第39話 発火の真相

「温めた灯油の中に『あるモノ』を入れる。それを縄か何かで結びつけて、天野さんの腰に巻いておく。天野さんを眠らせる。それだけで時限装置の完成になる」



「説明になっていないぞ」


 得意そうに話す美玖にツッコミを入れる。


「肝心な所が抜けていて、全然想像がつかない。『あるモノ』って何だよ?」

「ヒントは与えたわよ」


 全く、と腰に手を当てて彼女は首を軽く振る。


「敢えて『あるモノ』が何かは言わないで話すわよ。天野さんの腰に結びつけたあるモノ。で、眠らせた天野さんが目を覚ました時――」

「ちょっと待て。目を覚ます? 眠らせておく、じゃなくて?」

「そう。今回の発火のトリガーは、天野さんが目を覚ましたからよ」

「そ、そうなのか?」


 何てことだ、と飛鳥警部補が言葉を漏らす。


「では、やはり天野さんの自殺……」

「――というわけではなさそうだよね、美玖?」

「ええ。至極当然のことよ。――じゃあ質問を変えましょう、警部補さん」


 美玖が飛鳥警部補に問う。


「天野さんが目を覚ますのをトリガーにする仕掛けがある場合、どのような人が得をするのでしょうか?」

「それは、時限式なので、その場にいない人……はっ!」

「そういうことです」


 呆れを明らかに隠した様子で美玖は続ける。


「天野さんは自殺ではなく、他殺です。目を覚ました時に灯油の中に居たら、流石に動揺して外に出ようとするでしょう。つまり――湯船から出ようとするはずです」

「そうなった場合に発火する……まさか!」


 飛鳥警部補の目が見開かれる。


「静電気によっての発火だっていうのかい!?」

「違います」


「……」

 勢いよく発言した飛鳥警部補の動きが、美玖の否定と共にピタリと止まる。


「確かに静電気でも引火する可能性はありますが、状況的に、意図的に静電気を発生させるのは難しいかと思います」

「確かに……灯油とはいえ液体が充満して乾いてはいないから難しいか……」


 そうなのだろうか?

 灯油を湯船に張っていると乾いた空気にならないのだろうか?

 ――と疑問に思ったが、議論の価値はないと判断して、黙り込んで美玖の言葉に耳を傾ける。


「ならば一体、どうやって発火させたというんだ?」


「先程述べた『あるモノ』が湯船から出た――空気中に触れたからです」


 美玖は一つ息を吐き、解説する。


「空焚きということから、恐らくは湯船の温度を保てる形の浴槽だったのでしょう。安全機能があると思うのでそんなに高温にはならないでしょうが、四、五十度くらいまでは上がるでしょう。そこに、発火点温度がかなり低い物質が入れられており、周囲温度によって物質自体の温度も上がった状態で空気に触れ、そして発火した。――これが原理です」

「そ、そんな物質などあるわけが――」


「……、か」


「正解だ、久羽」

「ここまでヒントを出してもらって、ようやく理解したよ」

「さすがにここまで言われれば誰でも分かるか」

「いやいや、まだ分からないんだけど……」


 飛鳥警部補が眉間に皺を寄せる。


「リン、って何だい? 鈴?」

「リンは元素記号Pのリンですよ。マッチの表面に混ぜられているモノ、って言えば想像つきやすいですかね」


 美玖の説明に飛鳥警部補は手を打つ。


「ああ。しゅっとするやつか。いやー、化学はあんまり得意じゃなくて、パッと思いつかないもんだね。あれならすぐ火が……あれ? でも、マッチを間違って水に浸しちゃったことあるけど、燃えなかったぞ?」

「マッチのは一般的に『赤リン』ですからね。発火温度が低いのは『黄リン』です。発火温度は大体三十五、六度近くだった記憶があります」

「そんな低いのかい!? 危ないじゃないか!」

「危険なので、水を溜めた容器の中で保存するそうですよ。当然、一般人が入手するのは困難な品です。入手できるとしたら、化学系の研究室がある学校から盗み出すくらいじゃないですかね」


「ちょっと待ってくれ、美玖」

 さらりと述べられた言葉に僕は反応する。


「ということは――」


「――失礼します!」


 と。

 唐突に扉が開き、制服姿の警察官が入室してきた。


「何をしている! いきなり許可も無く入ってくるなんて常識外れだぞ!」

「も、申し訳ありません! ですが並茎警部から至急、飛鳥警部補に伝言を依頼されて……」

「並茎警部から?」

「はい!」


 乱入してきた警察官は、怒られたことから焦った様子でその内容を口走る。



「今すぐ杉中邸に関係者を集めるように! 今回の事件の真相についてそこで語られます!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る