第46話 美味しかった

「逃げるつもりは元々なかったでしょう。最後の質問なんか、私を試すとしか思えないですよ。あんな言い方をしなかったら良かったでしょうに」

「どうせ追い詰められていましたよ。私は正真正銘、篝人彦であるのですから」


 篝人彦は左手を額に当てる。


「あなたが無理矢理入って来た瞬間に、私はある程度覚悟を決めていましたよ。しかし、私が篝人彦だと見抜くだけならまだしも、私が犯人であることまで判っているとは思いませんでしたし、実際に行ったあんな突拍子もない現実味のない方法までも突きとめられるとは、想像にさえしませんでした」

「私は昔にも、事件を解決した、なんてことがありましたから、推理力には自信があったのですよ。――そういう訳で、一つ訊きたいことがあるのですが」

「いいでしょう。もう何でも答えますよ」


 人彦は無表情で頷く。


「貴方はゴミ処理場の地下について知っていたのですよね? 氷香さんがいなくなる前から」

「ええ。ある目的のために随分と昔から知っていました。勿論、あの場所に子供がいることも」


「その目的とは、ずばり――死体遺棄ですね」

「……はい」


 やはりそうだったか。

 あの場所にあった、白骨。

 韋宇の見立てでは、一八体分。


 だが、疑問。

 そんなにも、あそこに人が存在するだろうか?


 あの子供達は存在が特殊で、現にあの場には八人しかいなかった。 その二倍以上の数の人間が、さらにいたと考えられるだろうか?


 そして、篝人彦があの場所を知っていたこと。

 この二つが結びつくとすると、ある事実が浮かんでくる。


 それが――死体遺棄。


「あの物置に自分の都合の悪い人物を閉じ込めて殺害し、その死体をあの場所に運ぶ。めったにあることではありませんでしたが、それが私の主な仕事でした」

「どうしてそんなことを?」

「……私は、いわば婿養子なのです」


 カチャカチャと陶器の音を鳴らしながら、人彦は語りを続ける。


「私は、元は猟師でした。ひょんなことがきっかけで彼女に惚れられ、そして――」

「痛覚――もしくは触覚を失くした、と」

「……後者の方、触覚全部ですね」


 あの血の跡を見るに、彼は防音の部屋の外で噛み砕かれている。そして悲鳴を上げなかったという篝氷香の証言からも分かる通り、彼は痛みに反応を示していない。しかも適切な処置を素早く行い、今も病院に行かずに普通にしていることからもそのように考えられる。


「あの女を庇ったせいで失ってしまいました。それでも奇跡的に生きている、ということらしいのですけれどね」


 今回のことといい私はしぶといですね、と人彦は笑いもせず言う。


「それでも、あの時の千里はまだ良かったのですよ。責任を取って自分の会社の重役、そして夫にすると言ったのですから」

「奥さんにそんな権限があったのですか?」

「カガリ製薬は妻が一人で興した会社です。良い意味でも悪い意味でもワンマンなので、文句はなかったそうです」

「そこから、どうして貴方はそんな仕事を?」

「……最初は、私も妻の手伝いをしようと思いました。しかし私は経営の才がなかったようでね。名だけの社長になり、そして――裏の仕事を任されるようになりました」

「それが、死体の始末ですか?」

「最初は戸惑いました。しかし、妻は自分のせいで私をこんな目にあわせたことをすっかり忘れたようで、それをしなければ家から追い出すと言ってきました」


 めちゃくちゃな話ですよ、と人彦は言葉を落とす。


「そうなれば私は無職です。触覚がなければ、漁師には到底戻れません。ちなみに、この店は最近になってやっと建てたものです。当時にはそんなお金も展望もありませんでした」

「だから仕方なく、と」

「最初は死のうと思いました。ゴミのように投げ捨てられていった私の人生。ならばゴミ捨て場にその身を置こうと行った所、偶然、あの場所を発見したのです」

「その場所を――死体を捨てる場所を見つけたから、生きたというわけですか」

「その通りです。ここなら絶対に見つからないし、見つけても彼らのせいに出来ますから。これ以上の場所はありません。こうして私は今まで生きてきたのです」


 生きてきた。

 この台詞は彼が言うものではないのかもしれない。

 図らずも、彼は生かしてきたのだ。

 捨てられた子供達を。

 彼が捨てた死体を、子供達は食した。

 結果、彼らは生きた。

 ということは、双方にギブアンドテイクが生じていたのだ。


「……しかし」


 彼は眼を瞑って首を振る。


「いつものように死体を捨てに行くと、そこには……娘がいました」

「だから口封じに、彼女を殺したのですね」

「殺したつもりでした。しかし生きていて、翌日、腕を半分喰いちぎられました。意識が飛んだようですが、娘が非常口から出て行くのが見えたので、本当に少しの間だったのでしょう。気が付くと感覚どころか、今度は動かせなくなってしまう程の怪我のようで、右腕はただの邪魔な物体に成り下がりました」

「そこでよく、腕を切り落とす決断を出来ましたね」

「それは……咄嗟に部屋に入った時に、きっちりと掛かっていたチェーンソーが落ちたことがきっかけでした」


 神の導きですかね、と軽口を叩く人彦。


「そこからするすると、糸が解けるように頭の上から今回の計画が降り注いできました。私が自由に――篝人彦は死に、篝の名を冠しない私に戻れる、そんな計画が」

「篝千里さんを殺そうと思ったのは、やはり先程の死体遺棄などのことがあって?」

「ええ。チェーンソーで必死に服を細長い紐にしている横で、轟音にも負けないいびきをかいている彼女を見て、最終的に計画を実行することに決めました。そして腕をきつく縛って血が止まるのを確認した後、自分の腕を少々苦労しながら足を使って落とし、彼女に睡眠薬を大量に飲ませ、左胸に刃を押し込みました。後は、貴方が言った通りです」


 ここまでの話を聞いて、私は感心していた。

 右腕を失うという事態に陥りながらも、彼は迅速に適切な処置を施している。自分を社会的に殺すということを突発的に行ったこの計画の危うさを知ってか知らずか、直線的に迷いなく進んできている。もっと安全で、もっと足のつかない方法があったというのに、彼は偶然を利用して――いや、偶然に流されて、色々と無用な危険を冒すことになったというのに。

 結果、彼は私以外の人物に露呈していない。

 計画は大成功だと言えるだろう。

 彼は殺人者ながら、大した人物だった。

 ――そう。

 この言葉さえなければ。



「――

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