戦史記録、暫定治安維持機構

つぐはら ふみ の ものろーぐ

MHASC“せんかく”2022年//01_浮上

MHASC( エム・ハッシュ )“せんかく”2022年//01_浮上/暫定治安維持機構




暫定治安維持機構とは、

現在、地球上で最も開かれた哲学、教育、人間環境工学、研究機関、そして地球上で最も進んだ攻撃防御システムをもつ革命組織である。


その使命は、

全地球規模で泥沼化する重層化した情報複合戦ともいうべき第三次世界大戦を終結させ、種としての人類の生存を目指すところにある。





_1_


 中央電子戦略統括室_艦長席に座す女性が、凛とした声をあげた。

 インカムにより全艦通達。


 『複合拠点支援空母“せんかく”、浅深度潜水航行を解除、これより浮上航行へ移行します!』

 

 全長265m、全幅76m、満載排水量41800トン。

 中央指揮船体と超伝導水流ジェット、及びステルス航行に画期的な機械鰭推進(きかいひれすいしん)を併用した左右の動力推進船体、それら三つの船体を連結し、多彩なペイロード(固定翼艦載機含む)を擁する中央船体により構成された56ノットで海中を進む巨体が、ゆっくりと海面に接近し、海面から差し込む東支那海の陽光をより確かに反射し始める。


 「上げ舵2度、戦略統括室要員は外界監視体制、5、4、3、2、1、浮上!」

 

 海面に姿を現し、陽光がガラス越しに射込むレイアウトからその全容が明らかになる。

 その船の航法管制室は、それは船舶の指揮発令所のそれではなく、旅客機あるいは爆撃機のそれだった。

 航法管制室は中央の指揮船体最先端に位置する。

 潜水航行中の機能はまさに潜水艦のそれであるが、浮上すれば、指揮船体よりタワーとしてせり出し12mの引き込み式艦橋となる。

 (離着艦管制艦橋はまた別にある)

 海上を高速で移動するカメラ視点から見れば、海中を航行するそれは、巨大な野球のホームベースのようにも見える。潜水艦ではないので深-深度航行はせず、今回は、ステルス効果を試験的に確認するためのものなので、深度50mまでとしていた。

 艦体のRCSアクティブステルス係数は、現用の戦闘艦艇では超絶的な数字を誇る。

 「電子戦略統括室、ジャッキアップ!」

 高波をかき分ける中央船体指揮船体先端部艦首から斜め後ろ情報へ向かって、然るべき区画がキリンの首の様に伸び始めた。


 『左舷反応炉たかみむすび右舷反応炉かみむすび、出力7%、46kt(ノット)を維持、』

 舵輪の代わりに、モニターの航法統括情報表示から指示を受ける戦闘航路情報に従って、サイドスティックを操作する。戦術航海士官(正副1名ずつ)、電子戦術解析士官1名、地球圏ネットワーク戦略担当官2名で、当直3交代制の合計15名(半数が女性)が複合拠点支援空母“せんかく”の運行の任にあた

る。


 「本艦はこれより、艦載機収容訓練を開始します。」


 50代後半の凛とした女性の顔、せんかく中央電子戦略統括室の艦長席だ。

 海上自衛隊原子力複合拠点支援空母(げんしりょくふくごうきょてんしえんくうぼ)

 MULTI HUB ACTIVE SUPPORT CARRIER_(MHASC“ エム・ハッシュ ”)“せんかく”

