第15話 ゴングが鳴る


 黒い髪の少女は いつも空を見ていました


 金の髪の少女が二人分の荷物を持って苦しんでいても


 その目にうつるのは空ばかり


 金の髪の少女は進みます


 二人分の荷物を持って歩きます


 その姿を 人々は美しいと思いました



 ラント族伝承古書『いせかいのおとめ』




※※※




「くっくっく、どんどん溜まっていくなあ。笑が止まらないな……はっは!」


 リンちゃんが嫌らしい笑みを浮かべ、上機嫌でお金を数えています。

 童話に出てくる悪役魔女や意地悪なお婆さんと同じオーラを纏っています。

 窓からは暖かい日差しが入り、穏やかな風に揺れるカーテンを見ていると幸せを感じるのですが……リンちゃんがいる一角だけ暗黒地帯です。

 近づきたくないなあ。


「同じ顔であることが苦痛です」


 リコちゃんが死んだ魚のような目をして呟きました。

 オリオンに至ってはリンちゃんを視界に入れないよう、顔を埋めるようにして本を読んでいます。


 シュシュの売れ行きは落ち着きつつあるのですが、ポン汁の売れ行きがかなり良いようです。

 大々的には売らず、まだこそこそと売っているのですが、噂を聞きつけたお金持ちに良い値段で売っているそうです。

 どうやらダイエット目的というより、アッチ方面の目的で求められているそうです。

 『金持ちのエロオヤジが多いってことだな』とリンちゃんがニヒルな笑みを浮かべていました。


 一応ダイエット目的の方でも売れ上げは伸びてきています。

 リンちゃんが目論んでいた通り、私の変化を見て興味を持ってくれているそうです。


「偉いぞステラ〜、この調子で金を落としてくれよお!」


 リンちゃんの腕に頭をホールドされながら、グリグリと撫でられています。

 褒めてくれているようですが、中々の力で首が締まっています。苦しい!


「ステラ様の成果は素晴らしいです。商いに繋がる才も然ることながら、お姿の変化には目を見張ります」


 どこからか取り出した武器の本の角でリンちゃんを軽く殴打しつつ、褒めてくれました。


「ありがとう、リコちゃん!」


 そうなのです!

ポン汁と鍛錬の日々で、この体についていた脂肪をごっそりと削げ落とすことに成功しました。

 でも、まだ五十キロはあると思います。

 身長があまり高く無いので四十キロ台まで落としたいところですが、あと一歩だと思います。


 体が締まると見た目の印象が幼くなりました。

 目つきはやっぱり鋭いので威嚇している黒猫娘、といったところでしょうか。


 城でも私の途中経過を見ていない人に会うと『ハズレ姫』だと気づかれず、『お嬢さん』なんて呼ばれることもありました。

 頑張った、私。

 灰原さんがこの姿を見たらきっと驚くと思います。

 セイロンにも『豚』だなんて言わせません!


 最近は遺跡通いなので、装備のスワロウセットを纏って過ごしています。

 髪は邪魔にならないよう、リンちゃんと同じようにポニーテールにしています。

 少し手を加えて『捻り』を入れています。

 『くるりんぱ』というやつです。

 高校生活の体育の時間にこれをよくやりました。

 簡単だし可愛いし、最高ですね。


 リコちゃんにこの世界の基礎化粧品を集めて貰い、ナチュラルメイクもしているので見た目はかなり磨けたと思います、えっへん!


 ちなみにくるりんぱを簡単に出来る道具を針金のような素材で作ったのですが、それもリンちゃんが売り始めました。

 でも簡単に真似出来るのであまり売れなかったようです。残念でしたね。

 

 『くるりんぱのアレンジ方法をよく聞かれる』と、リコちゃんが言っていました。

 リコちゃんにもいろんなくるりんぱをしてあげているので、周りのメイドさん達が気になるようです。

 アレンジ方法を纏めて売ろう! とリンちゃんが言い出しましたがどうせ大したお金にならないだろうし、止めようと説得しました。

 リコちゃんを通してアレンジ方法を広めるてあげると、少しだけ私への風当たりが和らいだ気がしました。

 と言っても、メイドさん達に限りますが。

 稀に声を掛けてくれる人も出始めました。

 お金の利益よりも『女の子の知り合いが出来る』という嬉しい報酬を貰えたので私は大満足です。


 そんなこんなで充実した日を送ってきましたが、今日で残すところ『あと三日』となりました。

 灰原さんの帰還は塔が開く前日になるそうですが、日が近づいてきたということで城が慌ただしくなってきました。

 今度は盛大なお迎えですか?

