アイドルの歌


 ふぅ。とりあえず終わり。 どう? 怖かった?

 …………あぁ、そう。『面白かった』んだね……。


 君も相当、変わってるね。闇夜といい勝負なんじゃない?

 え? 闇夜の事は……嫌いじゃないけど、よくわかんないから。

 だから、一緒のクラスで席隣同士だった時も一時期あったけど!

 友達ってわけじゃなくて、ただのクラスメートだし!


 ……ごめん。無駄に大声を出しちゃって。

 え? もっと話を聞きたい? あぁ、いいよ。

 そんじゃあ次は……多分、君も知っている人が話に出てくるよ。





 私が中学一年生の時、一人のアイドルが大人気だった。

 名前は、七歌ななうたアリス。十六歳の現役女子高生。


 君も同じ世代だから、知ってるよね?

 とっても可愛くて、そして歌が本当に上手かったよね。

 力強く歌い叫ぶ事も、しっとりと歌い上げる事も出来て……歌い方によって、その綺麗な声がガラリと変わるんだ。


 男女関係なく、どんな世代にも親しまれていた。私も好きだよ、アリスの歌。


 恋愛応援ソングは、『キミガLOVEラブ』『キミガLOVE2ラブ・ツー』とか。

 テンション上がるソングは『キミトENJOYエンジョイ』とか。

 泣けるソングは『キミニGOODBYEグッドバイ』とか。


 歌い出すと、自然と身体が動いちゃうんだよね。歌の世界に引き込まれるっていうか。


 あの頃の給食の時間は、彼女の歌ばかりが流れていたなぁ。

 給食そっちのけで、歌ったり踊ったりする子もいて……先生が注意してたなぁ。

 クラス中が熱狂的になっていたのに、闇夜だけは違ってた。


 アリスの歌が流れる度、即座に両耳を塞いでいた。ほとんどの子は気にしなかったけれど、ある日……アリスの大ファンの子が、闇夜に詰め寄ったの。


「どうして耳を塞ぐの?」


 闇夜の肩を叩いて訊いたら、闇夜は無視したの。

 その反応に怒って掴みかかって乱闘騒ぎになってしまって……それでも闇夜は絶対に耳から手を外したりしなかった。


 放課後……気になって、私は闇夜に改めて理由を聞いてみた。


「ねえ、どうしてアリスの歌を聞かないの? 嫌いなの?」


 闇夜は、アリスの名前を聞いただけで怯えた様子を見せた。


「……その話はしたくありません」

「どうして?」

「とにかく話したくないのです。さようなら」


 乱暴に言い切ると、闇夜はさっさと帰ろうとした。

 そこへ、昼休み掴みかかった女子が、前に立ち塞がった。


「ちょっと! そんな言い方ないでしょ!?」

「……通して下さい。帰りますので」

「あ、あたしは何でって理由を訊ねてるだけなのに! ……そりゃ、昼間はやり過ぎたと思うけど、少しぐらい訳を話してくれてもいいじゃない!」


 闇夜は、大きく溜息を吐くと、彼女の目を見て言った。


「ワタシは《アリス》の歌う曲は全て、嫌いです。

 ……皆さんには聞こえていないモノが聞こえるからです」

「聞こえていない? 何よそれ?」

「知らないままの方が幸せですよ。知ってしまったら……後悔しますよ。

 特に、《アリス》を崇拝している貴女は……絶対に知らない方が良いです」


 闇夜は呆然としている彼女の脇を通り過ぎて、帰って行った。



 私は気になって、色々と調べてみた。

 七歌 アリスが出した今までの曲全部聴いてみたり、インターネットで彼女のブログとかファンサイトとか見て回ったり……。でも何度曲を聴いても、いくら調べても闇夜が、どうして曲を嫌うのか理由がわからなかった。


 闇夜は蛇蝎だかつの如く嫌っていたけれど、学校のほぼ全ての生徒は、七歌アリスを気に入っていたから、相変わらず給食中や昼休み中は音楽が流れっぱなしだった。

 新曲『キミガLOVE×3ラブ・ラブ・ラブ』が発表されたばかりだったから、尚更。


 闇夜は、音楽が比較的小さく聞こえる、保健室で過ごすようになった。

 ほら、保健室では具合の悪い人がベッドに横になって休むじゃない?