 艦長:三津原じゅん子海将補(みつはらじゅんこかいしょうほ)、56歳。

 愛国者にして、毎年靖国神社に礼拝を欠かさない大和なでしこ。

 暫定治安維持機構がその国家創建プロジェクトを具体的に起動させた現在、守旧派に対峙する先進的な人材は、各所でその任務遂行を開始している。

 彼女もその一人だ。

 暫定治安維持機構が、極秘組織としての部分を多くもっているのは周知の事実だったが、名も知れぬ有能な人材の支援を受ける物語も、この後には多数続くだろう。


 「艦長、ネット配信はどうしましょう。」

 「あ、私がやります、接続チャンネル回してね、ネット防壁は迎撃モード最大で展開してちょうだい。」

 「了解。」


 TWITTER

 『MPBC_みつはら じゅんこ/ステルス評価試験完了。でもステルスだから、現在座標とか、データは、ひ・み・つ(ハートマーク)(→以下、英訳)』


 FACEBOOK

 『複合拠点支援空母“せんかく”艦長、みつはら じゅんこ/おかげさまでステルス評価試験完了しました。でもステルスだから、現在座標とか、データは、ひ・み・つ(ハートマーク)/近日、洋上バーベキューパーティを開催したく思います。/“ 南沙諸島周囲にお住まいの皆様”へ、お誘い合わせの上、仲良くおいでいただきますよう、心よりお待ち申し上げております。(→以下、英訳)』



_2_


 『こちら“せんかく”三津原です。鬼子01(おにこぜろいち)、状況はどう?』


 現在地、石垣島北方、複合拠点支援空母“せんかく”から240kmの海域上空_


 艦載機一番機コクピット、パイロット_「申し分ないわね、満点レポートをお届け出来るわよ。」

 “せんかく”三津原_『そりゃ、楽しみだわ』

 コクピット、30度傾斜した射出座席のパイロットは、いくつかの会話を母艦と交わした。

 マゼンダ(紅色)30%に薄められた低視認日の丸を翼に染めぬいた明灰白色の戦闘機。

 今しがたパイロットが会話を交わした機体は、ゆるく右旋回に移った。

 スコールが晴れたばかりの八重山諸島上空を、航跡が切り裂いてゆく。


 傾きかけた陽光は、ちぎれた雲の影を長く海面に落としている。

 2機の僚機と会合するポイントはまもなくだ。



 『警告:モニター:レーダー照射反応有り_2022年8月31日16:45』


 “また来たか…”パイロットは、いくつかタッチパネルで補整情報を確認。“しつこいわねぇ…”

 パイロットは、モニターに現れた何十回目かのありきたりな報告に、無機的なつぶやきを返した。

 パイロットは女性である。

 それは可愛らしいつぶやきだった。


 「『空警(くうけい)2000』か、“いっちゃん”か“すーくん”かな」


 『空警2000』、背中に大きなレーダードームを背負った人民解放軍の早期警戒機KJ-2000だ。

 「さっき、徳之島近傍で底引き網で好き勝手やってた中国漁船にお仕置きしたからかな。」

 沖縄近海で漁場荒らしをする中国船団は後をたたない。

 日本漁船に現実的に被害が出るに及んでも、毎度のごとく日本政府の対策が功をなしていないのは戦後日本腐敗官僚史の特徴だ。

 そこに彼女たちに任された絶対的な使命があった、ともいえる。

 (もっともそれが主な物語ではないが)

 女性が操るこの機体を、遥か高空から支援するシステムからは、五星紅旗をつけた大型機の映像(上方からみた4発の機体平面画像)がすでに届いていた。

 “ いっちゃん ”とか“ すーくん

”とかいう呼び方は、このパイロットが、人民解放軍で運用されているいくつかの『空警2000』の機体識別マークで勝手に擬人化して呼んでるにすぎない。

 (おそらく機体識別ナンバーからだろう)

 現在、彼女の機体の高度の20倍も高い所で静かに電子的な覗き見をしている彼女の仲間は、無言のままに、作戦支援情報をテラビット級の暗号回線で間断なく送信してきている。

 



 警告電文を強制送信する。(日本語、中国語、英語) 


