二回目の再会


 ワタシは、ミカと二回目の再会の場に馴染みの喫茶店を選びました。


「素敵な所だね」

「ええ。隠れた名店です」


 喫茶店〝illusion〟にはワタシとミカ、女主人の三人しかいませんでした。

 女主人ルナは、にっこりといつもの素敵な笑みを、ワタシ達に見せました。

 シルバーブロンドの彼女は、まるで妖精のような魅力がありました。


「綺麗な人だね」

「そうですね。素敵な人です」

「だから、通ってるの?」

「……それもあります。あと、出てくるケーキがとても美味しいからです」


 ワタシの言葉と同時に、二人の目の前にケーキが出てきました。


「モンブランだ!」


 ミカは目を輝かせてフォークを手に取りました。


「いただきますっ」


 幼少時代に戻ったように、満面の笑顔でケーキを口に運ぶ、ミカ。


「めちゃくちゃ、おいしぃ!」


 興奮しているミカの前には、カフェオレ。

 そして、ワタシの前には紅茶が置かれました。


「あれっ? 何で、私が飲みたいなぁって思った物がわかるの!?」


 ミカが、カフェオレとルナを交互に見る。


「フフッ……ルナは、人の心が読めるんですよ」

「どうぞごゆっくり……」


 ワタシの言葉に、ルナは恥ずかしそうに微笑みながら奥へ向かいました。

 二人は、しばらく黙ってケーキを味わいました。店内に響くクラシック音楽が耳に心地良く、心の底からリラックス出来ました。


「――――ねえ」


 あっという間に食べ終わったミカは、唐突に声をかけてきました。


「何でしょう?」

「何で闇夜は、白い仮面を被ってるの?」

「素顔を晒したくないのです」

「オペラ座の怪人?」

「違いますよ」

「どうして晒したくないの?」


 ミカは率直に訊ねてきました。

 このような質問をしてきたのは彼女が初めてではなく、大勢の人から訊かれた事のある問いでした。けれどもこの時のワタシは何故か、いつもの煙に巻く言葉が出て来ず、ミカに対する答えをしばらく考える羽目になりました。


 突然沈黙したワタシを見て、ミカは失言してしまった、と思ったようでした。


「あの、言いたくないなら」「ワタシなんかに」


 ミカとワタシの声が被った。


「あ。ごめっ……ど、どうぞ」

「ワタシなんかに、関わらせない為に」

「……え?」


「ワタシは、趣味で怖い話を集めています。

 恐怖を求める人に、集めた話を聞かせる事もあります。

 それが怪談蒐集家であるワタシの定めであり、使命なのです。

 しかし一度恐怖を求めてしまった者は、とある定めを背負う事になります」

「定め……って?」


「人間は、恐怖を感じる事で、自分の生を感じる事が出来ます。

 その安心感、恍惚感を一度知ってしまった者は、必ずまた次の恐怖を求めてしまうのです。〝ソレ〟は回数を重ねるにつれ、慣れてきて、厭きます。

 やがて、生を実感する為に前よりも強い刺激を……もっと上の恐怖を次々と求めるのです。そして、どんどん底無し沼に沈んでいくように……恐怖に溺れてしまう。

 ――――それが定めであり、哀れな人間の末路……」

「まるで麻薬中毒者みたい」


「そう。人間が知ってはいけない、禁断の快楽です。

 何度も感じるにつれ、感覚は麻痺していく。

 恐怖は、本能が発する警戒信号です。近づくな、関わるな、知ってはならない……鳥肌を立たせたり、膝を震わせたりして、教えてくれるのです。

 なのに、安易に何度も何度も信号を出し続けてしまったなら……いずれ感覚が麻痺してしまい、本当に関わってはいけないモノにまで手を出してしまうのです」

「……狼と羊飼いみたい」


「そう。人間は、平穏に生きる事に時に退屈を感じます。

 それは、とても……愚かな事です。

 平穏に生きている事が、どれだけ恵まれているか。

 一時の刺激欲しさに、遊び半分で己の身を投げ出すなど……本当に愚の極みです」


 自嘲を交えて言いたい事を吐きだした後、ハッとしてミカを見ました。


「すみません、つまらない話を……長々と話してしまって」

「ううん。全然つまらなくなんかないよ」


 ミカは、何でもないと笑ってくれました。

 そこへタイミング良くルナが、クッキーの入ったバスケットと飲み物のおかわりを持って来ました。


「クッキーはサービスです。これからも気軽に来て下さいね」

「えっ? あ、どうもありがとうございます!」


 ミカは、パァァと顔を笑顔で輝かせて、大きな声でお礼を言いました。

 女主人は艶やかに笑いながら一礼して、ケーキ皿を片手に奥へ下がりました。

 焼き立てのクッキーは香ばしく、いくらでも食べられるほど美味でした。


「――――ねえ」


 また早々と食べてしまったミカは、クッキーのカスを払いながらまた話し掛けてきました。


「何でしょう?」

「闇夜って、アダ名? ペンネームとか?

