精練のサイレン

サタケモト

第1話



深夜、作業に行き詰まったときは、とりあえずテレビをつけて、適当なチャンネルに合わせ、ドキュメンタリー的な映像を眺める。



心惹かれる映像がなければ、また電源を消せば良い。



そんな軽い気持ちでテレビのリモコンをいじる。



深夜のこの時間は、とても深く静かで良い。



テレビの明かりは、暗闇を彩る灯りになる。



この時間帯のドキュメンタリーには、変な脚色も演出も、下品なテロップもなくて、シンプルで本当に良い。



おかげで、良い気分転換になりそうだ。



最近は、すべてが過剰なんだと彼は思った。



すべてに答えを与えてしまい、個人それぞれの想像力すら奪われてゆく気がする。




いつからか、バラエティのあのセオリーをやたら気にするところや、やたらと規制のあるところ、人のあらゆる媚びへつらいや、人間関係の汚いところが鼻につくようになってしまい、ひどくつまらなく感じてからはテレビを敬遠して見なくなってしまった。



楽しもうと思えば、いくらでも楽しめるが、あわれに思えて仕方なくなってしまった。



テレビに出ているひとは、あれらが仕事だと思うと、いろいろ思うことが出てくる。




時給からなる道化を演じている人々。



時給すら発生しない、日常で道化を演じている人々。


人前へ出ることで、あらゆるものを犠牲にしている人々。


道化師に成りきり転げて人間ではならざるものへと変化してゆく。


人間に似ているが、人間ではないもの。


それは、すでに”人間失格”の烙印が捺されているもの。


画面は一面の深い青がひろがる。



青と表現しきれないような、美しい澄んだ色。



壮大なクラシック曲がBGMで流れていて、美しい大自然の映像が映し出されている。


BGMにはヘンデル組曲の『水上の音楽』とか、著名な曲が使われている。



華やかな管弦楽の音が響いてくる。



ああ、この感じが好きだ、と思う。



液体のあの形や枠組みに縛られない感じが特に心惹かれるものがある。



染まっているような、染まっていないような、あの透明さ。



音楽と映像の絶妙なマッチング。




「あれ……まだ起きていたの?いい加減もう寝たら?」



彼女が閉じかけの眼を擦りながらベッドから出て来た。



どうやら起こしてしまったようだ。



「あ、うるさかった?ごめんね」



持っていたままになっていた手元のリモコンを操作して、音量を下げる。



電源を切らない限り、暗闇に灯る画面の明るさを下げることは出来ない。



正確には、出来るのだが、簡易なボタン操作ではそこまで行うことが出来ない。



自分もその水のなかで揺蕩う生物のひとつかのように、意識を飛ばしていれば、


現実に引き戻されて、同居人へと視線を移す。



暗闇のなかで結構な明るさを放つテレビの画面で、同居人の顔が浮かび上がる。



「ねむれないの?」



「いや、もうすぐ寝るよ」




途端に周りの雑音が聞こえて来て、ずいぶんと集中していたことに気付く。



あの幻想的な浮遊感がふっと淡く消え去ってゆき感覚を失う。


