第16話 巡礼者

 オリオンの話では、ミラさんは兵を率いてすでに城を出たそうです。

 今は巡礼者を塔付近で足止め出来ているそうですが、長くは持たないので一刻も早く合流して欲しいということでした。


 全力で駆け出して城の門を出ると、馬車が私達を待っていましたが――。


「馬車じゃ遅い。上から行くぞ」

「え?」


 そう言うとオリオンは私を荷物のように肩に担ぎ、風の魔法で舞い上がりました。

 リンちゃんとリコちゃんもそれに続きます。


「ひええええええ!」


 三人は恐ろしい速さで、屋根の上を飛び跳ねながら塔を目指しています。

 ああ、この上がったり下がったりする不快感。

 あの時の……オリオンとはぐれた時のジェットコースターに似ています。

 いえ、あの時より倍くらい速くて激しいです!

 戦う前に死んじゃう!


「議長が結界を張って止めているみたいだね」

「ああ。だが時間の問題だ」

「急ぎましょう」


 皆凄いですね、普通に会話出来て。


 というかこれ以上早くなったら吐くー!




※※※




「うぷ……」

「ったく、緊張感がねえなあ」


 大丈夫、リバースはせずに済みました。

 本当にギリギリでしたが……。


 馬車で来るよりも何倍も早く、塔に続く石橋の前まで辿り着きました。

 この辺りにいた人達の避難は済んでいるようで、見かけるのは兵士の姿ばかり。


 石橋の方で騒がしい音がします。

 どうやら橋の上で巡礼者を足止めしているようです。


「行くぞ!」


 駆けだしたオリオンの後に続きます。


 あの場所には巡礼者がいる……そう思うと体中に嫌な汗が流れ始めました。

 魔物との戦闘には慣れたつもりでいますが、今までとは格が違うようなのでとても緊張します。


 石橋の中腹、この世界に来たばかりの私が倒れていた場所にミラさんと少数の兵士の姿がありました。


「ミラさん!」


 ミラさんが首だけをこちらに向けました。

 魔法を使っていて身動きが取れないようです。

 前方に手を翳したままの状態で止まっています。


「来て下さり、ありがとうございます。そろそろ足止めも限界だったので助かります」


 額には汗が浮かんでいます。

 とても疲労しているようですが、顔には美しい微笑みを浮かべています。

 こんな状況でも優雅なミラさんに感服しつつ、足止めされている巡礼者の方に目をやりました。


 ミラさんから約五メートル程距離をあけた先。

 そこには、白い光の鎖にぐるぐる巻きにされ、宙に浮かんでいる『人の姿をした禍々しい黒』がありました。

 何これ……怖い。

 顔があるわけではなく、黒い靄が人の形になっているだけなのですが、見ていると言いようのない不安に襲われます。


「此処は俺たちに任せてお前は下がれ!」


 オリオンがミラさんに指示をしています。


「分かった。拘束を解くタイミングを合図をしてくれ! 兵は閉鎖区域外に撤退だ!」


 兵士達に指示を出し、ミラさんもすぐに退却出来るように周囲に目を配っています。

 その間、私達もいつ巡礼者が動き出してもいいように構えます。


「お前は下がって、いつでもトドメをさせる準備をしていろ!」


 オリオンが私に後退するように言いました。

 でも、そんなの嫌だ。


「私もトドメだけじゃなくて、皆と戦う!」


 守って貰うだけじゃなく、皆の役に……力になれるように頑張ってきたのです。

 もう、足手纏いにはならないはず……いや、なりません。

 一緒に戦いたい、目に意思を込めて訴えるとオリオンが苦笑いを浮かべました。


「分かった。だが、無理な攻撃はせずサポートがメインだ。それとお前自身を守ることが最優先だ。流石にこいつ相手じゃ、常時庇ってやる余裕はない」

