第2話 シティ

 バランサーが車体の振動とは別の揺れを感知し、それに呼応して行われる呼びかけがH232のスリープモードを解除させた。アイカメラと聴覚センサーを併用して外部情報を取得し、揺れの原因を検知する。


「起きて、起きてったら」

「……何事ですか、市民」

「市民って何なの? 一体。私はシュノンだって」


 シュノンがH232のボディを擦り、再起動させていた。プレミアムという名のテクニカルの助手席に自分が座っていることを確認したH232は、目の前に広がる景色に感嘆の息を漏らす。


「これは……! 街、ですか?」

「そうね。シティ」

「原始的ではありますが……」


 メトロポリスには程遠いが、形式的に街の機能を有していることは明らかだった。住宅らしき建物が密集し、街としての形を作っている。

 しかし、外観が街とは言え、内面がそうであるとは限らない。スリープ前に撃退したような暴徒を野放しにしているとなれば、保安状態は良好とは言い難い。


「街の治安はどうなっているのですか」

「ん、普通」


 シュノンは車を運転し、街へと接近していく。彼女の返答を聞いて、H232は安堵し周辺の脅威判定を更新した。


「普通ですか。でしたら安心ですね」

「え? 普通だから安心できないと思うんだけど」

「……どういうことです?」


 シュノンとの認識のずれを多次元共感測定器が指摘。H232が訊き返すが、しかしシュノンもこちらの言っていることがよくわからないようで、首を傾げている。


「普通って安全ってことなの?」

「普通とは安全であることが前提かと思われますが」


 治安維持軍で守られたかつての世界は、普通に安全が守られていた。しかし、ここは崩壊して長い年月が経つと推測される未来である。危険が至るところに潜んでいてもおかしくはない、と認識を改め、定石の通り情報収集を行おうとする。


「街全体をスキャンして……あ」


 ビープ音。現在のエナジー量では最低限度の機能しか使用できません。

 エナジーコントロールシステムすらも機能停止に陥っており、H232は自分のエナジー切れすら失念していた。

 フェイスカラーが朱色に染まり、隣のシュノンが不思議がる。シュノンはある程度街に近づくと、巨大な岩の陰にプレミアムを停車した。


「……なぜ、ここに?」

「街に停めると取られちゃうでしょ?」


 当然のように彼女は言う。推測の通り、街の治安は最悪のようだ。

 しかし解せない。H232の質疑応答プロセスに浮かんだのは盗みという行為に対しての成否ではなく、盗む物に対しての疑問だった。


「車を奪われるのですか。よりにもよって……こんなポンコツを?」

「ポンコツ!? 私のプレミアムが!?」

「これのどこが高級プレミアムなのか私には理解できません……」


 確かに骨董品アンティークという観点からはプレミアがつくのかもしれないが、当時のマニアやコレクターたちでもわざわざ反政府組織御用達のテクニカルを収集する者はいないだろう。

 もちろん、金持ちの道楽なのでいないとも限らないが。


「これは地球最高のガラクタよ!」

「自分でガラクタと言ってるじゃないですか」


 と呆れながらもH232の記憶回路は記録している。クァホーグループはプレミアムを奪取しようとしていた。あのバイクも浮遊機能を有していなかったが、彼らにとっては重要な足なのだ。移動用の道具と割り切ってプレミアムを見れば、このポンコツも優秀なエラー思考ヲ続ッKOU素ルTAめ2刃、ドら鵜ぷ似るエNAじーノ補給が必酔ウDEATH――。


「思考システム重篤プロブレムハラハングリー市民メシプリーズ」

「わわ、いきなり壊れないでよ、もう!」


 シュノンは運転席から降りて、助手席に回りH232を介抱する。もはや感情アルゴリズムもまともに機能せず、言語中枢すら適切言語への変換を不可能にしていた。

 虚ろな表情で最低限の機能である状況録画を続けるH232は、反論もできずにシュノンの愚痴を聞き続ける。


「おかしいでしょ、ったく。私はマスター。あなたが何と思っていようと、一番初めに見つけた人間に従属するのがドロイドでしょ? 刷り込みがどうとかで――ガチョウロボットのように! 聞いてたのと話が違うわ」


