呪月の罪人は檻の中

蓮沼 雫

第一章 香山 友志

プロローグ・家出の先に


 ——頭に熱が溜まって勝手に言葉が口をついてくる。


 ——正常な判断が、聞かなくなる。


 ——そんな経験は無いだろうか。




(黙っていた方が良い)


 そんな風に自分の頭のどこかが他人事のように言うのを自覚はしていたんだ。

 けれど、俺の目の前で起きたことには我慢ならなかった。俺だって家族の一員なのにそう思っているのに。父さんも母さんも何も言ってくれなかった。


 俺には、何も教えてくれないで。




「お前には関係無いことだ」この言葉は俺にとって、家族に一番言われたくないものだったんだ。


 俺は父さんと母さんに向かって、言いたいことかどうか自分でもよく分からないことを喚き散らした後に、財布も携帯電話も、ましてやICカードすら持たずにスニーカーを履いて家から飛び出した。


 そしてその勢いで周りもまともに見ずにひたすら冬の寒い中を走っていった。

 近所にある一軒家が建ち並ぶ住宅街を通り過ぎていると、昔よく兄と来た里山の入り口が見えてくる。

 俺は普段なら立ち止まり感傷に浸るその場所すらも今は無視して、俺は街灯が所々消えている道路の脇を走って行く。


 そのせいかもしれない。俺は周りが白い霧に囲まれていると気づくまで、家を飛び出してから20分ぐらいかかった。


 この時まだ頭が興奮していた俺はそこでようやく少しばかり冷えてきた。そしてやっと疑問を口にすることに成功した。


「ここ……公園じゃねぇの?」


 俺が無我夢中で走っていたのが歩き慣れた俺の高校への通学路なら、この辺りには小さな公園があったはずだ。

 それ以前に、俺が住んでいるこの町に霧がかかったことなんて一度も無い。それも足下がかろうじて見えるほどのものなんて、ニュースでも見たことあったか分からない。


 しかもその霧は、所々蜘蛛の糸みたいな銀糸が漂っているように見える。


「——なんでっ、だよ」


 先ほどまで怒りや悔しさで埋め尽くされていた頭の中は今や、理解が追いつかない状況でかき混ぜられて余計にぐちゃぐちゃになっていた。


 俺がその光景をただの夢だと願い目を瞑ったのとちょうど、履いていた靴の底から階段ですべった時と同じ背筋が冷える感触が伝わって来た。

 そして一瞬だけ体が宙に浮いた。ような気がした。


「はあっ?穴!?」



 ……本当に今更な話だけれど。俺はこの足下の真っ暗な穴に飲まれていく中、ようやく理解できたことが一つだけある。


 何かありえないことが起きている、と。



 俺がもうちょっと冷静に行動出来ていたならばきっと。

 あそこに迷い込むことも無かっただろう。

 だけど、俺は……彼らに会えたことを、後悔しないと思う。


 俺一人じゃ気がつかなかったから。



 きっと、一生。

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