「うん!」

「もちろんトドメもいつでも出来るように気に止めておけよ。体力が削れてきたらいつものように合図を出す。その後もいつも通りだ。出来るな?」

「もちろん!」


 大きく頷くとオリオンが笑いました。

 リンちゃんとリコちゃんにも視線を送り、準備は整いました。


「ミラ、いいぞ! 下がれ!」

「分かった、放すぞ!」


 巡礼者を縛っていた白い鎖がスーッと消えていきます。


「ステラ様、後は頼みます!」

「はい!」


 ミラさんは背中を向け、先に戻った兵士の後を追って駆け出しました。

 さて、ここからは私達が巡礼者の相手です。


 ミラさんに向けていた視線を目の前に戻すと、巡礼者を拘束していた鎖は全て消え、その黒い姿の全容が明らかになっていました。

 やはり人の形をした黒い靄です。

 輪郭のはっきりしない、実体の無いような姿に見えます。

 黒魔術を使いそうな印象を抱く、長く草臥れたローブを纏っていますが、こちらは実体があるようです。


 私達を見定めるように静かに宙に留まっていた巡礼者のローブが、内側から溢れ出た殺気で揺らぎました。

 凪の海のような柔らかい揺れなのに、底知れなく冷たい狂気に取り込まれそうな予感がして悲鳴を上げたくなりました。

『今からお前は死ぬのだ』

声なき声が聞こえ、恐怖で発狂しそうです。


「恐怖に取り込まれるなよ」

「うん、分かってる」

 

 私の前方、中衛にいるリンちゃんが心配してくれています。

 近くにいるリコちゃんも視線を送ってくれました。

 ありがとう、頑張る!


 私は後衛から自分の防御を崩さないまま、皆のサポートに徹します。

 誰かがダメージを負ったら回復をかけ、余裕がある時は皆の能力を上げる魔法をかけるつもりです。


「……あはは、手が震えちゃう」


 自分の目でも分かるほど、緊張と恐怖で震えています。

 出だしからこれじゃ駄目、しっかりしなきゃ――。


「ステラッ!」

「え?」


 リンちゃんに呼ばれ、自分の手を見ていた視線を上げると、そこには……。


――にたあぁ


 目の前に――息が掛かるほどの距離に巡礼者の顔がありました。


「ひっ」


 黒い靄の塊の顔が割れ、弧を描き、笑みを浮かべています。

 背筋が凍る嫌らしい笑みでした。


 『怖い』、そう思った瞬間私の体は後ろに飛びました。


「ぼうっとするな!」


 リンちゃんの怒声が響きました。

 後ろに飛んだのは、リンちゃんが突き飛ばしてくれたからでした。

 そして今、私がいた場所は……石橋の床に穴があいていました。


 寒気がしました。

 リンちゃんが突き飛ばしてくれていなかったら、私の体はぐちゃぐちゃになっていたでしょう。


「今の弱点は『火』だ!」


 へたり込んでいる私を庇って立っているリンちゃんが叫んでいます。


 どうしよう、リンちゃんの足手纏いになっていることが分かっているのに体が動きません。

 巡礼者はきっと、私がこの場で『一番弱い』ということを悟ったのです。

 だから狙った。

 これからも、きっと私を狙ってくるはず……。

 怖い、逃げたい……!


「しっかりしろ! 動ける豚になったんだろ!」

「!」


 リンちゃんの声が聞こえました。

 背中が見えます。

 とても頼もしい背中です。

 私を庇ってくれています。

 オリオンとリコちゃんは、私を庇うリンちゃんを庇っています。

 とても、とても、とても迷惑をかけています。

 私は何をやっているんだろう。

 足手纏いになりたくないって思っているのに。

 私のせいで皆に何かあったらどうするの?


