第33話 思わぬ再会

 聞きたいことも全て聞けずに事情聴取が終わってしまった。


(……まあ仕方ないか)


 そう諦観しつつ警察署を出る。

 と、そこで携帯電話が震えた。

 メールだ。


『あたしも警察に呼ばれた。聴取内容を合わせるので可能だったら近くで待ってて』


 暇だし、聴取自体もそんなに時間が掛からないだろう。

 ならば、と周囲を軽く歩く。

 すると、ちょうどいい感じの喫茶店があったので入店し、コーヒーを注文して待つことに決め、メールを返信する。


『了解。近くの喫茶店にいるから終わったら連絡して』

『分かった。あとショートメッセージじゃなくてメールアドレス教えてよ。めんどい』

「……え?」


 思わず声が出てしまった。

 これってメールじゃなかったのか。

 今まで使ったことがなくて分からなかった。

 恥ずかしさ半分、利便さを追求するのを半分で、僕は必死にメールを使うためにマニュアルを読んだ。何とか自分のメールアドレスを設定することができたのは、せっかくのコーヒーが冷めてしまった後だった。

 と。


「あれ? 伊南さんじゃないっすか」


 声を掛けてきたのは、見覚えのある中性的な少年だった。


「左韻」

「お久しぶりっす。といっても二日ぶりっすけどね」


 夏なのに少し厚めの服だ。暑くないのだろうか。

 彼はコーヒーを手に持ちながらと問い掛けてくる。


「相席いいですか?」

「……いいよ」


 一瞬、デジャブかな、と昔の出来事がフラッシュバックしそうになった。

 吐きそうな気持ちを必死に抑え込む。

 まあ、嘘だけど。

 あの時のは、今よりも全然、トラウマになるような出来事ではない。


「伊南さんも警察に呼ばれたんすか?」


 相席した直後、左韻が問うてくる。


「っていうかそうっすよね、この店にいるってことは」

「そうだけど」

「あっ……」


 左韻は唐突に口元に手を当て、気まずそうな表情になる。


「この度は、なんというか……」


 ああそうか、韋宇のことか。

 忘れていた訳ではないが、自分の中で予想外に気持ちを切り替えていたので、左韻のトーンが下がった理由を測りかねていた。ぶっきらぼうに返してしまったかもしれない、と一瞬だけ思ったりするくらい。


「あー、うん。もう僕は整理ついているから。ありがとう」


 ありがとう、というのもおかしい気がするが。


「それより」


 それより。

 その言葉の先を告げようとしたのを瞬間的に止めた。

 ――お前、次に狙われる可能性が高いぞ。

 口にしようとしたそんな言葉は、あまりにも唐突過ぎる上に意味が判らない。きちんと順序立てて説明しなくては相手も鼻で笑うだけだろう。


(……あ、そういえば)


 忘れていた。

 その為に左韻の連絡先を聞き出すことを目的としていたにも関わらず、つい先程まですっかりと抜けていた。左韻に偶然出会えたのは本当にラッキーだった。後で連絡先を聞いておこう。

