MHASC“せんかく”2022年//06_生存への戦略

MHASC( エム・ハッシュ )“せんかく”2022年//06_生存への戦略/暫定治安維持機構



 「あの人民解放軍の哨戒機…」

 「えぇ、死にものぐるいで、こっちの交信帯に探りを入れてましたよね。で、おまけに照明弾の最後っぺ?」

 「ふふふ、せいぜいやりたいだけやってごらんなさいってことよ。」

 3番機パイロット、サイミルシーラン・マッカルバト。

 帰化ウイグル人。日本名_松華彩実(まつか あやみ)上司の継原三佐と並んで世間話をしている最中。

 「これオフレコですけど、継原三佐、もう一度ホータンに行ってみようと思うんです。」

 上司はうなずく。

 「そうなの…」これは、穏やかな表情でいうには重すぎるせりふだ。

 彼女は、結んでまとめてある髪をほどいている。

 それは、もはやF-3“日本鬼子”搭乗のためのパイロットスーツが、逆に何かのコスプレにしか見えないほどたおやかな量だ。


 「危険だけど、きっとそれは意味のあることねぇ…」


 彼女たちがいるのは“ちしま”打ち上げ用リニアカタパルト基部付近の『せんかく』艦尾右舷。

 上司はゆっくりと言葉を続けた。

 戦う翼を手繰る女神たちの一人は、やはり女神としての属性を失わないものだろう。

 男の戦神が力への信仰に傾くのとは違って。


 陽が沈んでまもなくの夕闇。



  “ちしま”_1段型軌道往還輸送機。


 一週間後、01号機“ちしま”の運用テストが開始される。

 その時より『せんかく』は地球全土と静止衛星軌道までを物資でリンクする事が可能な先進的海上機動基地となる。



 上司は、両腕を手すりにもたれて、だらしない格好をした。

目の前、遙か彼方に沖縄本島の夜景がかすかに見える。

 この上司は、こんな時に一切気取らない女である。

 暫定治安維持機構の関係者はみなこのようなものだ。

 固着化し、機能不全を起こした官僚組織に浸食された自衛隊の限られた部分とは対照的な光景ともいえる。


 「慎重に準備しましょ、ね」これ以外にいうべき事はなかった。

 「了解です」

 「それとね、あなたが“ここ”にいる、という事が、ね」「ええ」

 「発展的な平和的緊張を増大する特異点…」

 「それ、よくわかります。」


 上司が確認をもとめるようにつぶやいた台詞に、彼女はいたずらを思いついた子供のような表情をした。

 ポケットからハンカチを出す。

 官給品の真っ白いただのハンカチだ。

 左手の上に畳まないで無造作に置く。


 もう一度、彼女は上司の方を向いて楽しそうにウインクする。

 左手を差し上げる。


 なんと、何の仕掛けも無いのにハンカチが垂直に伸び上がって、手の上から5mmほど舞い上がった!

 パソコンのモニターでYOU TUBEを見ているのなら、何かの特撮かと勘ぐるのも自然だが、ここにどんな仕掛けがある?


    どぎゅっ!びちゃびちゃびちゃ…?


 「え?」


 特異点…これは、量子物理学的視点でそのまま理解してよい“事実”である。

 人間の認識力が把握する物理的世界は、常に人間の知識と理解力の量に制限を受けている事を忘れてはならない。

 科学的な認識と個人的な認識のずれに直面すると、認識方法を持ち合わせていない対象に対して、大脳はあっさりと無視してしまうように出来ているのは把握しておくべきだろう。


