第1面
「母さん、父さん。やっとファントに会えるよ。行ってくる」
幸せそうに笑う5人の写真を静かに棚に置いて家を出る。
人家は見当たらず、青い空と緑の草原、点々と彩を持たせている花たち。
空気がおいしくて、風が気持ちのいい、そんな場所。
つまらない毎日を淡々と過ごし、思い出したくないことを防ぎこんで、何の変化もなく屍のように生きてきた場所。
僕には他と切り離され時間が止まり色を失った場所に思えた。
一本の道に沿ってしばらく歩いていくと、飛行船の停泊所が見えた。
人の気配さえない。
1か月に一度だけ停まる飛行船。
人を乗せるために停まるというよりは、メンテナンスのためというのが本当のところだろう。
ちょうど5年前に、双子の兄であるファントを送り出したときを思い出す。
あれから随分と月日がたった。
飛行船が来るのは夜のはず。
ここは物取りの心配もない、人がいないから。
今日から出かけるために、畑の世話に時間をかけたおかげで疲れた。
待機用の長椅子に腰掛け目をつむるとだんだんと意識は沈んでいった。
【ナイト!おいでよ!すごいんだ、綺麗なんだよ】
【そんなところに立ったら危ないよ!母さんもダメだって…】
【少しなら大丈夫だから!せっかく大都市、カウティアンの近くに来たんだもん】
【す、少しなら…。わぁ…!いろんな色がキラキラ光ってるね!綺麗だ…】
【ほらね、凄いだろう。今見えている景色の中には、僕らが見たこともないくらいたくさんの人がいるんだよ!】
【え!?父さんと母さんとファントとダイと、神官のカシイさんと、物売りのおじさんと、マリネア先生と…それよりもたくさん?】
【そうだよ、僕らはちっぽけなんだよ】
【はぁ、凄いなぁ。カウティアンか、行ってみたいな】
【大きくなったら、一緒に行こうね!】
【うん!】
そうだ、昔そんな話をしていた。
僕らが、まだ人というものを知らなかったとき。
世界が広いものだと知らなかったとき。
強い風に顔をしかめ、目を開ける。
すると、ちょうど飛行船が到着したところだった。
短い旅を想定して用意した小さめのバッグを持って歩き出す。
入り口から入ると、中には人が見当たらなかった。
乗務員を探すため、広い船内を回っていると驚いたようにこちらを見る乗務員と思われる男と目が合った。
「こんばんは、本日はご乗船ありがとうございます。いま、切符をお売りしてよろしいでしょうか?」
すぐに男は笑顔でそう告げる
「はい、少し待ってください。金額は?」
「行先によって異なりますが、目的地はどちらで?」
「カウティアンです」
「でしたら、3400ハルツになります」
四枚の銀貨を渡す。
「4000ハルツ、頂戴いたします。600ハルツのお返しと切符になります。お降りの際にお渡しください」
6枚の銅貨と切符を受け取る。
「そんなに珍しいですか?」
さっきの驚き様に気になって聞いてみると、乗務員は少し申訳なさそうにうなずく。
「この航路は無人ロードと呼ばれておりまして。名のとおり、人が乗船することがたいへんまれなのです。私も勤務してから初めてでしたので驚いてしまいました」
「そうなんですか、確かに住民が少ない地域ですからね」
「昔はこの航路も一週間に二度、昼と夜に使われていたと聞きます。今では、一か月に一度の夜。著しい過疎化現象、酷いものですね」
「そう…ですね」
「あぁ、すいません。出過ぎたことを申しました」
「大丈夫ですよ、事実ですし。僕もそう思いますから」
「そうですか。それでは10分後に出発いたします。カウティアンまでは丸一日かかります。別途料金となりますが多種多様なサービスをご用意させていただきますので、メニューをご覧の上、気になるものがございましたらそちらのベルでお呼びくださいませ」
「わかりました、ありがとうございます」
「どうか、船の旅をお楽しみくださいませ」
そういって、乗務員の男は去っていった。
上品なじゅうたんが敷かれ、広めにとられたスペースに個別の椅子が置かれている。
座ってみると沈む感覚がして、まるでベッドの上にいるみたいだ。
控えめに毛布も置いてある。
夜だからだろう、暗めのオレンジ色の光が心地いい。
ふと、バッグから箱を出して、開ける。
中には大切に保管していた封筒が入っている。
大都市カウティアンへ行くことになった経緯を思い返してみることにした。
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