#HIMIKO_2099//01_NAGATA-CHO_01/Outpost

ひみこ2099年//01永田町-01//前哨警戒ライン


 「ダン221、現在時速1687000km、本艦前方2450kmを不規則に加速中、」

 「現在計測値、火星公転軌道横断まで約5.2時間!」

 戦略解析担当官の射撃管制読み上げが、狭い第一艦橋に響いた。

 儀式的な乾いた声だ。

 “大きい…今度のあれが落ちたら関東地方はまるごと消し飛ぶわ…”

 艦長_女性のつぶやきは誰にも聞こえない程度には、声として形になっていた。

 『ダン221』…地球に向けて突進する“特別”な小惑星。

 艦長の指が舞う。


 『トピック優先検索→ダン221_解析データ:長径135m/短径67m/スピン5rps~13rps/スピン変位角_計測不能/重量236000t 推定誤差±300t』 


 「ダン221、スキッピング始めました。」

 「絶対に逃がすな!」

 “ スキッピング ”惑星間航行管制で使われる俗語だ。

 短時間のうちに、跳躍座標空間へスキップを続ける事を意味する。


 『ダン221』とは“ そういうもの ”だ。


 「跳躍遷移ベクトル推測、感、最大で進めろ!」

 「はっ!」


 深宇宙外殻護衛群先進攻撃先導艦01番艦『ひみこ』


 ◆2085年6月18日_火星公転軌道外側、統合自衛隊主力艦。


 ◆『ひみこ』艦体諸元_全長_293.0m/全幅 _37.9m/全備重量(基本排水量換算)

 ◆乗員_35

 ◆航続距離

 ◆発動機/主機…量子縮退反応炉『たぢからをのみこと001:改』共鳴場連鎖時空演算推進系/副機関…マイクロレーザー核融合炉『あべふちのかむいⅣ』×10

 ◆武装/量子縮退演算誘導弾(試作1号砲)弾数2/主砲:超重積型線形力場加速砲(45口径46cm、3砲身)×3/副砲:超重積型線形力場加速砲(60口径15.5cm、3砲身)×2/速射荷電粒子砲(40口径12.7cm、2砲身)×12




 前方の最警戒区域を高速で移動するそれ_『ダン221』。

 そこには、2062年に、地球より6光年彼方に生まれた光世紀聖地球連邦( 通称 “地球連邦” )の、呪詛(じゅそ)が込められていた。


 その本質は『地球人類の覚醒』にある。

 彼らは、彼ら自身の政治的宣誓に従わない勢力すべてを排除すべく、恐るべき戦略を開始する。

 その戦略的手段として、重力制御推進システムと、自己増殖して航法推進システムに変化するナノマシンをセットしたプラントを、無制限に小惑星帯に放つ。それは現在も継続している無差別戦略破壊行動である。

 それらは、小惑星岩塊にはりつくと、巨大な岩塊を一定の時間を経て地球を爆撃する質量弾体に変化させ、内蔵された“非人道的”誘導システムの指示により太陽を巡る公転軌道を離れ、地球上の、それも予め指定された座標に向けて正確に動き出す。しかもそれらは、一般的な迎撃手段をことごとく回避する異常

な機動性を発揮していた。

 差し渡し1キロにも満たない小惑星岩塊を、数秒のうちに数千Gにも及ぶ異常な加速度で放り出し、しかもまるで、迎撃する火線を予知するかのような予測不可能な軌道数値をとり続けながら地球に向かう。

 自己増殖する航法推進システムは、現在までに観測された中では、最大2670個の重力ベクトルコンバーターをその岩塊の表面に築きあげていた。


 『ダン87_2082年8月7日迎撃成功』


 最小でも1500個以上にものぼる重力ベクトルコンバーターすべての推進値共振制御は、確かに存在し、その小惑星岩塊を地球へ向ける作業を行っていたが、その制御アルゴリズムは、もはや、大規模量子電脳による戦略的な解析を必要とする所まで来ていた。