 「きゃっ」

 「ダツですよ、これ」


 彼女が見せた“ネタの無いハンカチの手品”に、凶暴な顎の一見サンマににた魚が、いつの間にかくるまれていた。

 「こいつ、この時間に光にむけて飛び込んでくるんですよ。」

 「あら、そうか、油断してたわ、聞いた事ある、沖縄の漁師さんダツは鮫より怖いっていうもんねぇ」


 ハンカチにくるまれたダツは砕けていた。

 彼女が“握りつぶした”のではない。

 彼女が、今まで自分を守ってきた技が発揮した力だった。


 「ねぇ、これ唐揚げにすると美味しいっていうから、厨房へもっていきましょうよ。」

 「いいんですか?」

 「いいわよ、あたしが許す。」



 量子物理学的視点における特異点…これは人間の事に他ならなかった。


 「まぁ、今更だけど…あなた日本語うまいわねぇ。」

 すぐ脇にはハンカチにくるまれた明日の食事の具材。

 「おそれいります。継原三佐の“遠読み”だって…」

 「まぁね。すべてはあたしたちが生き残るためになす技よね。」

 「はい。」

 継原は、目をうるませて遠い目をした。

 「あの時ね、あの日、あいつに抱いてもらったのよ。」

 「へぇ、」

 「最初で最後だった…」


 童顔ぎみの年齢絶対非公開の上司は、今度は上を向いて照れるような笑顔をうかべた。

 美しいウイグル人は孤独だったが、それを乗り越える強さはもっていた。

 それでも安心したような、あるいは安心を担保として、溜まっていたものを吐き出すように、


 「あ~あ、いい話、全く聞かないなぁ…」



 松華彩実(まつか あやみ)。絶対迎撃圏展開機動群、第一グループパイロット。

 日本に亡命した帰化ウイグル人。


 “亡命理由”_民族迫害


 元航空学生だった彼女の戦闘機のパイロットとしての適性は疑問視されていたが、『幸せの青い鳥計画要員』として選抜された“特殊技能”により試験事例として認められる。

 当然ながら“敵”は人権活動家でもある彼女の存在を消したい…



 『幸せの青い鳥計画要員』_《暫定治安維持機構》により主導される『継続的な外患誘致、国益損壊により座視できない被害の誘導が実証された政治・経済要人』の社会的影響力を破壊・停止させる無血粛正計画。


 《題三国”による国家的規模の文化同一性毀損、地域的レベルでの資産収奪、精神的同一性侵害に対抗する事を第一とする》


 《暫定治安維持機構》の社会公認関係企業体の一部に、国家レベルでの有能な人材派遣を行う特殊な人材派遣会社が存在する。

 登録されている人材は最高級の秘書業務を遂行出来る容姿端麗な女性のみであり、実態は特殊心理戦、電脳戦の中隊指揮官クラスの女性自衛官である。今後女性型ソシオンドロイド(セクサロイド機能を装備する)に順次転換される模様。


 『幸せの青い鳥』外郭支援部隊に『秋水』と呼ばれるチームが存在する。

 『秋水』は『幸せの青い鳥』“ターゲット作戦担当”と随時連携をとり支援活動につく。

 『秋水』は通常二人で構成され、一人が『特殊心理戦担当』、一人がその支援にまわり二人で1疑似戦闘小隊の構成をとる。

 『特殊心理戦担当』は“ 神足(しんそく) ” “ 千里眼 ” “ 精神感応 ” などの非公認能力者から選定され特殊心理情報戦の優位性を確保する。



 3番機のパイロットは、学生時代、生まれ故郷である新彊ウイグル自治区で、政治的公正さと文化的自尊を求めて反政府テロリスト扱いされ、人民警察に虐殺される身内を何度も間近でみていた。

 暫定治安維持機構に参加しているメンバーなら、今すぐ脇にいる彼女の上司も関わった『2012年8月15日事件』を知らない人間はいない。

 その知識と、いくばくかのあまり話される事のない個人的見識が、現代日本の“嫌悪すべき”時代の風を乗り越える大きな指針にはなっている。

 結果として、実質的な国際人権活動家としても実力をつける事になったサイミルシーラン・マッカルバトの近辺は、人民解放軍の情報工作機関に狙われる頻度が急上昇している点においては報告しておくべきだろう。東京に戻った時などは、常時護衛の戦闘ユニットが付きそう。

 彼女自身も“対個人特殊戦”技能保持者である事が、状況に有利な要素を与えている。


 暫定治安維持機構の戦略は、具現化した政治的偽善主義に真っ向からたちむかうものだ。

 それは、戦争と死を人質にして平和という名を押しつけるための偽善ではない。

 『行動する』というシンプルで具体的な生存への戦略の発動に他ならない。

 それは、人の生存に向けてぶれてはならない行為をなし遂げる事に他ならなかった。




  ホータン…ウイグルの彼女の実家があるところ(実在の地名)

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