呪いの成就 後半

 ……再び電源が入った時は、森を歩いている映像だった。

 ナイト撮影用モードに切り替わっている。

 微かに光がチラチラ見えた。到着した救急車の回転灯の光だろう。

 落ち葉と小枝を踏みしめる音が、一段と大きく響いていた。


「あれじゃあ、皆の所にいけないな。まあいいや。

 これだけ深く入れば、見つからないよね? さっさと済ませてしまおう」


 全身を映せる位置にカメラを置いて、仲村は藁人形と釘を取り出した。


「さて。誰にも見つからない内に、僕に呪いが及ぶ前に、早く……」


 まず藁人形に釘を試しに突き刺してから、ポケットに入れた金槌を使用した。

 彼の足元にはメンバーの人数分……一つ一つにメンバーの実名が記された、藁人形が転がっていた。全員を呪い殺す用意を整えておいたようだ。


「この者に苦しみを与えたまえ……この者に死を与えたまえ……」


 本編に入りこんでいた台詞を、仲村は呟きながら釘を打っていく。

 呪詛が行われている間、パトカーのサイレン音と回転灯の光が増えた。

 救急隊員も成す術も無く……あっという間に誰かが死んでしまったのだろう。


 そして、それが一人でなく複数だとしたら……変死として警察を呼んだ。


 仲村はカメラを再び取り上げて大木へ向けた。

 複数の藁人形が胸を貫かれて刺されて、不規則に並べられている。


「あれじゃあ、確認の映像を撮る事は出来ないなぁ……」


 全ての藁人形を打って、振り返った仲村は普段の口調で言った。

 本当に死んだのかどうかわからないから、平然としているのだと思った。

 何人も殺しておいて、普通で居られるほど図太い神経は持ってないはずだ。

 しかし、その目の輝きは夜行性の動物のように獰猛だった。 


「――――仲村ぁー!」


 誰かの怒鳴り声がして、仲村は全身をビクつかせた。

 カメラを向けると血走った目をした鈴本 悠史がいた。


「あ。鈴本さん、どうも」


 まるで待ち合わせをしていたかのような感じだった。


「お……お前……こ、こ、殺した、な! 皆を、殺したな!?」


 息も整えず、ぜいぜいと苦しそうにしながら鈴本さんが言った。


「まあ殺そうと思ってやったので一応、はいと答えておきます」


 あっさりと仲村が認めたので、鈴本さんは口を開いた。……開いたのはいいが言葉がなかなか出て来ないようだ。金魚のようにパクパクとしている。


「皆を……紅亜を殺したのか? 本当に?」


 女性のように細身で、弱々しい感じの仲村のイメージが強いのだろう。

 どう考えても大量殺人なんて行えるほど力も精神も持ち合わせてない……。


「何言ってるんですか? 元はといえば、鈴本さんが悪いんですよ?」


 別人のように雄弁になった仲村は冷酷に言った。


「な、な、何を言って! 僕が何をしたんだよ!?」

「だって僕に丑の刻参りをやらせたのは、鈴本さんじゃないですか。

 丑の刻参りをしている所を他人に見られると、呪詛をした者に……その呪いが跳ね返って来る。それを知ってても尚、僕に丑の刻参りをさせたのは……?

 ――――プッ! どうしたんですかぁ? そんな顔して。

 僕が何にも知らないと思っていたんですか? 本っ当に酷い人ですね」


 言葉と似合わない明るい口調で仲村は続けた。


「利用されるのは高校からの事ですし慣れているので、別にいいです。

 けれど、さすがに命が危険に晒されるような事は……やりたくないですよ。

 でもまあ、ちょうどいいやと思って鈴本さんを呪ってやりましたけれど。

 あの藁人形を見た時の、顔! あれを見ただけで僕の溜飲は下がりました」


 だんだん声音が低くなっていく。


「ただね……呪いは、そう簡単なもんじゃないんです。

 もし他人に見られてしまった場合、呪いが自身に跳ね返らないようにするには目撃者も殺してしまわないとならない。当然、知ってますよね?

 いやあ、丑の刻参りって本当に怖いですねぇ!」

「ひぃ、人殺し! け、警察が来ているんだからな!

