異世界、配下軍団募集中です。

綿鳴

第一章.配下募集

第1話

「本当に済まないとは思うが、今日から君には魔王として尽力してもらう事になる」

「は・・・・・・?」

 ポトリ、握っていたゲーム機のコントローラが音を立てて床に落ちる。

 ゲームの世界で冒険中だった俺を一気に現実世界に引きずり戻したのは一人の男だった。

 真っ黒なローブに全身を包んだ、身長190cm程はありそうな偉丈夫。

 堀の深い顔立ちをしているが、欧米人の様な顔では無い。日本人の顔だ。

「おい? 聞いているのか?」

「・・・・・・」

 俺は押し黙った。

 確かに見ず知らずの人が部屋に居れば、驚くこと間違いないだろう。

「いやああああああああああ!!」とでも叫ぶのが普通なのかもしれない。     

 だが、今の俺はひどく落ち着いていた。

 なんというか、この男から殺意などの気配を感じない。

 それよりも何故か懐かしさの様なものを感じていた。

 しかし、何なのだろう。

 この、いきなり他人の部屋に現れたかと思えば、魔王がどうとか言い出す変人は。

 空き巣? 中二病の空き巣か?

 ならばやるべき事はただ一つ。警察に通報だ。

 ストン

 部屋から逃げ出そうと手にかけたドアに、銀に反射する金属が深々と突き刺さった。

「逃げようとするなよ? もし、逃げ出せば・・・分かるな?」

「おふう・・・・・・」


 先程まで窓からほのかに入ってきていた街の光も今となっては入ってくるのは月明かりだけとなった。

 時間帯は深夜、丑の刻。ゲーマーやニートが一番活発になる時間帯だ。

 しかし、そんな時間にゲーマー引きこもり俺は自分の部屋で正座をさせられていた。

「悪い話ではないだろう?」

 男がニヤリと笑う。

「はあ・・・」

 俺はその問いかけに返事、というより相槌のようなものを打った。

 この不審者はこの世界とは異なる世界、つまり異世界というものが存在し、自分がそこの魔王だと言っている。そして、二代目として俺に魔王の地位を継がせたいらしい。 

 本当に意味が分からない。

 中二病をこじらせるのは勝手だが、それに他人を巻き込まないでほしい。 

 だが、こいつがいきなり現れたことやこの変な服装と頭の角。

 本当に異世界があると信じれなくもない。

「えーっと、何で俺なんですか?」

 一応話しを聞くことにした。

「おお、継いでくれる気になったか!」

「いや、そうじゃ無いですけど・・・」

 こいつ、話が通じないタイプの人だ。

 俺の否定を無視し、自称魔王は満足気に頷くと理由を言い始めた。

「いや、最近まで俺も魔王として現役だったのだが、ある病を患ってしまってな。遂には死んでしまった。しかし、それでは魔王が存在しなくなってしまう。それは本当に困るので後継者を探すことにしたのだ」

 いやいや、尚更意味が分からん。

「えー、何で死んだのにここに居れるんですか?」

 あまりにもぶっ飛んだ話しだったので、俺は顔をひきつらせ気味に再び尋ねた。

「今の俺は霊体のみの存在。まあ、そこら辺の話しをしていると時間が無くなるのであっちに行ってから説明してもらってくれ」

「あっち?」

 あっちってなんだよ。

「我が住んでいた世界の事だ」

 魔王(?)がはてなといった表情をする。

「いやいや、行きませんよ!?」

 俺がそう全力で否定すると。

「何!? 行く気になっていないのか!?」

 魔王(笑)が目を大きく開き、驚いた顔をする。

「なってるわけ無いでしょう!?」

 知らない人にはついていかない。まあ、俺の場合知り合いが殆どいなかったんだが。

「良いだろう!? お前にはもうこの世界に未練は無いのだし」

「あるわ!! 勝手に決めつけんなよ!」

 とは言ったものの実際の所はこいつの言う通り未練というものはあまり無い。あってもゲームやアニメ位のもんだろう。

 小中高ともずっとイジメに逢っていた俺は、何度か死にたいと思うこともあった。

 父は俺が幼い頃に失踪し、母は俺が中学生に上がった頃に別の男と再婚した。相手も子持ちで、その子は俺とは違ってとてつもなく優秀な子だった。聞き分けも良く愛想の良い義弟、それに比べて偏屈でひねくれている俺。

 その内俺はだんだんと家族からも排他されるようになった。

「さあ、いいから早くいこう。ここより良い世界に連れていってやる」

 魔王(変質者)が俺の腕を掴み、何処かへ引っ張って行こうとする。

「ちょ、この不審者!? まじで警察に通報すr・・・・・・」

 俺の言葉は途中で遮られ、視界も暗転した。

 

 ○


「ここは、一体・・・・・・」

 魔王に拉致られて来た場所は何もない空間だった。

 見渡す限り白。それ以外何もない。

 本当だった。魔王かどうかはともかく、こいつの言っていた事は本当だった。

「ようこそ」

 不意に背後から声が掛けられる。

 驚いてしまった俺は、反射的に体を半回転させ後ろを振り向く。

 そこに居たのはブロンドヘアーのお姉さんだった。背中からは天使の様な純白の羽が生えていた。

「山本正彦さんですね」

 にこにこと微笑みながらお姉さんが尋ねてくる。

「いや、違いますけど」

 即答する。

「えっ」

 えっ、じゃないだろ。誰だよ山本って。

「どういう事・・・!?」

 お姉さんが先程までの落ち着いた態度とは一変して、オロオロし始める。

 どういう事でしょうって、こっちが聞きたいわ。

 すると、お姉さんは何かに気づいたのか俺の方に指を指しすっとんきょうな声を上げた。

「ああああああああ!! 貴方が何でここにいるんですか!?」

 厳密に言えば俺ではなく俺の横にいた魔王に指を指していた。

「テヘペロ!」

 隣のおっさんが顔に似合わない言葉を発す。

 うん、キモいわ。

「テヘペロじゃないですよ!! 貴方、死んだでしょ! 勝手に動き回らないで下さい!」

 お姉さんが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「おい、お前あそこの穴に飛び込め」

 激昂するお姉さんを横目に魔王がこそりと耳打ちをしてくる。

 見れば先程まで何もなかった筈の空間にぽっかりと穴が空いていた。

「嫌だよ。俺を地球に帰せ!」

 反抗するも虚しく、俺はジャージの襟首を掴まれ、

「えっ、ちょっ!?」

 漆黒の穴の中に放り込まれた。  

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