どこか近場では、救急車の音に、隣人の誰かがいざこざを起こして怒鳴っている声が聞こえて来た。



一方的に話しているのは、年老いた男の声で、階下から、猫がどうのこうのと言っている旨の内容が聞こえてくる。



ああ、野放しに飼っていたあの猫か、と脳裏に思い浮かぶ。



ヒステリックな声と言うのは、不快なものだなと思う。



夏休みと言うのはご近所トラブルも多いから、困ったものだ。



すぐにおさまるかと思っていれば、これを機にどんどんと日頃の鬱憤を話しだしている様子がわかる。





「あれ、なんだか外が荒れてるねー」



「そうだね……全然気がつかなかった」



「この調子だと、誰かが警察とか呼ぶのかなあ」



「どうだろうね」



「あー……それにしてもうるさい。なんでこの時間帯に騒ぐのかな」



眠りから覚めたばかりの彼女には煩わしいことこの上ないだろう。



彼女はこめかみを押さえている。



「酒でも引っ掛けてたんじゃない?」



「あり得るね」




そう会話を続けながらも、自分はどこか先ほどの映像散歩を続けていた。



「フィラーか……」



思わず自嘲的な笑みを浮かべてつぶやく。




「え?」



「いや、なんでもない」



フィラー(filler)とは、「穴埋め」「詰め物」「埋め草」「充填材」という意味である。



先ほどの番組は、いわゆるフィラー番組と言われる。



満たすもの。



どこか自分は空虚を感じていたのかもしれない。



あの映像は、ごちゃごちゃしているものよりも、たくさんのものが詰まっているように思う。



そう、まるで自分の空虚感を埋めてくれるような、そんな流動性がある。



変幻自在な液体は、空間をその形を持ってして、隙間なく埋めるかのように浸透していく。



いろんなことを考えて悩んでいるときほど、脳内で言葉が、言語が、ざわざわ動きだす感覚が芽生える。



その際、言語は数字のように捉える。



そして、その言語(数字)をパズルのように組み合わせる。



数学の計算するときのように、数列が流れていく。



そのように脳内にいろんな言葉が漂う。





ベランダに出て、ぼんやりと夜風に当たっていた。



夜風の温度も風圧も、心地よいものだった。



風はどこから来て、どこへ流れてゆくのだろう。



方角を辿ったところで、根源にたどり着くとは思えない。



風向きはころころと変わったりもする。



風見鶏を屋根に置いている家は、このあたりでは見当たらない。



風車を置いている家も見当たらない。



彼は、それらに何故か想いを馳せていた。



風車といえば、オランダの風土が思い浮かぶ。



風車は、水を汲み取るための動力を得るために用いられたものである。



家、家、家。


雨によって腐り朽ちて、または壊れてしまって、いつか失われてゆく家がある。


けれども、家の記憶は鮮明に残る。


フランク・ロイド・ライトは言った、「家は、低く、そして小さな家がいい。水平な家がいい。地平線のなかに隠れてしまうような家がいい。大地を抱え込んでいるような家がいい」と。