 俺が大声を出せば、すぐに警察官が来る! お前は逃げられない!」

「あ。そうですか?」


 一歩近付くと、鈴本さんは慌てて後ずさった。


「く、ぅ、来るな! 来るなぁ!」

「藁人形じゃなくても、その額に釘を刺せば死にますよね?」


 カメラを持っている仲村の顔はわからない。でも、声は笑っていた。

 鈴本さんが恐れているのは、目の前にいる呪詛者……。

 恐怖の所為で足がいうことを利かないのか、その場に尻餅を着いた。両手を使って距離を取ろうとするが、じたばたしているだけで全く逃げられてない。


「のろい……なんか、あるはず……ないだろ」

「皆が死ぬを見ているのに、まだ言ってるんですかぁ?」


 くすくす笑う仲村。鈴本さんは恐怖で目を見開いた。


「僕、ずっと此処で丑の刻参りしていたんですよ? このビデオが証拠です。

 大体……秋元さんが死んだ時、僕いなかったですよねえ?」


 恋人の死に様を思い出したのか、恐怖から愕然とした表情になった。


「僕は一階のロビーで藁人形に釘、打ってましたから。

 皆が二階の部屋で映画に夢中になっている間、ずっと、ずぅっと……。

 それにしても酷いですよねえ、皆。僕抜きで試写会を始めるなんて。

 まあ、結局のところ? 何だかんだ言っても僕は?

 ――――単なるパシリ君なんでしょ? 鈴本さん?」

「いや、僕は探そうと言っ」

「もーいいですっ! みーんな死んじゃいましたから――――あとは一人だけ」


 ごそごそという音と共にカメラがブレる。

 鈴本さんも今の内に大声上げればいいのに、喉が畏縮してしまっているのか黙ってる。極限の恐怖に晒された時、人の身体は機能不能になるようだ。


「映画には統一性が無いと。映画は、クライマックスが大事なんですよね?

 ここで鈴本さんを殺してしまったら、ホラー映画じゃなくって単なるスナッフビデオになってしまう。ここはやっぱり……」


 藁人形を取り出した。鈴本さんの視線は、必然的に不気味な代物へ移る。


「あ。その前に、やる事があった」


 次の瞬間、仲村は鈴本さんに襲い掛かった。カメラが放り出される。ガヅッという音と共にカメラの映像が乱れると同時に、苦痛に満ちた叫びが聞こえた。


「あ、あぁーあ! カメラ、カメラ!」


 慌てて拾い上げる仲村。


「邪魔だから、つい投げちゃったけれどー……大丈夫、かな?

 だいじょうぶ……です。はい、撮影続行可能です。良かったぁ」


 冷静な仲村の声と、泣き声というか悲鳴というか……名状しがたい叫びが続いている。カメラが、鈴本さんへ向いて置かれる。


 倒された彼は、地面に仰向けになったまま両目を押さえて叫んでいる。

 流血が、涙のように頬を伝わっている。

 それでわかりたくなかったけれども、わかってしまった。

 これから行う呪詛を他者に見られてはいけない。呪いが成就しないからだ。

 だから、目の前の目撃者になりうる彼の両目に釘を刺したのだ。


 カメラをチラリと一瞥した仲村の顔は、既に人の者では無くなっていた。

 四つん這いになって……地面に押さえつける様にして置いた藁人形に向かって釘を突き刺した――――何度も、何度も、何度も、何度も……。


「死ね……死ね……死ね……死ね……」


 釘が人形に刺さる度、悲鳴を上げる鈴本さん。

 一心不乱に釘を突き立てる怨念の鬼と化した、仲村。

 次第に苦痛の声は小さくなっていき、消えた。

 鬼は釘をぐりぐりと刺し込んでからカメラに手を伸ばし、鈴本さんへ向けた。

 やっぱり、その両目には深々と釘が突き刺さっていた。

 胸を掻き毟り、断末魔として相応しい形相のまま息絶えていた。


「呪いは成就した……目撃者も全員死んだ……僕は助かったんだよね?

 ふ、ふふふはは、あはははははははっははぁああ!」


 まるで何か大偉業を成し遂げたように、いつまでも笑い続けていた。

 しかし、複数の足音に鬼は我に返った。

 藁人形を放り出して、カメラを抱えて逃げた。

 漆黒の闇を進んでいるのに恐怖は感じて無いらしい。


 唐突にビデオカメラの電源が消された。





 映像を見終わった後も俺は液晶画面を凝視していた。


「ワタシを憎みますか?」

「えっ?」


 その言葉に、俺が向くと闇夜は俯いていた。

 白い仮面が心なしか悲しげに見えるのは……申し訳なさそうな口調のせいだ。


「ワタシが呪いの話をしたのが、悲劇の発端です」

「そんな……! だって、闇夜は呪いを実行するなって言ってたじゃないか!」

「人間、行動を制限される事を嫌うものです。

 してはいけないものほど、したいと思ってしまうものです」


 俯いたまま、自分を責める言葉を吐く。

 どうして闇夜が自責の念に駆られなくっちゃならないんだ?