「……しっかりしなきゃ!」


 気合いを入れ直し、自分に防御の魔法をかけました。

 足も動きます、立ち上がれます。


「ごめん、自分のことは自分で守るから! あと豚じゃないもん!」


 立ち上がり、リンちゃんが動きやすいよう離れました。

 そこを巡礼者に攻撃されましたが、なんとか防ぐことが出来ました。

 連続で攻撃されると危険ですが、オリオンがすぐに巡礼者に炎を纏わせた短剣で斬りかかり、私への追撃を阻止してくれました。


 すると巡礼者は私への攻撃を諦めたのか、オリオンと対峙する動きに切り替えました。


 私は今、出来ることをしよう。

 オリオンに言われたことを思い出しました。


 観察です。

 どんな動きをするのか、皆はどう動くのか把握しなければいけません。

 アルの力を借りて、視覚拡大で広範囲を目視出来るようにしました。

 ターゲットとして巡礼者に照準を合わせながら、動きも確認しました。

 今のところ私が矢を射っても、皆の邪魔をするだけになりそうです。


「弱点が水に変わった!」


 リンちゃんが、良く通る声で叫びました。

 オリオンが纏わせていた炎を、素早く水に変えました。


 オリオンが一番前に出ています。

 攻撃は最大の防御と言いますが、攻撃の手を休めることなく反撃の機会を与えていません。


 巡礼者は武器のようなものは何も持って折らず、今のところ手刀での斬撃や魔法を仕掛けてきますが、ほとんどオリオンに封じられています。

 オリオン、凄い……。


 それでも巡礼者は隙をみて、攻撃に転じようとしています。

 しかしそこは、オリオンの動きをカバーしてフォローに入ったリンちゃんに阻止されます。

 二人が前に出て時間を稼いでいる間、リコちゃんが大きな魔法の詠唱をしています。


 リコちゃんが手にしている魔法書が淡い青の光を放ちました。

 それと同時にオリオンとリンちゃんが下がりました。

 詠唱が終わったようです。

 二人が下がったことで、身動きできるようになった巡礼者が前に出ようとしましたが、それは叶いませんでした。

 石橋の下、海水がまるで生き物のように巡礼者に飛び掛かったのです。

 その生き物は次々と現れ、巡礼者を飲み込み、轟音を立てながら次第に大きな渦の柱を作りました。

 幅は違いますが、『塔』と同じように天高く昇っています。


「ほえー……」


 水の柱が昇っていく様を思わず目で追ってしまいました。

 大技だなあ……。


「よし、結構削れたぞ」


 柱が消え去り、姿が隠れていた巡礼者が再び目前に現れました。

 こんな魔法をまともに食らったと思えないほど、外見にはダメージは見当たりません。

 それでも体力は大きく減らすことが出来たようで、三人は手応えを感じています。

 私は……手応え……分かりません!


「うっ!?」


 防戦続きだった巡礼者が、広範囲に衝撃波の攻撃を仕掛けてきました。

 私は新しくつけた『裂土の印』で魔法と物理攻撃を防いでいたはずなのですが、体力を四分の一程度削り取られました。

 『高いところから落ちてすぐに立ち上がれない』くらいのダメージはあります。


「今のは魔法での防御を『貫通』するみたいだから気をつけろよ! ちゃんと見ていろ!」

「う、うん、分かった!」


 余所見をしていたわけでは無いですがこの攻撃は防げる、『大丈夫』だと見誤ってしまいました。

 失敗しました。 

 防御が出来ないなら、『反射』なら……。


「ステラ様、駄目です! 反射で戻ったダメージでも弱点属性で無ければ振り出しに戻ってしまいます!」

「あっ!」


 危ないところでした……反射すればダメージを受けないし、向こうにダメージを与えられるなんて一石二鳥だと安易に考えてしまいました。

 リコちゃんが止めてくれて良かった……しっかりしろ、私!


