第二部 四章 -パタダ・イ・プーニョ-
レブの過去を聞いてから、一週間。あれからティラドルさんの研究室に行く事はなかった。そもそもレブが行きたがらないし、一人で行こうにもソニアさんにだって迷惑がかかる。
私達は召喚学に専念していた。それが本業であり、レブやフジタカみたいなインヴィタドを召喚してしまったからたまにビアヘロ退治に呼ばれる事もあっただけの事。
「お前らが特待生、ねぇ」
今日見学に来たのはトロノの鍛冶屋だった。出迎えてくれたのは背丈がレブよりも一回り大きな成人男性。鱗には覆われていないが体毛が濃く、強面の顔で私とチコを見上げた。
「俺はセシリノ・エナノー。トロノに召喚されてからは十五年ぐらいになるかな」
「ザナ・セリャドです」
名乗って握手すると、レブと同じくらいの大きさだった。私の手がすっぽりと包みこまれてしまう。彼もこの世界の人間とは違う、ドワーフと呼ばれる小人のインヴィタドだ。
「チコ・ロブレスです」
続いてチコもセシリノさんと握手をする。名前を聞いて彼の手が止まる。
「チコ……?ってことは……フジタカの召喚士?まさか!そこにいる若いの……」
若いの、と言ってセシリノさんの目がフジタカを見る。
「はい、俺がフジタカです」
もはや、トロノで名前を知らない者がいない狼獣人は自分だと認める。途端にセシリノさんの目が輝いた。
「ほぉー!おめぇが北の森でキケの娘を助けてくれたのか!いっぺん会いたかったぞ!」
「は、はは……どーも……」
バシバシと背中を叩かれ、フジタカは苦笑した。こうした少し手荒い歓迎ももう、ずっとされ続けて慣れてきたと思う。キケ、という人は知らないけどもしかしてイルダちゃんの親かな。
「そんで……お?」
「………」
セシリノさんがフジタカの少し後ろで待機していたレブを見付けた。
「………」
「あ、すみません。そっちにいるのはレブと言って……」
「……そちらのドラゴン、まさかお嬢ちゃんが召喚したのか」
油の足りない金属仕掛けの機械みたいな動きでセシリノさんの首が私を向いて見上げた。
「はい……。そうですけど……?」
「………はぁー……」
ゆっくりとセシリノさんはレブに視線を戻す。熱の籠った視線にレブは嫌そうに顔を逸らした。
「……なんだ」
「お、俺に言ってくれてるのか!?」
「えぇ、たぶん……」
レブの一言に急に私を見るセシリノさん。レブは渋い顔でこっちを見ている。二人の視線が痛い。
「ははぁ……。まさか、紫の鱗を持つドラゴンにお目にかかれるとは思わず……」
膝をついてセシリノさんは両手を組んでレブを崇めた。それを見てフジタカは首を傾げる。
「……何かしたのか、デブ?」
「知らん。だが、心当たりはある」
ティラドルさんの時は無かったのに?と思ったけど、私も一つあった。
「優秀な鍛冶師の様だな、お前は」
「滅相もございません……。ささ、むさ苦しい場所ではありますがお入りくださいませ」
最初の懐疑的な目はなんだったのか、今では目尻にいっぱいの皺を作ってセシリノさんは私達を通してくれた。勿論、最初に入ったのはレブ。
中に入ると広く、しかし少し暑かった。竈の炉に火が点いたままだったからだ。最低限木の机に椅子があるくらいで生活用品らしき物は一切無い。
一番目を引くのはやはり炉と、作業道具だろう。至る所に槌や金床、斧や金属製の輪が転がっている。鉄と油、他にも様々混じった匂いが充満しており少し噎せそうになった。
「……どういう事だよ、さっきのやり取り」
フジタカが私に耳打ちして聞いてくる。
「……もしかしてセシリノさんはドラゴンの鱗で何か作った事があったとか」
「そういう事だ」
答えたのがレブだったから私が首を振るとセシリノさんが笑った。
「あっはっは!そう、お嬢ちゃん……じゃない、ザナさんのご明察通りよ。俺は確かに竜の鱗で武具を鍛えた事がある」
「私を見て鍛冶したさに鱗を欲しがるような男なら新米だろうが、その髭男は違った」
「だから優秀って思った訳な」
うむ、と小さな大人二人が頷く。
「はぁー。片やとてつもない仕込み武器でビアヘロを消失させる狼男に、もう片方は紫の竜!今年のセルヴァは大豊作だったんだな」
セルヴァの名前を聞いて私とチコは顔を見合わせる。
「セルヴァをご存じなんですか?」
「おおよ。昔は木こりの真似事で行った事もあるからな」
自分の故郷を知っている人がいるのを見たのは初めてかもしれない。しかも私達が自分から言ったわけでもないのに。
「なんで俺達がセルヴァから来たって……」
「そりゃあ、俺だってインヴィタドだしな。最低限トロノ支所から今日来る連中の情報は貰ってるさ。セルヴァは果物が多いよな」
見学に来たのだから、当然と言えば当然。だけど気にされてる、とも言い換えられるわけでそこはありがたかった。
「……おっさん、文字が読めるのか」
「うん?まぁここに来て長いし、仕事でも使うしな」
ガハハと笑うが力仕事だけではない、という事だ。質問したフジタカは口を閉じて作業場を見る。
「さて……。俺の召喚士だが、見学の約束は覚えてたんだが急用で出掛けてな。俺が案内する事になったわけだが……」
ふむ、と腰に手を当ててセシリノさんは固まった。
「ぶっちゃけ、素人に仕事道具を触らせるわけにはいかない」
「当然だな」
レブも積極的に行きたいと言うから連れてきたけど、何の目的だろう。深い考えがあっての行動、と思いきや暇潰しだった、なんて日もあるから読めないんだよなぁ。
「話が早くて助かりやす。なんで、俺の仕事ぶりでも見ていてくだせぇ」
語るよりも行動で学んでほしい。下手にいじって壊すよりもよほど理屈も分かる。それに異を唱える者はいなかった。