風景こそ、すべてなのかもしれない。



そうして時間が過ぎてゆくのを忘れていると、いつの間にか朝日を迎えていた。


時間は放っておいても、適当に過ぎてゆく。


あたりには、深夜つけたテレビの画面の人工的な明かりとは別の、あたたかみのある、赤朽葉のような色が街を包み込んでいく。


カラスの鳴き声がどこからか聞こえて来て、閑散とした街に、朝の訪れを知らせる。



彼女は、ソファの上でうたた寝していたのか寝こけてしまっている。



ベッドに戻らなかったのは、彼を心配してのことなのか。



彼女は彼の行動にいちいち口を出すことはせず、いつも近くにはいるけれど、ほんの少し離れたところで、彼を見守っていた。



彼にはその距離感が適切であり、居心地の良さを感じていた。



彼は音を立てないように、そっとベランダから戻り、彼女にタオルケットをかける。



夏でも夜風に当たりすぎるよりは良いだろう。



彼女の少し寝苦しそうな表情をしばし眺め、額に張り付く前髪をどけて彼女の額に手を置く。



熱を帯びている額をそっと撫でる。



やはり今年は暑いのだろうか。



今年は猛暑だ、なんだと騒がれているが、外気温のことで騒がしくなるのはいつものことだと彼は思っていた。



いつもいつも過去の記録と比べて今年はこれだけ暑いです、と視聴者に訴えてかけている。



そして、視聴者もなるほど、とその情報を鵜呑みにする。


ただの話題づくりに他ならない。


気温差なんて、多少はあれど、平均にしたらさほど変わらないだろう。



小さなことで一喜一憂しているのも、どこぞの誰と知らない人間の調べた数値を信じるのも馬鹿馬鹿しいと彼は思っていた。



第一、暑くなったとしても、我々ではこの世の天候を変えることも操作することも出来ない。



科学が進歩したこの時代でも、だ。



天気予報は発達したと言われているが、まだまだというのが現状である。



調べたいと思えば、自分で図書館まで行ったり、今だったらネットでいくらでも調べることが出来る。



気象庁のホームページを眺めるのが彼の一時の趣味だった。



気象情報はもちろんのこと、警報、注意報。



海上や台風、竜巻情報。



天気図を見れば、多くの人が理科の授業を思い出すことだろう。



この恵まれた国では、大体の基礎は、覚えているかは別として、習っているのだ。



基礎を覚えているのなら、あとは応用が出来るかだけの問題である。



気象衛星の図は、どこか先ほど観たテレビ番組の水のなかの景色と似ている。



地球の一部分なのだから当たり前なのだけれど。



彼の頭のなかは、水が溜まっていくような感じから逃れられなくなった。



彼は時々このような感覚に思い悩まされる。



視界が、脳内が、思考が、ぼやけて鈍ってゆく感覚。







彼女も一般の人たち同様、朝日が昇り、多くの人々が目覚める時間帯に目を覚ました。



彼女は規則正しい生活を送っている。



眠る時間も、起きる時間も、およそ均等である。



多くの人が活動をし始めるため、自然と生活音も多くなり、騒がしくなる。



太陽の明かりはすべてを当たり前のように明るくする。



健康的な陽射し。



「あれ……もしかして今日も寝てないんじゃない?」



彼女の伸びをし終わっての目覚めの第一声がそれだった。




「ん?寝たよ。そんなに気にしなくても大丈夫。眠くなれば眠るさ」



思わず笑ってしまいながら、わかりきった嘘を言う。



手持ち無沙汰な時間を料理に費やしていた彼は、沸かしておいた湯でコーヒーを淹れた。



ほんのりとコーヒーの香りが部屋を満たし始める。



この匂いが彼も彼女も好きだった。



夏場でも、ホットコーヒーを一杯飲むという習慣は変わらなかった。



「言いそびれちゃったけど、おはよう」



彼はいつもと同じ日常を繰り返す。



いつもと同じ、台詞を繰り返す。




「朝ごはん、出来ているよ」



朝食も、もちろんあまり代わり映えのしないメニューである。



しかし、さすがに毎日一緒というわけではなく、ある一定のサイクルを持って繰り返している。




彼女は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、出来上がった朝食を見ると、「おはよう。そしてありがとう」と声に出して言って、かわいらしい笑顔を浮かべてテーブルについた。