 だから放送は連絡用しか入らないから、学校の中で一番静かな場所だったの。


 保健の先生は、闇夜のカウンセリングをしてた。

 保健室の前を通った時、闇夜が先生と話しているのを見たんだよね。

 まあ、その時話していたのは単なる世間話だったんだけどさ。


 まあそんなこんなで、闇夜も落ち着ける場所を見つけたみたいだし、一件落着かと思ったんだけれど……その頃から教室の様子がおかしくなったんだよね。


 女子生徒が給食中、いきなり悲鳴を上げて、机から給食を叩き落としたり。

 男子生徒が普通に友人と話していたのに、唐突に相手をボコボコに殴り始めたり。

 昼休み、意味もなく教室をウロウロし出す人がいたり……大粒の涙をぼろぼろ流して号泣したり……引きつけを起こしたみたいに笑いだす人がいたり……。


 おかしくなるのは一時だけで、皆おかしくなっている時の記憶がないの。


 私のクラスだけじゃなくって他のクラスでも起きていたんだって。

 集団ノイローゼじゃないかって、先生達もPTAとかも心配してた。

 でも、どうしたらいいのかわからなくなって。

 どう解決しようか迷っている内に、あれが起こってしまった……。



 とある昼休み……晴天で、雲一つない青い空だった。

 私が自分の席に座りながら複数の友達と話していたら、いきなり話に割り込んで来られて。


「ねえ、闇夜! 闇夜は!?」


 耳を劈くような大声で訊ねて来たのは、あのアリスの大ファンの女子だった。


「闇夜は何処!? 何処にいるの!?」

「ど、何処って……」


 私はしどろもどろになりながらも、彼女の剣幕に圧されて答えていた。


「最近は保健室に行ってるみたいだけど?」

「あたしわかったの! わかった!」

「……何が?」

「アリスの歌! アリスが本当に言いたかった事がわかった! わかったの!」


 言葉と口調が全然、合ってなかった。

 ブチ切れているかのように、怒鳴っていたんだ。

 友人達も、唖然というか怖がって距離をとっていたし。


「ちょっ……と、何怒ってるの?」

「はああっ? 怒ってない!」

「いや……」


 その言い方は怒っているからでしょ? って言おうと思ったんだけれど、余計な事言ったらマズイって思って口を噤んだ。


 何か……思い出しても、彼女は普通じゃなかった。常軌を逸脱していた。

 私は、あぁまたおかしくなったんだって思った。

 しばらく下手に関わらずに放っておけば、自然と元に戻るだろうって。だから興奮状態の彼女から、友人達と一緒になって距離を徐々に開けていった。


 そうしたら、その子は――――。


 ……私が出しっぱなしにしていた筆箱から。

 ……鋭く尖った鉛筆を取り出して。

 ……それを自分の左目に目掛けて…………………………。


 私が見たのは、床に広がる血だまりと泣いている友人達の顔。

 彼女は運び出されていた。

 七歌アリスの歌を掻き消すように、救急車のサイレンが鳴っていたのは鮮明に覚えてる。



 生徒が自傷した事で、先生達は原因解明に躍起になっていた。

 私は教室にいるのが耐えられなくて、一時保健室登校していた。

 そこで闇夜と一緒になったの。


「大変でしたね……」


 私の顔を見るやいなや、闇夜が声を掛けて来た。

 あぁ、心配してくれているんだなって思った。でも、続いた闇夜の言葉は。


「此処にいれば安全ですから」


 その言葉に、私の身体は正直に反応した。


「安全って……どういう意味?」


 闇夜が答える前に、保健室の女の先生と、担任の先生、そして生徒指導の先生までやって来て闇夜を相談室へ連れて行ってしまった。

 私は……じっと待っているように言われたんだけれど……気になって、先生達に見つからないように、こっそり後をついていった。


 相談室の中は、入学試験の面接のような感じだった。

 でも闇夜は落ち着いていて……緊張しているのは先生達だったかな?

