闇夜の怪談録

月光 美沙

第一章 彼に聞かせた七つの怪談

彼との出会い

 通学でいつも使う路線とは違う電車に乗り、数駅を経て俺が辿りついたのは、郊外にある過疎化が進んでいる人気のない街だった。

 駅の周辺は店が建ち並び、それなりに人の姿はあった。けれども、目的地へと足を進めていくにつれて人影が少なくなって、遂には完全に廃れた場所に来てしまった。元は商店街として賑わっていたであろう街……でも今は、見渡す限りシャッターが閉まった店ばかり。看板も雨風に晒されて、酷いありさまだ。


「……ヤバいな」


 閉じられた店のシャッターが風によって煽られて、ガタガタと音を立てると同時に俺は呟いた。昼間だというのに、人影が全くない。


「どこに行けばいいんだ?」


 こう人がいないと道を尋ねる事も出来ない。

 頭を抱えて蹲る。この歳になって迷子になるなんて、思わなかった。


 俺は、自他共に認めるオカルトマニアだ。現在、大学生。入学すぐにオカルト研究サークルを設立したが、全く人が集まらなくてすぐにやめた。

 休日は一人で、または好奇心で釣った友人達と共に心霊スポット巡りなどをしている。でもなかなか心霊現象というものにお目に掛かれないから、インターネットのまとめサイトで怖い話を閲覧したりして恐怖を疑似体験してみる。


 しかし、最近は『コレだ!』と思える怖い話にお目にかかれない。どうも創作じみていたり、似たような話ばかりだったり……なのでサイト巡りは御無沙汰。

 けれども三日前に某巨大掲示板サイトを見て、おやと思うスレがあった。


≪闇夜に確実に会える方法!≫


 闇夜というのは、オカルトマニアの間で都市伝説化している存在だ。

 ちなみに読み方はヤミヨではなくアンヤだ。

 闇夜は怪談蒐集家、また怪談の語り部で、

『怖い話を求めるのなら、闇夜に会って話を聞くべきだ』

『生涯忘れられない、最高に怖い話を聞かせてくれる』……らしい。


 存在するかどうかも怪しい人物だが、ネットでは闇夜に会ったという自慢する書き込みが、時折現れる。けれども会ったという割にはどういう話をしたのか、闇夜とはどういう人物なのか、詳しく説明しようとしない。

 きちんと存在するという証拠がないと信用出来ないのが人の哀しい性だ。

 あまりに信じて貰えない事に、業を煮やした者が一度動画サイトに会っている場面をカメラに撮って投稿すると息巻いたが、失敗に終わって結局嘘だという事になってしまった。本人は確かに闇夜は存在すると、最後まで言い続けていた。


 背筋に悪寒が走り、身が震える程の怖い話を久しく見ていなかった俺は、一時の好奇心に負けて、そのスレを見た。スレは勝手に荒れに荒れていたが、スレを立てた者……スレ主はお構いなしに経緯を記した。

 スレ主は、どうも知人からの紹介で闇夜と会ったらしい。


『会いたいのならば住んでいる家に行くのがベスト。廃屋と見間違えるほどボロボロな家だけれど、中は魔法が掛かったように美しい。部屋の中の安楽椅子に座っている、フードつきの黒いマントを着た人が闇夜だ。』


 そして家への行き方を簡単に書くと、さっさといなくなってしまった。

 しばらく、真偽を話しあっていたが、俺は何故か行ってみたくなって。


『行ってみれば本当か嘘かわかるじゃん。俺は行く。』


 そう書いたら、多くの人から報告を頼まれてしまった。

 何故か俺専用のスレまで立てられてしまって、後には引けなくなった。


 こうして今現在、記された行き方通りに進んで迷子になっているわけだが。

 単にこれは俺が釣られたという事なのだろうか?

 大体、人住んでなさそうだし。この廃れた商店街だった場所。

 早速家に帰って『釣られたー(TT)』と、報告スレに書き込もう。

 そう思い、写真を撮ろうとデジカメを構えた。

 フレームを黒い何かが横切った。


「っ!?」


 思わずカメラを落としてしまって、慌てて拾い上げる。そして周りを見渡すと誰もいない街路を、黒いフードつきマントを着た人が歩いてる。

 ……! 闇夜か!?


「あ、あの! すみません!!」


 もう既に諦めていた事とか、帰ろうと思った事とか、興奮で頭から吹っ飛んでいた俺は藁にも縋る思いで歩いている人に駆け寄りながら叫んだ。


闇夜あんやさんですか!?」


 大声で尋ねた瞬間……後悔に苛まれた。

 これで人違いだったら、超恥ずかしい。……いやいや!

 ハロウィンじゃあるまいし、こんな変な格好をしている人が普通に居てたまるか!

 ……いや、ただ単に変質者だったら、どうしよう!? 本当にどうしよう!?