 シュノンはひいこら言いながら、H232を街へと運んで行く。


「クレイドルの言ってた話と、違うじゃない……」


 H232の多次元共感機能は機能不全となっている。

 そのため、彼女の表情や口調、言葉に、どんな感情が乗せられているのか判断できなかった。




 世界は暗闇に包まれている。

 訂正。世界は正常。観測機能に異常が見られる。


「はい、これ」


 差し出されたのは缶ジュースと形容するべき容器だった。最低限のシステムで腕を動かし、それを口元へと持っていく。内容物の経口摂取。エナジーコントロール。コンバータがエナジーを義体内に張り巡らされた管へ回していく――。


「ぷはぁ!」


 一気にドラウプニルエナジーを飲み干し、循環器官にエラーを起こさないよう、息を吐いて空気量エアーを調整する。


「生き返った?」

「停止していたシステムが動き出しました」


 正常稼働する質疑応答プロセスで、流暢な返答を行う。


「良かった」

「ええ、助かりました、市民」

「……あまり良くない」


 呼称が期待していたものと違ったのか、シュノンはがっくりと落胆し、床に腰を落とした。H232も寝せられていた床から身を起こす。

 コンクリート製の建物内部にいるようだった。ひんやりとした空気をH232の温度測定器は感知する。しかし、外気温に比べて冷えすぎているようにも感じた。まるで熱を忌避しているような環境だ。

 周囲をスキャンして、ここが何らかの施設であると推測する。辺りには工具や作りかけの機械、改造途中のドロイド、銃器などが転がっていた。近くには、アニマルドロイドも置かれている。

 すぐに該当地点について、知略を巡らせることができた。


「ここが例のメカニックがいるという……」

「そそ。チキンラボ」

「チキン、ですか」


 眼前にあるニワトリ型ドロイドを目にしながら少し惑う。


「いいよねぇ、チキン。機械だけじゃなくて鶏肉も売ってくれればいいのに。色んな肉を食べたけど、空飛ぶのはチキンだけだしね」

「それはまぁ、鳥ですから。ペンギンのように空を飛べない種類もいますが……」

「え? ペンギンは空を飛ぶでしょ?」

「……はい?」


 純粋に放たれた疑問に、H232は当惑せざるを得ない。しかし、ペンギンが空を飛ぶかという問題論議は、メカニックによる機体整備という問題項目よりも優先順位が低い。

 H232はメンテナンスの要請をするべく、メカニックの姿を探した。


「その話は後でいいでしょう。メカニックはどこにいるのですか」

「――私はここにいるぞ」

「……へ?」


 間の抜けた声が出る。しかし驚いたのはH232だけであり、シュノンは平然としてフェイスインタフェースの変化をきょとんとしながら見つめている。


「どしたの?」

「私のセンサーが不調でなければ、いや恐らく不調だとは思います。……私はこのニワトリが音声を発したのと誤解しました」

「間違いではないよ、H232。君は全体的に修理する必要があるが、センサー機器に関しては問題なく動作している。必要なのは調整だけだな。武装は全て新規パーツに換装しなければならないが」


 ニワトリはH232の現状を精密に分析する。H232のデータベースにこのようなアニマルドロイドの情報は含まれていない。


「アニマルドロイドにこれほど高度な人工知能が……!?」

「理論上は可能だ。ほとんどの人間がそれをしないだけでね。それに、厳密にはAIではないよ」


 そう諭されて音声波形パターンの検索を掛けると一件ヒットした。自分と既知の人物が、このニワトリだと検索エンジンは示している。


「ドヴェルグ博士!?」

「メカコッコよ? 何言ってんの」


 シュノンが呆けるように言い、ドヴェルグもそのように言い改めた。


「そうとも、今の私はメカコッコだ。そのように」

「ドロイド開発の伝説とまで言われたあなたが、このような姿に……」

「容姿で人を判断する輩とはあまり付き合いたくないのでね。偏見を持つ者も同様だ。そういう意味では、今の世界は理想郷とも言える。完全なる実力主義だ。実力さえあれば、誰も文句を言わない。無論、望んだ世界ではないが」


