第2話 異世界での新生活


 いよっす。

 俺の名前は、凍夜トウヤミコト

 中小企業のとあるブラッキーな製造会社で働くごく普通の会社員だった。

 家に帰って、部屋の電気をつけてテレビから生えた巨大な手が俺のポテチを奪われるまではな。

 因みに俺の住んでいる家は、真面だ。安心してほしい。別に事故物件ではない。友人のどっかの誰かさんと違って、幽霊屋敷やダンボールで朝日を迎えるなんてことはしていない。ここ重要な。


 ブラッキーっても、だ。俺が入社した頃はマシだったんだ。残業時間は平均して大体4時間程度。月の平日は、大抵21日位だとすると4×21で多くとも84時間。少なく見積もっても50時間前後ってところだ。1時間で凡そ1200位だっけか。50時間の場合を換算すると、凡そ6万円になる。

 基本給+6万円。商品の加工や検品で、この儲けである。独身貴族の俺としては、十分だと思う。家賃+電気代+水道代+ネット代を差し引いても十二分に生活には困らないだろう。

 え? なんでこんな話をするのかって?

 それはだな。異世界に来たというのに、ザ・貧乏人からスタートする破目になったからだよ!


 凍夜尊は、トウヤとして星-イグザリア-の住人となったまでは良かったよ。

 いや、実際には良くないよ。給料日前にポテチを追い掛けた挙句、駄目で阿呆な神様に出会うことになるわ。奪ったポテチを喰いながら、俺に英雄になれだとか。奥羽様になれだとか進めてくるのだから。

 大体だな。神様が月の上でハムスターの一人暮らしはないだろ。どんだけツマンナイ奴だとか思えば、世紀レベルで戦争や人間ドラマを見るとかってコイツはバカだろ。と普通に思ったぞ。

 都市開発シミュレーションゲームを眺めるだけのどこがいいんだ? いやね。俺も一時期はハマりましたとも。でもだよ。流石に一ヵ月、休みの日にやったら飽きるよ。俺の気持ちが間違ってくれるだろうか。

 おっと、こんなことはどうでもいいんだ。


 兎に角だ。

 俺は宇宙人でも神様が創造した魔物でもない。何の力も持たない人間だからか、神様が言うところの面白味に入るのかは知らんが、5つまでのスキルを叶えると言うので有難く頂戴した。

 【強運】。神様曰く、欲しいものが自分からやって来る。

 【商売繁盛】。神様曰く、商品の売買や取引事が上手く運ぶ。

 【無尽蔵の体力】。神様曰く、不死ではないものの働きに疲れを感じさせない。

 【盗賊王の才】。神様曰く、盗賊技術全てを習得している為すべて行使出来る。

 【魔力】。神様曰く、俺の肉体に魔力を生み出す器官を作った。


 はぁ。俺は溜め息を溢すことしかできないでいた。

 何故か? と問う地球人。君たちに逆に問おうじゃないか。

 資金ゼロ。武器なし。その上、着る物なしのすっぽんぽん。毛布一枚を羽織って町の大通りに放置とか。そんなゲームないわ。マジで鬼畜な駄神である。

 いやね。


 『金ってのはな、自分で稼いでこそのもんなんだよ。湯水のように金が湧き出てきたら、人生の半分で飽きるだろうが』


 確かにそう言いましたとも。

 でもだよ。人目のある天下の大来に、マッパに毛布一枚はないでしょ、アンタ。マジでやってくれやがった。

 しかもだ。さっき水たまりで自分の顔を見て気付いたが、幼い容姿になっていた。

 25歳のオッサンがマッパよりはマシか。と一瞬思ったが、中身は25歳。外見は15歳の少年の俺は、顔を真っ赤に紅潮させて裏道へと逃げるように走っていた。


 裏道に入ると、また別の町が目に映る。

 顔を影に落とす者。フードで顔ごと隠して怪しい露店を出している者。5、6人が膝を曲げてくっちゃべっている。腰に装備している短剣からして盗賊だ。

 そんな輩もいれば、可愛らしい少女に手枷・足枷をして奴隷が鞭で叩かれていたりと犯罪臭が漂う町だ。

 一歩外れた脇道に入るだけでこれだ。

 この町は、相当治安が悪いらしい。いや、俺は部外者。異世界人だから何とも言えんけど。

 …にしてもだ。ちょいと叩き過ぎではないかい? 目の先で、少女は鞭で何度も執拗以上に叩かれていた。

 