 おもむろに担任の……渡部わたなべ先生が、咳払いをして話し始めた。


「君も知っていると思うが、同級生の西宮にしみや すみれさんが……あんな事になってしまった。彼女は、病院で君の事を話して……話しているというより、同じ言葉を繰り返している。『あたしと闇夜だけが、知っている』と繰り返している」

「そうですか。フフッ」


 闇夜は笑った。どこに笑う要素があったのか……私も先生達も、唖然とした。


「それでワタシに訊きたいことは、何ですか?」

「……だ、だからね?

 西宮さんと何か話していて、気になったことはなかったかな?」


 ショックからいち早く立ち直った、保健の知花ちばな先生が訊ねた。


「いいえ。一度トラブルになってから接触していません」

「トラブル? あぁ……言い争いになったんだっけな」


 生徒指導の唐木からき先生が、思い出して頷いた。


「そういえば、その言い争いの原因は……七歌 アリスの件だったな?

 西宮さんは七歌 アリスの事も繰り返しているんだ。

 内容は支離滅裂で、わからないが。一体、何を話していたんだ?」

「《アリス》?」


 闇夜は、表情を一変させた。


「その話はしたくありません」

「……気持ちはわかるわ。でも」

「わからないですよね?」

「えっ」

「先生達は、何もわからないから《アリス》の歌を聴いていられるのです」


 闇夜は険しい顔つきのまま、先生達に言い放った。


「一体、何を知らないって言うんだ!?」


 生真面目で短気な唐木先生は、煙に巻く言い方を続ける闇夜に苛々していた。

 声を荒げられても、闇夜は顔色一つ変えなかった。


「知らないままの方が良いです。すみれのようになりたいのですか?」

「西宮さんが、どうしてあんな事をしたのか、知っているの!?」

「多分……知ってしまったのでしょうね」


 曖昧に答える闇夜に、遂に唐木先生が怒った。


「だから、何をだ!?」

「唐木先生……!」


 渡部先生と知花先生が同時に抑えた。

 それを見た闇夜は、諦めた様子で大きく溜息を吐いた。


「――――わかりました。どうしても……知りたいようですから、お話します」


 そこで闇夜と私は、目が合ってしまった。


「しかし話すのは、唐木先生だけにします。

 申し訳ありませんが、席を外して頂けますか?」


 私は、慌ててその場から離れた。

 でも保健室に戻る前に、出てきた先生達に見つかってしまった。


「何をしているの!? もしかして、聞いていたの?」

「ご、ごめんなさい!

 で、でもあの……きっと先生達は西宮さんのことを話すんだろうなって思って……だから気になって……」


 それは、本当のことだった。渡部先生と知花先生と一緒に、保健室へ戻った。

 その最中、廊下では七歌 アリスの歌が流れていた。

 私の好きな『キミガLOVE』だったから、思わず口ずさんでしまった。


 でも、西宮さんをおかしくさせたかもしれない事を思い出して、すぐにやめて耳を澄ませて聴いてみた。でも……やっぱり、良い曲だなとしか思わなかった。

 そして、気付いたら自然と身体がリズムを刻んでいて、鼻歌を歌っていた。


 しかし……一番盛り上がるサビのところで、こめかみに太い針を刺されたかのような痛みを感じて、うずくまった。


「痛い痛い痛い!」

「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」


 渡部先生に抱きかかえられて、保健室まで運ばれた。

 ベッドに寝かされた瞬間、苦痛によって意識が遠のいた。



 いつの間にか眠っていた私が目覚めたのは、誰かの話す声を聞いたからだった。


「どうしたのですか? そんなに慌てて……」

「ち、知花先生! あの、あの……」


「少し落ち着いて。こちらに座って下さい」

「いえ、あの……唐木先生が、事故に遭ったそうなんです!」


「えっ!?」

「三十分前に突然、早退したいと言って……。それで車で帰宅する途中、運転ミスで電柱に衝突してしまった……と」


「そ、それで大丈夫なんですか!?」

「まだ何とも……」


 話を聞いていて、私は心臓が痛いほど早くなっていくのを感じた。


 『知らないままの方が良いです。すみれのようになりたいのですか?』


 闇夜の言葉が脳裏を何度も何度も駆け巡って。

 知ったら、命が危なくなる? それじゃあ、どうして闇夜は大丈夫なの?

