新生編

第7話 新たなるチート能力者

 そこは深い森の奥だった。


「懐かしいわね、この森も」


 足元の草を踏みしめて、そこに一人の少女が姿を現した。軽い銀色の甲冑を身に着けた穏やかな雰囲気を感じさせる旅の少女だった。


「あの空も」


 少女は太陽のまぶしさに目を細めながら空を見上げる。

 そこは森を奥へと抜けた先に広がっている草原。その先に建っているのは古ぼけた石造りの高い塔。


「あの塔にこの辺りを荒らしまわっているミノタウロスが住んでいるのね。じゃあ、行きますか」


 少女が足を踏み出そうとしたその時、


「行かないでください!」

「お待ちください、姫様!」


 背後から聞こえた二人の男の声に、彼女の足は止められた。

 姫様と呼ばれた少女は振り返る。そこに立っていたのは自分に付き従ってきた二人の従者。熱血漢の戦士ファイタンとクールな印象を与える魔法使いマホルスだった。

 息を上げている様子の二人に、少女は落ち着いた声で話しかけた。


「もう追いついてきたんだ。ゆっくりしててもよかったのに」

「そうはいきません! 姫様の護衛こそ王より言いつかった我らの務め!」

「お一人では危険です! 私の魔法のサポートが必要でしょう!」


 忠誠心の厚い二人の言葉に少女はにっこりと微笑んだ。


「ありがとう。でも、今は危ないからちょっと下がっててね」

「は?」

「分かりました。ほら、姫様がおっしゃっておられるのだ。下がりますよ」

「お……おう」


 呆気にとられた様子のファイタンをマホルスが小突き、二人は下がった。それを見届け、少女は再び塔へと向き直り、その正面の扉の前へと歩みを進めていった。

 彼女は塔の中にまでは入らない。その正面で立ち止まり、背負った剣を抜く。それは両手で持つ幅広の大剣。文字通り大きな剣ではあるが、まさかそれで目の前にそびえ立つ巨大な塔を斬り倒したりは出来ないだろう。

 そんなファイタンの思いにも構わず、少女はそれを横へと一閃した。塔の基部に切れ目が走る。がっしりとした存在感を持っていた塔が横へとずれて倒れていく。ファイタンとマホルスはただそれを見上げていた。

 森の中で地響きと土煙を上げて、高い塔だった物はしばらくの後に横に伸びた長い瓦礫の山と化していた。

 剣を振りぬいた姫様はそれを再び背の鞘に納め、そして何かに気が付いたかのように目を見開いた。


「しまった。これでは本当に敵を倒したかどうか分からないわ。マホルス、魔法で敵を探して。ボスは多分最上階にいるものだから……」


 姫様はスキップするように塔だった物の石の瓦礫の先っぽに跳んでいく。そこで振り返り、指で示して見せた。


「この辺りにいると思うの」

「分かりました。死んでたら難しいでしょうが、探ってみましょう」


 マホルスは精神を集中して敵の気配を探ろうとする。だが、それはすぐに不要の物となった。

 少女のすぐ背後で瓦礫が跳ね上がり、巨大な牛人の化け物が姿を現した。塔の主のミノタウロスだ。ファイタンとマホルスは声を失って驚愕の眼差しでそれを見た。

 今まで穏やかな態度を崩さなかった姫様もさすがに驚きの顔を見せて、自分のすぐ傍で立ち上がった巨大な化け物の姿を見上げていた。


「俺の住処を壊したのはお前達か! 死ね!」


 化け物の力強い拳が問答無用に振り下ろされる。それはすぐ傍に立つ姫様を儚いボロ雑巾のように殴り飛ばしてしまうかのように思われた。


「危ない! 姫様!」

「今魔法を! 駄目だ、間に合わない!」


 ファイタンとマホルスが絶望の悲鳴を上げる。

 だが、次に驚愕の表情を見せたのはミノタウロスの方だった。彼の拳は止められていた。たった少女の細腕一本で。


「俺のパワーを止めただと!? お前はいったい何者なのだ!」


 腕を震わせるミノタウロスの顔を冷静さを取り戻した少女の目が見上げた。


「わたしはフィオレ。聖騎士よ。今では姫様もやっているわね」 

「くっ! 俺のパワーをなめるなよ!」


 拳では押し切れないとみたのかミノタウロスは後方へとジャンプした。その手に巨大な斧を取り出す。


「お前が何者でも関係はない。俺の斧は全ての物を打ち砕くのだからな!」


 ミノタウロスは向かっていく。その先でフィオレは再び大剣を抜いた。二人の斬撃が交差する。吹き抜ける風に少女の髪がなびいた。

 化け物がうめく。


「馬鹿な、この俺の斧が。いや、斧だけではない」


 全てを砕くはずだった斧がバラバラになって砕け散っていく。だが、フィオレの放った斬撃はそこだけでは止まっていなかった。彼の腕からその先までも白い斬撃の光が走っていく。


「この俺の体までうぎゃあああ!」


 化け物の断末魔の悲鳴が響く。ミノタウロスはバラバラになって大地へと倒れた。

 戦いが終わり、フィオレは大剣を納めて二人の仲間の方を振り返った。


「終わったわ。これでこの辺りも平和になるわね。さあ、次の目的地へ向かいましょう」


 驚愕の眼差しで見つめる二人の前で、少女はただ穏やかな微笑みを見せていた。

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