 そんなこんなで内心は非常に焦っていたり考察したりしているのを隠しつつ、危険を知らせる、連絡先を訊く、という方向へと話を持っていくべく口を開く。


「さっき『警察に呼ばれた』って言葉だけど、左韻も事情聴取は終わったの?」

「あ、そうっす。とはいっても、一昨日の夕方どこにいた、って訊かれただけっすけどね。まあ、家にいたって言ってもあんまり信用してもらえなかったみたいっすけど」


 左韻もアリバイなし、ということか。


「やっぱり韋宇さん殺害の疑いを掛けられているってことっすよね」

「左韻だけじゃなくて、あの日土の殺人事件に関わっていた人全員が容疑者だと認識されていると思うよ」


 思うのではなく実際そうであるのだが。


「でも、あれっすよ。俺が一番疑われているんじゃないかと思うっすよ」

「何で?」

「だって日土さんと揉めたのって、俺と韋宇さんじゃないっすか。で、韋宇が殺害されたってことは、揉め事を起こした残りは俺しかいないじゃないっすか」

「いやでも、揉め事って言ったって、ちょっとした諍いじゃないか。しかもあっちが意味もなく突っかかってきたんだし」

「まあ、当事者からすればそういう認識っすよね。でも、警察はそう捉えていないぽいっすよ」

「何かあったの?」

「んー、雰囲気、っすかねえ。なんか、そういう感じがしたっすよ。なーんか、俺に余計に探りを入れているような、そんな感じが」

「ああ、それは違うんじゃないかな。多分、次に狙われる可能性が高い、っていうように思われているんじゃないかな?」

「え? 何でっすか?」

「この事件って、あの杉中さんの婚約者騒動に関係があるのは明白でしょ?」

「そうっすよね。流石にこの短期間に二人関係者が殺害されれば」

「で、殺害された二人は杉中さんの婚約者候補からほど遠い二人だった。韋宇は辞退したし、日土は選ばれるような人間じゃなかったからね」

「確かにそうっすね」

「そうであれば、次に狙われる人間はおのずと分かってくるだろう?」

「ああ、確かにそれだと俺になるっすね。納得っす」


 左韻は首肯してコーヒーを一啜りする。


「……なんか焦ったりとかしないんだな」

「うーん……実感湧かないっすからね。狙われているって感じもしないし」


 にしても落ち着き過ぎな気がする。

 左韻の態度はあまりにも怯えが見え無さすぎる。


(……そう言うと、自分にブーメランが返ってくるな。実際、つい昨日に襲われたのにこれだけ無防備なんだし)


 自分の場合はこういう経験を数多くしてきたからなのだが、もしかすると左韻も同じなのかもしれない。

 ならば、あまり深く追求しないようにしよう。


「まあでもあくまでそれは僕の予想だから、もしかしたら全く違うかもしれない。不安を煽って申し訳ない」

「あ、いやいや。流石に関係者が殺されているので警戒はしているっすよ。だから言われなくても不安に思っているから大丈夫っす!」

「それって大丈夫なの?」

「……どうなんすかね? 自分で言ってて矛盾していることに途中で気が付いたっす」


 あはは、と控えめな笑顔を向けてくる。

 ……しかし本当に中性的だな。

 きっとモテるのだろう。

 どうでもいいことだけど。


「とりあえず警戒だけはしておいた方がいいと思うよ。僕とか美玖とかの婚約者候補に関係ない人間とは別で、左韻は辞退したとはいえ婚約者候補だったんだからさ」

「そうっすね。気を付けるっす。あ、いざとなった時に連絡できるよう、連絡先教えてもらえないっすか?」

「ああ、その方がいいな」


 携帯電話を取り出し、連絡先を交換する。ついでに左韻に「このアプリ入れておいた方がいいっすよ」と紹介されたコミュニケーションアプリも入れておいた。


「これで一時間経っても既読にならなければ俺が襲われていると思ってくれっす」

「そういうもんなのか?」

「そういうもんっす。俺には友達が少ないんで通知来たらすぐ見るっす!」


 僕だって友達が少ないんだが、友達になると一時間以内に見なくてはいけないのか。友達って厳しいな。

 なんてどうでもいいことを思っていると。


「……何いちゃついているのさ」


 じとっとした声が横から投げられた。


「ああ、美玖。事情聴取終わったのか。お疲れ」

「お疲れ。……っていうか、何で左韻がいるのさ」


 微妙な顔をしている美玖に対し、左韻は「どもっす」と片手を挙げる。


「たまたまっすよ。事情聴取の後に喫茶店に入ったら見掛けた、ってやつっす」

「そうなのね。まあ、ちょうどいいわ」


 美玖はそう言うと、人差し指を店の外に向ける。



「左韻。あんたの家まで行くわよ」

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