 どうでもいいですが、通行の妨げになるのだけはやめて欲しいです。


「今日も遺跡で慣らしてくるか」

「はーい」


 本を畳み、立ち上がったオリオンの一声を号令に身支度を始め、今日も遺跡に繰り出しました。




※※※




 日が暮れるといつも届く、ミミズクか梟の鳴き声が心地よいです。

 私が使っている離れの部屋は、城の中でも静かな場所で緑が多いです。

 『窓際に追いやられている感』が多少しますが、私はとても気に入っています。

 もう少し夜の訪れを告げるコンサートに耳を傾けていたかったのですが、風が冷たくなってきたので窓を閉めました。


「ステラ様。では……失礼させて頂きます」

「大人しく寝ろよー」


 遺跡から帰還すると、いつもは反省会のようなものをします。

 いえ、違いますね、私への駄目出し会です。

 基本的に何か失敗したことはその場で注意されますが、大きなヘマは戻ってからも補足が入るのです。

 『テストの出来が悪いから補習』という感じですね。


 今日は珍しく補習がありませんでした。

 その分早く解散して、各々ゆっくり休むことにしました。

 リンちゃんとリコちゃんは『一応メイド』なので、いつもの時間まで私の世話をすると言ってくれましたが、二人も同じように戦っていて疲れているはずなので無理を言って下がって貰いました。


「寝よう」


 遺跡での戦闘には慣れてきましたが、緊張したままの状態が続くことは疲れます。

 自分でも思っていた以上に疲労は溜まっていたようで、ベッドに潜ると一瞬で強い眠気に襲われました。

 景色は夕闇に包まれていましたが、まだ城の中の人は忙しなく動き回っているような時間から眠りにつきました。




※※※




――バサッ


 熟睡していた私の耳に、鳥の羽音が入ってきました。

 微睡んでいるので意識がはっきりしません。

 窓の近くに鳥でもいるのでしょうか。


「随分活躍しているようじゃないか、アル」


 人語を話しているので鳥ではないようです。

 私は夢を見ているのでしょうか。

 少しずつ視界が広がり、意識も浮かんで来ました。

 今、『アル』と言ったような……アル?

 アルって私のおでこの住人、いや、住鳥の……ということは。

 それに、この声は……私の音楽の天使!


「ファントム!?」


 飛び起きると、ベッド脇にあった椅子に美しい幽霊が足を組んで優雅に座っていました。

 ……正しくは幽霊じゃなくて神様ですが。

 今日は初めて会った時のように透けています。

 目が合うと、綺麗な顔を綻ばせ『やあ』とこちらに体を向けました。


「中々会えなかったね。でも、会いに来てくれて嬉しい!」


 寝顔を見られたと思うと恥ずかしいですが、会いたくても会えない日々が続いていたので嬉しいです。

 布団に入ったまま話をするのは良くない気がしてベッドを降りようとしましたが、ファントムが『そのままでいいよ』と言ったのでベッドに腰を掛けて話すことにしました。


「もっと早くに会いに来るつもりだったんだけど……猫が邪魔でね」

「猫? 飼ってるの?」


 ご主人様行かないで! とじゃれて来て動けなかったのでしょうか。

 やだ、可愛い、凄い可愛い。


「まさか。猫なんて嫌いだよ」

「あれ? そうなんだ?」


 可愛いのに。

 犬派だと言われたことはありますが、嫌いだなんて初めて聞きました。

 あ、そんなことより。


「ファントムって神様なんだね?」

「さあ?」


 答える気は無いようで、薄っすらと微笑みを浮かべたままです。

 虚ろ神は元は偉人だと聞きました。

 ファントムはどんな凄い人だったのでしょう。


「そんなに見つめられると照れるな」

「あっ、ごめんなさい」


 ファントムのことを考えながら、ジーッと見てしまっていました。

 私の方が恥ずかしくなり、照れてしまいました。


「いよいよだね。塔が開く」


 照れをどう誤魔化すか考えているとファントムが窓の向こう、塔の方角に目を向けながら呟きました。

 今は暗闇で見えませんが、明るい日中ならここからでも塔が見えます。


「ファントムは私の事情を知っているの?」

「君は有名人だからね」


 神様に有名人と言われるなんておかしな気分です。

 それに生きていた頃のファントムの方が有名だったんじゃないでしょうか。


「アルが力を貸してくれているの。ありがとう」


 話したいことが沢山あった、ということを思い出しました。

 特にアルとのことは聞いて貰いたいです。

 前回ファントムと会ってから起こったこと、成長したことを興奮しながら報告しました。


「凄いじゃないか。偉いね。礼は私にではなく、アルに言えばいい」


 もちろん、アルにもお礼は言っています。

 でも、ファントムにも言いたかったのです。


「あ、痛っ! もう、痛いってば! こら、アル! お礼なら散々言ってるでしょ!」


 アルの脳天を削る、クチバシ攻撃が始まりました。

 お礼が足りないと言っているのだと思います。


「……ねえ、ステラ」


 私とアルの攻防を微笑ましそうに見ていたファントムの表情が、急に曇り始めました。


「……その瞳の輝きが滅びに囚われないか心配だよ」

「え?」


 滅び? 何のことを言っているのでしょう。

 以前、滅んでいる星の光の話をしたことがありましたがその続きでしょうか?


