学園の怪談
ワタシと美華の交遊は、それからも続きました。
美華が、すっかり〝illusion〟を気に入ったので、ワタシ達の集合場所は〝illusion〟に落ち着きました。
ある休日〝illusion〟の扉を開けると、彼女がカウンターにいました。
「闇夜ぁ~!」
「美華……いらしていたのですね」
今日は約束も何もしていなかったので、全くの偶然でした。
「あのね! 今日は、ルナさん特製のシュークリームなんだって!」
「お口に合うといいのですけれど」
ルナは、恐る恐るシュークリームを差し出しました。
ワタシと美華は、ほぼ同時に食しました。
「ふ……ふぁあぁ……! 美味しいっ~!」
美華が飛び跳ねんばかりに感動を表現しました。
「ええ。お土産に持ち帰りたいくらいです」
「う、うん! 私もお持ち帰りしたいです!」
ワタシ達からの高評価に、ルナは心底嬉しそうに微笑みました。
「リエ、甘い食べ物が大好きだから! きっと喜ぶなぁ!」
美華は甘ったるいカフェオレを飲んでから、ニコニコと呟きました。
「リエとは、美華の妹ですか?」
「ううん。リエは、私の一番の親友なの!」
美華はシュークリームをあっという間に平らげると、親友ついて饒舌に語り始めました。リエは漢字で〝理愛〟と書き、二人は幼い時からずっと一緒にいる互いにかけがえのない存在であると。
「理愛は私にとって、親友なんて言葉じゃ足りない。
……第二の家族といってもいい。血の繋がった家族よりも理愛の方が本当に私の事全て知っていて、理解していて、受け止めてくれる人」
「信頼しているんですね」
「うん。理愛の事、とっても信頼してる。大好き」
ここまでは美華は笑顔で話していました。
「私には、もう理愛しかいないから。自宅でも学校でも、理愛しか……」
唐突に声のトーンが下がり、目線は自分の手元に下がっていきました。
ワタシは下手に相槌を打たず、静かに美華を見つめ続けました。
美華が話を再開させるのに丸々一分は掛かりました。
「……理愛は、いつも私を慰めてくれるの。
ワタシが悲しい時、寂しい時、心細くなった時……いつも傍にいて、ワタシが立ち直るまで一緒にいてくれる。
だから……親に怒鳴られたり、殴られたり、蹴られたりされても。
クラスメートから悪口言われたり、嘲笑されたり、私物を隠されたりされても――――……っ、うっ」
言葉に出す為に、記憶の奥底に封じていた辛い事を思い出してしまい、美華は苦しそうに表情を歪めると、大粒の涙を静かに零し始めました。
ワタシが背中をさすろうと手を伸ばした時、美華はその手に驚いたように身を捩りました。ワタシが右手を下ろすと、美華は大きく首を横に振りました。
「ち、違うのっ……闇夜……!」
「わかっていますよ。ゆっくりで大丈夫ですから」
「……ありがとう」
美華は、ゆっくりと息を吐くと、潤んだ大きな瞳を見開きました。
その大きな瞳に、力強い光が輝いているのを見て、ワタシは思わずじっと見つめてしまいました。
「私は、絶望しなかった。理愛が一緒にいてくれたから。
理愛が一緒に泣いて、苦しんでくれて……そして励ましてくれたから」
美華を取り巻く闇は……とても深い。
でも、彼女は一人ではない。彼女に寄り添う心優しい〝親友〟がいる。
ワタシも彼女の支えになろう……そう思いました。
「それにね。闇夜と会うと、嫌な事全部忘れられるの。
此処に来れば……〝illusion〟に来れば、素敵な夢に浸れるの。
だから感謝しているんだよ。ありがとう」
ワタシは「ありがとう」の力を思い知らされました。
「――――光栄です」
色んな感情で胸がいっぱいになってしまい、ワタシはそう言うのが精一杯でした。その時、ルナが持ち帰り用のシュークリームを持って、やって来ました。
「ありがとうございます……また来ます」
ワタシの分を持って、出入り口へ向かおうとしました。
「えっ、もう帰っちゃうの?」
美華が、ひどく悲しそうな表情になりました。
「申し訳ありません。美華は、ゆっくりして下さい」
「うん……わかった。それじゃあまたね」
美華はカウンターから手を振ってくれました。
「またのご来店を、お待ちしております」
「――――さようなら」
見送りに来たルナの声を心地よく聞きながら、ワタシは店を出ました。
天の川通りから宵月通りへ出てから、真っ直ぐ自宅へ向かうと……家の前に誰かが立っていました。小柄なショートカットの女子学生。
「
声を掛けると、
「あぁ~! 闇夜ぁ! 何処行ってたの!?」
「ちょっと近場に出かけていました……どうぞ」
中に招くと咲は、そそくさと安楽椅子の対面のソファに腰掛けました。
「初めまして、闇夜と申します。
お会いできて光栄です。これからも仲良くしていきましょう」
ワタシが常套句を言い終えた瞬間、咲は話し始めました。
「闇夜、聞いて!