「ところで、特待生さん方らは、今日はどうしてこんな場所へ来たんだ?」
セシリノさんからの質問に私はフジタカを見た。
「特待生なんだから、ビアヘロ退治を優先してると思ってたぜ。実際、噂を聞いてても目覚ましい戦果ばかり聞くしよ」
だいたい噂はフジタカのおかげだ。チコが知られていたのも、彼のおかげだし。
「私は、ビアヘロ退治を優先しています」
「俺も専攻はビアヘロ退治を希望してんですけどね」
「だけど俺が行きたい、って言ったんだ」
そして今日も言わば私達ではなく、フジタカの為の見学と言い換えても良かった。
「ほぉ……?一番の活躍星がどうしてまた」
セシリノさんも金槌を取り出しながらフジタカを見る。
「戦うだけがインヴィタドじゃ、ないじゃないですか」
「ははぁ……」
私の言いたい事が分かった様でセシリノさんが髭を撫でてニヤリと笑う。
戦いにひとまずのけじめをフジタカはつけてくれた。その決意を鈍らせてしまうんじゃないかと思ったけど、ビアヘロと戦うだけが召喚術ではない。それを知ってもらう機会を設けたくてフジタカにインヴィタド職場見学の話を振ってみた。
答えは見ての通り、興味津々で今日を迎えた。
「なんだ、君は自分の在り方に迷ってんのか」
「迷いはない。自分にできる力を振るうとは決めてある」
「なら、どうして」
セシリノさんはフジタカの返答に目を光らせる。
「できる事が一つとは限らない。できる事、向いてる事、したい事を理解して増やしたいと思ったんだ。まだまだ、右も左も分かんねぇし」
そう言えばさっきも文字が読めるのかって気にしてた。……思えば、レブも勉強しようと言って何かしている様子はない。しないんじゃなくて、できなかったのかな。
「……なんつーか、色々あったんだろうな。少なくとも、そんな風に物事を考えられるようになる程度にはよ」
「はは……」
笑って流すけど、そうだよね。何でも消すナイフがあるからって、それを封じられたらスライムを倒すのがやっとなんだから。言ってしまえば私達より少し力持ちってだけな人に化物や大蠍、小悪魔と戦わせているんだもん、普通じゃない。後で謝っておこう。
「よーし分かった!それなら見てってくれや。……今日の仕事は地味なんだけどな」
「うす!ありがとうございます!」
今日作るのは馬車馬用の蹄鉄。ビアヘロ用の武器や防具を手掛ける事もあるらしく、トーロの手斧は作ったのも手入れもセシリノさんが請け負っていたそうだ。確かに、剣や盾に比べれば小物だけど、フジタカは終始楽しそうだった。
「ドラゴンなら火を吹いて鍛冶とかできるのかな?」
「海の向こうにそういう鍛冶師がいたって聞いた事があんな……。名前は忘れたし、今もいるとは限らないけどな」
作業中でもセシリノさんは知っている事なら些細な事でも答えてくれた。
「人の為に武具を作る竜もいるのだな……」
レブも聞いた話を素直に吸収している様で、一応書き留めておいた。後で文献で調べられればたぶん知りたがるし。
「っ……!っ……!」
熱した鉄をつかみ鉉ではさみ、金槌をガンガンと叩き付ける。ぶつかる金属音が工房内に響いている間は私達も見守るだけで口を挟める状況ではなかった。それだけ集中しているセシリノさんの作業に見入ってしまったのだ。
「っ……っし!ふー!こんなもんか?あとは微調整もあっけど」
汗をだらだら垂らしてセシリノさんが蹄鉄の形を眺める。しばらく見詰めてから仕事ぶりに満足したのか、一度蹄鉄を置いた。
「おう、すっかりほったらかしにしちまって悪かったな」
「いえ」
話し掛けるどころか、私達で雑談する空気ですらなかった。私達が見学してもまだ余裕のある空間だったのに、セシリノさんが支配していた。職人の仕事を間近で見てレブさえも腕を組んでずっと黙っている。
「鍛冶と石工の妖精、私も間近で仕事を見たのは初めてだ」
「俺ぁ妖精ってツラしてませんがね。はっはっは!」
飾られた大槌は頭の部分が私の胴体以上の大きさもある鉄塊だった。もしあれを振り回して鍛冶を行う事もあるのなら、妖精の域を超えている。
「俺はコイツの微調整に馬車駅まで行くが、一緒に来るかい?」
「行く!」
仕上げの微調整で削蹄の作業も今日のうちにやってしまいたいのだそうだ。フジタカもチコも、最初は鋼をガンガン叩いて剣や防具を作る作業が見れると思っていたらしい。だけど今となれば細心の注意、絶妙な力加減で鉄を意のままに変形させる技術の方に感心してしまう。外でも見れるとなれば尚更だ。私も当然、もっと見たかった。
「よぉし、じゃあちょっくら道具を準備すっから……」
「……む」
セシリノさんが工房の奥へ向かう一方、レブが急に窓の外を見た。
「どうしたの?」
「あれが見えるか」
レブが指差した先に、何かが飛んでいた。……もはや鳥や何かと見間違う筈はない。
「ティラドルさん……?」
翼の生えた人型が真っ直ぐにこちらへ向かって飛んできていた。言われてやっと気付くくらいだからやっぱり目ざといというか。前は臭う、って言ってたっけ。
「ただの羽虫だ。撃墜してやるか」
言ってレブは扉を開けて、足元に転がっていた少し大きめの石を手に取る。
「こっちに向かってきてる。普通に避けられるよ」
「……それもそうだな」
いや、そうじゃないんだけど。口から最初に出た言葉に自分でも反省してる。レブの考え方が読めてきたというか。
「ならば魔法か」
「攻撃禁止だってば!ティラドルさんに何の恨みがあるのさ!」
やっと言えた。レブは舌打ちをして石を脇に放る。
「アラサーテ様!探しましたぞ!」
ふわり、と着地してティラドルさんがレブと私に一礼する。この前も同じ様な切り口で話をされたと思い出す。
