自由人《フリーター》編

第3話 取り敢えず実践あるのみ


 異世界生活一日目が経過した翌日。


 俺の身体に染み着いた体内時計が「朝だよ」と告げた感じがして目を開く。

 見知らぬ天井がまず目に入ってくる。


『!? ヤベッ、また酒呑み過ぎて………む? この手は誰ぞや?

 ………………! 思い出した。ここは異世界だった』


 寝起きの自分は正直ボケている。なので心の奥ではこんな感じで喚いている。

 …う~む。しかし、なぜ此処にウルスが居るんだ?

 余程疲れていたのか。黒髪の少女は俺の横で静かな寝息をたてて寝ている。

 それも床でだ。

 ………………

 ………

 …

 

 あれから俺たちは、親っさん。ウッズさんの実家の空き部屋を借りることになった。

 ウッズの御上さんからは『旦那はソファーで寝るけん。この部屋を使いんさい』と言われたが、流石にこれからお世話になる家主を追い出すわけにもいかない。

 そこで家を出ている息子さんの部屋を一室借りることにしたのだ。


 部屋には家具や日用品が一式揃えてあるが、男物ばかり。

 ベッドも一つなのでウルスをベッドに寝させて、俺は床で寝ていたのだがいつの間にか潜り込んでいた。

 寂しがり屋さんなのか。

 それとも暖を求めてか。

 中身が25歳の俺としては、こんなに可愛いモノを目にした時点で抱き枕のようにモフモフ・ナデナデしたいところだ。

 ーーーでも、今は15歳の少年という立場上からか。もしくは神様の作った下手な設定のせいか女性に対しての免疫がないのだろう。頬が引きつっている。


 頭を横に振って強制的に正気へと戻らせウルスを起こさないように、慎重に起き上がって一階に降りる。

 ウッズさんの家は二階建て。一階は主に御上さんが飲食店を経営しているために、家族の空間は二階になるようだ。

 早朝の青空模様が窓ガラスに映っている。このひんやり感が何とも言えない。

 寒く感じる人が殆どだが、俺にとっては心地のいいことこの上ない。清々しい朝のお迎えは、夜勤の終わりを意味するからだ。


 店の戸を開ける訳にもいかないので、裏の勝手口の鍵を開けて外へ出る。勿論だが、素足ではない。外履き用の革靴なんて上等な物ではなくサンダルで駆けていく。

 まあ、これは普段から履き慣れている方が歩きやすい。と思って選んだ訳だがこの世界の住人は大抵革靴を履くようで妙な視線を感じたがな。


 トテトテ。と歩いていく俺が目指すのは、誰にも見られないようなスペース。【フィナオレの森】に向かっていた。

 ウッズさんたちが住んでいる【鋼の町】の西手に位置する【グラーデ山脈】という大きく尖った山が連なった山脈までを鬱蒼とした森が広がっている。それが【フィナオレの森】だ。


 それにしてもだ。

 鉱山と言えば、山にダイナマイトで爆破して削っていくイメージが強かったのだが【鋼の町】では少々異なるようだ。

 ウッズさんの話では真っ直ぐ垂直に地下を掘って大きなトンネルを作り、そこから階層フロアで区切って採掘しているらしい。

 そういう風に聞くと、かなり大規模な現場に聞こえる。まあ、それに関しては自分の目で確認した方が手っ取り早いだろう。



◇フィナオレの森◇


 ここへ足を運んだ理由は、二つある。

 一つは身体能力の規格を見分けること。やっぱり異世界ファンタジーでバトルは必須だからな。

 もう一つは神様。いや駄神から貰った【魔力】。魔法の発動とか萌えるシチュエーションの一つを確認しないでなんとする。

 ーーてな訳で……。


「よーし、やるぞー!!」


「なにするの?」


 へ? と間抜けた声をあげる俺の後ろには、マーブさんところに居候中のカナさんがいた。渾身の雄叫びと意気込みは、聴かれてしまったらしく、すげぇ恥ずかしくなる。


 赤面の俺とカナさんの間に訪れる沈黙。

 ――これはマズイ。と思った俺は軽い口調で沈黙を破る。


「いやぁ、ちょっと散歩がてらに修業を…」


 ジト目で見てくるカナさん。


「へ~。ふ~ん。…散歩がてらにねぇ。

 別に疑ってる訳じゃないけど。まだ町の人の大半は、あなたを他国の間者じゃないかって考えてるから変なことは身を滅ぼすことになるわよ。それに…」


「それに。なんです?」


「フィナオレの森には、ゴブリンが出没するから注意した方がいいよ」


 なんですと!?

 ゴブリン。ゴブリンと言えば、雑魚中の雑魚じゃないですか。

 そんなもんに屈する俺ではないぞ。

 ゴブリンという単語を聞いてニンマリする異常ぶりにカナさんは溜め息をつく。


「あのね。同郷者の好として忠告するけど、あんまり舐めてたら痛い目に合うよ」


 どういう事だろうか?

