日記を隠れ見て……


 ホラー映画でよくあるシーンだ。ドアが、勝手に開く。


 見慣れた光景であるはずなのに……画面越しと実際に見るのとじゃ、感じる恐怖は段違いだ。だから、俺は開いたドアを凝視する他なかった。


 恐怖で足が竦むなんて、今まで経験した恐怖は生易しいというのか?


 映画の主人公は、勇気をもって開かれたドアの中を確かめる。

 そして中に何も無い事を確認して、安心した所に怪奇現象が起きる――――。


 俺は笑い飛ばそうとした。

 怪奇現象は……映像とか、又聞きする話とか、そういう中で起きていた事だ。

 闇夜と関わり出してから色々起きて来た。身近な人も……失った。

 俺は、オカルトを信じている。深く関わる事で得られる恐怖を楽しんでいる。

 そう。よく出来たお化け屋敷とでも思えばいいじゃんか!

 そうじゃなかったら、心霊スポット!


 一人で勝手に思っている事だが、アツミちゃんには申し訳ない。


「口が裂けても言えねえな、こりゃ……」


 つい物騒な事を言ってしまった。さっきから同じ事を考えてる気がする。

 俺は、大きく首を横に振った。

 そして深く息を吐いてから、ずんずんと廊下を進む。

 そして、半開きのドアをぐいっと勢いよく開けた。


「あ……?」


 そこは――――秘密基地だった。

 小部屋の中心に布団一式、そして周りを天井近くまで囲むようにある。

 狭くて、手身近な所に必要な物が、沢山……俺も実家の押し入れの中に作った事のある秘密基地だった。


 中には誰もいなかった。ドアを開けた者は、いなかった。

 風か何かのせいさ……でも、この小部屋には窓は無い。風のせいではない。

 それでは、何かを真面目に考えて小さく笑った。

 幽霊が開けてくれた? 俺はキョロキョロと室内を見渡すが、霊感ゼロの自分がいくら見たところで霊を見れるわけがない。


「招き入れてくれるのは結構だけれども、何も無しかよ。帰るぜ?」


 俺はドアを開けた何かに対して、言葉を発した。意志を示した。

 そうすれば……相手も何かしらの反応がある事を少しばかり期待して。

 でも、ホラー映画のような怖い展開にはならなかった。当たり前だ。


 そろそろ闇夜の元へ戻ろうか? そして取り留めのない話をしよう。

 俺は短気で、余計な事を言うから……黙っていよう。聞き役に徹しよう。

 闇夜の怪談を聞いている時の俺みたいに、静かに傾聴しよう。

 そうして帰る時間になるまで、笑顔で過ごして――――。


 パンッ!


 応接間へ行こうと、一歩踏み出した足が止まった。

 まるで呼び止めるかのように、音が鳴った。

 まるで「待って」と呼び止められたかのようなタイミングの良さだった。

 さっきと同じ音だった。大きさも同じ。

 背後で聞こえた様な、遠くから聞こえたような、耳元で立てられたような……不可解な音だ。でも、どういう現象なのかは知っている。


 ラップ現象だ。霊が音を立てると信じられているので、ポルターガイスト現象の一種と捉えられている。

 心霊ドキュメンタリー番組で、そういう現象を見た事はあった。

 物が動くならまだしも、音だけなんてウソ臭いなぁと半信半疑だった。


 でも、現実に自分の耳に入って来れば……それは紛れも無い事実。


 パンッ! パンッ!


 存在を認めようとしないで、背を向けたままの俺に抗議するように音は発せられた。振り返ったら何かいるとか全くそういうのは考えずに、改めて俺は室内に向き直った。やっぱり誰もいなかった。音を立てた存在も……。


 元々は、単なる収納用の小部屋。それを改造して秘密基地にした。アーちゃんが?