「次の弱点は『風』だ!」


 オリオンが攻撃で動きを封じ、リンちゃんがそのサポート。

 リコちゃんが詠唱の長い大きな魔法を撃つ、という同じ流れを再び決行しようとしたのですが……。


「くそ、変わった。火だ!」


 リコちゃんの魔法発動が終わるより前に、弱点属性が変わってしまいました。


 もう一度同じ流れで動きましたが、やはり大きな魔法を使わせないよう、意図的に弱点を変えているようです。


 仕方無くリコちゃんは発動時間の短い魔法を、数撃ちする動きに変えました。


 残念ながら与えられるダメージが大幅に減りました。

 しかも魔力消費量は増えるという、非常に効率の悪い動きになっています。

 リコちゃんがもどかしそうな表情をしています。


「こんなにチビチビ削っていたら、いつまで経っても終わんないぞ!」


 リンちゃんは、巡礼者の体力も把握しているようです。


 え、でも、これで『チビチビ削ってる』!?

 オリオンとリンちゃんで常に斬りかかっているし、リコちゃんも中級魔法ですが連発して打ち込んでいます。

 今までの魔物だったらあっという間に倒しています。


 強敵ということは分かっていたけれど……。

 ゲームの中盤で、ラスボスと戦っているようなものなのでしょうか。


「なんかちゃっちゃと終わる方法は無いのかよ!」


 リンちゃんの苛々が募っているようで、荒々しい声で叫びました。

 

「着実に弱らせることは出来ている! 気を抜くと振り出しに戻るぞ!」

「んなこたあ分かってるよ!」


 オリオンの言葉に更に苛立っています。

 リンちゃんは弱点属性を見るため、ずっと集中していなければなりません。

 疲労が蓄積してきたのかもしれません。


 私に何か出来ることはないのでしょうか。


「?」


 照準を合わせていた視界に、変化がありました。

 照準が更に絞られ、小さくなっていきます。

 最終的には何に照準を合わせているのか分からないほどに縮んでしまいました。


「どういうこと?」


 何が起きたのか、全く分かりません。

 顔を顰めながら、何が照準になっているのか目を凝らしました。

 場所は巡礼者の喉仏辺りです……あ、何か見えた。


 「黒い……石?」


 巡礼者が全体的に黒いのでとても見えにくいですが、確かに『石』です。

 瞬きをしたら見失いそう……と思いきや、一度分ければ不思議とはっきり見えるようになりました。

 ローブの襟で隠れても分かるようになったので、アルが助けてくれているのかもしれません。


 石はピンポン球くらいの大きさで、その上には、四色『赤・青・緑・黄』が『斑に混じった膜』のようなものが掛かっているようですが……。

 どうやらこれは、アルが表示して見せてくれているようです。

 もしかして……弱点属性?

 その証拠に巡礼者の全体は、今リンちゃんが弱点属性だと言った『火』を指す赤色になっています。

 やはり弱点属性は色で見える、そういうことだと思います。

 でも、黒い石は…四色混じっている……どういうことなのでしょう。


「オリオン! なんか弱点っぽいのが見えるの!」

「はあ?」


 巡礼者を相手にしているオリオンは、目を逸らすことは出来ないようです。

 声では反応してくれましたが、話をするのは難しそうです。


「弱点ってどういうことだよ」


 リコちゃんがオリオンの様子を気にしながら、私の方を見ました。

 そうだ、弱点属性や相手の情報が見えるリンちゃんなら何か分かるかもしれません。


「喉仏のところに黒い石みたいなのがあって……それの弱点が、四属性が混じった感じで見えて……!」

「石?」


 リンちゃんが巡礼者を見ています。

 中々見つけられないのかジーッと見続けています。

 オリオンのフォローは大丈夫なのでしょうか。

 『よし、リンちゃんの代わりに、フォローは私が頑張るぞ!』と息巻いていると、リンちゃんは見落とすことなくオリオンのフォローを入れた後、呟きました。


「……本当だ。良く見つけたな」


 良かった、リンちゃんにも見えたようです。

 そして流石です、私の出番が無かった!