 ここは日本国領空です。看過しかねる電子戦略偵察行為は直ちに終了し、ただちに領空外へ退去してください。

 日本国自衛隊は、日本国領土・国民の安全保障に従事し、地球圏人類の相互自尊主義による調和的発展に貢献しています。




 この25分ほどの間、自衛隊国土防衛戦略の先進的戦術部隊である『絶対迎撃圏展開機動群第一グループ(AITモビル1)』による第3回目の演習が行わ

れていた。


 その構成は、有人機3機、無人機6機、早期警戒機1機、早期警戒衛星1機によるチーム。

 横幅500km、上空40km、奥行き60kmまでの空域内におけるすべての未確認機、領空侵犯機、不審船、不審物、漂流物のを電子的かつ瞬時に走査

し、国家主権侵害の意志ありと求められた標的の戦闘行動力を100%奪取・機能停止に追い込む。

 彼女_1番機は、その編隊指揮官である。

 1番機のパイロットは、ヘルメット内投影ゴーグルとリンクしていたコクピットメインモニターの『絶対迎撃圏_インターフェース』のいくつかの部分を

触った。

 電子的にも演習が終了したことを確認。

 ちぎれた雲が浮かぶ東シナ海の水平線(モニター映像)にインポーズされていた絶対迎撃圏座標目盛りが、停止の表示のもとに、淡い半透明のグレー(待機

状態)になる。

 「これにて『絶対迎撃圏』展開機動演習を完了とする。おつかれさん。」


 F-3“日本鬼子(ひのもとおにこ)”1番機。尾翼識別ナンバー『ONI-KO/01-98870981』


 僚機が会合地点に接近してきた。F-3“日本鬼子”3番機から返答。

 「了解」

 1番機の左後方780m。尾翼識別ナンバー『ONI-KO/02-94870283』

 背の低い2枚の垂直尾翼の先端部が、陽光を鋭く反射した。

 F-3“日本鬼子”2番機から返答。

 「あ、う…了解でありますなれば…」

 1番機の右後上方1250m。尾翼識別ナンバー『ONI-KO/03-67870582』

 編隊フォーメーションの指定座標に、機体がぴたっと収まった。


   ?


 2番機のパイロットの様子が変だ…

 1番機コクピット、指揮官がヘルメットに指をあてて(彼女の癖だ)声を荒げた。

 「どうしたの?詩穂乃(しほの)ちゃん」2番機コクピット、パイロットは女性、継原詩穂乃(つぐはら しほの)

 「あ、う…」

 彼女は酸素マスクをしていない。

 彼女のヘルメットには10数本のケーブルがつながっている。

 サングラスも普通のヘルメットを被らないから付けているのか、と思いきや、よくみると、特別な微少デバイスを装着したシステム。

 操縦技量は落ち着いていて手順をこなしている。

 むしろ不気味なくらいに、その身のこなしは落ち着いているが、何やら彼女は身体の具合が悪そうだ。

 日本人形のような口は、何かの不調を訴えたいように、しきりに口ごもっている。

 猛然と汗が吹き出して頬をつたって流れている。

 マスクをしていないからか?

 いや…彼女は


   『ー…人間ではない…ー』


 ので、酸素マスクはいらないはずだが…

 彼女は、来るべき量子コンピューターの実用化において、その仲立ちとして期待される先進的マン_マシンインターフェース:『人随行員_ソシオンドロイ

ド』の先行試作機のうちの一体(一人)だった。

    (ソシオン…社会神経網認知システム)