「勝手に……人の部屋を見るのは、よくないよなぁ?」


 音を鳴らした存在に、俺は問いかけていた。

 ぞわぞわっ、と背筋をよじ登ってくる恐怖を俺は楽しんでいた。

 この部屋に何かがいるのを承知で、また何か返事を期待していた。

 その時、敷かれっ放しだった布団の上にボフッと一冊の本が落ちた。

 また、音で急き立てられるのは嫌だったから……俺は足を進める他なかった。

 そして霊が動かしたであろう本を手に取った。それは、一冊の日記帳だった。



 田崎 夏生が出て行くのを、アツミは悲しそうに見つめていた。

 闇夜は、その悲しい横顔を見つめた。

 彼が、この場から逃げ出したのを咎められない。

 無理に連れて来たのは、闇夜なのだから。

 そして闇夜は彼にしていない話が……いや出来なかった話が、ある。

 何故なら彼が、田崎 夏生が道中でした話の認識を誤っていたから。

 それは彼の所為では無い、闇夜の責任だ。

 語り部として、ありのままの事実を語らなかったのだから。


 闇夜は目の前の存在を見つめた。仮面越しに、目が合う。

 先に視線を外したのは……アツミだった。


「アツミ、何を怖がっているのですか?」

「…………さっき、言いましたよね? アタシ、アリスさんに毎晩会うんです」

「はい、聞きました」

「怖がっているように見えるのは、多分……その所為です」


 闇夜は小さく息を吐いた。息継ぎとは違う、溜息のようなもの。


「ワタシが、いつ事実を語るか……それが怖いのではないですか?」


 アツミは黙った。そして叱られた子供のような顔をする。

 しかし、闇夜は容赦なかった。顔を伏せたアツミを見据えて、言葉を続ける。


「まず……安心して下さいね。ワタシは話すつもりは、ありません。

 何故なら、ワタシとアツミはいわば共犯関係の様なものですから」

「え……」

「ワタシが夏生に今まで話さなかった事。アツミが必死に隠そうとしている事。

 それは、イコールだと思います。

 ワタシが今更、夏生に語ったとしても彼は受け容れないでしょう」


 闇夜はフードを指先でつまんで、かぶり直した。

 アツミは闇夜の一挙手一投足を気にして、自分は動けずにいた。



 姿の見えない何者かに誘われた小部屋の中で、俺は日記を持って立ち尽くしていた。勝手に人の部屋に入るのは、どうかと思う。でも入ってしまった。


 そして明らかに他人の物と思われる日記を手にしている。


 もし……この光景をアーちゃんに見られたら? 闇夜に見られたら?

 二人からの追及は免れない。今ならまだ、何も見ていない事に出来る。

 けれども、理性の声に反して俺の右手は日記の表紙を捲る。

 プライバシーを覗くのは……モラルに反することなのに。

 予感がしたんだ。いつも怖い話を聞く前に『これは怖いぞ』と感じるんだ。

 闇夜の話を聞く前に……闇夜の元へ行く前に……いつも感じるもの。

 この予感を覚えると、恐怖を味わえる喜びで心が満たされる。

 いわば絶対的な恐怖を約束されているのだから……モラル違反なんか知るか!


 日記は――――ちょうど7年前だ。


 アーちゃんが中学生だった頃につけた日記……あぁ、この符合!

