呪いの成就 前半

 床に置かれたカメラが、とある一室を映している。

 集合写真を撮るように集まった映画研究サークルのメンバーが、笑顔で映っていた。監督の鈴本 悠史、主演の秋元 紅亜、そして女性が三人と男性が三人。


「これから、作成した映画≪丑三つ時の呪い≫を、試写会したいと思います!」


 中央にいる鈴本さんの言葉に、メンバーが歓声と共に手を叩いた。


「で……今更だけれど全員いるよね?」


 振り返って尋ねた鈴本さんに皆が笑い出す。


「本当に今更(笑)」

「これで誰かいなかったら、どーするんですか!」


 サークル長は、周囲を見渡して仲村が居ない事に気付いたようだった。


「えーっと……仲村君は?」

「えっ? 部屋に呼びに行ったらいなかったので、先に向かったもんだと……」


 女子の一人が答えた。笑い声が続く。


「つか何で誰も気付かないんだよ!(笑)」

「あいつ幽霊並みに影が薄いからなー」


 本人が居ない事をいいことに好き勝手言うメンバー。


「いいじゃない、別に一人くらい居なくったって!」


 秋元 紅亜が一気に不機嫌になった。


「どこに行ったのか一応、知っとかないとさあ……」

「部屋にいるんじゃないのぉ?

 あんな気持ちの悪い奴なんかどうでもいいから、早く観ようよ!」

「おい、秋元……!」


 言い過ぎだと思ったのか鈴本さんが窘めると、秋元さんはきっと睨んだ。


「子供じゃないんだから大袈裟に心配する必要ないでしょ!? 全く……」


 よほど先程の藁人形の件を引き摺っているようだった。

 他のメンバーも心配してないのか、率先して探しに行こうとする者はいない。

 鈴本さんも行こうとしない。場の空気が、行動させないのだ。


 メンバー1人不在のまま、試写会が始まった。


 鈴本さんの作品映画≪丑三つ時の呪い≫は、丑の刻参りをモチーフにした映画のようで、内容は江戸時代から続く呪いが、平成の女子大生に振り掛かる……という話のようだ。そして一彰が代役したのは、呪いの元凶となる女のようだ。


『許さぬ……許さぬ……忌々しい女……その子、孫、幸せになる事など許さぬ。

 苦しむがいい、未来永劫……あの女の血が一滴でも流れる者は苦しめ!

 この者に苦しみを与えたまえ……この者に死を与えたまえ……』


 呪いの言葉を吐きながら釘を打つ様は、何度見ても鳥肌が立つ。


「あれ?」


 ここで鈴本さんが首を捻った。


「最後の台詞、こんなの吹きこんだっけ?」


 そう言いながら台本を確認した、次の瞬間!