 まさか本名……そんなわけないよね!?」

「本名ではありません。ワタシは、闇に包まれた夜が好きなので……」

「だから、闇夜って名乗ってるの?」


 ワタシは、紅茶にミルクと砂糖を混ぜながら頷きました。


「……闇夜の本名って、何だろ?」

「さあ? 何でしょうね」


「ねえ、教えて?」

「駄目です」


「どうして?」

「教えたくないからですよ、ミカ」


「ずるいなぁ~。私は、本名を名乗ったのに!」

「そうだったのですか……漢字で何と書くのですか?」


「……教えてあげるけど、闇夜にも質問するからね」

「ええ。どうぞ」


「美しいに、難しいほうの咲くハナ……で、美華ミカ――――水無瀬みなせ 美華みか

「……素敵な名前ですね」


「それで闇夜! これだけは、ちゃんと本当に答えてね! 闇夜って」


 突如、穏やかな空気は壊されました。

 耳を劈く派手なロック音楽が大音量で、店内に響き渡ったのです。

 ガチャンッ!

 ワタシは、驚いた拍子に手に持っていたカップを床に落としてしまいました。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 美華は真っ青になりながら、鞄から携帯を取り出して乱暴に音を消しました。


「大丈夫ですか!? お怪我は!?」


 ルナが奥から飛び出して来て、ワタシ達を気遣いました。


「無いです。申し訳ありません。カップは弁償を」

「大丈夫です。お気になさらないで下さい」

「しかし」

「本当に大丈夫ですから」


 しばらく押し問答を続けましたが、ワタシの方が折れました。


「ルナ、申し訳ありま」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 美華は、ワタシの声を掻き消すように謝罪する。

 ルナがカウンターから、こちら側へ回って来て、美華の背中に華奢な手を当てながら優しい声音で慰めました。


「気にしないで大丈夫よ。これは事故だったんだから」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「大丈夫怒っていないわ。だから」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 美華は全身を震わせ、泣きじゃくりながら謝っていた。

 ルナはカップの大きな破片を集め、小箒と塵取りを取りに奥へ行った。

 ワタシは過剰に謝り続ける美華に一歩近づき、刺激しないように声を掛けました。


「美華は何も悪くありませんよ。どうか、落ち着いて下さい」

「でも……でも……ごめんな」

「謝らないで下さい」


 埒が明かないので、ワタシはえて強い口調で言いました。


「罪の無い者が、どうして懺悔しなければならないのですか?

 ワタシは大罪を犯している身なのに、その贖罪すらもしていないのですよ?」


 美華の目の前に差し出されたのは、ルナの白いハンカチとカップ。

 ふぅわりとカカオの香りが、辺りに充満する。


「ホットココアですか」


 ワタシの言葉に飲み物を持って来たルナは頷いた。


「闇夜さんも飲みますか?」

「ええ。是非下さい」


 美華は涙を拭いてからココアを一口飲みました。

 泣いたせいで目元と鼻が少し赤くなっていましたが、ゆっくりと落ち着きを取り戻していきました。


「美味しいですね」

「……うん」


 美華が、ようやく笑顔に戻ったのを見て、ワタシも胸を撫で下ろしました。



 水無瀬 美華の鞄の中では、マナーモードにした携帯が、ずっと震えていた。









「おはよ、美華!」

「リエ……おはよう」


「ねえ、大丈夫?」

「大丈夫…………ありがと、リエ」


「またアイツら、何かした?」

「…………ウザいから学校来るな、だって」


「メール?」

「…………死ね、だって」


「全部、消しちゃえ」

「うん」


「今度送って来たら、アタシ言うから」

「いいよ」


「何で? どうして?」

「だって」


「こわいの?」

「………………」


「ごめんね美華」

「どうしてリエが謝るの? リエは悪くないよ」


「アタシは……何にも出来ないね」

「そんな事ないよ! リエは私を救ってくれているよ!」


「……もっともっと頑張ったら……美華が悲しむことはなくなるかな?」

「リエ……」




「アタシ決めた」

「えっ? 何を?」


「美華、アタシを信じて。アタシが、美華を護ってあげるから」

「……ありがと、リエ。本当に嬉しいよ。本当に、ありがとう」

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