候補生の観察をしている。
『医療魔術師候補を採用して2ヵ月がたった。候補者たちは、まだ1人も辞める人がいなかった。理由は給料が凄くいいこと、週休2日制(残業なし)、優秀な教師(ロス先生、ジーク先生)がいることだった。
しかし、悩みの種はやはりあるようだ。それは、2ヵ月経ったにも関わらず、期待していたほど医療魔術師候補は成長していないからだ(特にチャ、ジャシャーン、サシャ)。以前他の医療魔術師を雇った時は、2ヵ月でジーク先生の仕事をかなり楽にできる魔術医師が誕生した(後に北へ)。今のメンバーではそんなことは到底望めそうにない。
この前、ジーク先生とロス先生が会話しているところを偶然耳にした。
(あくまで偶然)
「兄さん……生徒たちがなかなか育ってないような気がするんだけど」
ほとんどの医療魔術師候補は重傷患者を何人治すかでは無く、どう治すかに試行錯誤するよう教え、足りない技術や知識を実際の患者の治療を行いながら学んでいくやり方を取っていた。前のようにいきなり実践投入のスパルタ教育ではない分成長は遅いし魔力も上がってはいかない。
「ロスはせっかちなんだよ! みんな確実に力をつけてるよ」
「そうかなぁ……」
ロス先生は凄く心配そうだった。
その日の午後、ジーク先生と私で候補者たちの授業を行った。チャ、サシャ、ジャシャーンの3人は未だ軽傷患者の治療を続けさせていた。
「じゃあ、今日も君たち3人には軽症患者を見てもらいます」
ジーク先生がそう言って30人ほどの患者を連れて来ると、チャの母親は当然のようにその場にいて、ジーク先生を睨みつけた。
「チャにはそろそろ重症患者を任せてもいいと思います」
大きく深くため息をつくジーク先生。
「……重傷患者を任せたらあなたが全部治してしまうじゃないですか」
そんな言葉は全く無視し、チャの母親は滅茶苦茶激怒していた。
「他の子たちは重症患者を任せられているのに……差別だわ!」
「差別……ですよね……やっぱり……」
黒魔術師のサシャが便乗した。
「そうじゃ! 差別じゃ迫害じゃ……わしゃまだまだ若いもんには負けんぞ!」
ジャシャーンも便乗した。
ふと隣のジーク先生を見ると3人を殴り倒したい衝動を必死に抑えこんでた。
「チャのお母さん、いいかげんに帰りなさい! チャのためになりません! サシャ……可愛い患者を呪う癖をやめなさい! 重症患者はそんなおふざけ1つで命取りになるぞ! ジャシャーンは……魔法をまず学びなさい!」
ジーク先生はそう叱ったが、彼らはまだふてくされていた。チャの母親も結局帰らなかった。
「……そんなだからジーク先生人気ないのよ」
突然、サシャがボソッと呟いた。
――それは、言っちゃ駄目でしょ。
ジーク先生もロス先生も同様に天才だが、明らかにタイプが違う。ジーク先生は感覚派でロス先生は理論派だ。ひたすら実践で技を磨いてきたジーク先生にとって教え子に教えるのは想像以上に難しいようだ。
ジーク先生にとって患者を治すことを教えることは、手足をどうやって動かすのかを教えるようなものだ。だから、教え子にどうやっているか治しているか尋ねられても上手く言葉では伝えられず、ただ治療して見せるだけと言う場面も多かった。
一方、ロス先生は聖都パレスの医療魔術研究所に所属していただけあって、医療魔術の解析を深く行っていた。だから理解も深く、所長もやっていただけあって教えるのが凄く上手だ。なので、どちらが教えるのが上手か比べれば明らかであり、人気があるのかは誰がどう見てもロス先生の方だ。
――ジーク先生に聞こえてませんように、そう願いながら恐る恐るジーク先生の方を見たが……ばっちり聞いていた。
「……とにかく3人とも治療を始めなさい。ちょっと俺は外に出てくるから」
そう言い残し、ジーク先生は外へ出ていった。
事件の匂いがした。何やら面白いことが起きそうな予感が。どこへ行くのだろうと思い、後をつけると、ジーク先生が外れの部屋に入っていった。
恐る恐る部屋の壁に聞き耳をたてる。
「うぉぉ! わぁぁぁ! くっそぉ! なんてむかつくやつなんだ! 殴り倒したい殴り倒したい殴り倒したい! 実力もねぇくせに! 〇×▽●◎×……」
発狂したようなジーク先生の叫び声が聞こえてきた。面白かったのでしばらく聞いていたがあまりの罵詈雑言だったので書くのは控える。
30分後、ジーク先生は教室に戻ってきたが、叫びすぎて声が少し枯れていた。よく我慢していて面白いと思った』
――ふう、今日の日記終わり。
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