第14話 温泉への誘い

 公太郎は村に戻ってきた。これから何をするにしてもとりあえずは一休みをしてからのことだと思ったからだ。

 村ではもう宴会の準備が始まっていた。フィオレの実力と平和を取り戻した雪山を見れば、誰の目にも事態が無事に解決したことは明らかだっただろう。

 その宴会の主役が自分ではないことにいらついて、話を聞きに集まろうとした村人達を無視して、公太郎は足早に宿屋に戻ると、部屋に入って蒲団にダイブしてふて寝を決め込むことにした。

 そこにちっこい少女の姿をした神様が現れた。


「公太郎、これからどうするつもりなのですか?」

「寝る」


 身もふたもない公太郎の言葉にも神様はめげずに声を掛けてきた。


「わたしとしては今のうちにフィオレの機嫌を取っておくことをおすすめしますよ。せっかくこの世界の神様に関係する者が近くにいるというのに利用しないなんてもったいないではありませんか」

「うっせえ。分かってるんだよ、そんなことは。でも、今更どんな顔をしてあいつに会えばいいんだよ……」


 公太郎はフィオレに助けられて言ってしまった言葉を思い出す。自分でもらしくないと今になって後悔していた。


「まるで恩知らずのガキみたいじゃねえか。礼ぐらい言えばよかったっていうのかよ。ちっくしょお、面白くねえなあ」


 公太郎がそう考え事をしていると、部屋のドアをノックする音がした。公太郎は面倒に思いながらも返事をした。


「開いてるぜ。勝手に入ってこいよ」


 ドアが開く。そこに現れたのは彼のまったく予想外の人物だった。公太郎は慌てて起き上がった。


「公太郎ちゃん、良かった。まだ起きてたんだ」

「フィオレ……何でお前が俺の部屋をノックなんてしてるんだよ……」


 公太郎としては彼女は全く何も言わずに勝手に入ってくるタイプだと思っていた。だが、そこはやはりお姫様だったのかもしれない。

 見方を変えようとした公太郎の前で、フィオレはなぜか柄にもなくもじもじとしていた。


「なんだ? 言いたいことがあるなら早く言えよ」

「なんか恥ずかくて……ね」

「恥ずかしい?」


 その言葉を疑問に思う公太郎に、フィオレは意を決して話しかけた。差し出してきたその手には二枚のチケットがあった。


「村長さんがお礼にってね、無料の温泉券をいただいたの。温泉はこの村の名物だったんだけど、ずっとフリーザーに凍らされてて使えなかったんだって。それがまた入れるようになったのよ。公太郎ちゃん、わたしと一緒に温泉に入ろう!」


 フィオレが少したどたどしいながらも一気にまくしたてたその言葉に、公太郎はしばらく呆気にとられていたが、すぐに我に返った。


「なんでだよ! なんで俺がお前と一緒に温泉入んなきゃいけねえんだよ!」

「嫌かな? だって、わたし達女の子同士じゃない。だから一緒に」

「ちょっと待て。今何て言った?」

「わたし達女の子同士じゃない?」

「その前だよ!」

「嫌かな?」


 公太郎は気が付いた。


「ちげえ! 前じゃねえ! ちょっと待て、そこで待て。お前そこから動くんじゃねえぞ!」


 言われてみると今更になって何か体に違和感を感じていた。

 公太郎は慌てて洗面台にかけこむと、そこにある鏡で自分の顔を見た。凛々しさを感じさせる黒髪の少女の間抜けな顔がそこには見えた。

 公太郎はどなった。


「神いいいい! 出てこいいいいい!」


 ちっこい少女の姿をした神様はすぐに現れた。


「はいはい、なんでしょう」

「これはどういうことだよ。何で俺が女になってるんだよ!」

「あれ? 今まで気づいてなかったのですか?」

「気づかねえよ! 意外すぎて気づくわけねえだろ、こんなもの! なんで女かって訊いてんだよ!」

「今のあなたはわたしと一心同体の存在ですからね。新生するなら女性の体でないとわたしが嫌だったのです。お気に召しませんでしたか?」

「召さねえよ! 俺がなりたいのはヒーローなんだよ! ヒロインをやりたいわけじゃねえんだよ!」

「そうは言っても。いえ、方法はありますよ」

「なんだ? 言えよ。言えよ、神!」

「わたしが神の力を取り戻し、再びあなたを転生させればいいのです。その時に体を変えることが可能です」

「なんだ、方法があるんじゃねえか。安心したぜ」

「そのために彼女のご機嫌をとって、この世界の神の手がかりを掴むのです。任せましたよ、公太郎」


 神様の姿が消える。公太郎が振り返るとじっと見ているフィオレと目が合った。


「公太郎ちゃん、何を一人で叫んでるの? 早く温泉行こ」

「温泉? 温泉なあ」


 公太郎が迷っているとフィオレが近づいてきて手を掴んできた。


「ついてきて。きっと気持ちいいって。行こ」

「き、気持ちいいって……言われてもなあ」

「寝る前にさっぱりしてこようよ。ね?」


 公太郎は手を引かれていく。ただどうしようもなく連れていかれる。

 そして、公太郎は考えることを止めた。

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