第七部 エピローグ
私達はフジタカの力をパストル所長に伝え、彼にマスラガルトやスパルトイだった肉塊の掃除を頼む事にした。勝手に決めたのは悪いが……彼らが到着するまでに今の私達ではどうしようもない。
代わりにパストル所長が船から信号弾を打ち上げてくれた。内容は、目的を果たした事と怪我人有りの二つ。これで半刻でも早く着いてくれれば儲け物だと言っていた。
私達はレパラルの召喚士駐在所で一夜を明かす事になった。そこなら簡単な治療道具も置いてあったし、雨風も防げる。部屋数も全員が一部屋は使えた。……窓を開けると、海と血の臭いが混じって冷たい夜風に乗って入って来るから閉めている。
「……レブ」
ライさんはパストル所長に少し手荒な治療を受けて、顔の上半分を包帯でぐるぐる巻きにされていた。その包帯に、私がウーゴさんに渡したニクス様の羽を挟んでいる。大きい傷は額だけ、あとは腕にも切り傷が幾つもあったけど治癒は早まると思う。今は魔法を使い過ぎた弊害か、頭痛にうなされて眠れていない様だった。
問題はレブの方にもある。ライさんと所長、ウーゴさんの三人で荷台も使いながら駐在所まで運んだが一切目を覚まさない。カドモスとの戦況を報告すると、あばら骨が数本折れているだろうと言われた。添え木をして包帯を巻き、ベッドに寝かせてはいるが本当に静かだった。痛がる様子も見せずに目を閉じている。……まるで、死んでしまったかの様に。
「明日になったら、ちゃんと治療も受けられるよ。皆、レブの事凄いって言うね」
目を覚まさないレブの横で椅子に座り、私は声を掛けていた。
「いっつもはフジタカの活躍って言われてたもんね。でも、今回はレブとライさんが主役だよ」
フジタカのナイフは強力だし、明日も頼る事になる。でも今回はパストル所長の目の前でアスールを脅かした海竜を倒したのはレブだ。
「本当言うとね、レブだって頑張ってたのにフジタカばっかり評価されてるの……少し悔しかったりして」
ロルダンが私達を誘い出す為にやった事と言っていた。だったら私達は評価されるどころか災厄をもたらしてしまった厄介者かもしれない。でも……言わずにはいられなかった。
「ライさん、凄かったよね。獣の王と竜の王がそれぞれの力を発揮して島中に轟いたと言うか……」
返り血の臭いが落ちない。ライさんが部屋に戻る前に呟いていた言葉だ。あれだけココを想い、フエンテへの憎しみを爆発させたライさんはきっとまた戦う。相手がどんな手で来ようと、それを凌駕する無茶をして受けて立つんだ。
「ねぇレブ……。早く元気になってよ……」
レブの毛布の位置を直しながら涙が浮かぶ。
「私……こんなレブを見るの初めてで、どうしたら良いの……」
敵に殴られる事はあった。だけどいつも強がって、平気そうな顔をして。さっきだってそうだ。本当はカドモスを倒すので精一杯。なのに海竜を下し、私を抱えてライさんのところまで飛んだ。ライさんの手伝いをわざとしなかったのではない。できなかったんだ、あの時点で。
「私……気付けなかったんだよ。貴方の気持ちに。カドモスを殺したくないって言ったレブにも、ずっと痛みを我慢してたのも」
毛布を握る手に涙が零れた。
「レブの召喚士失格だ、こんなんじゃ……」
ロルダンの前で話していたのも本当はふらふら状態だったんだ。あの時私はまだ意識はしっかりとしていた。それを少し胸が痛んだだけでロルダンを取り逃がした。今回逃げられた責任が一番重いのはきっと私にある。もう一息、例えあの場で意識を失っても魔法を一撃放っていればロルダンをパストル所長が捕らえてくれていたかもしれない。
「違う」
「え……」
言って欲しかった言葉。聞きたかった声が……俯く私の耳に聞こえた。
顔を上げるとレブの目が開いて天井を向いていた。