 というか、今フォローが必要な瞬間だったということが私には分からなかった……。


「確かに混じって見える。弱点属性が複数ある時とは違う見え方だな。単純に考えれば、『全部が混じった魔法が弱点』だが……そんなものあるか?」

「そういった魔法は存在しませんが、『作る』ことは不可能ではありません」


 中級魔法に切り替えたことで、後衛から中衛に切り替えていたリコちゃんが魔法を使いながら教えてくれました。


「大きな威力のものは不可能でしょう。威力の弱いものなら即席で設えることは出来ます」

「なら、やってみるか? 突破口になるかもしれないし」


 あの石を砕く程度なら、威力が弱くても当たりさせすれば大丈夫だろう、とリンちゃんは言います。

 『突破口』か……。

 こちらの体力が尽きてしまうかもしれない長期戦になりそうな現状からいえば、何か打開策が欲しいところです。


「やってみろ!」


 オリオンが叫びました。

 戦いながら話は聞いていたようです。

 この状況で迷っている暇はなさそうです。

 リンちゃんとリコちゃんも肯きました。


「オリオン! 暫く一人でなんとかしてください! リンもこちらへ!」

「はあ!?」


 リコちゃんはオリオンに鬼のような指示を出した後、魔法攻撃の手を止め私のところまで来ました。

 頑張れオリオン……凄くこっちを睨んでるけど……見なかったことにしよう。


「いいですか。ステラ様の矢に四属性を纏わせます。バランスの調整が難しいので全て一人で行うべきなのですが、今のステラ様には難しいでしょう。ですから私とリンでサポートします。ステラ様は矢を命中させることに集中してください。恐らく、石を外して他の場所に当たると巡礼者の体力は戻ります」

「!」


 そうか、弱点属性意外の攻撃が入ったという判定になるのですね。

 これは責任重大です。

 今までの皆の努力を、無駄にするわけにはいきません。


「大丈夫です。私達がいますから」


 緊張で力の入った私を解すように、リコちゃんが手を握ってくれました。


「ま、失敗したら……その時は何とかするだろ。オリオンが」


 リンちゃんがオリオンに丸投げした台詞を吐きながら、頭をポンと撫でてくれました。

 オリオンが舌打ちしたのが聞こえて、こんな状況なのに和んでしまいました。

 この双子、本当にオリオンには容赦ないですね。


 あの小さな的に矢を当てる。

 ……私に出来るでしょうか。

 うん、大丈夫です、皆がいるもの。

 私は矢を構えました。


「リンは風と水を。私が調節するから」

「分かった」


 二人が私が構えている矢に属性をつけようとしています。

 私にはどんな原理なのかさっぱり分かりませんが、とても難しいことをしているということは分かります。

 見ていると照準に表示されている斑色のように、矢の周りに色が浮かんできました。

 恐らくこの斑具合を上手く調節出来たら『成功』なのだと思います。

 色は『風』の緑が多くなったり、『水』の青が消えたり……リンちゃんが苦戦しているのでしょうか。


「リン、私が調節しているところで安定させて」

「分かってるよ! ったく、忙しいなあ!」


 リンちゃんは、こうやっている今も弱点属性はしっかりと見ています。

 頑張ってリンちゃん!


「早くしろ!」


 オリオンからも声が飛びました。

 リンちゃんのサポートがなくなり、オリオンが少し傷を負いました。

 大した傷ではありませんが、長くは持たないのかもしれません。

 私は回復をかけようとしましたが、無駄な回復は邪魔だと以前から言われているのでダメージの少なそうな今は止めました。

 今は自分のことに集中です。


「出来ました!」


 リコちゃんの声で矢を見ると、照準の標準と全く同じ斑色になっていました、凄い!


「ステラ様、今のうちに!」


 リコちゃんが珍しく焦っている様子なので、長くこの状態は維持出来ないのかもしれません。

 急がなきゃ!

 でも、外すわけにはいきません。

 動揺せず、焦らず……落ち着いて。

 自分に言い聞かせました。

 アル、私も頑張るから力を貸してね。


 照準は合っているので、妨害や急激な移動が無い限り外すことは無いはずです。

 巡礼者の動きは素早く目で追えない時がありますが、行動パターンを読めば必ず当たる瞬間があるはずです。

 巡礼者、そしてオリオンの動きを見ます。


 矢の軌道、速度、二つの動き……余計な物は感覚から排除して……。


 今だ!!