 渋めの声で話すニワトリドロイドは身体を揺らし、H232の前を左右に歩き回っている。ドヴェルグ博士は何かを解説する時、いつもせわしなく動き回っていたことを記憶回路が再生した。


「ドヴェルグ……いえ、メカコッコ。あなたは今までずっと世界を観測してきたのでしょうか」

「もちろん。ドロイドにパーソナルデータをインストールしたのはそのためだ。世界が滅んで既に千年ほどの歳月が経過している」

「せん、ねん……」


 その数字の途方のなさに、H232は悲観にくれるしかない。だが、それほど期間が立っているのなら、もう少し文明レベルが高くても、それこそユグドラシルを再生させ、共和国を復興させてもいいはずである。

 その疑問に先んじるように、メカコッコは説明した。


「君の疑念は推測できるが、これでも世界は随分マシになった方でね。破壊は簡単だが、再生は困難だ。社会形成はどうにかなるが、一番の痛手は技術の喪失でね。共和国時代の技術は喪われ、科学者のほとんどが死亡するか行方不明となってしまった。現在は、生き残った人間同士が壊れかけの機械を手に入れるために争っている。コールドスリープしている者もいるだろうが、座標データが失われたことで彼らの居場所がわからない。君はマスターから何か聞いていないか?」

「わたし、が? マスターに?」


 喜怒哀楽を司る感情アルゴリズムが乱れる。メカコッコはH232がマスターに関する記録を修復できていないとは露知らず、H232に望みを託すように問いかける。


「君がユグドラシルに眠っていたとはシュノンから聞いた。最後の戦いの時、君は防護カプセルに入れられたのだろう。願わくば、彼にも生きていて欲しかったが、責任感の強い人物だったからな。仕方ない。だが、もし君が何かしらのデータを預かっているのなら――……どうした?」

「……い、いえ、何でも」

「何でもないということはあるまい。感情表出が不安定となっている」


 メカコッコがH232の動揺に気が付いた。隠すべきことではない、と判断を下した思考ルーチンの通りに、記憶データの損傷を告白した。


「実は、マスターと関連する全てのデータ……思い出が破損している状態です」


 H232が事実と打ち明けると、メカコッコは左翼の先端を首に当てた。顎に手を当てているつもりなのかもしれない。

 

「果たしてそれは破損だろうか」

「どういうことです?」


 しばし黙考した彼は、考えを呟いた。それはH232の分析とは異なる内容であり、彼女のアイカメラが拡大する。


「やはり私は君のマスターが君に何らかのデータを残したと推測する。そのデータを第三者に奪われることを恐れた彼は、ロックを掛けたのだ」

「ロック? なら、解析を……」

「いいや、それは了承しかねる」

「なぜですか!?」


 メカコッコの即答にH232は反目する。シュノンも味方するように口を開いた。


「そーよ、直してあげなよ。メカコッコのケチ」

「誤解があるな。私は君に嫌がらせをする目的で、ロックの解除をしないわけではない。何かしら、解除するための起因があるはずなのだ。君の中に。私が知る君のマスターは冷静かつ聡明な男だった。最後に、敵の目論見に気付いたのは彼だけだ。それほど慎重な男が仕込んだカギを下手にこじ開けるのは賢明ではない」

「敵……? あ」


 該当データあり。敵……共和国及び国民に害をもたらす危険人物。その中で最重要ターゲットとして指名手配されていた人間のことをH232は覚えていた。神を自称する凶悪な男だ。