「今日の私の予定も把握していないのか」
「申し訳ありません!しかし、一大事なのです」
一大事と聞いてチコとフジタカ、セシリノさんも工房から顔を出した。
「ビアヘロが現れて子どもを人質にしたか」
「はい」
レブが嘲る様に言うがティラドルさんは真顔で答えた。
「……笑えんな」
「正確に言えば違います。ビアヘロのゴーレムが北の森を抜けた先の鉱山から現れ、制御を失って暴れています」
「なにいっ!」
ティラドルさんの説明に声を荒げたのはセシリノさんだった。
「あ、アンタ……いや、ドラゴンにアンタってのも失礼だが……そ、そりゃあ本当かい?」
顔面を蒼白にしてセシリノさんがティラドルさんに詰め寄る。足も震えておぼつかないドワーフに首を傾げたのは私達だけだった。
「セシリノ・エナノー……。貴方の召喚士、ポルフィリオ・ブルゴスも今日は……」
「あぁそうだ!アイツ、今日はピエドゥラに行ったんだ!なぁ、アイツは……」
「……現状は分かっていない」
ティラドルさんの返答にセシリノさんは数歩下がった。ピエドゥラ、というのはこの前の北の森をさらに北上した先にある鉱山の名前だ。
「状況の説明をしろ、ティラ」
落ち着き払ったレブにティラドルさんが襟元を正して頷く。
「北の森で契約者と同行していたカルディナからの伝書鳩からの情報です。契約の儀式と召喚士選定試験の途中、ピエドゥラ山で大きな爆発が起きました。トーロが確認したところ、対処できない大きさの召喚していないゴーレムが現れた、と」
ゴーレムとは言ってしまえばスライムを頑強にしたものだ。核を持ち、魔力を供給される事で人の命令に従うのは同じ。違うのは素材が泥や土、或いは岩で造られるという存在。操るのにスライムよりも複雑な指示が出せる分、魔力を消費するのが難点で新米召喚士は自分よりも大きなゴーレムの召喚は許可されない。
「聞いた話ではその場に召喚士はおらず、召喚陣もないためビアヘロだとの判断です。鉱山技師と鉱夫達が暴れるゴーレムにより避難できない状況。怪我人がいるかは不明ですが至急、応援を要請したいとの事でした」
「そのゴーレム、下手をすればエルフの集落にも行きかねんな」
さらりと言うレブにチコが怒鳴りそうになった。でも、客観的に考えれば自然の流れだ。どれだけ動くは分からないけど、魔力が残っている限り暴れると思う。
「そんな……ポルが……」
セシリノさんが膝から崩れ落ちる。しかし倒れる前にその体を支えたのはフジタカだった。
「おっさんはまだ消えてない。だったら、まだ召喚士も無事だ。……だよな?」
「理屈ではな」
レブの一言とフジタカの支えでどうにかセシリノさんは再び立ち上がる。
「すまねぇな、兄ちゃん……」
「大丈夫だ。俺達が行って、どうにかする。そうだろ?」
フジタカがティラドルさんを見上げる。だけどティラドルさんの表情は厳しかった。
「そう願いたくて来た。だが問題はお前をどうするか、だ」
「え……」
固まるフジタカに続ける。
「今から向かったのでは、恐らく到着した時点で日が暮れる瀬戸際だ。……お前が」
「お前が来たところで、意味が無いなんて言わせない!」
ティラドルさんに強く言い返すとフジタカは歩き出していた。
「馬は蹄鉄の取り換えで使えないんだろ?だったら話してる時間も惜しいだろうが!」
「お、おいフジタカ!」
チコもフジタカを追って走り出す。私は一度セシリノさんに振り返った。
「ザナさんよ……。アイツ、どうしちまったんだ?」
「戦う理由を見出したそばから、余計な横やりを入れられ不愉快だったんだろう」
レブがティラドルさんを睨む。途端におろおろとフジタカの背中と、レブを交互に見て困っている様だった。
「わ、我は……」
「なんのこっちゃか分かんねぇが……だったら俺も!」
セシリノさんが工房へ戻り、飾っていた大槌を手に取ろうとする。しかし、それを止めたのはレブだった。
「待て。……この先は本職に任せてもらおう」
「で、でも……!」
自分の召喚士がいなくなれば、この世界にはいられない。居ても立ってもいられないのは分かる。
「お前の手は直し、生み出すためのものだ。私にはきっと真似できまい」
言ってレブが自分の手を見下ろす。私だってもしもレブの身に何か起きたと分かればセシリノさんの様に駆け付けたい、と思う。だけどセシリノさんまで危ない目に合わせるわけにはいかなかった。
「この手は破壊する事にしか向いていない。何かを割り、潰し、砕き、裂く。しかしそれで救われる何かが確かにあると知っている」
「アラサーテ様……」
ティラドルさんも、私もその手に救われている。
「この拳にかけて、お前の召喚士は私が連れ戻す。約束しよう」
「…………」
セシリノさんが大槌から手を放す。しばらくその手を見詰め、次に手に取ったのはさっきも振るっていた金槌だった。
「……ドラゴンにそこまで言われちゃ、信じますわ。どうか……どうか、ポルを。俺は信じて今日の仕事をこなすまででさ」
「それで良い。今日中に連れ戻すと誓おう」
レブの力強い宣言にセシリノさんの目に輝きが戻る。レブも短くふ、と笑って私達も走り出した。
トロノ支所に戻るとソニアさんが装備を整えていてくれた。今回は私も剣を持たされる。
「貴様には不要だがな」
レブはそう言うけど、私だって自分の身を守るくらいはしないと。一応最低限構えや振り方は教わっている。せっかく習った事だから、無駄にはしない。
「あの、人手も俺達だけなんですか?」
「……走りながらよく喋れるわね。さすがは獣人……」
まず私達は北の森を目指し走っていた。使える馬車も鉱山行に回されており、本当に足で向かうしかない。
