第6話.決行前

「ん・・・・・・」

 童話に出てきそうなベッドの上で目が覚めた。外は明るいとは決して言えるものでは無いが、たぶん朝だ。

 ここでそこそこの回数の朝を向かえた。この辺りは昼夜を通して暗いが、若干の違いは見分けれるようになってきた。

 コンコン。

 上半身を起こした状態でボーッとしていると、心地よいリズムを刻んでドアが叩かれる。

 時に忘れることがあるのだが、俺は魔王だ。人の上に立つ者だ。ということは俺に仕えるものがいる。俺の為に働く者、命を張る者、そして俺に奉仕する者(性的な意味で)の一人や二人はいるはずだ。 

 そう、朝のあんなことやこんなことの御奉仕があってもおかしくない。

 ガチャリとドアノブがひねられる。

 ゆっくりと、豊満なバディの女性が姿を現した。

 現したら良かったなあ。

「魔王様、ガラルです。モう朝ですヨ」

 妄想は妄想。現実はこんなもんだ。


 ○


 昨日、アトリスに全てを聞いた。

 単独で領主の家に押し入ろうとしたことと、その理由。理由は魔王である俺に負担を掛けたくなかったらしい。

 まあ、アトリスにそう思わせた元凶は駄々こねてた俺なんですけどね。

 そういうわけで俺も一緒に領主宅を襲撃しに行く。今後アトリスに負担を掛けない為にも俺は積極的に魔王活動、魔活に精をださなくては。

 それに、アトリスは領主が自分を売り飛ばそうとした元奴隷商の男だということ知らない。教えれば良いと思うかもしれないが、そうはいかない。私情を挟むと何か悪いことが起こりそうな気がするのだ。

 しかも押し入ると言っても、ほぼ空き巣のようなものだ。そっと家に忍び込んで、そっと金目のものを盗んで、そっと退散する。

 とにかくアトリスと領主が会わないようにすれば良いのだ。 

 作戦内容などはまだアトリスから聞いてないがたぶん大丈夫だろう。

 ヴァルファスは大きな街だとも、警備が堅いだとも言っていなかった。バレなければどうということは無い筈だ。 

 今日の夜決行する。それだけは確かだ。

 そういうわけで俺は今夜のために色々と準備をしていた。 

  

「えーっと・・・」

 魔王城の地下には牢獄と、製薬室ポーションルームがある。

 製薬室ポーションルームには様々な道具が備わっており幾つかのポーションも当然のごとくある。

 数は少ないが種類はそこそこだ。

 

「なあアトリス、このポーションって何だ?」

 俺は棚に陳列してあった、こ洒落たガラス瓶を手にとった。

 中には空色の液体が真ん中辺りまで入っている。 

「それはクールポーションですね。飲んだ者は常に思考判断が冷静になり、外見的な凛々しさも増します」

 おお、何か微妙なポーション。

 冷静になる効果ってどうなんだろう。まあ死と隣り合わせの状況では常に冷静さが必要だし、そう考えると結構使えるのかもしれない。

 俺は三本ほどクールポーションを棚から取り、アトリスから貰った革のバッグに詰めた。

 アトリスに大体のポーションの効果を聞いたが、どうやら回復させるようなポーションはありそうに無い。

 製薬室から立ち去ろうとすると、俺の目に一本のポーションが止まった。

 中には橙色の液体が入っており、他の瓶よりも一際高級そうな作りをしている。

「それはハイポーションですね」

 アトリスが察したのだろう、ポーションの名前を言った。

 ハイポーション、と言えばあれだよな。回復薬の中でも上位の回復薬。みたいな感じのポーションだ。

 アトリスが効果について説明しそうだったが、俺はそれを手振りで断った。

 ここでやっとまともなポーションを手に入れることが出来た。俺はハイポーションもバッグに詰め、製薬室を後にした。


 ○

 

「では作戦を説明します」

 魔王城の一室、作戦会議室にアトリスの声が響き渡る。

 今から今夜決行する領主宅空き巣作戦の説明がアトリスによって行われる。

「作戦はいたって単純です。まず、トオル様とガラル殿、バサレ殿、ゴーン殿の四方で街の門前で騒ぎを起こしていただきます。夜ですので衛兵達も少なく、対応が追い付かずに混乱状態となるでしょう。そこで私が領主宅に侵入し、金品を奪って参ります」

 なるほど。要するに、俺達四人が相手の気を引き、その間にアトリスがこっそり金を奪って来るということか。

「トオル様達には危険な役を押し付けてしまいますが宜しいでしょうか?」

「あ、ああ大丈夫だ」

 嘘。本当はめちゃくちゃ怖い。が、のりこえないといけないからな。

 ガラル達もコクりと頷き、了承したようだ。

「有難うございます。では今から出発致しますのでご準備を」

 