 運命的な何かを感じた。俺はアツミちゃんについて知るべきなんだ。

 心で謝りつつも、好奇心がくすぐられて手が勝手に動いてしまう。



平成26年 4月14日(月) 晴れ

 入学式から1週間・・・時が経つのは早いな。

 まだ制服に慣れない。とても、きゅうくつに感じる。

 友達を作りたい。アタシの願いは、それだけ。

 まずは、話し方に気をつけなくっちゃ。


平成26年 4月15日(火) 曇りのち晴れ

 今日、明るい女の子と話をした。名前は、ちさとちゃん。

 長い髪を三つ編みにした可愛い女の子。長い髪いいなぁ。

 早くも友達が出来ているみたい・・・いいな。


平成26年 4月16日(水) 曇り

 友達が、出来たのかな? 今日、遊んだ子達。

 何だか言葉遣いが乱暴で合わせるのが大変だった。

 ダメだね。せっかくの友逹なんだから。

 ただ・・・名前の事をからかうの、嫌だ。やめて欲しい。


平成26年 4月17日(木) 晴れ時々曇り

 ちさとちゃんが今日、話しかけてくれた。

 たまたま放課後、図書室で一緒になったの。

 珍しいねって言うから、本を読むのが変?って返したら

 私もこの本好きって何度も読んだ本だから貸してあげるって言ったら

 この本がおすすめだよって言った。その本を借りて、今日は帰った。

 初めて読む本だから楽しみ。


平成26年 4月18日(金) 雨

 今日は友達がカラオケに行くと昼休み、いきなり言った。

 雨になるよって言ったのに、行くって言って聞かないんだもの。

 学校終わった頃はどしゃぶり。それアタシのせいにしないで欲しい。

 雨女とか言って、からかわないで・・・。



 薄くて小さい文字から、一度、顔を上げる。

 ちさとちゃん、と書かれている少女はチーちゃんの事だ。

 話し通り、別のグループのようだ。そんなに接点はない。

 ……この頃から既にアーちゃんは、楽しい学園生活を送れてないようだ。

 友達に恵まれなかったのだろう。俺は、1ヶ月ほどページを飛ばした。

 ゴールデンウィーク過ぎの……五月の下旬。



平成26年 5月25日(日) 晴れ

 今日は、とても良い天気。

 でもアタシの心は曇り空。また学校に行って、友逹と会うのが嫌。

 友達? そうなのかしら? 何だか一緒にいても、全然楽しくない。

 ちさとちゃんと仲良くなりたいな。なりたいな。

 そうすれば、幸せになれる気がするの。


平成26年 5月26日(月) 晴れ

 今日、勇気を振り絞って、ちさとちゃんに話しかけてみたの。

 緊張のあまり、話し方が変になってしまった。

 でも、ちさとちゃんは笑わなかった。

 それどころかチーちゃんって呼んでねって。そしてアーちゃんっていう可愛いアダ名も付けてくれた。うれしい。とってもうれしい。

 もう友達なんか、いいや。

 チーちゃんと一緒の方が何倍も何十倍も楽しいもん。


平成26年 5月27日(火) 晴れのち雨

 今日、友逹にゲームセンターに行こうと誘われた。

 でもチーちゃんと図書室で一緒に宿題する約束があるから断った。

 他の女の子も一緒かと思ったら、彼女1人だった。

 苦手な教科もチーちゃんと一緒なら楽しい。


平成26年 5月28日(水) 雨

 朝から雨で、うっとうしかった。

 友達が昨日の不参加の件を繰り返している。朝からずっと。

 繰り返される雨音は聴いていも苦痛じゃない。でも小言は嫌い。

 どうしてこうなるのかな? アタシは自分を殺して精一杯合わせてるのに。

 少しくらい自分の好きにさせてくれたって良いじゃない。


平成26年 5月30日(金) 曇りのち晴れ

 昨日、書き忘れちゃった。色々遭ったから。

 チーちゃんがアタシの友達・・・だった人達と争いをしてしまった。

 理由は、あの友逹だった人が、アタシの名前をしつこくからかっていて。

 それを聞いていたチーちゃんが、やめなさいって言って。

 アタシが勇気を出して言うべき言葉だったのに・・・

 チーちゃんに言わせてしまった。

 そして今日、友逹はアタシの事をいないかのように扱った。

 お昼休みはチーちゃんと食べた。他の子とも話した。とても楽しかった。



 徐々に良い方向に向かっていると思って、頬が緩んだ。

 ……しかし、学園の怪談の話が全く出て来ない。

 暑くなって納涼として使われるのかもしれない。

 そう思ってまた数ページ飛ばした。

 初夏……6月頃だろう。それ以降は、夏期休暇になってしまう。

 そういう類いの物が出て来ないか、怪談のワードだけを探す。

 俺が闇夜と共に此処に来たのは……怪談の話が目的なのだから。



平成26年 6月25日(水) 晴れ

 まさか、聖童学園に怪談があるなんて思わなかった。

 しかも中等部に代々伝わる怪談。チーちゃんは怖い話大好きなんだって。

 部活の先輩に教えて貰ったんだって楽しげに話していた。

 でも他校の幼馴染が、小学生の時に話していた話と違う。

 今度、調べてみようなんてチーちゃんは言う。でも、アタシは怖いなあ。

 帰り道が本当に怖いよ。口裂け女に遭ったらどうしよう?



 出た。そして、二人の中学生は調べに行った図書館で闇夜と出会うんだ。

 その事も日記に残してあった。

 日付が進むにつれて深まっていく二人の友情。

 けれども――――楽しい日々ばかりじゃない。

 目に飛び込んできたのは、毒々しい赤い文字。



平成26年 7月18日(金)

 人生最悪の日だ。あの人達が、またアタシをからかってきた。

 怪談を本気で怖がっているのが、馬鹿馬鹿しいって。

 チーちゃんが他の友逹の所へ行っているのを見てやって来た、卑怯者。

 アタシが無視していたら、笑いながらアタシを女子トイレに連れて行った。

 3階の女子トイレ。3番目の個室へアタシを連れこんで、閉じ込めた!

 狭い個室。四方八方から聞こえて来る笑い声。からかう声。大っ嫌いな声。

 アタシが怖がるのを面白がってる。

 大騒ぎしたせいですぐに先生がやって来た。

 もう学校に行きたくない。行きたくない。絶対に行きたくない。

 どうして・・・? なんで・・・・? 笑うの?

 ・・・なんで・・・・いきたくない・・・・いやだ

 いやいやいや!!

 アタシ・・・・・・・どうしたんだ・・・起きたのに・・・

 体の中からっぽ・・・・

 ・・・・・なに・・・こ これ

 どうしちゃったの?



 後半は殴り書きされた乱雑な文字だった。

 それから一切、書き込まれた様子はなかった。

 俺は胸がギリギリ痛むような感覚を覚えながら、最初の表紙を見た。

 裏表紙に≪2014年 中等部第1学年 桐浴きりさこ 惇美あつみ≫とある。

 アーちゃんの本名に違いない。惇美って書くんだ。

 確かに日記を見て色々、知る事は出来た……でも! 

 胸糞悪い気分になっただけで、恐怖は無かった。


 落胆した俺は、日記を閉じて溜息を吐いた。

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