フジタカはソニアさんに現状を聞くが、ソニアさんはもう疲れている様に見えた。たぶん手続きや他の伝手を探して走り回ってくれていたからだ。装備も揃えておいてくれてたし。
「……ポルフィリオ以外にピエドゥラへは複数の召喚士やインヴィタドも護衛で行っていたの。だから現地にはもう数人はいるわ」
「少なくとも、町から派遣できる中で割ける戦力があるとしたら、アラサーテ様と君だけだった」
ティラドルさんも滑空しながら教えてくれる。背中にレブを乗せようとしたが、本人に全力で拒否されていた。
「……夜になったらナイフは使えない」
「……あぁ」
フジタカが前を向いたままティラドルさんへ話し掛ける。
「この新しく貰った剣でゴーレムってのと戦えるかは分からない。だけど、鉱夫の避難案内でも攻撃の盾でも、行って意味が無いって言われない様に頑張る」
「……そうか」
二人の間に少し重い空気が流れる。さっきレブに叱られたからかティラドルさんは謝りも肯定もしなかった。レブも黙々と前だけ見て走っている。足が短いからかほとんど跳ねてるみたいに見えるけど。
「……にしてもさ、おかしいんじゃないのか?セルヴァ、トロノ、アラクラン……えっと、ぴえどら?こんなにビアヘロがポンポン出てくるって……」
空気を変えたいのか、フジタカが自分から話を振ってくる。
「だからこそだろう」
レブが一番に答えた。
「この辺りは比較的、異界と繋がり易い要因がある。そこから現れるビアヘロを未然防止できるようにするためのトロノ、そして召喚士育成機関……だな?」
レブが目だけ少し後方に向ける。ソニアさんは頷いてくれたが、口で解説してくれる余裕はなさそうだった。
「詳しい話は講義を受けるのだな」
「そうだね」
話している間に北の森へ到着する。今回はサウロ君達もいないのでソニアさんにエルフの集落まで案内してもらった。
「すげぇ……。木の中に人が住んでるって本当にファンタジーみたいだ」
集落に着いてまずフジタカの目に留まったのは大樹に取り付けられた扉や窓だった。このエルフの集落、アルパでは木造の住宅もだが、大樹を掘り抜いて造られた家も多いらしい。
「ソニア!」
私達がアルパに着いてすぐにカルディナさんが駆け付ける。その奥から、ニクス様もゆっくりと現れた。
「カルディナ、どういう事よ。私まで呼び出されるなんて」
「ごめんなさい。でも、話している時間もないの!」
カルディナさんが言った直後だ。北の森の更に向こうで地鳴りが響く。土煙が上がり、空に広がっていた。
「な、なによアレ……」
「だから、トーロでも手に負えないのよ!半端じゃない大きさで、引き付けるのがやっとなの」
アルパに住むエルフ達も立ち上る土煙を見て顔を青ざめさせている。逃げるにしても、今は下手に動かない方が良い。
「急ごう」
フジタカが防護用の手袋に指を通す。レブが一歩前に出て、ティラドルさんを指差した。
「ティラ。犬ころをあそこまで運べ」
「え、おい!デブ!」
「アラサーテ様!しかし……」
言いたい事を同時に言おうとした二人だったが、レブが足を叩き付けて地面を鳴らすと口を閉ざした。
「時間がない。間に合う今のうちに活躍してもらおうか」
「……っ…!」
フジタカが空を見上げる。確かにもう空は濃い群青へと様相を変えていた。夕陽も橙を強く帯び、森も少しずつ暗くなっている。
「アラサーテ様の命だ、掴まれ」
「お、おい勝手に……!」
襟首を掴んでティラドルさんが翼を広げた。すぐにレブが私の服の裾を引っ張る。
「私達も行くぞ。乗れ」
「乗れって……背中?」
ぴょこん、と前に出て腕を後ろに回す。手に足を乗せれば丁度良さそうだけど……。
「ちょっと、私達は?」
「知るか。来るなら勝手に来い。現場の判断でビアヘロは処断する」
時間を気にして私はレブに身を預けた。すぐにティラドルさんはフジタカと羽ばたき、レブは鉱山へと駆け出した。後ろでチコやソニアさん達の不満が聞こえてきたけど、すぐに遠のいてしまう。
「………」
「………」
過行く景色の中で束の間、ニクス様と目が合った。
「れ、レブ……!」
「身を低くしていろ」
前へ向き直るが、レブは速度を緩めずに森を駆ける。途中、木の枝にフードが引っ掛かったりしながらも止まる事は一切無かった。
「こっちだな」
レブは無遠慮に方向を変えて騒音の音源へ急ぐ。私も下手に喋るよりもレブに任せるべきだと判断した。
「アラサーテ様!どうやら……」
「そこか」
「……死ぬかと思った」
崖の前で土煙を巻き上げる岩塊を発見し、私達は合流した。着地してようやく手を放されたフジタカは力無く座り込んだ。飛行した感想はあまり良くなかったみたい。
「……アレもビアヘロなんだね」
岩塊がのっそりと動き出す。大きさはゆうにフジタカの数倍。建物一つが大暴れしている様なものだ。大岩の人形、ゴーレムは坑道への入り口らしき大穴へ自分の胴を振り子の支点にして腕を叩き付けている。
「……陽は!?」
フジタカが空を確認する。この位置で夕陽は見えないが、明かりを点けていない今も私達はまだ影と足元で繋がっているのが分かった。
「まだ……」
「あぁ、間に合った様だな」
レブにフジタカが頷く。
「だったら任せとけ!一発かませれば俺の勝ちだ!」
ナイフを展開し、フジタカが身を低くする。
「でけぇな、さすがに。でも……!」
ゴーレムはまだこちらに気付いた様子はない。一心不乱に坑道を壊す勢いで腕を振り回している。気圧されると思ったけど、フジタカは牙を見せて唸った。
「……うぉぉぉぉぉお!」
吠えると同時に、フジタカが走り出した。しかし、ゴーレムの頭が声に反応したのかフジタカや私達へ向いてしまう。