彼も彼女に笑顔を返す。



今日も穏やかで、爽やかな朝だ。




彼は、彼女が眠りから覚めたことにいつものことながら、どこかホッとする。



別に彼女が眠れる森の美女とか、睡眠に関して異常なところが見受けられるとか、そういうわけではない。



事実、問題は彼女にあるのではなく、彼自身にある。



彼は昔から、人が眠っている姿を見るのに抵抗を感じるのである。



彼自身においても、睡眠が不得意であった。



居心地が悪い。気分が悪い。居たたまれない。



そんな感覚が彼を占める。




眠ろうと意識すればするほど眠れなくなってしまう子どもがいるように、彼は眠るという行為に苦手意識を持っていた。



彼は眠くなれば眠るが、それは必要に応じてであって、そんなに長時間は眠っていない。



しかし、他者を相手にすると起こすに起こせないし、相手に眠るなとも言えないので、彼はその間自分で出来ることをしている。



そういう性質なのである。



横たわって身体を休めるのは好きだし、目を閉じることもある。



だが、睡眠にまで至らない。



夢も見たくない。






「これなあに?」



机の横に置いてあったレポート用紙を手に取り、彼女がトーストを齧りながら彼に問いかける。



「ああ、それはね、参考文献を元にして要所だけ抜き出したMSMっていうメソ数値モデルの非静力学化についてのメモ」



「へえ」



「水理学について掘り下げている最中なんだ」



「推理学?」



「いや、そんな探偵のためにあるような学問の専攻はしてないよ。そういえば君はミステリーが好きだったね」



「水理学って水の流れに関する力学でしょ。あなたは物理を専攻していたから、それを踏まえて字面を追えばなんとなくはわかるよ」










「詳しく言えば、水力学と水理学は違うんだよ。区別されているんだ」



「へえ」



「水の性質からはじまって、完全流体と実在流体に分かれる」



「あ、いいわ。そういう話ややこしいから聞きたくない」



「うん、君がこういう話題に興味ないっていうのは知ってた」



彼女は「意地悪だなあ」と言いながらそのメモを興味無さげに、そのメモ同様にまとめておいた紙束の上に伏せた。



彼女は一瞬手を止めて、何が書いてあるのかとその下の紙束の文字も追っていた。



その下の紙束に書かれているのは地震についてである。





朝は特定のニュース番組をつけているが、不意に気を引くような音が鳴り、上部に小さなテロップが出る。



「地震速報」



この国は、随分と地震が多い。



近頃は特にそのように思う。



「あ、また地震があったんだね」



「そうだね」



「震度はどれくらい?」



「3くらい」



「ああそれくらいなら気付かないわ」



そんな会話がしょっちゅう繰り返される。







彼女は不意にトーンを落として言う。



「まだ、気にしているの?」



「なにを?」



分かりきっていることに、分かりきったおとぼけを返す。



彼女は続きを言わない。笑ってもいない。



至って真面目だ。



真面目な人間にジョークで返せるわけがない。



八月なので戦争に関する特番がやっている。



それに即して彼は言った。



彼の眼は戦争番組のCMを観ている。




「過ぎた今も、一日として犠牲者の方々への哀悼の念を感じない日はないよ」



ニュースのなかでアナウンサーが吐く台詞をまるっとそのままコピーして返した。



「今もなお、苦しい生活を余儀なくしている人がどこかにいるんだ」



「まあそれは世界を基準としてみれば、どこにだって存在している」



「それでもさ、残された者の悲しみってあるよね」






「行き過ぎた自粛も、同情も、憐れみも、全部が全部、必要以上に当事者を落ち込ませるよね。人の感情っていうのはむずかしい。気遣いが人を傷つけることもあるのだから」



「気遣いも、されないよりされるうちが華かなあ……誰にも相手にされないっていうのが一番かなしいのかもね。死者のように忘れ去られてしまって」



「誰かに感化されないと、忘れてゆくのも人だけれど、さ」



「憐憫に浸っているのも、なんだか許せないなあ……過去に生きるのも。静止された状態だから美化出来てしまうのかね。なんだか静力学のなかの話みたいだね」



「あたしは真剣に問いかけたんだよ」



話題を逸らされたと思った彼女はどこか苛立った口調で返した。



あながち間違いではない。



彼は肩をすくめた。








彼は一音、一音確かめるように発音した。



「じゃあ、たとえば、君はつらいときには音楽や芸術に触れろと僕に言う」



「そんなつらいときに音楽を含む芸術とかって、何の役に立つんだろう?社会には必要なんだろうか?」



「芸術は人の心を癒すんだよ。芸術をバカにしちゃいけないよ」



アーティスト気質な彼女は憤慨した。



彼女はアーティスト気質がゆえに、同情心に篤く感受性が豊かである。



人の感情の機微に敏感である。



「他人が表現したものに、共感とか自分の感動とか祈りを感じることで、人間と言う生きものは生きる力を得るものらしいね」



生きる力を失いつつある彼は、そう呟いた。



文系の教科書に書いてあるような、文面を思い起こして彼は呟いた。






「そもそも芸術って必要かな?」



「必要か不必要か問う必要はあるの?」



彼女は心底不思議そうな表情を浮かべた。



「必要だからこの世にすべて存在しているわけでもないし、不必要だからこの世に存在していちゃいけないってものでもないでしょう?」



「まあそうだね。そんなことを言う権利のある人はどこにも居ないね」



彼女の矛盾の塊のような論理を受け流しながら彼は会話を促すように相づちを打つ。










彼女は頷いて話を続けた。



「必要だと思う人がどこかにいる限り、それは必要なんだよ。存在する価値がある」



「存在価値、ね……」



「それに芸術に触れていて、どこか心に直接沁み入ってくるものってあるじゃん。やさしさとか教えとか……うまく言葉には出来ないけど。うまく言葉にできないって言うのがまた芸術だよね」