あのね、あたしが通ってる学校にも怪談があったんだよ!」
「咲が通っているのは、確か……聖イノセント女学園でしたね?」
奇しくも咲と美華は同じ学園に通っていました。
咲は中等部の二学年、美華は高等部の一学年でした。
「今まで、怪談なんか聞かなかったんだけど……それは中等部に無いだけだったの。高等部には……前から、怪談があったみたいで。
――――あの、やっぱ闇夜には……物足りないかもしんない。ごめん!」
脳裏に思い描いたところで、話す気が失せてしまったらしい。
いきなり慌て始めた咲に、ワタシは努めて優しく説得を試みました。
「ワタシは、怖い話なら何でも気に入りますよ」
「いや……その……あんまり、怖くはないかも。
色んな話を知っている闇夜には、ありきたりというか、つまんないっていうか」
「ワタシは知りたいです。話してみて下さい、咲。
どうしても話したくないのでしたら、無理にとは言いませんが……」
咲は、少し躊躇いを残しつつも笑顔になり、頷きました。
「
先輩はね、とっても素敵な人なんだぁ。生徒会で書記をやっていて頭脳明晰、容姿端麗……えっと……品行方正で、文句のつけようがない優等生!
後輩だからって、先輩特有の見下し感は全然なくて。むしろ、すっごい可愛がってくれるし、気さくだし……毎回すれ違う度に声かけてくれるし!
二つしか違わないはずなのに、ずっと大人びていて、ホント憧れちゃう!
……あっ、いや! 別にあたしそーゆーのじゃないからね!?
そ、それにあたし以外にも、先輩のファンはたくさんいるんだから!
まあその中には……そーゆー意味で好きな子もいるかもだけど。
――――あっ、怪談の話なのに前置き長くなってゴメン。
えっと……あ、そうそう! だから、その神林先輩から高等部にある怪談を、一緒にお昼食べた時に聞いたんだ。
昼休みに……教室で話している友達以外の、女の声が近くで聞こえるとか。
放課後に……誰も使っていない空き教室から、女のすすり泣く声が聞こえるとか」
咲は、そこまで話してから大袈裟な仕草で肩を竦める。
「……ごめん、それだけなんだけど」
「謝る必要はありませんよ、咲」
「ん……だけど、拍子抜けしちゃったかなぁって」
「ちっとも」
「そう? なら良かった」
咲はほっとしたように心からの笑みを見せた。
「女子生徒の霊でしょうか?」
「うん? 何?」
「その声の……彼女が聞いた、女の声の主は」
「かもね。そういえば、高等部で自殺した人がいるって……聞いた事があるような……えっと、最近じゃなくて昔の事だから、噂みたいなもので。
自殺の原因とか、すごく曖昧ではっきりしないの。
厳しい校則や難しい勉強のストレスでノイローゼになっちゃったとか……先輩か同級生から受けた壮絶ないじめで絶望しちゃったとか……。
それに自殺の方法も……教室での首吊り、ベランダか屋上かで飛び降り、自分の席に座って手首か頸動脈かを切ったとか……色々あってどれが本当だかわからないの」
「はっきりしているのは、若者が早すぎる死を遂げた……ということですね。
どの悲劇よりも、残酷で悲しすぎます――――本当に」
「……うん」
ワタシは咲の話を聞きながら、美華の事を考えていました。
彼女は、高等部の怪談について知っているのか……もし知っていたなら、彼女にも話を聞いてみたいと……切実に思いました。
「さあ帰ろ! 美華!」
「理愛、今日もごめん……」
「今日も、あの店に行くの?」
「うん。ごめん」
「いいよ。美華、最近生き生きしてる」
「そ、そう?」
「うん! アタシも嬉しい! 美華の笑顔が最近絶えないもの」
「ありがとう、理愛……」
「あ。携帯震えてるよ?」
「ん? ……あ、闇夜からメールだ!?」
「うっそ!? 見せて、見せて!」
「あ! ちょ、ちょっと!」
「えーっと《こんにちは、闇夜です。日曜日、空いていますか?
予定が無いなら〝illusion〟に二時。お待ちしております》
フフ、嘘でしょ……メールまで敬語って!」
「音読しないで! ちょっと見ないでよ~! もぉー!」
「闇夜、面白い……!」
「ちょっと理愛! いつまで笑ってんの!?」
「そんな闇夜の事が、美華は大好きなんだね~」
「何で!? 何でそういう風な解釈するの!?」
「じゃあ、どうして闇夜のメール全部に保護かけてんの?」
「えっ!? いや、ちがっ……」
「美華ぁ~可愛い~」
「もう理愛! それ以上、見ないでー!!」
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