「伏せろ、フジタカぁ!」
「うっ……!?」
フジタカがゴーレムに踏み込む直前、坑道の中から叫び声が聞こえた。意図してやったか、足をもつれさせてしまったかは分からないがフジタカは転ぶ様にして倒れる。
「ど、どぅわぁぁぁ!」
一秒の間も無くフジタカの頭上をゴーレムの腕が勢い良く振り抜かれた。そのまま走っていたのでは、彼の腹から上が吹き飛んでいた事だろう。
「早く立たんか!」
坑道から姿を現した牛獣人が再びフジタカに怒鳴る。
「だぁぁぁってろ……よぉ!」
ペッ、とフジタカが倒れて口に入った泥を吐き捨て跳び上がる。ゴーレムの腕が戻ってくるその前に。
「いっけぇ、フジタカ!」
「おぉぉぉぉぉぉ、りゃあっ!」
左の掌を柄の底に押し付け、右手で構えたナイフをゴーレムに突き出す。キン、と音がしてナイフの刃はゴーレムの岩の中へは入らない。
「ギ、ギギ……ギ……」
だが、いつもと変わらない。フジタカの何でも消すナイフは“何でも”消し去る。そこに例外は無かった。ヴン、と短い音を立てるとゴーレムはその場から一瞬にしていなくなる。あたかも初めからそんなものはいなかったかの様に。
「………」
サッと風が流れてフジタカの毛並みや尾を揺らす。実際は違ったのだ。
坑道の入り口を支える木枠はベキベキにへし折れている。カラカラと石が転がり落ち、このまま放って置けばそれほど待たずに崩落するだろう。見れば、既に瓦礫と化して埋まってしまった坑道らしき物も幾つか先にあった。ゴーレムが残した傷跡は大きかった。
「……助かった。トーロ、ありがとう。あと、怒鳴り返して悪かった」
「気にするな」
やっと出てきた牛獣人、トーロを見てフジタカの肩からふっと力が抜けた。私とレブ、ティラドルさんも二人の元へ小走りで駆け付ける。
「フジタカ!やったね!」
「おう!サンキュ」
フジタカが軽く上げた手に、私も手を叩く様に合わせる。
「動けば援護する間も無い迅速な対応だったな」
「犬ころの足元に石ころを生やしたのは牛男、お前だな?」
フジタカの不自然な転倒をレブが指摘する。トーロは頷いてフジタカの肩を叩いた。
「あのままじゃ危険だったからな」
「でっけぇ足も動き出してさ。踏み潰されるかと思ったぞ。泥とか砂も口に入ったし」
ゴーレムの腕の勢いは恐ろしかったけど、あれをナイフで迎撃したらどうなるのだろう。やっぱりすぐに消えちゃうのかな。それとも、動いていた勢いは消せずに吹っ飛ばされてしまうのか。
「そうだ、ポルフィリオさんは?」
「……お前、ポルと知り合いなのか」
ナイフを畳んでフジタカがトーロに尋ねる。意外な名前が彼の口から出てきたせいかトーロは目を丸くした。
「今日、セシリノっておっさんと会ったんだ。それで工房の見学をしてたらゴーレムが暴れてるって聞いて」
「そうか……。すまんな、わざわざ」
トーロが手斧の柄を撫でた。
「ポルなら無事だ。この先の坑道の奥に、別の召喚士や技師達と隠れさせている」
「じゃあ、全員無事なんだな!?」
「あぁ。塞がれた坑道はあるが全部繋がっているし、一つ二つ塞がっていても問題は無い」
トーロが坑道の奥を指差す。明かりが延々と続き、その先は暗いが人のいる気配はあった。
「お前にしては情けないな」
「……そうだな」
坑道へとゆっくり入るとトーロはティラドルさんの言葉に表情を渋くした。
「突然現れたビアヘロに何もできなかった。魔法を使ってもゴーレムの体を削るどころか、取り込んで肉盛りしてしまう勢いだった」
動いていて損耗した体を自力で周りの土から補填するゴーレムがいると聞いた事がある。通常のゴーレムは消耗すれば壊れるだけだ。地属性の魔法を操るトーロにはだから余計に厄介なビアヘロだったんだ。
「こうした急なビアヘロと臨機応変に戦うための護衛だったのに、実際は役立たずだった」
「……そうでもない」
ティラドルさんが口を開く。
「その場でできる最善を尽くした。だからビアヘロから召喚士達を守れた。……違うか?」
「………」
トーロがぽかんと口を開けてティラドルさんを見ている。私もてっきり力不足だったとか厳しく叱責すると思っていた。
「なんにせよ、間に合って良かった。フジタカのナイフが使えなければ我らでも時間が掛かっただろうからな」
「お、俺?」
ティラドルさんが話をフジタカに戻す。
「レブはどう思っているの?」
「……。私よりも、功労者を労いたいのではないのか」
トーロとティラドルさんにフジタカが挟まれている間に私はレブの横に移動した。レブが一歩離れてフジタカを見詰めていたからだ。
「私はレブに言っているんだよ」
「あの犬ころは触れた瞬間に消し去るからな。ティラの言う通り、やつよりは時間が掛かるな」
「またそんなヒネた答え返しちゃって」
ああ言えばこう言う、というのも分かってはきた。
全員で奥に進むと鉱夫らしき人が数人、固まって縮こまっていた。怪我人は見当たらない。
「静かになったが、ビアヘロはどうしたんだ……?」
「退治した。このフジタカが、な」
「痛ッ」
鉱夫の質問にトーロが答え、フジタカの肩を叩く。前につんのめる形になってフジタカは避難していた人々を見渡した。
「えっと、ポルフィリオさんって人はいるか?」
集まった人を見回しながらフジタカが言うと、一人が前に出る。
「俺だけど」
頭にタオルを巻いた、少し小柄な男性が前に出る。一つながりの作業着に身を包んだその人はフジタカの前に立つと訝しむ様に見た。
「……アンタが、フジタカ?」
「うっす。セシリノさんと会ってた時に話を聞いて来たんだ」
工房の妖精の名を出すと男性、ポルフィリオさんの目が揺れた。
「アイツ……見た目に反して心配性だからな」