「オイ『バチン』、ノロマ『バチン』。クズ『バチン、バチン』。カスが『バチン』。何度言やぁ『バチン』、分かんだ『バチン』。商品を壊すんじゃあねぇってよ『バチ、バチ、バチン』!」

「ひっぐ『バチン』。ご…ごめんなさい。いぐ『バチン』、ぐすっ‥」


 少女の着ている安っぽい布切れの服は、其処ら中が破れて色白のキレイな肌に青痣やスリ傷の状態から毎日のように痛めつけられているのだろう。

 盗賊ぽい輩たちは、少女が痛めつけられているというのに手出しせず、ただただニヤニヤしている。イカガワシイ妄想でも膨らませているのか。

 俺はイラッとした。

 気付けば、俺は丸腰のマッパ毛布一枚で奴隷のマスターに声を荒げていた。


「おい、糞野郎!!」


 全員の目が、視線が俺に集まる。

 奴隷の主も痛みに耐える少女も、俺に視線を向けてくる。奴隷の主は、タバコに火を灯して変顔で俺の方に歩いて来る。

 かなり、お怒りのようでへんてこりんな顔をしている。


「ガキの分際で大人相手に、糞野郎・・・だと。いいご身分だな。いまの言葉――、銅貨5枚で許してやるぞ。いまならな」

「糞野郎に渡す金なんてねぇよ!」


 って言うか、だな。俺は無一文のマッパだぞ。そんなもんはないが、すで武器は獲得済みだ。【盗賊王の才】で盗賊スキル<強奪>を発動。

 銀の短剣。盗賊ぽい輩が装備していた武器だろう。

 何かあれば、コイツが役立ってくれる。

 こういうイベントでバトルになる確率は大だからな。無いよりは何倍もマシだ。

 パンツが欲しいところだが、それは我慢だ。流石に俺だって、人が履いている使用済みパンツを履く勇気はありませんて。

 それにだ。この<強奪>は自分の目で一度見た物。つまりは認識出来た物しか、奪えないらしく。銅貨を寄越せと言う変顔糞野郎の心臓を奪うことは出来なかったしな。


「よく吠えるガキだ。なら、ここで…」


 声はそこで途切れる。

 俺に手を上げようとする変顔の糞野郎を止めたのは、巌のような頑丈な肉付きをしたオッサンだった。



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「オヤジ!?」


 え? 親父って、親子なの…。似ても似つかないんですけど。

 目線だけを動かして見比べるが、見比べるまでもなく別人だ。

 遺伝的に無理があるだろ。養子ってことなら、あり得なくはないけど…う~ん。展開的に考えて仕事上の上司かな?


 そうこう考えている内に変顔の糞野郎は、オッサンの拳に強打されて壁に叩き付けられる。

 反応がない。ただの屍のようだ。いや、生きてるよ。虫の息だけどね。

 オッサンは周囲の人間を人払いするように睨みを効かせて、少女に近寄っていく。


「……ふむ。甥のベニの所業を許してほしい……とは言わん。奴には、ワシの鉄工場で厳しい罰を与えておく。

 無論、嬢ちゃんの体調が回復するまでワシの家に来るといい。坊主、お前さんもだ」


 なるほど甥っ子だったか。

 ファンタジー世界の鉄工と言えば、蒸し暑い空間・最低賃金・汗臭い。苦難苦行の三拍子が揃った仕事場だ。ベニとか言ったか、アイツには酷だろうな。と思う内にオッサンは少女を抱っこして歩いていく。


 俺もその後を追うようにオッサンの家に向かったのだが、仕立て屋か?

 防具や武器は一切売ってはいないが、子供着から紳士服・婦人服や若い女性がパーティーに着ていくドレスまでもがある門をくぐる。

 店に入るなり、オッサンは名前を呼ぶ。

 

「マーブ、いるか?」

「あいよ。今日はどんな作業着をご所望ですかい、ウッズの旦那」


 おお。このオッサン、中々いい名前を持ってるな。

 ウッズはレジカウンターに銀色の硬貨を二枚置いて、作業エプロンをしたマーブという男に言う。


「この二人に服を用意してやってくれるか。三着ずつだ」

「おやまぁ、片や奴隷で…こっちの坊主はなんでマッパなんだい? いや、それよりもその毛布、随分と高価なもんを持っとるが――諸事情ってやつかい?」


 流石は仕立て屋だ。見切りレベルが半端ない。一瞥でマッパだと気付いた上に、この毛布の価値も見抜きやがった。って言うか、この茶色毛布に価値があるとは驚きである。

 答えない訳にも行かないので、頷いて返答する。


「なら、しょうがないね。

 坊主はこっちにきんさい。お嬢ちゃんはカナにさせるでよ。ウッズの旦那は上で待っといてくれや。アンタが居ったら、みんな怖がって商売出来んしな」


 随分とヒドイことをサラッと流すように言うマーブさん。

 まあ、確かに近寄り難いオーラは出てますけどね。もう少しオブラートに包んでもいいのでは? と思うところではあるがオッサンがへこむ様子もないので何時もこんな感じなのだろう。