「そちらの記憶については問題ないな。うむ、やはり故障ではなく意図的なロックだ」

「ゼウスのことですか。全知全能を自負し共和国の即時解体を訴え、治安維持軍に戦争を挑んだ男」

「その通り。彼が世界を滅ぼしたことは覚えているかね?」

「……ええ」


 現世界の記録収拾に念頭を置いていたため気にも留めなかったが、崩壊の原因はひとりの男の暴走だ。

 ゼウスは悪のカリスマというべき存在だった。私兵部隊を組織し、治安維持軍と互角に渡り合ったばかりか、世界を滅ぼす直前まで真の目的を隠し通した。それを唯一見抜いたのは……。


「……エラー、です」


 観念したように顔を俯かせる。メカコッコは気落ちするな、と励ました。


「幸いなことに時間は無限大だ。……私の予想が外れていれば、だが」

「メカコッコ?」


 H232は訊ねたが、彼は答えず作業台へと促した。


「とにかく、まずは装備の換装が先だ。センサーとバランサーの調整も」



 ※※※



 シュノンに言わせれば、その作業は退屈に思えた。いや、つまらないのは作業工程ではない。

 自分が完全に蚊帳の外なのだ。眼前では現在の技術レベルがどうとか、暴徒と化した者たちがヒャッハーだとか、人工衛星との接続リンクがなんちゃらだのという会話が繰り広げられている。

 至極、退屈。技術的な話は多少なりとも混ざれるが、明らかにシュノンの知らない世界の話では、居心地が悪くてしょうがない。


(メカコッコも饒舌に……。あーやだやだ、つまんない)


 台に寝かせられるH232は、起動したマニュピレーターに身体中を弄られているところだった。武装を取り外した後は、装甲の状態を確認するため、ボディを軟化させてくれ、とメカコッコは要請した。


「ボディを軟化?」

「ああ、そうだよ。H232は強度変化が可能な複合物質義体ハイブリッドマテリアルボディを使用している」

「……強度を下げました、メカコッコ」


 H232の応答。メカコッコの言葉が本当なら、先程と変わらないように見えるこの白い身体も柔らかくなっているはずである。

 ここで初めて興味を得たシュノンは、手を伸ばして胸の部分へと触れてみた。

 そして、驚く。柔らかさの中に張りがある。実に揉み応えのあるおっぱい。


「うわー、ホントだ。おっぱいも柔らかい!」

「うむ。H232を創造した私の教え子は、彼女に戦闘面だけでなく日常面のサポートも行ってもらいたかったらしくてね。戦闘時には堅牢な防御力を、生活時には他者に警戒されないよう人間特有の柔軟性を発揮できるよう、調整されているんだ」

「柔らかいと警戒されないの?」


 メカコッコは我が意を得たり、とばかりに上機嫌で説明する。


「H232はそれこそ様々な状況下での稼働を目指して作られた。街に繰り出した時に人々を驚かせないよう配慮したんだよ。業務用ドロイドのようにカチコチとした触感では、自然主義ナチュラリズムを美徳とする人々に不快感を与えてしまう恐れがあったからね。彼女は思考や性格が人間とほとんど差がない。だから、精神を擦り減らす最前線で彼女は癒しとなって戦士を支え、機械の無骨さを嫌う人々には人間的な笑顔を提供し、迷子にはパトロールドロイドよりも柔らかな応対をすることができるのさ」

「いやし……?」


 シュノンにはメカコッコの言葉がいまいち理解できない。特に癒しという部分。

 H232のどこが癒しなのか。人が再三マスターだって言っているのに、全く言うことを聞かないのに。まだセンサー三等兵の方が従順である。

 シュノンが疑問符を浮かべていると、メカコッコはわからないかい? と得意気にくちばしを開いた。――癇に障るニワトリである。


「君はもしかしたら気付いていないかもしれないが、彼女を連れて帰ってきた君は、以前よりも増して活き活きして見える。……クレイドル以来だからね。私としても、君とH232が行動を共にするのはやぶさかではない。が、彼女には自由意思がある。ゆえに……そろそろ胸部から手を離した方がいい」