「あぁがっ、ぎゃあぁあああああああああああああああああ!!」


 いきなり秋元さんが胸を押さえて絶叫したのだった。


「うおっ!? どうした!?」

「い、いいって! いいって! そーゆーのマジで(笑)」


 呪うシーンを見ている最中だったので皆、即興の演技だと思ったのか笑う。

 しかし、演技にしては長すぎるほど苦しんでいるし……その苦しみ方が尋常じゃない。白目を剥いて、舌を突き出して、床を転がりまわっている。


「おい、秋元! おい、大丈夫か!?」


 さすがにおかしいと思ったのか、周囲の反応が変わり始めた。


「紅亜、しっかりしろ! おい、救急車呼んで! 早くしろ!!」


 傍に駆け寄った鈴本さんが、立ち尽くしている女子に怒鳴りつける。

 言いつけられた彼女は、即座に部屋を飛び出して行った。


「紅亜、じっとしろ! 紅亜!」


 鈴本さんが一番楽な体位にしようと手を伸ばすが、彼女がそれを振り払う。


「おい、手伝え!」


 ボサーとしている男共に鈴本さんが怒鳴った。

 しかし成人男性複数の力でも、苦戦するほど秋元さんの抵抗力は強かった。

 二人の女子はオロオロとそれを見守る事しか出来ない。


「きゅ、救急車、到着まで十五分は掛かるそうで」


 そう叫びながら開けっ放しのドアから女子が入って来た。


「紅亜!」


 鈴本さんが何度目か名前を呼び掛けた時、彼女の絶叫は途絶えた。

 仰向けになり、そのまま硬直した。


「………………嫌ぁああああああぁぁあぁごぼっ!」


 何か恐ろしい物を見たかのような悲鳴の後、口から噴水のように大量の鮮血を吐き出した。一番近くに居た鈴本さんの上半身に振り掛かる。

 他のメンバーは、声を上げて後ずさった。瞬時に静まり返る一室。

 映画は普通に再生されている。床のカメラも回っている。

 数秒の間を置いて、音割れするほど甲高い複数の悲鳴が響き渡る。


「紅亜ぁー!! どうしてっ、どうしてぇー!?」


 悲痛な叫び声――――鈴本さんのものだった。

 彼女の血を被ったまま、彼女の亡骸に縋りついて慟哭する。

 その悲しむ様は、ただ単にサークルのメンバーを失っただけとは思えない。


 まるで最愛の者を失くしてしまったような……そんな嘆き方だった。


 他のメンバーは掛ける言葉も無く、呆然と突っ立っていた。

 突然すぎる死のショックが癒えて、次には悲しみが喚起させられたのか、それとも鈴本さんからのもらい泣きか……女子達が泣き出した。

 そんな皆を我に返らせる事が起きた。ドアが音を立てて閉まったのだ。


 バダンッ、という大きな音に皆が一斉にドアを見た。


「おい、いきなり閉めるなよ!」


 ドア付近に立っていた救急車を呼んだ女子に、男が怒鳴った。


「わ、私じゃないでず! 私、じめでないでずぅ!」


 彼女は泣きじゃくりながら否定の言葉を叫ぶ。


「じゃあ誰が……!」


 再び男が怒鳴ろうとした時。ドガ! と鈍い音がした。

 再び、皆がドアを注視した。そして慌てて走り去っていく足音……。


「だっ、誰だ!?」


 一人の男が、おずおずとドアに近寄る。


「やめて……やめて……」


 女子が止めようとするのを振り払って、男はドアノブを捻ったらしい。

 しかし金具がガチャガチャいう音しか聞こえない。


「何だよっ、くそ! おらあ!」


 試行錯誤しているらしいが開かないらしい。


「……ぶち破るしかねえか? おい、力貸せよ!」


 他の男二人も加わって、いっせーのでドアに体当たりをした。

 バギッと音がしてドアが開いたようだった。


「いっ……いってぇ……」


 最初にドアに駆け寄った男の苦痛の声。


「ど、どうしたんですか?」

「何か刺さった」

「え?」

「木のトゲか何か……ん? …………うわあああっ!?」


 皆が、恐怖に顔を引き攣らせて部屋の外へいこうとする。


「きゃあああああああああっ!!」


 またも悲鳴。そして泣き声。

 ビデオカメラは床から動かされないので、画面はずっと固定されたままだ。

 上映中の映画と、秋元 紅亜の死体の傍で跪く鈴本 悠史の姿を捉えている。


「鈴本さん、鈴本さん!」


 男が力任せに肩を掴んで揺する。鈴本さんはゆっくりと顔を上げた。


「これがっ、これがドアの、ドアに、刺さってて!」


 男が差し出したのは――――藁人形だった。

 その藁人形を見た瞬間、鈴本さんの顔色が一変した。


「あ……秋元 紅亜……?」


 藁人形に書かれた名前を読み上げる。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!! 呪いなんかじゃない! 呪いなんて!!」


 乱暴に投げられた藁人形は、存在を忘れ去られたカメラにぶち当たった。

 強制的に映し出された、藁人形。その胸には何本もの釘が打ちこまれていた。


「呪いなんて、あってたまるか!!」


 金切り声で叫ぶ鈴本さん、女子の泣き声はますます大きくなっていく。


「こんなの、性質の悪いイタズラじゃないか。

 この部屋にいなかったのは一人しかいないじゃないか。仲村を探すぞ!」


 理論的に捲し立てられて男達は、僅かな希望を胸に頷いた。

 得体の知れない呪いではけしてなくて、これは人の仕業なのだと。


「女子達はロビーに集まっていて! 僕達は仲村を探して来るから。

 絶対に勝手に動かない事! 救急車が来たら……状況を説明しておいて!」


 そう言い捨てて鈴本さんと男達の足音が遠ざかっていく。


「……行こうよ」


 蚊の鳴くような小声で、女子の誰かが言った。

 秋元さんの死を悲しんでいるのか、恐怖で怯えているのか、泣いている。


「あの、藁人形さ……ドアに突き刺さってたよね?」

「もういいから! 行こうよ!」

「馬鹿! さっきドアが閉まって、その後突き立てたんだとしたら。

 仲村……まだ、この建物の中にいるじゃん!」

「あ……」


 女子達は沈黙した。泣き声さえも止んだ。


「で、でも鈴本さんはロビーに居ろって言ってたじゃん。

 戸締りをちゃんとすればさ……」

「中に居たら戸締りも意味無いじゃん!」


 不安を煽るつもりじゃないだろうけれども、一人の女子が喚いた。


「と、とりあえず言われた通りにしようよ。

 ロビーに私達がいなかったら鈴本さん達が心配するだろうし。

 女子だけだけれど三人もいれば、手出し出来ないはずだし……。

 そうだ。不安だったら、あのカメラの脚立を持って行こうよ。護身用として」


 これ以上嫌な想像を否応なしに思い浮かぶ言葉を聞きたくないのか……一人が部屋の隅に立て掛けてある脚立を持ってさっさと部屋を出てってしまう。

 止める間もなかったので、二人がパタパタと足音を立てて追いかけた。


 残ったのは、秋元さんの死体だけ。上映されていた映画は終わっていた。

 ビデオカメラは藁人形と死体を、忠実に映している。


 人の声も、足音もしなくなってから五分の時間が過ぎた頃……。


 開けっ放しのドアが、静かに閉められる音がした。

 そして足音がどんどん大きくなって、カメラのすぐ前にあった藁人形が掴まれた。


「皆、二ヶ月近くもホラー物を撮ってて、どうして頭固いかなぁ?

 普通に考えれば呪い殺されたってわかることじゃないかぁ?」


 声を聞けば、あの場に居たメンバーではない事はすぐにわかった。


「えーっと……一応、説明しておいた方が良いかな。

 誰が見るか、わからないし」


 カメラが持ち上げられて……器用に、慣れたように、藁人形が映し出された。


「丑の刻参り――――丑の刻に、神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形に、このように釘を打ち込む日本古来から伝わる呪術です。

 あ。丑の刻とは、午前1時から午前3時の時間帯のことです」


 仲村 一彰は、無感情な声で説明をする。


「それにしても連夜、繰り返して七日目に満願となって呪う相手が死ぬはずなのに……一度だけでも死んでしまうんですねー」


 そう言いながら、カメラが死体に向けられる。


「――――あははははは」


 何がおかしいのか、笑っている。


「このまま、順調に皆が死んでくれればいいんだけれどなぁ」


 死体を一度アップさせてから、スッと窓が映された。

 窓ガラスに映った仲村は無表情だった。


「ごめんなさい、秋元さん。

 僕を恨んでもいいですけれど、あなたの恋人も恨んで下さいね?」


 窓を開けた所で、カメラの電源が切られた。

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