 自分で『ベストだ』と思えるタイミングで手を放しました。

 思い通りの軌道、速さで矢は飛んでいき……そして。


――バキィィィィンッ


「当たった!!」


 陶器が割れたような音を響かせながら、黒石は砕け散りました。

 そして、それと同時に――。


「よしっ! 弱点が無くなった!」


 リンちゃんが嬉々としながら叫びました。

 やりました、思っていた通りにことを運べたようです、成功です!


「よし、畳み掛けるぞ!」


 オリオンが一番得意とする属性の火を剣に纏わせました。

 それもさっきとは違う、更に上級のものです。

 途中で属性が変わる心配が無いので躊躇無く動け、さっきより攻撃スピードも増しています。


「ステラ、構えていろ!」

「うん!」


 待ってました!

 緊張の瞬間が、私の大事な役割を果たすときがとうとう訪れるようです。

 今はさっきと違い、緊張はしていますが後ろ向きな感情はありません。

 少し興奮しているくらいです。

 もう少しで終わる、そう思ったところで……。


「え」


 前向きに気合いを入れ直していたところで、巡礼者の動きが変わりました。

 オリオンやリンちゃんに斬られても一切防御をすること無く動き続け、手刀を辺り構わず振り回しています。

 『一心不乱』と言う言葉がぴったりな暴れようです。


 そして、魔法での防御を貫通するあの衝撃波が私達を襲いました。

 最初に受けたダメージは回復していましたが、やはりこの痛みは辛いです。

 ゲーム的に言えれば私は皆よりレベルが低いので、防御力も低い分一番ダメージを受けているようです。


「くそっ、もう少し削れれば!」


 あと少しで、トドメを撃てるというところまで来ているのに……。

 巡礼者の攻撃が凄まじく、反撃する隙がありません。

 進みだした戦いが、また足踏みです。

 皆の焦りが伝わってきます。


「ん?」


 巡礼者を捉えている視界に、再び変化が現れました。

 照準の枠が金色にキラキラと光っています。


――矢ヲ ウテ


 誰かが私にそう言いました。

 それは『声』ではなく、はっきりとした言葉でもなく……『そう言われた気がした』と言った方がいいかもしれません。

 でも、はっきりと表現できる呼びかけではありませんでしたが、そう言われたことは確かだと思います。

 そしてそれは、きっとアルです。

 最近では、何となく意思疎通が出来るようになっていましたが、こんなにはっきりと分かったのは初めてでした。

 撃たなきゃ、そう思いました。

 アルがきっと力を貸してくれるのです。


 いつでもトドメをさせるよう、構えてはいました。

 後は狙いを定めて、手から矢を離すだけです。


 狙いを定めていると、急激に虚脱感に襲われてきました。

 魔力が吸い取られているかのように減っていきます。

 貧血のような状態になり、頭がくらくらしました。

 駄目だ、しっかり狙わないと……。


「おい、トドメはまだだぞ! って……ステラ?」


 私が動いたことを察知し、振り向いたリンちゃんが驚いた様子で私を見ているのが分かりました。

 私も驚いています。

 気がつけば私が放とうとしている矢が、強い真っ白な光に包まれていたのですから。

 これだけ光っていれば眩しくて見えないはずですが、不思議とそういうことはありません。

 目はしっかりと、巡礼者を捕らえています。


 巡礼者が私を見ました。

 そして目で追うことも難しいような猛烈なスピードで、私を目がけて真っ直ぐ向かってきました。

 五分前の私なら恐怖で腰を抜かしていたでしょう。

 ですが今は不思議と冷静でいられます。

 恐怖どころか、真っ直ぐに来るので狙いやすいと感じています。

 照準は合っています。

 手ごたえもあり、外す気がしません。


「当たる」


 確信と共に、私は矢を放ちました。

 私の手から離れた矢は、辺り一帯を照らす太陽のような光を放ち、風を巻き込みながら吸い寄せられるように巡礼者の下へ。


――!?


