第13話

 何事も、御伽噺のように一件落着と、幕は下りぬが世の常なるか。

 閉じ込められた姫君が、悪い家臣を打ち払い、自由を手にして目出度し目出度しと、そこで終わってくれぬのだから堪らない。


 転生爺は頑張った。頑張ったのだ。もうホントに勘弁してくれ、世間様。

 一つの物語が終わっても、休むことなく次なる話が準備万端、ブルペンで投球練習を終えている。現実はクソゲーだとは誰の言葉か知らないが、せめて幕間の休憩くらいは許して欲しい。


「既に聞き及んでおろう。公爵が動いた」

 尚書長に続いて幼女殿下は言葉を紡ごうとした。

 これまでならば、ここから相も変わらぬ幼女無双が始まるのだが、本日ばかりは勝手が違い、セルゲイは僅かにたじろぐ羽目になる。


 何故なら居並ぶ面々、格が異なる輩が入り混じる。

 成る程、確かにヴァランスキーの縁故にすがって訴願審査官職を格安でお買い上げした連中は、箸にも棒にもかからぬ、正真の無能である。

 あるいは十把一絡げな諸官署の長官職を金に飽かせてか、もしくは世襲で手に入れたボンクラ宮廷貴族も似たり寄ったりと言ったところだろう。


 しかし、殊に重要官職となれば話は別だ。

 すなわち国務卿と呼ばれる四名の男とその派閥。国家官吏の頂点として外務、軍務、大蔵、宮内の四官署を率いる領袖たちは、不貞不貞しくも薄ら笑いを浮かべている。


 彼らは皆、さて置いて良いのか分からぬが、国家の舵取り役としての能力はさて置いて、宮廷社会を泳ぐにかけては右に出る者なしの海千山千、百戦錬磨のぬらりひょん。

 こうして、今や摂政たる幼女殿下の言葉を遮ったのは、古風ゆかしく長い顎髭を、セルゲイ同様に蓄えた威厳ある中年男。


「むろん、存じ上げております、殿下」と、それは実に優雅な発音でございます。完璧な抑揚で、育ちの悪い爺さんにはむしろ聞き取りづらい程である。


 さて、この見るからに大貴族と覚しき此奴は何者か。国務卿の誰かか、あるいはその補佐か。どっちにしたって根性ババ色風味を感じさせ、仲良くなれそうもない。

 言ってしまえば貧乏人の僻みであるが、やはり勿体ぶりやがってこのセレブリティめと、反感を覚えてしまうのを許して欲しい。


「たしかに一大事。ですが討議の前に、まずはご列席の方々につき確認したく存じます」


 顔色を変えたのは、やはり幼女の親族ばかりである。思わぬ事態に馬鹿面を晒して右往左往と情けない限りであるが、それを責めるは酷だろう。

 しかし、横目で見ればリュドミラ幼女様だけは心外だなとばかりに、ゆったり笑い、どこか老獪な政治家を思わせる。繰り返すようで申し訳ないけど、十歳児である。


「ほう、厳選された者共を集めたつもりであるがな」

 幼い声には、やはり楽しむ風情が色濃く残る。

 

 思ってもいない嘘を平気で言い合う様は興味深く、けれど所詮は雲の上の遣り取りで、まぁ関係ないねと素知らぬ顔をしていた時期もありました。


「そこなる軍人ですよ。平民出の下士官。英雄であろうと弁えて頂きたい」


 ええ、ありましたとも。いきなり直撃ですか?


