第一話 自撮り写真

前半

 闇夜が淹れてくれた紅茶は、俺だったら見向きもしないような高価な茶葉のようで……午後ティーで満足していた俺は自身の浅はかさを知った。

 出された洋菓子も、なかなかイケた。お茶に良く合った。


 それはいい。最初の緊張も、ほどよく解けて和んで来たのはいい。

 でもいつになったら、怖い話が始まるんだ!?


「あの、闇夜さん!」


 年上かもしれないから、一応さん付けで呼ぶ。


「いつになったら、怖い話をしてくれるんですか!?」


 闇夜の仮面は微妙に変わっていた。目鼻を隠し、口元が空いた仮面に。

 美しい動作でティーカップを口につけて、美味しそうに紅茶を飲んでいるのを見て、ようやく俺は闇夜を同じ人間として思えるようになった。

 あまりに格好が奇抜すぎて受け容れる事が出来なかったのだ。


「ねえ、闇夜さん……」

「呼び捨てで構いませんよ、夏生」


 闇夜は、そう言って席を立った。

 俺は名前を呼び捨てにされた事に驚いたのと、闇夜の機嫌を悪くさせてしまったと思ったので、慌てて口を閉じた。


「ワタシは怖い話を集めるのが趣味です」


 しばらくして……闇夜は、棚に並べられた物を指先で触りながら話し始めた。

 ようやく話が始まったのに、俺は闇夜の細く長く綺麗な指に見惚れていた。


「時折、夏生のような方が来るのです。怖い話を聞かせて欲しいと。

 でもワタシは話す事より……話を聞く方が好きですね。楽ですから」


 その気持ち、すげー良くわかる。

 俺も周りにオカルトマニアを名乗っているから、時折怖い話をしてくれって合コンに誘われる。彼女がキャーキャー怖がる様を見たいからって、心霊スポットに連れて行ってくれって言われる。

 他人が怖がる様を見るのも、楽しいけれども同時に空しい気持ちにもなる。

 人が怖がっているのを見ても面白くない。


 俺を本当に満たしてくれるのは……恐怖だけだから。


「夏生に見て頂きたい物があります」


 闇夜は一つの物を掴むと、安楽椅子に座って俺に差し出してきた。

 それは携帯だった。


「随分古い携帯、ですね」


 今は、CMで薄型スマホが流行っているので、分厚いガラケーが懐かしい。


「とある青年が、渡してくれたのです」

「青年?」


 無意識に片手で開くと、画面が割れてた。


「あちゃー、壊れてる……てか何で壊れた携帯を闇夜に?」


 闇夜はフッと短く笑った。そこで闇夜を見た、いつの間に変えたのだろう? 仮面が初対面時の物に戻っている。


「そうですね。どうして壊れた携帯なんかをワタシは欲したのでしょう」

「……ん? 闇夜が欲しくて貰った? 何で?」


 闇夜は深く座って、首をゆっくり回した。

 俺は黙って話が再会されるのを待った。

 闇夜が話始めたのは……それから五分後の事だった。

 昔あった事を充分思い出してから紡がれた話は、まるで昨日あったかのように鮮明で目の前に光景が浮かぶようだった。




「ワタシを訪ねて来た青年は、タカアキと名乗りました。

 その携帯を片手に怖い話をするから聞いて欲しいと言いました。


 『お前、ミユのブログを知っているか?』


 タカアキは、妙に血走った目つきでギョロギョロと辺りを見ていました。


 『いいえ知りません』

 『ミユは、よく自分の写真をブログにアップしていたんだ』


 タカアキは早口で話し始めました。


 『彼女のいた学校では、ブログのアクセス数で人気が決まっていた。

  ミユは、ブログという存在すら知らなかった。

  でも皆がやっていたから彼女も始めた。

  当然、初心者で慣れていなかったから人気なんか出なかった。

  彼女は他の女子にイジメられた。

  ミユは何とかアクセス数を増やしたかった。

  そしてイジメから逃れたかった』


 タカアキは出した紅茶に手をつけずに話し続けました。


 『ミユは、自分の写真を撮り始めた。

  簡単な日記と共に写真をアップするんだ。

  でも、それは誰もが普通にやっている事だ。

  なのに、彼女のブログはある日を境に一気にアクセス数が上がったんだ。

  恐ろしいくらいに』


 息をするのを忘れているかのように言葉は紡がれる。


 『僕は、彼女の恋人だった。彼女が通っている学校は女子校だったから、学校は別だった。ブログをやっている事を知ったのも……イジメられているのを知ったのも、随分後のことだった。僕がミユのブログを見た時、彼女は数万人のユーザーが作ったブログの中で 一番人気の高いブログになっていた。