 確かに、それが地球圏の特定のポイントの戦略爆撃を意図していたのは確かである。

 彼ら“地球連邦”の決議宣言にもそれは明確だ。

 しかし、大規模量子電脳にその撃破会敵点を予測させなければならないほどの、奇怪な無重力機動をおこなうそれらの中枢部の詳細なデータこそが、この忌わしき戦いの本質を語っている、といえる。


 それらは、瞬時に数万~数十万キロを跳躍移動する。


 それは全く予測不能な動きだった。

 いまだ、日本で進空した『ひみこ』の迎撃打撃力をもって、“地球連邦”の小惑星質量弾戦略爆撃力の拮抗状態を覆す見通しの端緒が開かれたに過ぎない。


 “地球連邦”の忌わしき戦略に対抗すべく、地球圏における12基の量子電脳すべてが動員されている。

日本で稼働中が4基。そして『ひみこ』は、その最も信頼すべき量子電脳の戦略的端末だった。


 これは、人類の種としての存在を脅かすテロである。


 そのテロの実行者達は、地球に彼ら自らの血筋を求める事が出来ていた。

 そのことに、銀河の創造神の与え賜うた試練として、自ら深き洞察を求めるのもよい。

 水と光の大地である地球の住人であるならば、そして今後の永き年月への自覚があるならば、その洞察は血肉となる事も保証されよう。

 しかし、この戦略を運営せんとする彼ら、テロの実行者達には、まぎれもなく無縁な作業だったようだ。

 その仔細は、いずれ長い報告として語られる。





タイトル&メインテーマ 『ひみこ2085年』_戦史記録:暫定治安維持機構 file05






 ◆2085年6月18日_永田町1丁目『通用門前』信号脇。


 警視庁麹町署機動治安課、警邏車両。『ほ-1(ほのいち)』 

 ティルトローター形式(折り畳み式プロップローター装備)高機動警邏車。

 4人乗りのセダンだが、展開したプロップローターによる機動性は、空中追跡を可能とする警邏車では随一だ。

 衆議院会館裏の路地に待機。

 200m離れて『か-3(かのさん)』が待機。

 

 「おう、三峰、精がでるな。」

 「資格試験、もうすぐっすからね。」


 警備情報確認のためのタブレット。

 『産經新聞2085年6月18日朝刊1面タイトル』から『2085年度国家公務員試験最新情報リンク』を開き、『日本国現代史まとめ 2085年5月30日』を表示させ、スナップさせながら目を通している。


 ・韓国は2030年代初頭にゲシュタルト崩壊を起こし国家機能が停止した。現代の『大韓連邦』創設の立役者は暫定治安維持機構である。


 ・“光世紀聖地球連邦最高評議会”の原点は、21世紀初頭の極東アジア覇権帝国主義国家に直にその紀元をもつ。


 ・“光世紀聖地球連邦最高評議会”が推進する人類の虚無化は21世紀初頭に日本で爛熟期を迎えた観念的御花畑思想にその源流がある。


 ・『不老不死永続生命研究機構(2045年タグ)』の電子的バックアップ事業の増大は毎月100万人単位に及ぶ。(2085年現在)


 三峰巡査は、指を休めると、ため息を漏らした。

 五分刈りのイケメンである。まだ二十歳そこそこか。

 「あ~あ、俺たちどうせ脇役だしな。」

 「まぁいいじゃねぇか、地球防衛の前進基地という事で最優先で面倒みてくれてるんだし。」

 「そうすね、まもなく姐(あね)さんの出撃…」

 「おい、出てきたら外で姐さんなんて言うなよ、ちゃんと総理って言えよ、始末書もんだからな。」

 「はい、わかってますって、シャケむすび食います?」

 「あぁ、もらおう。」

 「でも美人の護衛、って萌えますよね。」

 「それ、どっちの『燃え』だ?」

 「もちろん“くさかんむり”の方。」

 「あ、やっぱり…」





 ◆2085年6月18日_東京、麹町


 新宿通りから少し裏通りに入った飛翔凰(ひしょうおう)小学校。

 朝の登校シーン

 今日の朝の声かけ担当は6年2組の緑川先生と、副担任の莢川(さやかわ)先生だ。

 紫陽花の花が今朝方の雨でしっとり濡れている。

 

 「おはよう、高橋くん」

 「おはよう、緑川さん」

 「おはよう、…」


 緑川由岐菜先生は人間(みどりかわ ゆきな:56)

 莢川素美奈先生はソシオンドロイド(さやかわ すみな:女性)

 緑川先生の6年2組の男の子の一人が登校してきた。

 名前は小出悠紀耶(こいでゆきや)。

 冷静沈着な美人先生で評判の莢川先生の顔が一瞬こわばった。


 ?


