崖下の夢

one minute life

第1話 青天

 葉山仁志は、崖っぷちにぶら下がっている自分の姿を夢に見ることがあった。幾晩も続くことがそう珍しくなかった。まだ小学校にも上がっていない、せいぜい四、五歳の時のことである。

 当時、昭和四十年代後半に流行っていたテレビアニメが――スポーツ根性もので度々出て来る獅子の子落としの場面や、勧善懲悪もので悪役がやられて消えて行く場面が、知らず知らずのうち彼の脳裏に焼きつけられていたのかもしれない。しかし、彼とて同世代の子供達と変わりなく、例えば、主人公が死闘の末に勝利する場面や、正義の味方が必殺技を決める場面に憧れの熱い眼差しを送っていたはずである。ならば、何故こんな脂汗の出るような危うい場面が彼の中に残ったのか?

 原因の究明はさておき、彼本人にしてみれば、毎晩のように生死の瀬戸際に立たされるのだから、堪ったものではない。夢を見た明くる朝、彼は自分が怪我一つなく無事に生きていることにほっとするのである。

 夢の内容はいつも同じ――出て来る崖や自身の姿、風景や構図にバリエーションはなかった。崖の色は、崖上からはサンドベージュである。一方、絶壁には黒とグレーの斑が見える。彼は頭上のサンドベージュの部分を必死に両手で握るとも押さえるともつかない格好でもってぶら下がっている。そして時折、現場中継のように画面が切り替わり、彼の全身が横から映し出される。この時、彼の顔や胸や膝にごつごつと当たるのが黒とグレーの斑の部分なのである。このいずれのカットも、背景に広がるのは雲一つない、澄みきった青空である。爽やかな空気の湛えられる中、仁志はただ一人汗みどろになっている。勿論、手を貸してくれる者もいなければ、傍観している者もいない。彼一人、理由もなくそこにいたのである。

 通常夢は白黒で、カラーのそれは縁起が悪いとか、夢に出て来る者は黙っていなければならず、喋るのは不吉なお告げだとか、彼はそんな話を聞いたことがあった。が、彼の夢はカラーだった。当時、カラーテレビは出始めで、彼の家のテレビがカラーに置き換えられたのは、彼が小学生になった後のことだったから、――そうすると、先程のテレビアニメの話も些か見当違いかもしれない。一方、音声については、彼はひたすら一人寡黙に、まるで試練に耐えているかのようだった。決して誰かに助けを求めて叫んだり、父さん母さんと泣き喚いたりすることもなかった。恐らくそんな余裕すらなかったのだろう。

 幸い、幼い仁志は崖下に落ちてしまったことはない。のちに学校へ上がってからの体力測定で判ることであるが、元々の彼はそれ程握力の強い方ではない。一方、背丈の割に体重はかなり軽かった。しかし、このような身体的な要素はともかく、「手を離したら終わりだ」――そう思って最後まで諦めずに力を緩めることを自ら許さなかったのである。(つづく)

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