「ちゃんとその目で見極めるんだよ。君を正しく導く者を。惑わされないでね」


 具体的に何のことを指しているのか分かりませんが、心配してくれていることは分かります。


「大丈夫、助けてくれる人がいるから……仲間がいるから大丈夫」


 オリオンにリンちゃんリコちゃんがいれば、魔物退治のことだけじゃなく何か問題が起きても乗り越えられると思います。

 三人だけじゃなく、ミラさんにも相談できると思いますし。


「……その仲間は信じられる?」

「もちろん!」

「君は仲間の何を知っている?」

「え」


 『信じられるか』という問いに力一杯迷いなく答えましたが、次の質問には停止してしまいました。


「君の仲間は何処で生まれ、どのような過去を持ち、どういう意図で君の近くにいるのか……君は知っているかい?」


 ファントムの綺麗な蒼い目に、私を責めているような暗い光が灯っているように見えました。


「そ、それは……」


 急変したファントムの様子や質問の内容に戸惑ってしまいました。

 言葉が詰まって出てきません。


「君を守れるのは君だけだよ」


 私の目を見て、強い調子で言葉を向けられました。

 『私を守れるのは私だけ』

 どういう意味なのでしょう。

 人を信用しすぎるな、結局は自分を守れるのは自分だけだ、ということでしょうか?


「君の役割は何かな。どうして君はこの世界に来たのかな」


 ファントムから放たれていた鋭かった空気が、一気に柔らかいものに戻りました。

 目を向けると視線は私から外され、何処かを見ていました。

 その様子を見守っていると、少しの沈黙の後、再び顔はこちらに向けられました。


「君は……私を救いに来てくれたのかもしれないね」


 穏やかな微笑みを向けられ、ドキリとしました。

 どう答えたらいいのか迷っていると、ファントムは立ち上がり……。


「明後日から頑張ってね」


 私に背を向け、少し歩くとすうっと姿が見えなくなりました。


 私は暫く、ファントムが消えたところから目が離せませんでした。

 この胸に残ったモヤモヤは何なのでしょう。




※※※




「はあ、もう明日か……」


 氷水で顔を洗い、タオルで顔を拭きながらしみじみと呟きました。

 窓の外に目を向けると今日は快晴で雲も無く、塔が綺麗に見えています。


 とうとう魔物退治開始の前日となりました。

 灰原さんは今日帰ってくる予定で、城も慌しくなっています。

 通路には赤い絨毯が敷かれていました。

 また馬で通るつもりでしょうか。


「あと一時間程で港に到着されるそうですよ」


 さっき廊下を通った解き、すれ違ったメイド達が話していました。

 もうすぐあの楽しくない人達と顔を合わせなければならないのかと思うと、眉間に皺が入ってしまいました。

 頭が痛いです。

 思わず溜息が出た、その時――。


ドオオオオオオオオオオオオオォン


「!!?」


 海の方から、地響きのような轟音が聞こえてきました。

 近い音ではありません、かなり距離はありそうなのに凄い音でした。

 崖崩れとか、建物倒壊……?


「なんだろうな?」

「……城の者に確認してまいります」


 リンちゃんと首を傾げていると、リコちゃんが素早く部屋を出て行きました。

 妙に不安に駆られます。

 自然災害? 事故?

 明日から魔物退治が始まるというのに、何もなければ良いのですが……。


「ステラ様!」


 慌てた様子のリコちゃんがすぐに戻ってきました。

 ミラさんの所に行っていたオリオンも、その後ろから駆け込んできました。

 二人のこんな様子は珍しいです。

 何かあったんだ……嫌な予感がします。


「何があったの?」

「塔から魔物が出たらしい」

「え……うええぇ!?」


 奇声を上げてしまった私の横で、リンちゃんが目を見開いています。

 塔が開くのは明日のはずですよね?

 というか、塔にいる魔物は出てくることはないと思っていたのですが……。


「そんなことってあるの!?」

「……俺の知る限り初めてだ」


 オリオンも焦る非常事態、ということでしょうか?


「どんなのが出たの?」

「『巡礼者』だ」

「「え……」」


 今度は私とリンちゃんの反応が被りました。

 二人並んで口を開けて呆然としています。

 巡礼者って、あれですよね?

 『倒せないと思っておこう!』と言っていた、あれですよね。 


「え、えええ!?」

「俺達で始末するぞ」

「うえええええ!!?」


 驚いているところに、オリオンがさらっと目玉が飛び出してしまうようなことを言いました。


「お前しかトドメをさせないだろう?」

「そ、そっか」


 塔の魔物は女神の使者しかトドメをさせないんでした。

 でも……違う場所に誘導とか、封印とか、戦わなくてもいい方法はないのでしょうか!


「大丈夫だ。俺達がついている」


 私はあからさまに狼狽えていたようでオリオンに両腕を掴まれ、落ち着けと言われました。


「ご安心ください、ステラ様。必ずお守りします」

「入る前から練習できるじゃん。ラッキーかもよ」


 安心させるように、二人が私を挟んで声を掛けてくれました。


 出来るのでしょうか、私に。

 戦闘には慣れてきています。

 全く戦えない、ということはないと思います。


「皆……」


 三人の顔を見ていると、頑張れそうな気がしてきました。

 大丈夫、きっと大丈夫です。

 私は大きく頷きました。


「ごめん、大丈夫。頑張る」

「行くぞ」

「うん!」


 大きな声で返事をすると、オリオンを先頭に海に向けて走りだしました。

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