「闇夜が、悪く思う必要なんて全然ない! 

 闇夜が悪いっていうなら……そしたら、闇夜の元に連れて来た俺だって悪いことになっちまうじゃんか!」


 俺が必死に言葉を連ねる。まだ映像が脳裏を何度もリフレインしている。

 何かに取り憑かれたようになった仲村の、鬼気迫る姿。

 いきなり悶絶死した秋元さんに、両目を釘で刺されて呪殺された鈴本さん。

 いくら、丑の刻参りだからって……確かに目撃者は殺せっていうけれどさ。


「あれ?」


 俺は違和感を感じた。

 仲村は、オカルトとか怖い話がめっぽう嫌い……というか、大の怖がりだからあの呪詛を行う姿は違和感満載だった。だけど、そうじゃない。

 俺がおかしいと感じたのは、それだけじゃなくって。


 どうして仲村は、丑の刻参りに詳しかったんだろう?


 鈴本さんが撮ろうとしていた作品のモチーフだから、勉強した?

 いや、あいつはトイレの花子さんだってマジで信じて、怖がっていたんだ。高校生にもなって……大体、男なんだから関係ないだろうが、って突っ込んだ覚えが。


 思い出すのは高校時代の気弱な仲村の姿だった。やっぱり、おかしい。


「変だな。仲村が丑の刻参りの事、どうして詳しく知ってたんだろう?

 鈴本さんが……教えるわけないよな。恋のおまじないって言って、騙そうとしてたわけだから……多分、最初っから怖がりの仲村を利用する気だったんだな。

 とはいえ、仲村が自主的に調べようなんて思うはずが――――」


 長考していたら、いつの間にか口に出していた。

 そうしたら、先程の闇夜の言葉が映像を切り裂いて浮かんだ。


『ワタシが呪いの話をしたのが、悲劇の発端です』


 あれは、俺が初めて鈴本さんと仲村を連れて来た日の出来事じゃないのか?


「闇夜……もしかして……?」


 闇夜はカメラを棚に戻していた。その背中に言葉を投げかける。


「仲村にさ、丑の刻参りの詳細、教えた?」

「はい」


 即答だった。少しは言い淀んだり……して欲しかった。


「な、何でだよ!?」

「映画の撮影の為なのかと思って、全て話してしまいました」


 鈴本さんの代わりに……とやって来れば、疑う事は無いだろう。

 でも、まさかその時から既に映研メンバー全員を呪うと決意していたのか?

 日頃パシリのように扱き使われている、その恨みで?


「だから、言ったでしょう? ワタシの所為です、全て」

「違う!」


 俺が大声をぶつけると、闇夜が振り返った。


「違う、絶対に違う。闇夜が悪いんじゃない。俺だって悪くない。悪いのはさ

……安易に呪いなんかに手を出す奴等じゃんか。仲村は大馬鹿野郎だし。

 そして呪いを他人を騙してやらせようとした鈴本の野郎なんかはクズだ!」

「……呪いが――――」


 闇夜が、低く呟いた。


「呪いが成就して幸せになった人なんか、誰一人いない……。

 呪いを絶対に実行してはいけないと言ったのに、何故……」


 その時、闇夜が即座にリモコンを弄った。そしてテレビを点けた。


「――――郊外の雑木林で、発見された死体の身元が判明しました。

 被害者は都内の叡知大学に在籍する仲村 一彰さん……」


 それは、まるで図ったかのようだった。

 俺は唖然と画面に映る顔写真を見つめていた。

 暗い表情の仲村の写真。……彼の笑ったところを見たのは……あれだ。闇夜の存在を信じてくれて、ありがとうって御礼を言った時……照れて笑った笑顔。


 気付けば、俺は泣いていた。もう何も言えなかった。

 どんなに泣いても、怒っても、悔やんでも……死んだ人は帰って来ない。


 闇夜は黙ってテレビを消した。そして、ドアへと歩いて音も無く開けた。

 俺は言われるまでもなく、家の外へ出た。

 出ていく間際、すれ違った闇夜から聞こえた。


「――――さようなら、夏生」


 振り返ったのは、家に出てからだった。目の前でドアが閉まってしまった。


 俺は……帰る。そして、いつものように大学に通うんだ。

 事件の被害者を悼むでもなく、自分勝手に推測を語る奴らがいる大学へ。

 闇夜となら、同じく悲しみを共有出来ると思ったのに。

 俺は、名残惜しく古びたドアを見つめた後……ゆっくりと踵を返した。

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