 俺の内心など知らず、相手は立ち止まった。


「――――あなた」


 その声は、今まで聞いた事もない声だった。

 男か女か判別出来ない、中性的で綺麗な声だった。


「怖い話を御所望ですか?」


 相手は踵を使って、クルリと振り向いた。

 その顔を見て思わず声を上げてしまった。相手は白い仮面を被っていたのだ。それだけで驚くなんてと思うかもしれないけれど……ハロウィンじゃあるまいし、仮面を被っているなんて全く想像していなかったから。

 俺は、質問されてる事も理解出来ずに案山子のように無言で突っ立っていた。


「怖い話を御所望ですか?」


 同じ言葉を繰り返されて、ようやく俺はショックから我に返った。


「あ、あぁ、はい!」

「そうですか」


 頷くと、そのまま歩きを再開してしまった。


 俺は遠ざかっていく背中を、呆然と見詰めてから慌てて後を追いかけた。

 とはいえ、隣に並んで歩くのは何か気が引けたので後ろをついて歩いた。

 傍から見たなら、かなりシュールな光景だろう。漆黒のマントを羽織った白い仮面を付けた者を、若い男がつけているのだから。

 俺は、そんな事は二の次で噂の闇夜に会えた興奮に、盛り上がっていた。


 しかし……興奮は時が経つ内に冷めるもの。

 次第に前を歩く謎の人物に、疑いを持つようになった。

 こいつは本物の闇夜なのだろうか? もしかしたら、偽者かもしれない。

 スレ主か、暇な奴が闇夜のフリをしているのかもしれない。

 どうやって本物かどうか、確かめよう?

 判断材料は、無いに等しい。年齢も性別も不明で、今まで存在しているかどうかも疑われていた存在だ。唯一、闇夜についてわかる事といえば……。


『生涯忘れられない、最高に怖い話を聞かせてくれる』


 先程、相手は言った。

 怖い話を御所望ですか?……もし、本物ならば身の毛が弥立よだつ、夜も眠れなくなるほどの怖い話を聞かせてくれるはずだ。

 俺は怖い話は多く知っている。実話から創作まで、百話怪談スレだって見た。

 そんじょそこらのマニアと一緒にされちゃ困る。


「闇夜さん!」


 俺は、本物か偽者かわからない相手に、とりあえず呼び掛けた。


「俺に最高に怖い話を聞かせて下さい!!」


 ピタリと急に止まったので、俺は寸前のところで足にブレーキを掛けた。


「最高に怖い話……ですか?」


 ここで『実はニセモノなんです(テヘペロ』なんて言われたら、ブチ切れる。

 まあ、ある意味一番怖い話だけれどもそうじゃなくって!!


「それはいずれ、お話しましょう」


 振り返りもせず突き放すように言うと、闇夜はまた歩き始めた。

 いずれ、お話しましょう? 何だよそれ。今回は話してくれないってことか?

 俺の中の疑惑がムクムクと大きくなっていく。


 闇夜について行くまま、歩き続けて……辿り着いたのはボロボロの廃屋。

 スレ主も『廃屋と見間違えるほどボロボロな家』だと評していた。


「――――どうぞ」


 開けたら家全体が崩れそうなドアを普通に開けて、闇夜は先に入って行った。

 ここまで来たんだ。腹を括って入るしかない。

 確か『中は魔法が掛かったように美しい』んだっけ?

 俺は一歩足を踏み入れて、その言葉の意味を知った。


 様々なアンティーク家具が上手い具合に配置されていて、まるで……どこかのお屋敷の一室のように整っている。部屋の真ん中には木製の安楽椅子。

 闇夜は、それに深く腰掛けた。完璧な部屋に、その存在は異質だった。


「こちらへどうぞ」


 俺は案内されるまで、室内に見惚れていた。


「お邪魔します……失礼します」


 恐縮しながら、闇夜の向かいにある真紅のソファに腰掛けた。

 ふっかふかの座り心地に思わず顔が緩んだ。


「それでは改めまして」


 闇夜の言葉に、白い仮面に視線を向ける。


「初めまして、闇夜と申します。

 お会いできて光栄です。これからも仲良くしていきましょう」


 淀みなく言い慣れたように闇夜は言った。


「は、初めまして……た、田崎たざき 夏生なつきといいます」


 つられて俺まで名乗ってしまった。

 闇夜は……なかなか次の言葉を発しなかった。

 まるで品定めされているような気持ちになり、さり気なくキチンと座り直した。

 つい身体をもぞもぞ動かしたいのを必死に我慢して、闇夜の言葉を待った。

 ……家に入ってから五分も経ってないだろうに短気な俺には、一時間経ったように感じた。押しつぶされそうな沈黙に耐えられず、口を開こうとした時。


「……お茶を淹れましょう」

「はあ?」


 待ちに待った言葉が、予想の斜め上いきすぎて俺は変な声を出してしまった。


「紅茶を淹れます。ミルクと砂糖は要りますか?」


 俺の変な声など聞こえてないように、闇夜は言った。


「……あ、はい。一応」


 紅茶など午後ティーしか飲んだ事ない俺は、そう言って頷いた。それにしてもこの洋風でお洒落な部屋と紅茶……闇夜は随分ハイカラな人らしい。


 俺は、まだ内心は半信半疑だが……この闇夜と名乗る人物の格好に少しずつ慣れてきている自分を感じていた。それは闇夜という存在を、ようやく現実として認識し始めたということなのだろうか? 俺は確かめるようにソファに座り直した。

 お尻から伝わる上質な布とスプリングの感覚は、確かに本物だった。

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