 闇夜は……何を知っているの?


 知花先生が緊急会議で出掛けたのを見計らって、私は保健室を抜け出して闇夜を探した。通りすがりの人に聞いて、闇夜は屋上へ向かったことを知った。


 闇夜は、誰もいない寂しい屋上で座って空を見ていた。


「闇夜!」


 振り返った闇夜の両肩を掴んで、私は揺さぶった。


「闇夜! 一体、七歌 アリスの何を知っているの!?」

「教えません。知ってしまったら……」

「死ぬかもしれないの!? じゃあ、どうして闇夜は平気なのよ!?」


 闇夜は、掴んでいる私の手をどけてから、しっかりと私の目を見て言った。


「きっと……ワタシは生かされているのでしょうね。その真実を広める為に……気付かない者に、気付かせる為に……ワタシは語らせる為に。

 すみれも唐木先生もワタシが話さなければ、ああはならなかったでしょう」


 闇夜は、まるで他人事のように淡々と話していた。私は、その真実を知りたい欲求と知ってしまった後の末路への怯えが、ぶつかりあって折り合いがつかず、なかなか次の言葉が出て来なかった。


「しかし《アリス》は、一体……いつまで歌い続けられるのでしょうか?」

「……え?」


 絞り出した私の声は、とても弱々しかった。


「ここだけじゃなく、きっと……色んなところで被害者が出ているでしょう。

 《アリス》の歌に隠された真実を知ってしまい、呪われてしまった者達が」

「呪われ、る? 歌に? そ、それじゃあアリスが呪っているって言うの!?」

「《アリス》の意志が反映されているか、されていないのか……それはこの際、関係ありません。重要なのは《アリス》の歌は、確実に呪われています。

 だから聴き続けてはいけません。いくら真実を知らないとはいえ、呪いの力で精神を変調に来したり、体調が悪くなったり、するかもしれません」


 闇夜の言葉に、私は言葉を失った。


「聴くなって……無理だよ。

 学校では毎日流れているし、テレビとかラジオとかだって!

 七歌 アリスは超絶人気のアイドル歌手なんだから!」

「――――そう、彼女は歌い続けているのです。だから、もうすぐ……きっと」

「え? 何?」


 闇夜は、訊ねた私に向かって微笑むと答えずに踵を返した。



 その翌日、七歌 アリスは投身自殺した。



 新曲発表と同時の自殺だった。あまりに突発で、世間はただ愕然としていた。

 でも、それっきり彼女の歌は流れなくなった。

 今までが、まるで熱でうなされて見ていた悪夢だったみたいに。

 あれだけ盛り上がっていた皆が、彼女のことを徐々に忘れていって。

 

 それを見て……本当に死んでしまったら無になるんだな、と思って悲しかった。


 そして、西宮さんは片目を失明してしまったけれど、戻って来た。

 唐木先生も、その後すぐに異動してしまったけれど、戻って来た。


 そして不思議な事に、二人とも七歌 アリスの事だけを忘れていた。

 彼女が死んだから……呪いは、彼女の記憶と共に消えたのか。

 私は、アリスの歌に隠された本当の真実は知らない。だから、どうしても彼女の事は悪くは思えなかった。そして未だに忘れられないでいる。


 今でもアリスの一番最期に出た新作は、一度しかテレビに流れなかったのにちゃんと覚えているんだよ。



 七歌アリス最期の曲、タイトルは『キミモSHINEシャイン』だった。

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