 俺はマーブさんに着いて行って、出来るだけ安価な素材で仕立てられた3着を選んで買い物を済ませた。

 マーブさん曰く、奴隷服よりも二段階ほど上等な品で本当にいいのかい? という問いに対して俺は、残金はあの女の子に使ってくださいと答えた。

 どういう訳か、なんとイイ子なんだ。と言ってマーブさんは泣いていた点から考えて、早めに金銭の情報を知っておいた方が良さそうである。


 待合室で待っていてくれ。と言われたので、部屋に入るとオッサンが仏頂面でソファーに座って待っていた。

 かなり緊張感が漂ってくるが、これからお世話になるだろうし。

 そう考えて、失礼します。と言って断りを入れて隣に座る。

 場の空気が重い。

 これは言い辛いな。

 俺が次に口を開いて言葉にしようとした矢先、ウッズから俺に問い掛けがあった。


「お前さん、近隣諸国の人間ではないだろう。第一、無一文で国の間を行き来など不可能。ホクヨウの森には、魔物がいる。――となれば、思い当る節がある」


 俺は、ゴクリと生唾を呑む。


「思い当るが、どう見ても犯罪者ではない。ならば答えは一つしかあるまいて。

 異世界人イレギュラーなのか?」


 いきなり核心来た―――!! ってオイ待てや。駄神の話にそんな存在はいなかった筈。どういうことだ!?


「………。稀にいるのだ。方法は分からんが、この町にも一人居る。ここで働いているカナがそうだ。本名は磯田香菜と言ったかな。そうか異世界人か。異世界から来た人間っていうのは不憫でならん」


 んん?


「どういうことです?」

「魔力を持たない人間は、この世界じゃあ生きて行けん。

 身分証明書ギルドカードの発行には、魔力を必要とする上に魔力の低い人間ってのは、特技にもよるが低い給与しか与えられんのよ」


 そうか。俺に魔力があるのは、神様に出会った訳で…迷い込んだ異世界人には自分の特技で生計を立てるしかないってことか。

 あの神様。超適当だから、この世界にワームホールが自然に起こってることにも気付いてない可能性アリだな。


「じゃあさ。

 カナって子は、どうしてるんだ」


 素朴な疑問だ。

 流石に身分を偽っててことはないだろうけど、どうやって生計を立てているのかは知って置きたい。


「身分詐称でマーブの娘ってことにしている。仕立て屋なら魔法を使うこともないからな。査定に来るという心配事はないが――、問題はお前さんだ。ここいらで魔法を使わない職場で尚且つ、寝床があるのは…採掘場ぐらいなもんだ」


 採掘場か。穴掘り、ピッケル、金銀財宝掴み取り。

 一獲千金……いいね。顔がニヤニヤしてしまうのは必然。

 俺の顔のニヤケに、ウッズは深刻そうな表情で告げる。


「金銀財宝は期待するだけ無駄だ。

 あそこは、鉄工場に回してもらっている鉄鉱石と屑鉄、あっても上質な鉄鉱石が関の山だ。因みに給与だが、労働8時間+残業時間込みで日当銅貨5枚だ」


 ブラック過ぎるだろ。どんだけ掘っても掘っても、銅貨5枚? マジかよ…。


「異世界人なら知らんだろうから、一応は教えておくぞ。金銭面についてだ。

 まず、銅貨・銀貨・金貨・煌貨という順で価値が大いに違ってくる。

 銅貨1枚で奴隷服が下だけ買える。

 銅貨100枚で銀貨1枚になり、銀貨1枚なら庶民の私服が上下揃って3着買える。

 銀貨100枚で金貨1枚になり、金貨1枚で庶民の家が買える。

 金貨100枚で煌貨1枚になり、煌貨1枚なら貴族になれる。

 煌貨の上にもあるらしいが、この町で知って置いて損のないのはここまでだ。

 役人には注意しなければならない。ここまでは分かったか?」


 なるほどね。銅貨1枚で奴隷服の下だけってことは…だ。確かに採掘場の給与は最低レベルだ。採掘場で働くなら、出費がヤバい。三食が支給されても一日銅貨5枚では、銀貨1枚までに一ヵ月を要する。これは考えものだ。