 唐突に俎上に乗せられて、気分はもう、まな板の上の鯉。

 再び鋭い眼差しが四方八方から寄せられる。

 もう、お家帰りたい。思わず白目を剥きそうになるが、辛うじて再起動。なぜなら、あの嫌みたらしい男は実に良いことを宣った。


 要約すれば、家帰れ。


 素晴らしい。素晴らしすぎるよ、見知らぬおっさん。君の株は今や急騰、ストップ高よ。

 確かに、あの爺さん身分不相応だよね、というこの雰囲気。たまりません。


 となれば、私こと爺の中の人は、空気を読むこと人一倍な島国出身の社畜です。察して身を退く美徳を標準装備。

 では早速お邪魔なようなので、と回れ右を決め込もう。意気揚々と背筋を伸ばし、けれど得てして、かくなる動きはいつも決して果たされない。前にもあったぞ、このパターン。


 嘆くに及ばず、事の元凶が口開く。大尚書長、ヨシフのじいちゃん。ホントに貴方、儂に何ぞ恨みでもあるんかい。


「軍務卿の仰りよう、誠にごもっとも。しかしながら玉璽にて、この者は既に勅任官たる巡察使に親補されております」


 何を言っているのか、ワカラナイ。お前の株価は大暴落。リーマンショック。

 意味は分かる。誠に光栄、偉くなったということだ。されども刺さる視線の鋭さが、更に増すとは如何なる仕儀か。どこまで転生爺のライフを削り取れば気が済むか?

 もしかして、新手の拷問ですか、そうですか。


「さて、確かにこの者、大功を立てたり。しかし兵の論功行賞は軍務の領分なれば、勝手をされては困ります」

 成る程、どうやら見知らぬオッサン改め、軍政を司る軍務卿でありました。そりゃあ、知らないところで軍の人事をやられては面子が立ちません。


 しかし面の皮の厚さなら、無駄飯喰らいを半世紀続けたヨシフのじいちゃんも負けてはいない。というか、明らかに年季が違う。

「これは異なことを申される」と完爾と笑い、中々どうして、これまで無味無臭の人物だったとは思えぬ様である。


「使職は令外の官。軍務の律令に定められたる兵の褒賞には当たらぬかと。しかも有徳なれど家格の足らぬ者に古の大法官が与えし位なれば、御意を得ての承印は、大法官が後継官たる臣の職分であること明白に御座います」


 流石は腐っても国法の番人、判を押すだけと揶揄されても帝国大尚書長。慣習法にせよ成文法にせよ、いずれも熟知しているようだった。


「黴の生えた慣習を持ち出されましたな、尚書殿。確かに使職の承印は大法官が役目。今なれば、貴方の他にはおりますまい。どうやら噂の通り、見る眼を変えねばならぬようですな」

「ご納得頂けたようで何より。巡察使なれば訴願審査官と同等の格。すればアレクセイの帝が定めたる官等表をもっても顧問会議に列席するは何の問題も御座いません」


 尚書長は恭しく頭を下げてそれ以上は語らない。

 一連の身分確認に何の意味があったのか。セルゲイにはサッパリ分からない。

 探りを入れると言うには露骨に過ぎて、威力偵察と呼ぶには弱すぎる。つまるところは一寸した嫌がらせ、擾乱攻撃なのだろうか。


 軍務卿は軽く鼻を鳴らして、つまらぬものを見るようにセルゲイへと目を向ける。

「何、確認したかったまで。たかが下士官風情が殿上人とは。ご先祖殿もまさかこの様に先例を使われるとは思いもよらなかったでしょう」


 正直、宮廷政治など門外漢も良いとこなので、幼い上司殿の顔色を伺おう。


 って、貴方様はどうしてそんなに良い顔してるんですか?


********

コメンタリー


 現実はクソゲー:現実なんてクソゲーだ、人生はクソゲー、という亜種もある。神ゲーとかいう奴は、たぶん未プレイ者か余程恵まれたランダム・キャラメイク成功者。

 せめてセーブ機能くらいは欲しい。プレイ時間が数十年なんだから実装してなきゃ駄目でしょ。

 あとグラフィックだけはスゴいと専らの評判だけど、最近はそれにも陰りが生じている。他のゲームに追いつかれて、一部では追い抜かされた。二次元最高です。


 幼女無双:無双シリーズはやったことない。見てるだけで気分壮快なので見る専です。たぶん、私がやったら無双ではなくボコになる。


 訴願審査官(メートル・デ・ルケート):近世フランスの官職。調査官と訳されることもある。政府の実務担当者でエリート官僚。霞ヶ関で言うキャリア組でも、トップ・エリートじゃないとなれない秀才のポジション。でも、近世フランスではお金で買えたし、譲渡可能。世襲可能な貴族位ももれなく付属する特典付き。当然、お高いし、数も限られていたので余程じゃないと手に入らないレア・アイテムなんですけどね、本来なら。


 お買い上げ:近世ヨーロッパの大半の国では官職が売られていました。

 これが結構、政府にとっては良い稼ぎなりましてね、お客さん。買えば貴族にだってなれる職もありますから、ブルジョアの皆さんが争って買ってくれるんです。おまけに購入資格もあるにはあるんですけど、免除状さえ用意してくれれば、眼も瞑ってくれるんですよ。