 ゴブリン程度倒せないで勇者は名乗れないだろう。なる気はないけどさ。

 首を傾げる俺に再び溜め息をつくカナさん。


「あなたトウヤ君だっけ。

 人を殺した経験ってあるの? ゴブリンは亜人の一種に数えられる。魔物は人を簡単に殺すし、生きるために躊躇なんてしない」


 ほほう。それはたぎるね。

 ここに来たのは自分の調整が目的な訳だし、ゴブリンで試すのもいいかもしれない。


「なあ、ゴブリンってのは倒したら褒賞金もらえんのか?」


「……何を言っても無駄みたいね。

 そうーーなら、この私を負かせたら行きなさい。好きにするといい。でも、もし勝てなかったらーー」


 カナさんの言葉は最後まで耳に届かなかった。なぜなら答えはカナさんの後ろにいる。ほぼ全裸状態のゴブリンが斧を振り上げていたからだ。

 咄嗟に身体が動いた。

 "助けないと"ーーーーー


 一瞬、目に入った銀に輝く短剣を盗賊スキル<強奪>で奪取した俺は無我夢中でカナさんを振り払う。

 迫ってくる斧の重圧で防御に回した短剣は破壊される。直後、襲ったのは両手の痺れだ。俗に言うスタン状態ってヤツだ。

 地面に突き刺さった斧を力強く引き抜いたゴブリンは、おっととと…後ろに退きながらも握りを強くするのが見えた俺は第二波を予測してそれを足だけで器用に回避する。


 汗が溢れて来る。

 命を懸けた真剣勝負ほど萌えるシチュエーションはない。ーーけど、怖い。そう思う自分がいる。だけど不思議に負ける気がしないのだ。

 だから攻めることにした。攻撃こそ最大の防御だからな。


「カナさん、なんか武器持ってない?」


「へ? あ…うん。持ってるよ」


 おろおろしながら、俺に渡してくれたのはナイフ一本。ないよりは、マシだ。


「サンキューな」


 よし、ソロデビューと行きますか!

 心の中で意気込みを叫んで、人生初の生ゴブリン攻略戦が幕をあげた。


 ナイフと斧では部が悪すぎる。

 リーチも攻撃力も違いすぎるが勝機はある。

 斧は重量系の武器だ。だから、さっきみたいに攻撃直後はよろめくし、使い勝手が悪い。武器の短所を挙げれば、いいのだ。


 ほら、よろめいた。

 このゴブリンはどうやら、斧を振り上げる筋力は持ち合わせているが不器用で攻撃直後は姿勢が疎かになっている。ここを狙う。

 カウンター狙いで一撃必殺が目標だ。


「うをおおおおおおお!!」


 ウォークライだ。

 威嚇もあるが、俺だけに的を絞らせて一騎討ちに誘い込む。と同時に自分のテンションを引き上げる。


 ナイフを右手に下段で構えて待つ。

 痺れを切らしたゴブリンは奇声をあげて、重そうな斧を引き摺りながら走り寄ってくる。斧の刃が当たる圏内で強く掴み取ったゴブリンは、力む表情を顕にして嗤う。


 タイミングは間違わない。

 間違ったら死ぬ。これは確実な死と激痛が俺を突き抜けるだろう。でも、それ以上にこの状況が面白くてしょうがないんだ。

 だから俺は嗤い返してやった。

 "掛かってこいや"ーーーーー


 ゴブリンには、それが屈辱だったようでムッとする。作戦成功だ。安い挑発に乗ってくれてサンキューな。ーーーっと。

 渾身の一撃ほど振り下ろしが読みやすいものはない。力を込めた瞬間から数秒の間、容易に反復横跳びの要領で回避した。後処理は簡単だ。

 背後から首筋に一閃を刻み込む。


 喉元から溢れ出る鮮血がこれを現実だと教えてくれる。カナさんは身を震わせていたが、俺自身はそうでもない。

 独身貴族だけあって、自活はしていたからな。魚も捌けるし、パンも作れる。それぐらい遣らんと、遣っていけないからだ。


 斧を地面に突き立てたまま、逝ったゴブリンは倒れ込む。魔物の研究もしたいが、今は戦利品の徴収とカナさんを連れて帰るのが先決だろう。

 そう思って腰を下ろして初武器をゲットした。戦利品は、片手斧と汚物にまみれた布切れから銀貨3枚と銅貨10枚を獲得した。

 所有物となったアイテムは、掴み取って意識すればフレーバーテキストが浮かび上がるらしく片手斧の正式名は『ゴッテムの片手斧』となっている。


 ゴッテムの片手斧は、重いのか。と思えばそうでもない。ただ、かなり使い勝手が悪い。持つのと振り回すのでは、要領が悪いのだ。そして、何よりも臭い。

 刃は鉄製に見えないほど黄土色に変色し、錆が進んでいる。使い込まれているようだが、その反面で手入れが出来ていない。

 これでは後数回の攻撃で鉄屑になるのがオチだ。武器は当分お預けらしい。


 ガックリだ。

 でも落ち込んでいる場合ではない。そろそろ、朝御飯の時間だ。よっこらせっ。とカナさんを背負って俺たちは町に戻った。

 当然だが親っさんにはこってり怒られた。マーブさんは、男前!と褒めてくれた。ウルスはかなり機嫌が悪い。置いていったのが悪かったらしく、拗ねている。


「ーーーつーん。マスターは悪くないです。悪いのは、起きれなかった私が悪いのです」


 ツンデレかな。

 怒った顔も悪くないが、寝顔が俺には丁度いい。ーーーと言うことで、ほれほれい。脇をこちょこちょして笑わせてやった。


「ちょ…マスター、あ……んん…やめ……あふ。止めて下さい。だ…ダメです。こ……んな、人前で羞恥プレイは!」


 いやいや、なにいってんの。この子は!?

 ただの擽りに悶えちゃったら、アカンですよ。これはアキマヘン。


「おいおい。まさかとは思うが、昨晩盛んに励んでたんじゃないだろうな。頼むぞ。年相応の付き合いにしてやれよ」


 えええええ、何言っちゃってくれてんですか!? ヤバイ、親っさんの思考がヘンタイだ。

 御上さんにヘルプを目で訴えるのだが、どうも勘違いされたらしく溜め息を付いて頬を朱に染めて恥じらっている。


「ヤダよー、この子ったら人妻に今夜どうだい?って。そういうのは、その子にしてやんなよ」


 超勘違いで親っさんの激怒から逃げるべく、ウルスの手を握って俺たちは外へ。走っていった。



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