 巡礼者が矢に反応し、その真っ黒な顔を私に向けましたが、その時にはもう……。


 白い光の軌跡を描きながら飛んでいった矢は、すでに巡礼者の頭を貫通。

 巡礼者の動きは止まり――。


 私達も時間が止まったかのように、その様子を見守ります。

 

 巡礼者はゆっくりと地面に崩れ……。


 その体が地に着いたと同時に黒い塵となって舞い上がり、消えていきました。


 その様子はとても静かで……どこかあっけないものでした。


「終わった?」


 リンちゃんは短い声を出すと、私に向けた目を見開かせて固まっていました。


「お前……」


 オリオンが呆然としながら私を見ていました。


「……」


 リコちゃんは、無言で目を輝かせながら私を見ていました。

 三人の視線が私に釘付けです。

 気まずい……気まずいけど……喜びを我慢できません!

 

「どうしよう、私……なんか凄くなかった!?」


 勝ちました!

 倒しました!

 倒しましたよね!?

 ちゃんとトドメがさせました!


「ステラ様! 本当に、本当に素晴らしいですっ!!」


 リコちゃんが私の手を両手で握り締めてくれました。

 目はまだキラキラと輝いていて興奮した様子です。

 それを見て私もアドレナリンが大放出です!


「リコちゃん、ちゃんと出来たよ!! 私、やったよ!!」

「見事な一撃でした! 流石ステラ様です!」

「リコちゃーん!!」


 私達は抱き合いました。

 泣きそうです。

 いえ、正直に言うとちょっと泣いてます。

 だって勝てた!

 トドメが出来た!!

 皆大きな怪我もしてないし!!


「マジかよ……なんなんだよ、今の。ってかステラ! あんなの出来るんだったらもっと早くやれよ! 早々に済んでただろうが!」

「そんなこと言われても!」


 私だってあんなことが出来るなんて知りませんでした。

 アルのおかげで……。


「あ!」


 アルにお礼を言おうとしたところで、違和感に気が付きました。

 アルの気配がおでこにありません。

 ……と思ったら。


「あれ?」


 アルの気配が少し離れた頭上にあります。

 そちらに目を向けると……いました。

 アルは姿を現し、空で羽ばたいていました。


 その姿を見て納得しました。

 そうか、あの矢に宿った光はアルだったのか、と。


「アル、ありがとう!」


 声を掛けるとアルは私のところに戻って来ました。

 そして頭に止まり……あっ……イタ、痛い!

 なんで!?

 なんで突くの!?

 今日ぐらいいいじゃん、突かないでよ!


「お前、それ……」


 再び三人の視線が集中しています。

 今度の的はアルですが。

 そういえば、皆の前でアルが姿を見せるのは初めてです。


「まさか……守護獣?  しかも……」

「白の鷲……だと?」

「?」


 リンちゃん声に続いて、誰かの声がしました。

 それは誰もいないと思っていた背後からで……。

不思議に思い、振り返ると……。


「げっ」


 約一ヶ月ぶりの嫌な気分です。

 そういえばそうだった。

 こいつら、今日は帰ってくるんだった。


 声の主は、見た目だけは良い『麗しの白騎士』、でも中身は嫌な奴のアークでした。

 なんでここにいるのでしょう。

 こんなに大変だったことが終わってから来るなんてどこまでも嫌な感じの奴らです。


 彼は呆然とアルを見つめていました。

 え……欲しいの?

 絶対あげないもん。

 ってか見ないで、減るでしょ!


 そして――。

 直立不動の白騎士の後ろに彼女がいました。

 私の姿をした、灰原さんこと『ルナ姫』です。


「……」


 彼女は私を見ていました。

 その目はとても冷たく、暗いものでした。

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