「レ、レブ……?」
「随分大きな独り言だな」
目が動き、私の方を見ると少しだけ細まった。嬉しい筈なのに、私の視界はどんどんとぼやけていく。
「目が……覚めたの?」
「途中からな」
レブが首を壁の方へ向こうとすると初めて痛みに呻いた。
「……ちゃんとこっち見てよ」
「……ふん」
やっぱり、痛むんだ。
「ニクス様の羽、ライさんに回したよ。突っぱねると思って」
「あぁ。私は二体しか相手にしていないからな」
声の調子も低い。なんとか絞り出している様な声に私は潤んだ目から涙が零れた。
「……もう、そんな顔をするな。私ならこの治療でも夜が明ければ動ける様になる」
「でも、今痛むんでしょ」
喋らせたら回復が遅くなるかもしれない。分かっているのに、レブが目を覚ましてくれた。私の声に応えてくれている。それが堪らなく私の胸を温かくしてくれるんだ。
「……それもそうだな」
レブは毛布から腕を出してそっと自分の胸に手を乗せる。添え木の位置、変じゃないかな。
「治療を受けるなど、いつ以来か……」
「………」
レブは少しの間毛布の上から自分の胸を触ると、そっと手をその場に置いた。
「少し、頼まれて欲しい事がある」
「な、なに?」
改まってレブが首をこちらへ向けた。
「心静かに眠りたい」
「あ……うん」
怪我が痛むんだ、当然の事だと思う。だったら私は……。
「明日になったら、ブドウでも食べて元気だそうね」
部屋に戻ろう。レブの意識が戻った事も見張りをしてくれている所長に伝えておかないと。
「話は途中だ」
「え?」
レブが目を逸らした。
「単なる私の我儘だ。……今夜は傍にいてくれないか」
「………」
椅子から浮かせかけた腰を、私は戻した。
「冷えるだろう。だから無理にとは言わない。貴様も私のせいで疲労して……む」
レブが何か言っているけど、最初以外は蛇足だ。私はレブの手を両手で握る。
「いるよ。今夜は、ずっと一緒」
「ふ……前と立場が逆だな」
「そうだね」
まさか、こんなに大きくなったレブから同じお願いをされるなんて思わなかった。
「欲張りだが、もう一つ聞いて欲しい」
「言って?」
レブの手は前に触れた時よりも何故か温かい。暖炉が点いているから、さっきまで毛布に包んでいたからと言えばそれまでだが、レブはまだ何か隠している。
「私の隣に在る事ができるのは、ザナ……貴様だけだ。だから先程の様な……召喚士失格などと口にしないでもらいたい。私の召喚士は、君だけなのだから」
「………っ!」
握られていたレブの手に力が入った。私を真っ直ぐに見て言うものだからこちらも迂闊に目を逸らせない。
「まして、貴様はこの私に二連戦の後に別の戦場へ運ばせて尚、魔力を余らせていた。アルパの時とは別人と言って過言はない。だから……」
「もっと誇れ、だよね」
レブが頷いてくれる。……さっきの事をすぐに話してもらえた。……うん、きっと自分よりも彼の言葉の方がすっと胸を通り抜けて信じられる。
「……有り難う。その頼み、ちゃんと受け取ったよ」
「助かる。どうも自力だけでは解消できなくてな」
二人でなら、こんなに簡単なのにね。
「じゃあおやすみなさい、レブ」
「……おやすみ、ザナ」
暖炉の火に照らされる鮮やかな鱗を持った竜人が目を閉じる。その厳格そうながら無防備な寝顔が愛おしくて仕方がない。今夜なら、誰も邪魔者が入らない。だったらきっともう少し寄り添っても良いのかもしれない。
だけど今はこの距離で。いつか私も貴方も全快で笑い合える時、私達はきっと、もっと近くにいられますように。そんな願いが叶う日が……早く来るように、私達は明日も傷を負うんだ。
了
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