「そういうのって常人では成し得ないんだよ。誰かの心に直接語りかけられるのがアーティストだもの」




「君は自分が救世主だとでも思いたいの?そんなポジション狙いかい?それは君の社会性に何の役に立つんだ?そのようなことをしている自分に酔っているの?」



さすがに口では言えないが、心のなかでは唱えている。



彼女も馬鹿ではないから彼がそのように心のうちで唱えていることに気付いているのだろう。



彼の孤独にも。



本当に気付いているからこそ、距離を保っていてくれるのだ。



彼自身もそんな彼女の本当のやさしさに気付いているからこそ、彼女に甘えてこんな酷いことも思えるのだろう。



そして同時に口に出せずにいる。



彼女のやさしさは本物だと、彼はわかっていた。



彼女はほんの少し不器用なだけだ。









「それが相互コミュニケーションの基本であって社会の連帯を強めるんだよ」



「社会の連帯ねえ……」



連帯を然程美しいものと感じない彼の心には、その言葉は何ひとつ引っかからなかった。



確かに連帯感を持って行わなければならないこともこの世にはある。



しかし、必ずしも連帯が良いものとも思わない。



集団心理とはおそろしいものである。



正義だと信じてそれを振り上げてしまう恐ろしさとか。



正義が正当だと信じてしまう恐ろしさとか。






「芸術が無力だと感じることはないのかい?」



彼は彼女に問うた。



「なんで?芸術は無限の可能性を秘めてるじゃない」



彼女はあっけらかんと答える。



「自分になにが出来るのか、なにをすべきなのかって、考えることはない?」



「どんなに考えたって出来ることしか出来ないじゃない。それ以上を望む必要があるの?」



「では、出来ることってなんだい?」



「それは各々が探すことだし、見つけることよ」




彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。



胸の前で腕組みまでしている。



「ねえ、ずっと思っていることがあるんだけど」



「あの日以来、なんでか知らないけれど、あなた自身、何がいけなかったんだろうなんて考えているんじゃない?」



「別にあなたは悪くないよ。そういう、……そういう運命ってあるものよ」



「運命」という単語で一括りにした彼女は、残りのコーヒーを飲んで席を立った。



洗いものをする水の音だけがやけに大きく部屋に響く。



朝の番組のテレビの音はやけに爽やかで、にぎやかで、それなのにそれらの音たちはほぼ耳に入って来なかった。








パソコンを立ち上げ、中国の天津港瑞海公司所属の危険物倉庫の爆発事故のニュースが眼に入ってくる。



海沿いは工業地帯だ。



工場計画論という理論に基づいて効率的に作られている。



死者数、負傷者数の数字に眼を留める。



中国で事故が起きると、やけに死者が少ないと思うことはないだろうか。



中国の事故の死者数には、およそ上限が定められており、勝手に調整されている。



市の党委員会書記が更迭されたり、そういうお役所的な事務作業が関わってくるからだ。



中国はそういう国だと彼は把握している。



中国が出す数値ほど当てにならないものはない。



あれほど古代では活躍した国が今ではこの惨状。








人口の多いこの国は、誰か人が死ぬたびに、



「このようにして人口を調節しているんだ」



「これで淘汰された」



などと言われる。



人ひとりの命の重さが重要視されない。



数が増えれば、希少価値が低くなり、そのように扱われる。



絶滅危惧種ほど大事に扱われ、ちやほやされたりする。



人の心理というものは残酷だ。



好き嫌いでも左右されるし、理不尽極まりないが、それが世の中なのである。






コンビニへ行って、それからついでのように橋上から川を眺める。



「水の近くでは、不思議と人がたくさん死ぬものだねえ……」



「どこもかしこも澱んでいる。きれいなところがないかのように」



雨上がりの川の水は、とても濁っている。



「不浄を好むのは低級な証拠だよ」



彼女は言った。



「わたしたちの身体ってほとんど水分で出来ているよね」



「きれいな血や体の適切な水分バランスは、体調がいいのと同じ」







「不浄なところには霊が集まるんだろう?」



彼はありきたりのことを口にした。



「そう言われているね。暗くて、じめじめしたところ」



「でも幽霊なんてものは、暗くなくたってどこにでもいるんじゃないかな。人がそのように思いたいだけであって。確かに居心地の良い場所とかはあるんだろうけど」



「霊にも適材適所があるのかもね」



「霊って言ったって、所詮人間の成れの果てだから」








川を眺める視界の端に、白っぽいものが映る。



それは川の流れのなかで、動かず留まっている。



彼は一瞬ドキッとした。



その白いものにどこか見覚えがあるように感じられたのだ。



それは彼の記憶のだいぶ深いところに封印したものである。



彼の動きが止まったのを不審に思った彼女が、彼の視線の先を辿り、再び彼のほうへ視線を移した。



「あの白いの、ただのゴミだよ。別にナニモノでもない」



彼女は「ナニモノ」を強調してそう話した。



彼にだって、よく見れば、それがゴミだと分かった。



しかし、自分が視界に映る白いものに直ぐさま恐怖を感じてしまうことに、思った以上に心にトラウマを生み付けてしまっていると自覚が出来たのであった。




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