  彼女のブログは今でも目に焼き付いて離れないよ』


 そこで――――タカアキは、大きく息を吐いた。


 『そのブログは一番人気になったが、すぐに運営から削除された。

  そして……それから始まったんだ。呪いが』

 『呪い?』

 『彼女のブログを見た者は呪われて死ぬ』


 タカアキは、そう言って携帯を握りしめました。


 『彼女の最後のブログ、削除した者も死んだ。

  彼女の画像を保存した奴も死んだ。

  彼女をイジメていてブログを見ていた女子達も死んだ。

  多分僕も、もうすぐ死ぬと思う。

  一番彼女が辛い時、助けてあげられなかったから。

  …………ミユが自殺してしまうまで僕は何も知らなかったんだから!!

  彼女はきっと僕を憎んでいるはずだ。絶対に許してくれない。

  この携帯はミユの携帯だ。彼女の遺品だ。

  もう壊れて使い物にならないけれど……手放せないんだ』


 携帯を開けると液晶画面が無残にも割れていました。


 『飛び降り自殺した彼女の傍に落ちてあった携帯だ。

  携帯は壊れたのに……彼女の呪いは未だに続いている……』

 『ブログは削除されたのでしょう?』

 『確かにブログは消えた。でも画像はインターネットのどこかにある。

  ソレを見てしまったら死んでしまうそうだ』


 タカアキは、そういうと話は終わりだと告げました。


 『その携帯……』

 『え?』

 『頂けませんか?』

 『………………』

 『恋人の形見である事は重々承知です。でも』

 『いいよ、あげる。どうせ近いうちに僕は、死んでしまうから』


 そう言ってタカアキはワタシに携帯を手渡すと、去って行きました」




 闇夜の話は終わった。


「それが、この携帯か?」

「そうですよ。これがミユの携帯電話。

 呪いのブログを作り出した携帯電話です」


 ぞくっとした。来た、来た、俺が求めていた恐怖……これだよ。

 ただの壊れた携帯なのに呪物だって?

 本物だとしたらマジヤバいし、最高じゃんか。


「俺が今まで聞いた事のない話……呪いのブログかぁ」


 まだだ。まだ、足りない。恐怖は足りない。


「この携帯直せないかな?」

「直しました」

「はあっ?」


 あっさりと言ってのけた闇夜に俺は絶句した。


「な、直した?」

「割れているのは液晶画面だけでしたから、電源を入れてみて下さい」


 俺は携帯を開いて、電源のボタンに指を這わせた。

 指が震えている。怖い。あぁ、久し振りだ。この感覚……!

 電源は普通に入った。そして愛らしい子猫の待ち受け画面が現れた。


「写真は? 残ってるよな、まだ!?」


 俺はアルバムのフォルダを操作して選んだ。

 しかし、それはパスワードで保護されていた。


「え……えぇ~!?」

「残念でした。見たら呪われて死ぬという画像です……好奇心は猫をも殺す。

 ワタシには彼女の最後の良心が、パスワードで呪いの拡大を食い止めているのではないと思います」


 闇夜は紅茶のおかわりを淹れる為に、椅子から立ち上がって目の前から消えた。

 俺は恨めしげに去っていく背中を見つめて、携帯にもう一度目を落とした。


「……パスワード、ねえ」


 俺はどうしても中を見たかった。もはや狂おしいほどの渇望だった。

 俺は試しに≪Takaaki≫と入力してみた。ミユの恋人の名前だ。

 パスワードが解除された。

 俺は思わず声を上げそうになり、慌てて口を手で塞いだ。


「なんだ、あっさりじゃんか」


 高揚感に脳髄が痺れて、背中がぞくぞくしてきた。

 


 さあ、中には何があるんだ。呪いの画像でも何でもいい。見せてくれ。

 闇夜の言葉など、恐怖を知る事の出来る興奮できれいさっぱり忘れ去った俺は、躊躇いもなく携帯のフォルダを開けた。

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