抹殺投票

T.Jogging

プロローグ

 抹殺投票のシステムはとてもシンプルだ。人々が抹殺投票に参加するには、携帯端末に抹殺投票専用の無料のアプリケーションをインストールするだけでいい。これで投票権を得ることが出来る。

 以下が抹殺投票のルールである。


1.投票者は、投票権を得た日から1年毎に1人だけに対して投票を行うことができる。


2.投票結果に関係なく、投票した人物は投票を行った時点から1年間″対象者″となる。


3.投票された人物が″対象者″だった場合、その人物に対しての投票が開始される。投票期間は一ヶ月である。後述する反対票が一定数入らなかった場合、もしくは一ヶ月以内に1000票以上の投票があった場合、対象者はターゲットとなり抹殺が実行される。


4.抹殺投票が行われている″対象者″に対して一ヶ月以内に反対票3割以上が入った場合、抹殺は取り消される。また、反対票のみを投票した人物は″対象者″には指定されることは無い。但し、反対票を投じる事が出来るのは一年間抹殺投票を行っていない者のみである。


5.抹殺投票を行っていない人物に対して1ヶ月以内に100万票以上が集まり、反対票が1万票以下であった場合、その人物は″特例ターゲット″となり抹殺が即実行される。


 この5つの基本ルールから成る抹殺投票というシステムは、つまりは誰も投票を行わなければ誰も″対象者″には成らないシステムなのだ。

 その目的は各国の政治指導者や過激派集団のリーダーといった、世の中に名前が知られるであろう人物の暴走を抑制することにあった。

 つまり、究極的な意味での平和措置として統一政府の大統領が制定したものであった。


 そんな抹殺投票の最初のターゲットは、テロリストのリーダーでも人民を虐げる国家指導者でも無く、抹殺投票を制定したリック・アンダーソン大統領であった。

 抹殺投票の制定が統一政府から世界中に通知されてほぼ一週間ほどで大統領の元には100万票以上の投票があり、″特例ターゲット″となった大統領はまもなく抹殺が実行されその命を落とした。

 これによって世界中の100万人が新たに″対象者″になり、その″対象者″に対して更に抹殺投票が行われる。これが繰り返された事によって制定から3ヶ月が経つ頃には、全世界の人口のおよそ40%近くの人々が″対象者″となっていた。

 当初の目的からは外れ、個人的な感情で抹殺対象にしたい人物をSNSやネット上の匿名掲示板で晒す人物も現れ、それを見た人々が遊び半分で投票を行うという事まで起きるようになっていた。


 こうして個人攻撃の手段と成り代わった抹殺投票はしかし撤廃される事は無かった。

 政治的に大きな力を持つ人物が尽く対象者となってしまい、彼らはこの抹殺投票に反対だという意見を大声で語れば、抹殺投票によって合法的に殺されてしまうという恐怖感に包まれてしまっていた。


 しかし抹殺投票制定から月日が経つに連れて抹殺投票は次第に人々の間に溶け込んでいった。

 悪用こそあれど結果的に見れば抹殺投票制定からたった一年で世界中の犯罪件数が著しく下がっていた。この事で人々はこの制度に寛容になっていった。


 そして抹殺投票制定から3年、多くのものが抹殺投票という極めて合法的な方法で命を奪われる中、未だに特例ターゲットとして命を絶たれた人物はリック大統領のみである。

 世界の大物の殆どが投票を経験し対象者となった今、特例ターゲット候補が今後現れる事はまず有り得ないだろうと誰もが考えていた。

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