トロノで暮らし始めて随分経つが初対面だった。私達よりは年配だけど、思ったよりも若い。
「……てことは、そこの召喚士」
「は、はい!」
ポルフィリオさんの目が私を向く。
「アンタが今日、俺の工房見学予定者だったやつか」
「はい!あ……私と、もう一人いるんですけど……」
チコ、そろそろ追い付いてきたかな……。先に話し始めてごめん。
「ふーん。ポルフィリオ・ブルゴスだ。助けに来てくれてありがとよ」
「いえ。こちらこそ遅くなってしまって……」
ぶっきらぼうに返すポルフィリオさんは黒ずんだ手袋を外して握手を求める。握り返して見た顔に表情はあまりないけど、悪い人じゃなさそうだった。
「すっぽかして悪かった。また時間は作る様にする」
「ありがとうございます!」
言って、他の鉱夫達も少しずつ帰る荷造りを始めた。ビアヘロが暴れた後だ、掘った坑道も崩落しないとは限らない。
帰り道もフジタカは他の皆に囲まれ質問攻めにされていた。レブはそれを離れて見ているだけ。
「気になるの?」
私が声を掛けるとレブは足を止めずに目だけ向ける。
「……犬の事ではない」
「じゃあ、何さ?」
レブがの答えでは足りないのでもうひと押し、と思ったその時、外から爆音が聞こえた。
「レブ!?」
「ここからでは分からん!」
私が最後まで言う前にレブが答える。レブとティラドルさん、少し遅れてフジタカとトーロも外へ飛び出す。
「あれは……」
もうもうと土煙が上がり、大勢の鳥たちが暗い空を不吉に覆っていた。続いて出てきた鉱夫や技師も煙を見て声を洩らす。
「び、ビアヘロだ……」
「そうだ、あれは……」
「ビアヘロ……」
もう一度煙が舞う方向を見る。……うん?あっちって……。
「……レブ、アルパって……」
「貴様の想像している通りだろう。……あの方角は、さっき通った集落がある」
ざわっ……と足元から頭上まで全身に悪寒が走った。
「お願いレブ!連れてって!」
「乗れ」
半ば飛び乗る様にレブの背中に体を預ける。すぐにレブが指示を出しながら走り出す。
「ティラ!陽はまだあるだろう!犬ころを連れてビアヘロを!」
「御意!」
ティラドルさんがフジタカの服を、フジタカは必死にティラドルさんの首に手を回す。すぐに羽ばたいて鳥達よりも上空へと向かう。
「牛男!こちらへ向かっている犬の召喚士と、ティラの召喚士を保護しろ!」
レブが命令すると並走していたトーロが手斧を抜いた。
「俺も戦う!」
「鉱夫達もいるのを忘れたか!全員で動くな!」
「……くっ!」
トーロが脇道へ逸れてチコとソニアさんとの合流を優先させると、レブは速度を上げた。
「っ……!」
ピエドゥラに向かう時よりも早い。レブが急いでくれているのがよく分かる。
「まだ速く走れるが……」
「なら、お願い!到着するまで私の事は気にしないで!」
レブに回した腕に力を込める。
「……殺す気か」
「ご、ごめん!」
レブがボソリと言うので私は慌てて力を緩めて位置を直す。
「これで良い?」
「……あぁ」
短い返事の後、レブがさらに加速した。本当に、振り落とされるのではないかと思うぐらいの勢いで。
耳に入ってくる雑音の中に、段々と悲鳴が聞こえてきた。この前の子ども達の様な声ではない。大人達が圧倒的な存在にただ身を震わせた時に出す声だった。
急に視界が開く。それと同時にレブの速度も緩やかになった。
「着くぞ」
「あ……」
ぽつぽつと森の奥から見える光。それは決して温かで穏やかな光ではなかった。
目的の無い、道具として機能を制限されない火がアルパに点在している。火は自身が尽きるまで周りを取り込み、少しずつ広げて大きくなっていた。
勢いを増した火はいつしか尽きる事を忘れ、全てを焼くまで止まらない。今、私が見ているのはそんな火だった。
私が火を見て立ち尽くしていると、背中がとん、と叩かれる。
「しっかりせんか」
「レブ……」
ハッと気付くと、周りの音が戻った。視界も鮮明になり、自分がどこにいるのかも自覚する。
「ビアヘロは?」
「アレだ」
レブの指差した先に居たビアヘロは姿は違えどゴーレムだった。さっき見たビアヘロとは別個体の様だけど、やっている事は変わらない。
「いやぁーっ!やめてぇぇぇぇぇ!」
絶叫する女性が懇願してもゴーレムの腕が家を薙ぐ。一軒だけではない、一撃で三件の家の屋根が吹き飛んだ。
「あ、ああ……あ……」
エルフの女性は口元を押さえて座り込んだ。目から涙が流れてももう声も出ない。
「逃げてください!早く!」
「ああ……私達の……家……」
無理に立ち上がらせると、若いエルフの男女が力を貸して運んでくれた。再びビアヘロを見据えると私はゴーレムが何かを見ていると気付く。
「れ、レブ……!あそこ!」
破壊された家の中央、木片がバラバラと転がる中に一人、倒れている人影があった。
「あそこに居るの……ニクス様だ!」
倒れていた人影は特徴的で見間違う筈はない。炎よりも美しい羽を持つ鳥人、契約者ニクス様がゴーレムに狙われていた。
「何をしている……っ!」
レブが飛び出し、ゴーレムとニクス様の間に入る。レブが滑る様に椅子の脚だったものを蹴とばすとニクス様は意識を取り戻した。
「う、うう……」
「避難先が真っ先に壊されたのでは話にならんな」
レブの皮肉にニクス様は身を起こす。しかし、その場から動こうとしなかった。
「早く逃げんか」
このままじゃゴーレムに叩き潰されてしまうだけだ。ゴーレムはレブに狙いを変えると、腕を横に薙ぐ。
「ちっ」
舌打ちをして横に転がり、何とか避けるとレブは奥のニクス様を睨む。
「聞こえなかったか」
「……こうなる覚悟はあった」
「え……」