 莢川先生は、声かけをしながら児童の体調管理のための身体データスキャンを実施している。


 “その子”、体温20度!


 「緑川先生、ちょっと…」

 校門から少し離れた所へ袖を引っ張って、

 「小出くん、『吸い取り紙テロ』の被害者です。」

 「な、なんですって!」


 登校してくる児童たちがいぶかっている。

 緑川先生と莢川先生、何話してるんだろ…


 すみれ色のボブカット美人の副担任は、教育現場に配属されるソシオンドロイドらしく、人間的な恐怖と不安を制御する理知的な感情の発露で、冷静に緑川担任に伝えた。

 「間違いないです、今朝の身体データスキャンを出力します。それを見てショックを受けるな、という方が無理でしょう。」

 「なんてこと!」

 子供達の笑顔とともに始まる朝の大事な時間に、国家的な人道に反する最も背徳的な犯罪が、まさかこんな身近で発生していようとは思いもつかなかった。

 緑川由岐菜、小学校教諭として36年のベテランにして、膝が崩折れてしまいそうな衝撃に襲われていた。

 しかし子供達にそんな狼狽を見せるわけにはいかない。





 ◆2085年6月18日_東京、永田町、予算委員会代表質問_野党:銀河連合平和民主党代表 鳩山田 邦樹(はとやまだ くにき)


 地球連邦の血を引く野党勢力。

 社会的に通用するステイタスを保持した国会議員のはずだが、この国の伝統で、頭がおかしいのではないか?と目されるゴシップを数多く持っている男である。見た目学者風の涼やかな風貌。

 そのギョロッとした目つきの眼光は『平和』という言葉をかつて無く偏愛する彼の言動を支えるかのように、時折変質的な光を見せていた。

 「総理、お訊ねします。現在都内で雇用されている45万人にも及ぶソシオンドロイド諸氏の現状についてですが、今回の労基法改定におきまして、未だ日本国平和憲法における基本的人権の適用を受けていない、という事をどうお考えですか?」

 ソシオンドロイドとは、人工人格構造(人工実存)をもち人間社会の機能を補完的かつ調和的に維持する事を目的として配備されたアンドロイドのこと。日本独自の規格。

 「内閣総理大臣、継原芙美菜(つぐはらふみな)くん」

 彼女が総理大臣席から立ち上がった。

 身長175cm、スリーザイズは公然の秘密(肉体派アスリート美人としてファンクラブ多数)オフセットしたダークブラウンのエクステがポイントだ。

 黒のツーピースに包んだ姿態には、鍛えた嘘の無い色気を内包している。

 チャラい男には容赦なく鉄拳が飛び、ゴシップネタにされた事、数度。

 「ソシオンドロイドは機械です。人権はありませんよ。」


 ざわ…


 2085年6月現在、日本国全体で稼働状態にある無機知性体265万人(体)、都内でも45万人(体)、国会全施設内でも265人(体)いる。

 彼らは人間ではないので、日本国憲法における基本的人権の保証の埒外である。

 そして人間社会を補完する彼らの存在を定義する法体系は『無機知性体稼働環境安全保障法』を初めとする諸法規によって整備されている。

 諸外国には、人間そっくりに行動する彼らを、道路工事の重機なみにこき使い、使い捨てにする現場もあながち無いわけではないから、この野党の男が発言する主張に全く意味が無いわけではなかった。

 しかし彼の目する所は、法の目指す所に人類普遍の幸福を見いだす作業には無かったようである。

 人類圏に虚無の刃を突きつけてくるテロ集団とイデオロギー的連携をもつ彼ら野党勢力にとっては、この2085年現在の体制が不満で仕方が無かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る