 40グラムから550グラムという超軽量高出力にまとめられたリニアトルクコンバーターを頭部だけで120個、全身で225個使用した機械で出来た彼

女の動きは、人間のそれとほとんど変わらない。


 随時追加学習可能な概念予想解析モジュールに12400パターンの基礎行動統括ファイルと、その実行演算値のフィードバックモジュールをリンクして基

本コアとして実用化したソシオンドロイドOS《たおやめ》は、継原詩穂乃に“ ほぼ人間と変わらない動き ”を保証していた。

 人工人格構造(人工実存)の先行起動モデルとして実用化…されたとはいえ、まさに“彼女”は“困難な(?)”テストの連続真っ直中にいる。

 パソコン等のボイスインタラクティブシステムと違い、音声会話を続けて自ら成長を続ける人工実存の成長変数を固定化しないために、彼女の電子脳の認識

パラメーターは、いくつも『解放状態』でロックしたままにしてある。

 それは『会話は可能だが、おそろしいまでの(ー人間ならば許されないレベルのー)天然系』な性格を醸し出していた。

 1番機コクピットARC(アーク)ボイスインターフェースが女性の声:たおやかなアルトで喋った。


 『“自律的演算作業スケジュール”発生により、予期せぬ冷却負荷発生、対処進行中…現在待機モードですが活性モード移行確率増大中…』

 「あらあら、今度はなに?…」

 三次元投影機能のついたいかついヘルメットごしではあるが、彼女の指先には、娘を気遣う母親のような楽しげな仕草が伺えた。

 日米安保条約を背景に、先進的な戦略をもとに配備された、海上自衛隊原子力複合拠点支援空母“せんかく”と、量子コンピューター端末として“世間の荒

波にもまれている美少女アンドロイド”のレポートは、暫定治安維持機構の記録において2010年代の報告としては、大変興味深いものがあるだろう。

 機体の姿勢制御に関して、まだ重大な支障は発生していないようだ。

 1番機のパイロット:編隊指揮官は微笑みながらやんわりと尋ねた。

 ARCボイスインターフェースも、2番機のパイロットも、人間に似ているが人間ではない。

 人にあらざるものとの同伴作戦を完成の域にまで高めたテクノロジーの結晶がF-3“日本鬼子(ひのもとおにこ)”だった。故にF-3“日本鬼子”を第

7世代機とも呼ぶ。

 「サーバーの過負荷ね?」

 『いや…』

 機械の美少女は珍しく口ごもった。

 相手は機械で、機械が計算した結果が声になる。 

 不安や迷いが存在しない会話で語られる迷いは“現実が出力されたもの”でしかない。

 応えを聞いた上司は不安を感じた。


 「詳しく状況を」『『いざなみモード』演算出力臨界でありまする。』


 「あなた、もう“そこまで”いっちゃったの?出力レベル落とせない?“熱い”でしょ?」

 上司は矢継ぎ早にたたみかけた。

 言われるまでもないが、この会話は、接近した機体同士で行うレーザー通信である。

 盗聴の恐れは無い。

 『はい、落とします』

 もし臨界を超えたら、過熱で彼女の体内のサーバーは爆発炎上し機能停止してしまう。

 まだ“そういう段階”なのだ。

 「持ちそう?」

 『まだ大丈夫なるかもです…』

 変な日本語に、あせりはあったがまだ落ち着きもあった。


 “『いざなみモード』”→F-3“日本鬼子”は、日本国国土防衛の要であり最先端先進技術である。

 “『いざなみモード』”:それは戦闘機としてのハードを維持しつつ、非対称情報戦の戦場でもあるインターネットをリアルタイムでリンクして、情報コン

バットサーバーとして作動する機能を現していた。

 『演算出力臨界』とは『何か』があった事を意味する。

 その『何か』は、人間型汎用サーバーでもある詩穂乃(しほの)ちゃんにしか“ 見えない ”情報戦の敵座標であるはずだった。

 今はまだこの機械の美少女をあてにするしかない。

 三機はゆったりとした機体間隔を維持しながらゆるく旋回した。

 母艦『せんかく』への帰投コースに入る。

 無人戦闘電子偵察機“小日本”(こにぽん)が6機、有人機に付き従う猟犬のように随伴し、編隊を組む。

 機体全長はF-3“日本鬼子”より一回り小さい。1、2、3番機の両側約100mにきれいにそろった。


 遙か上空で支援している早期警戒機が、この帰還シーンの編隊フォーメーションをビデオ撮りしてるはずである。




 「こちら“おに子01”からせんかくへ」

 1番機パイロットは、ヘルメットの口元に手をあてて喋った。

 彼女がインカムを使う時の癖だった。

 モニター_『どうしたの!?』

 1番機パイロット_「詩穂乃ちゃんがオーバーヒートよ。」

 モニター艦長返信_『あらぁ、了解!』

 継原三佐は詩穂乃機のいる右後方をちらとみやった。

 2番機は、陰り始めた夕陽を翼にうけて、航法灯と編隊灯をリズミカルに明滅させている。





 *ARC-全自動機体帰還支援システム



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