ニクス様の口から聞こえた一言に私は口を挟めなかった。
しかしレブは躊躇う事無くニクス様の胸ぐらを掴んだ。小さな体でニクス様を大きく揺する。
「ならばここで果てると言うのか」
「………」
「朽ちるのはお前の勝手だ。だがな、火種を撒いた責任は取ってからにしてもらおうか」
レブの後ろでゴーレムの左腕がゆっくりと振り上げられる。
「レブ!後ろ!」
私が叫ぶのとほとんど同時だった。
「ティラ!犬を寄越せ!」
「御意!」
上空から微かに聞こえた声。そして何かが下りてくる。
「う、おぉぉぉぉお!」
違う、落ちているんだ。ティラドルさんから投下されたフジタカは既にナイフを展開している。
「消えろぉぉぉ!」
ゴーレムがフジタカの声に反応して顔を上げるがもう遅い。ナイフが振り上げられた左腕に触れる。
「間に合え!」
私が叫ぶと、触れた腕が消えた。
「よっしゃあ!」
ヴンと音を立てて消えたのを確認し、そしてフジタカはゴーレムの背、腰、足を蹴って落下の衝撃を吸収させて無事に着地した。
そう、着地してしまったのだ。左腕だけ消えたゴーレムがそこにいてくれたおかげで。
「え……?」
フジタカも異変に気付く。顔を上げて、ゴーレムの頭にある核らしき部分が光る。
「避けんか、馬鹿者!」
「うっそぉぉぉぉ!?」
残った右腕が斜めに振り上げられる、フジタカを狙ったのだろうが角度のせいで届かない。レブが言っていなかったら間に合わなかったかもしれない。
「もう一撃……ぃっ!」
フジタカが果敢にナイフをゴーレムの足へ走らせる。だが、ガガガガと音を立て白い線がひょろひょろと伸びるだけ。
「駄目!消えない!」
「時間切れかよぉ!」
ナイフを畳んでフジタカは身を低くするとゴーレムの明確な殺意を込められた腕を躱す。
「よっとっと……」
立ち上がって後退したフジタカは数歩で岩に追い詰められて背中をぶつける。
「あれ?」
しかし、アルパの中にフジタカを邪魔する程の大岩なんて存在しなかった。それに気づいてフジタカと私が顔を上げる。
断崖絶壁の様に立ちはだかっていた岩の頂上から、赤い光が漏れる。それも、ゴーレムと気付いた時には隻腕のゴーレムがフジタカに迫っていた。
「マジか……!」
ゴーレムの足が上がった時にはフジタカは前転して踏み付けを避けようとしていた。しかし、見た目の重量に反して相手の動きの方が若干早い。
「フジ……っ!」
「遅ぉい!」
駆け付けたレブがゴーレムへ頭から体当たりをした。倒すまでには至らなかったが体勢を崩したゴーレムは大きく後退する。
「悪い!」
「立て直せ。すぐに来る!」
フジタカは立ち上がって背負っていた鞘から剣を引き抜く。レブも拳を前に構えて私の方へ向かっていたニクス様の前へ移動する。
「どうなってんだ!俺、部分的に消したりとかちょっと器用な事できる様になったわけ!?今必要ねーから!」
「……違う」
レブとニクス様が首を横に振る。私も見えていた。
「ナイフが触れる直前、ゴーレムは自分で腕を切り離した」
「は……?」
レブの言う通りだった。フジタカの何でも消すナイフが触れる寸前にゴーレムは左腕が接合されている部分へ魔力を通すのを止めた。魔力が見えるわけではないが、少なくともフジタカが腕に乗った重さに耐え切れなかったとは考えられない。レブやニクス様の目には魔力の流れも見えているのかな。
「な、なにそれ?じゃあ……俺のナイフの力を相手も知っていたとか?」
「それを調べる余裕が今は無い」
レブの一言に誰も言い返せない。ゴーレム二体が私達を標的として捉えているのだから。暴れる一方と思いきや動きを一旦止めてこちらの様子を窺っている。
「ザナさん!」
「カルディナさん!」
エルフ達が炎とビアヘロから逃げ惑う中を掻き分けてカルディナさんが現れた。ゴーレムの動きを気にしていたが、何とか無事に合流する。
「トーロとソニアは……?」
「今、ポルフィリオさんやチコ達とこっちに向かってます!」
自分のインヴィタドの姿を探すカルディナさんにまずは報告する。少なくとも二人とも今のところは無事だ。
「今からここには間に合わないか……」
親指の爪をかじって眉間に皺を寄せるカルディナさんはススだらけに汚れていた。
「カルディナさんは今まで……?」
「ニクス様の指示でアルパのエルフの避難誘導を。……皆、一度トロノに向かってもらっています」
ニクス様もカルディナさんに頷く。
「早くあのゴーレムをどうにかしようぜ!」
フジタカが怒鳴ると、隻腕のゴーレムの方がゆっくりと動き始める。ズン、と足で地を鳴らして腕が振り上がりニクス様が待機していた家屋を今度こそ叩き壊した。
「……そうしたいが消火も必要だろう。ティラ!」
「はっ」
ティラドルさんが今度はレブの前に下り立つ。
「お前は消火作業を優先しろ。ゴーレムはどうにかする」
「承知致しました」
一度こちらを向いて一礼すると、ティラドルさんは再び空へ一気に昇ってしまう。
「戦力は……貴方達、だけ?」
「不満か」
カルディナさんにレブが一睨み。
「不満に決まってるだろ!」
そこにフジタカが割り込む。もはやもう一体のゴーレムもこちらに動きが無いと察したのか、横を向いて建物の破壊を再開し出す。
「お前の執事が消火に行ったら……」
「ティラがゴーレムを優先すれば、火はどんどん広がる。火を消す効率は私よりも、ましてお前よりも圧倒的に奴の方が高い」
「く……」
レブが笑う。
「ふっ。覚悟を決める必要はない」
ボキボキと指を鳴らし、肩を回すとレブは数歩ゴーレムへ向かう。
「戦うのは、私一人だからな。わんころは召喚士と契約者を守れ」
レブの宣言に私だけでなく、集まっていた三人の表情も強張った。