「二、三。質問してもいいです?」

「構わんぞ。お嬢ちゃんが出て来るまでは、幾つでも質問してくれ」

「では。採掘場で仕事をするとして三食付きますか?」

「銅貨1枚で一食だ。三食の場合は、日当は銅貨2枚だ」


「採掘場の屑鉄の相場は?」

「む? 質問の意図が分からんが、屑鉄は廃棄品扱いでタダ同然だ。屑鉄から鉄を抽出するには金貨1枚分を要するからな」


「採掘場の利権・土地の利権の相場は?」

「……。紹介した採掘場の利権は、ワシ持ちで売却価格は金貨10枚だ。土地所有者は、この町を入れた12の町と20の村を纏めるプルジアム王国の大臣が持っている」


「採掘場の税金は?」

「月一で鉄インゴットを国へ30本~50本。

 月一の水道・燃料の出費は、金貨1枚。採掘場の利益は、鉄工場の収益によって変動する」


「鉄インゴット一本当たりに必要な鉄鉱石の量は?」

「純度や品質にもよるが、そこの鉱山では10個あれば製錬可能だ。

 製錬は一度に20本。採掘場の製錬施設では、一回に5時間。鉄工場では3時間だ」


「最後に一つ。魔法で屑鉄から鉄を抽出することが出来るかどうか?」

「可能だ。しかし、魔力量が最低500は必要になる。

 因みに一般人の魔力量は、1000だ。冒険者は5000。魔法使いは10000を有する。

 ワシは1500程度だな」


 ふむ。なるほど、な。俺がいまからやるべきことは、まず身分証明書の獲得からだな。その次は魔力コントロール。レベルアップ。屑鉄でボロ儲けが得策だな。

 再び、ニヤケる俺にウッズは理解に苦しみながら唸る。

(修道士に紹介した方がいいかも知れんな。頭がイッてるかもしれん)


「そういや…『コンコンコン』」


 突如、ドアをノックする音が聞こえる。

 ドアが開くと、そこには先程の可憐な服装に身を包めた少女が立っていた。

 白い肌に黒のニーソ。赤いミニスカートに黒く薄いヒラヒラ。パンツが見えそうで見えないラインが美しさを際立てて、白いセーターが良く似合う。

 ぺこりとお辞儀する少女は、俺の前に立つ。近くで見ると、かなりカワイイ。

 む? よくよく見ると、耳が尖って…。 


「わ‥わたしは、その…魔人のウルスといいます。さっきは助けてくれてありがとうございます。わたしを貴方の愛玩奴隷にして下さい!」


 へ? いま、なっつたの。ねぇ、オッサン?

 真横を見ると、目を丸くして滅茶苦茶驚いているウッズ。ウッズだけではない。仕立て屋のマーブさんも。マーブの娘となってここで働く同郷のカナさんも、それぞれ面白い反応リアクションを取っている。

 いや、ね。これでも、一応は俺が一番驚いてるよ。


 兎も角だ。

 俺の新しい異世界の新生活がここから始まった。

 それも愛玩奴隷の少女ウルスとの同棲生活が始まってしまった。

 イヤじゃないよ。そりゃあ勿論、俺だって健全な男子ですもの。

 でもな。俺の理性が…云々ではなく、うむ。


「断る! 俺は自由人フリーターに転職するから、誰かを養う気はさらさらないから諦めろ」


 キョトンとするウルス。

 他の三人は、同じことを言う。


「「「ヘタレ」…ですね」…だな」

「だったら、私が働きます! 私の…この身体で必ずお金を作って見せますか。

 だから…、…お傍に居させてください。お願いします。マスター」


 ええええええ!? 待って、何でこんな展開になるの。

 おい、まさか!? 駄神の仕業か。絶対、そうだろ!

 おいおい、このまま肯定したら俺、紐じゃんよ。

 両手を平げて降参ポーズで、


「分かったよ。分かりました。親っさん。暫くの間、世話になります。

 ウルスも宜しくな。俺はトウヤだ」


 俺はウルスに握手を求めた。


「はい。マイマスターのトウヤ様。私が幸せにしてみせます」


 なんだかなぁ。という感じで若干、紐になりそうなトウヤの物語がいま幕を上げたのである。

 この出来事イベントを天上の丘で見るハムハムくんが笑っていたことも。神様がそこにいないことも知らないトウヤは、ただただ不安に思う。

 あの駄目な神様。略して駄神が、ちょっかい出してこないかが心配で仕方がないのだった。




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