 え? どうやって手に入れるのかって? またまた、分かり切ったことを。

 おっと、官職保有税が毎年かかるんでそれだけは注意してくださいね。官職収入局ってところに納税してください。

 今の世の中、金ですよ。

 こんな感じで官職保有者は家の財産として職を継承していき、法服貴族層を形成しましたとさ。


 国務卿(スクレテール・デタ):フランスでは宮内卿、外務卿、陸軍卿、海軍卿がいました。同じ様な言葉で国務大臣(ミニストル・デタ)があります。これは最高国務会議(コンセイユ・ダン・オー)の正規メンバーの中核で前記の四名に加えて財務と尚書が加わる六名となります。

 さて、ここからがちょいと複雑なのだけど、たとえば陸軍卿=陸軍大臣と思いきや実は違う場合も多々ある。陸軍卿の地位は購入も世襲も可能。しかし最高国務会議のメンバーは国王の自由意志に委ねられたので、たとえばルーヴォアの息子バルブジュー候は親父よりも格段に劣ったために、ルイ14世に最高国務会議への参加を拒絶されて、代わりにシャムレイが陸軍大臣役を勤めて、バルブジュー候の死後、正式に陸軍卿の地位を買い取っている。ちなみに30万リーブルという高額だったそうな。

 なおシャムレイさん、財務総監でもありましたのでかなり優秀な官僚です。ただ、スペイン継承戦争の負けがこんでた時期だったので、心身ともに擦り切れちゃったらしいけど、合掌。

 あと、国務卿は複数名いる場合もあり、たとえばル・テリエとルーヴォアは親子仲良く1662-77年の期間、その地位を分け合っています。何ともまぁ、名目と実質が入り交じった複雑な制度でしょう。


 長い顎髭:18世紀になるまでロシアの伝統的大貴族は皆さん、顎髭を大切にしていたそうです。しかし17世紀の終わりに身長2メートルを越える大男がハサミを持ってやってきましてね、文明開化と称して次々と彼らの自慢のお髭を切り取っていったそうです。

 ちなみに民衆にしても、髭がないと天国にいけないと思っていたので、どいつもこいつもヒゲ男だったのですが、これに我慢ならなかった大男は流石に自分で切りに行くわけにもいかないから、ヒゲに税金をかけてしまいましたとさ。

 ちなみに、この大男の趣味は、側近の歯を抜くリアルお医者さんゴッコと死人が出る戦争ゴッコが興じてリアルに大戦争。なんて言うか、こっち来るなのレベル超えてる動く災厄です。


 勅任官(コミシオン):近世フランスの官職は売られていたと前記しましたが、売られていない官職もありまして、それが勅任官。親任官職とも呼ばれています。


 使職:なんでも近世ヨーロッパでもつまらんので、ここで中国は唐朝にお出まし頂きました。節度使とかのあれです。いわゆる律令官制って三省六部とキッチリしているが故に柔軟性にかけており、最初っから建前と現実が乖離していたと言われています。、さらに時代が下って社会がさらに変化すると、もう取り繕えないレベルになってしまい、これに対応する形で現れたのが令外の官であるところの天子直属の使職であった訳です。

 こうして次第に律令官から使職が実権を奪ってしまうようになるのだけれど、これって少し近世フランスにおける、地方総督(グーヴェルヌール)と地方長官(アンタンダン)の関係に似てますね。地方長官は節度使と違って軍権はなかったけど。


 巡察使と訴願審査官:近世フランスにおける訴願審査官は国王の側近として、臣民からの請願を取り次ぎ、これを取り調べする官を起源として、その後、輪番で地方を巡察しつつ、中央ではその巡察結果を報告する官となっている。ということで、こいつは中国の使職であるところの巡察使だねと勝手に帝国前史を妄想させて頂きました。

 なおフランスにおいては、訴願審査官は国王の諮問会議に列席する資格がありましたが、正規メンバーであったのは司法部会のみで、最高部会に出席することは殆どなく、他の部会においては報告者の役目を負った場合に出席が限られてますのでご注意を。小説内では大顧問会議相当なので、訴願審査官たちも列席可能。ただし正式な発言権は無しとなります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る