 ○


 いくつもの地を踏む音が辺りに響く。 

 魔王城を発ってから早三時間ほど、やっと暗黒の森を抜けることが出来た。 

 魔王城は巨大森林の中のひとつ、暗黒の森に位置している。

 巨大森林とは主に四つの森林からなる大規模な森林だ。

 

 草原のような地形が所々に広がる草原の森。

 巨大な岩や石が多く、鳥類系の魔物が生息する岩石の森。

 四つの森林の中で大規模な面積を誇り、オークの里がある大迷宮の森。

 そして、魔王城のある、昼夜問わず暗く、入れば最後生きて抜け出せないと言われる暗黒の森。

 これらの四つからなっているのが巨大森林だ(アトリス談)。

 近隣では一番危険度が高い森らしく、人は余り寄り付かないらしい。 

 しかし、オークの里が襲撃された。

 アトリスに聞いたところ、あの集団は狩兵と言う領主に仕える兵士らしい。

 特に計画や目的を持たずに、森などに長期間潜伏し、出会った魔物達を殺すのが仕事だそうだ。

 で、たまたまオークの里が見つかって仕舞ったらしい。

 しかし、あの狩兵達は皆殺しにされたはずだから、特に心配することは無いだろう。

 それに、生きていたとしても大迷宮の森からは抜け出せないだろう。


 今俺達が歩いているところは草原の森。他の森に比べても普通に歩きやすい。

 狂暴な魔物もあまりいないらしく、四つの森林の中では一番安全だ。この森を抜ければ、巨大森林から抜けたことになる。後はひたすらまっすぐ歩くだけらしい。

 そうすれば街道が見えてくる、そしてまたその街道をひたすら歩くと、やっと目的の街、スーペに着くらしい。

 このままのペースで行くと深夜に差し掛かる時間帯に到着するらしい。

 勿論休憩を入れてだ。 

 そうでもしないとアトリスやガラル達はともかく、俺が道端で死ぬことになる。

 草原の森はガラル達、オークの方が詳しいらしく、「私たちガ、先導シます」とガラルが片言でいい、数歩前を歩いていった。

 アトリスの知識は五年前の知識で、五年間篭のなかにいた。

 ガラル達の方が色々と詳しいのだろう。


「なあ、アトリス。前々から思っていたんだが、オークって、ヒトの言葉を喋れるのか?」

 いや、現に今喋っているのだが、大体片言だ。何より魔物がヒトの言葉を喋ること事態少し、いや結構おかしいと思う。

「はい、オークの里を創られたヴァルファス様は、ヒトの言葉や文化にとても関心がおありでして、独学でヒトの言葉を覚えられたのです。また、他のオーク達にも言葉を覚えさせました」

 

 まじかよ。どんなオークだよそれ。

 ヒトの言葉を覚えるって、頭が良いとかそんな次元じゃ無い気がする。 

 そしてそれを広めるって、学業熱心にも程があるぞ。


「今、あのオークの里では単純な武力だけではなく、学力、礼儀作法も地位や力を表す大きなステータスとなっているのです」

 

 どこのお嬢様学校だそれ。

 ガラル達がやけに礼儀正しくて、言葉を話す事ができる理由が、今やっとわかった。

 

 前を進む三人のオーク達の背中がとても大きく見えた。


 ○


「これが・・・・・・」

 時間帯は大体深夜に差し掛かると言った所だろう。辺りは闇に染まり、かろうじて仲間達の姿形が確認できる。


 目の前には七メートル程は有るであろう石壁が立っていた。

 門近くには見張りの一人も居らず、警備の薄さが見てとれる。

「やはり、五年前と状況は変わっていませんね。これであれば、楽に終わるでしょう」

 アトリスが緊張している俺を励ますように言った。

「では、後はお任せしました」

 アトリスは真剣な顔付きになり、腕が黒い殻の様な者で被われた。

 そして、大きく脚を屈伸させ、人とは比べものになら無いほど、高く跳躍した。

 しかし、いくら高く跳んだといっても、壁を越える程ではない。精々三メートルだろう。

 だが、アトリスが墜ちてくることは無かった。

 鋭い爪を壁に差し込むと、ロッククライミングの様にして、軽々と壁をよじ登った。

 そして、飛び降りたか、屋根に乗り移りでもしたのだろう。アトリスの姿は消えた。

確か前にアトリスは『スキル』が使えるとかなんとか言っていた。

多分侵入には成功するだろう。


あとは俺達の腕次第だ。


俺もずっと呆気にとられている訳にもいかないので、一つ深呼吸をし、ガラル達とアイコンタクトを取った後、ゆっくりと街の門を開けた。



「賊共を討て!!」

 門の先にいたのは、槍や弓を構える、幾人もの兵士達だった。


「え?」

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