「お前、無茶言うなよ!さっきの頭突きだって小声で痛い、って言ってたろ!?」
「……それはそれ、これはこれだ」
やっぱり痛かったんだ、あれ。凄い勢いだったもん。
「二対二だって分は悪いわ。……下手したら、全員で消火して、それから三体二、四対二でゴーレムの対処をした方が安全よ」
カルディナさんの不満、と言うよりも提案だった。客観的に見ればレブとフジタカでは勝てそうにない。大きさだけでも、それぞれの力だけでも。
「この集落の全てを消し炭にしたいのか」
「そんな訳ないでしょう!?だったら何か策でもあると言うの!?」
淡々と返すレブに遂にカルディナさんが怒鳴った。そこで私も気付いてしまう。
レブがこんな時、考え無しに何か言う事はない。特に戦闘に関してはいつも冷静な竜人の隣に私は居たんだから。何かはまだ分からないけど、確信だけなら……
「ある」
私が代わりに答えてレブの横に立つ。
「そうだよね、レブ?」
炎に鱗を照らされながらもレブは私を見て微笑んだ。……もしかしたら、照り返しで錯覚したのかもしれないけど。
「その通りだ」
レブが一度ゴーレム達へ背を向けた。だが、と言ってレブは続ける。
「私の雷でゴーレムの核を麻痺させ……と、考えていたのは止めにする」
私もレブにできるとしたら素早く懐に飛び込んで核へ一撃を見舞うものと思っていた。
「契約者」
「……なんだ」
レブがニクス様を見据える。
「私はこの世界に留まると決意した。その覚悟を、今からこの場で見せてやろう」
ニクス様へ宣言するとレブが今度は私へ向き直る。口を開きかけたレブだったけど私がその前にニクス様に声を掛ける。
「ニクス様!」
「………」
「ニクス様から頂いた私の……。私達の力、見ていてください!」
ニクス様の嘴が動いたけど、時間も無い。喋り過ぎた。私達はゴーレムと対峙する。
「戦うのは私一人だからな、だって」
「……そうだな。訂正する」
私の心臓が軋む。レブが前に出るとその体が輝き出した。
「貴様の力も貸してくれ」
「良いよ。これは命令じゃなくて、お願い。あのゴーレムを倒して、レブ」
「任せてもらおう」
ググッと痛みに胸を押さえる。立っていられない程ではないけど、よろ、と足元がふらついた。
「ぐ……う…」
レブの体の輝きが増し、倍以上の大きさで縦横に広がっていく。私は何としても今回は見届けたかった。
光が足元から消えていくとその姿に息を呑む。大きな翼を支えるだけの広い背中、太い尾を覆う鱗は一片それぞれが炎に照らされ、炎以上の光で輝き返す。まるで、見る者へこのオリソンティ・エラに自分が現れたと主張する様に。
「………」
紫竜アラサーテ・レブ・マフシュゴイ。私が召喚したインヴィタドはその真の姿をここで現すと翼を広げ、一羽ばたきして飛び上がった。翼を展開したから飛んだと分かったが、その速度は目で追えない。
「はぁぁっ!」
「ガグ……!」
声がしたと思えば、ダァァン!と大きな音と地鳴りを立てて紫竜がまずは五体満足のゴーレムを蹴り抜いた。胴の岩を足で貫き、地面へと踏み埋める。大きく抉れた地面に岩の先端だけがかろうじて見えた。
「むぅぅんっ!」
次の動きは見覚えがある。踏み抜いた左足を軸に紫竜は体を回転させ、右足の踵を打ち出した。崩れかかったゴーレムの頭と肩を回し蹴りで吹き飛ばし、隻腕のゴーレムへ砲弾代わりにぶつける。それだけでゴーレムの右肩と左膝部分が崩れた。
しかし相手も一筋縄ではない。すぐに崩れた岩、そして彼が打ち込んできた岩も取り込んで再生を始める。スライムとは違い時間がかかるが、できない事ではない。既に岩がカタカタと揺れてゴーレムに集まり出している。
「ふっ!」
無論、それを待つ紫竜ではない。瞬時にゴーレムへ踏み込み、移動速度の風圧だけで私の髪は揺れ、思わず目を細めてしまう。
だけど見逃すことは無かった。彼がゴーレムの頭部分へ溜めた右拳を突き出し、アルパをこんな姿にしたビアヘロを崩す瞬間を。
「終わりだ」
拳を引くと紫竜の手中にあった赤い球。美しい紫の戦士はそのままゴーレムの核である球を握り潰す。砕け散った破片を手で払うと、彼は私の元へとゆっくり歩いて戻ってきた。
「………」
「………」
私が彼を見上げて数秒。竜人が再び、先程より少し淡い光に包まれ始める。
「良く耐えた」
「へへ、もう限界……」
彼からの労いに笑って見せるけど、本当は笑える状況じゃない。それでも褒められたら自然に笑えた。
「ティラの魔法ももうすぐ完成する。貴様はもう、安心して休め」
もう少し顔を上にあげるとティラドルさんらしき影が煙の奥に見えた。
「……ねぇ」
「……なんだ」
私は目線を下げてもう一度彼の顔を見る。厳つくて、ゴツゴツして、キラキラして、トゲトゲしてる。もうほとんど消えかかっているのにいつもの数倍は迫力が増していた。
「くす……」
「可笑しい顔でもしているか」
自分から言っておいて笑ってしまった。だって、一番綺麗なのは角でも鱗でも、まして翼や筋肉でもない。彼の目だったんだもん。
「ごめん。……また会える、かな?」
「何を妙な事を言っている」
紫竜は片目を瞑り、腕を組んで鼻を鳴らすと姿が霧散して消えてしまった。
「私は、こうしてここに居るだろうに」
そして同じ格好でいつものレブが目の前に立って私を見上げて言った。
「あり、が……とう……レ……」
そこで私は足に力が入らなくなって倒れてしまう。だけど地面に打ち付けた感覚は無かった。その前に意識も失ったのかな。
「……戻ろうか、ザナ」
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