「なんで?」

「君は他人に自分の胸を長時間触られて平気なのか?」

「あ……」


 ようやく、気付く。

 H232の冷たい視線を。彼女はタチの悪いことに無言で威圧していた。


「ちょ、ちょっと、そんな睨まないでよ」

「睨んでません。区別しているんですよ、市民」

「うえ……」


 怒られるのは久しぶりで新鮮な体験だが、別に大好きってわけじゃない。

 シュノンは苦笑いして、後ずさる。H232は凄まじい眼力を注いでいた。


「そ、そう怒らないでって」

「怒ってませんよ? 市民。ええ、怒っていませんとも。これはただの、カテゴライズです。分類作業ですよ。自分が傍にいるべき人間と、そうでない人間のフォルダわけをしているだけです」

(面倒なドロイド……)


 メカコッコの言わんとしたことがよくわかった。確かに、H232には自由意思がある。

 クレイドルはドロイドは回収した人の所有物になる、と教えてくれたが、H232は別物らしい。彼女は単なる機械ではない。デジタルアーカイブに保存されている映画に出てくるような、活力溢れる登場人物キャラクターだ。

 普通のドロイドではこんな機能、有り得ない。人間に冷ややかな視線を送るなんてことは。


「ま、まぁ、今はお忙しいでしょうし、私は不良品うっぱらったくそったれをボコしてくるかな」

「作業にはしばらく時間が掛かるから、それもいいだろう。……ところで、君はバルチャーに借金を返済したのか?」

「……じゃ、そういうことで!」


 まともに取り合わず、逃げるように工房を後にする。メカコッコが警句を投げた。


「わかっているとは思うが、バルチャーファミリーは」

「ダイジョブダイジョブ、へーきへーき!」


 シュノンは街の中へと繰り出した。目指すは忌々しきくそったれ、アバロのジャンクショップだ。



 ※※※



「参ったね、シュノンには」

「……どうしてあんな子とあなたがいっしょにいるんです? メカコッコ」


 かのドヴェルグほどの高名な科学者が、あのような常識知らずの市民と共にいる理由がH232にはわからない。そも、それを言うならなぜアニマルドロイドにパーソナルデータをわざわざ複写したのかもH232の思考ルーチンでは理解不能である。

 しかしメカコッコは何が面白いのか、コッコッコ……と笑いのような鳴き声を漏らし、


「君もまた、シュノンに好影響を受けているようだ」

「好影響? どこがですか。シュノンには私をスリープ状態から解除してくれたという恩義があります。ですが、だからと言って彼女との主従契約成立には成り得ません。私のマスターは別にいるのですから」

「……結論を急ぐ必要はないし、主従という関係にこだわる必要もないだろう」

「どういう意味ですか」


 武装を全て外し終わり、新装備が格納される。マニュピレーターはメカコッコの指示通り、両手両足の基本武装ノーマルウエポンを整備していく。


「こういうことは当人たちで解決した方がいいのだが、君はこの世界の知識がなく、またシュノンは君がいた頃の世界を詳しく知らない。……君たちの擦れ違いは、そういった認識のズレから起きているものだ」


 盾が左腕部に装着。強度はヴァリアブルアームシールドの時に比べ、五十パーセント減。


「認識のズレ?」

「そうだ。シュノンは君のようなアンドロイドを初めて見た。自我を持つ、人間と何ら変わらないドロイドをね。まぁ、私は例外として、だが」


 右腕の破損デバイスの代わりに、ブレードが搭載される。マニュピレーターが運んできたそれは実体剣だ。レーザーのような光学兵器ではない。こちらも旧来の装備よりも威力の低下は避けられない。


「ゆえに、どう接すればいいかわからない。常識が抜けている、と?」

「そういうことだな。あれも別に君を服従させるためにマスターを主張しているわけではない。君に回収作業を手伝って欲しいのさ」


 左足には多目的ミサイルポッドが仕込まれる。アンチレーザースモークとスタンミサイル。どちらも殺傷を目的とした類ではない。元より無意味な殺傷を好まないH232としてはありがたかった。これがあるだけで、戦術の幅は大きく広がる。

 戦術データベースがシミュレートを行っている間に、H232は質疑応答プログラムを奔らせた。


「回収作業を? なぜです?」

「この街はバルチャーが仕切っている。彼らが人々を外にいる略奪者から守っているんだ。この街に住む人間は彼らに税金を払わなくてはならない。その税金が、シュノンが集めているパーツだ。クレジットではなくな」


 メカコッコが苦渋の声で鳴く。しかし、その話だけでは普通のことにしか思えない。治安は悪いようだが、社会が存在すること自体は望ましい事柄だ。


「問題があるのですか? そのプロセスに」

「……単純に考えてみてくれたまえ」


 メカコッコはかかとにジャンプロケットを装備させながら言う。


「彼女が集めているのは部品だ。共和国時代のな。つまり、千年も前の部品だ。私は持ち前の技術を生かしレストアや製造を行っているが、使える部品よりも使えない部品の方が多くなっている。いずれ回収業は破綻する運命にあるのさ」

「……そこに問題があると? わかりかねます。仕事を失ったのなら、新しい仕事を探せばいい」

「そう簡単にはいかない。今は中途半端な時代だ」


 メカコッコが右腕のスタンモードを試した。電気が奔り、正常に稼働することを確認する。


「ここでは社会が形成されている。いや、集落というべきか。それは共和国時代のような公平な制度ではなく、一部の人間が搾取するという原始的な仕組みとなっている。民に還元されることは滅多にない。形だけ庇護を与え、大量の税金をむしり取る悪代官のような存在だ」

「あくだいかん……?」

「ああ、アーカイブは閲覧していないのか。例えが悪かったね。わかりやすく言うと絶対王政だよ。国民のための国家ではなく、国王のための国家。無論、この制度自体は発展途上の世界において必ずしも悪ではない。が、ここを仕切るバルチャーは世に憚る暴君のように振る舞っている」


 メカコッコが悲哀に満ちた鳴き声をする。H232はまだ見ぬバルチャーへ不快感を示した。共和国時代にも王族はいたが、あくまで民が第一であり王族は二の次、三の次だ。それほど偉大で高潔な人物だからこそ尊敬され、王が王足らしめる。

 王であるから偉大ではない。偉大だから王なのだ。


「バルチャーのやり口はまさに治安維持軍によって存在そのものを壊滅させられたギャングという在り方だな。全てがボスの一存で決まる。ボスが気に入らなければノルマを達成したとしても不当に迫害される。さっきは王などと大げさに例えたが、あの男には猿山の大将が表現としてふさわしい」

「猿でさえ三十世紀には、高度な社会システムを採用していましたが」

「彼らは言わば赤ん坊というわけだね。赤ん坊には教育が必要だ」


 メカコッコは渋声でイタズラ好きな子どものように語る。右足のチェーンソーユニットを最後に作業は終了し、マニュピレーターがそれぞれ格納された。

 作業台から降りたH232は再びメカコッコへ目を落とす。彼はくちばしを上と下でずらした。もしかしたら笑みを浮かべているつもりなのかもしれない。酷く滑稽に思えるが、発声はしない。彼自身は優れた科学者だ――例え外見がニワトリドロイドでも。


「事前知識はこの程度でいいだろう。次は実地試験だ。シュノンと合流し、この街に、この世界について学ぶといい。なるべく交戦は避けてくれ」

「はい、なるべく」

「……本気の忠告だ。君のスペックは旧来の三分の一まで劣化している。そこのところは理解できてるね?」

「当然です。私はバトルサポートドロイドでもあるのです」


 胸を張る。しかし、メカコッコは不安の色を見せる。


「バルチャーには気を付けるんだ。彼らは小規模ながら軍隊を持っている。それに、傭兵を雇ってもいる。凄腕の殺し屋だ」

「殺し屋など、私の敵ではありません。大丈夫です、平気ですよ」


 偶然にもシュノンが言い残したセリフを放って、H232は街へ赴く。メカコッコは心配そうな眼差しをゲートへ向けた。


「大丈夫か、少女たち。ああ、今ほどニワトリ義体を恨めしく思ったことはないよ」

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