バスの中で
時間帯のせいか、中央病院へ向かうバスは空いていた。
俺は整理券を取ってから一番後ろの席に座ると、スマホからLINEを起動する。バスが動き出す。
トークの相手は雅比だ。
多少なりとも乗客が乗っている中で、おおっぴらに会話するわけにもいかない。
[なにかいい案思いついたか?]
当たり前だが一瞬で既読になる。
しかし返事がない。
ここ数日のこともあり、イラッと来て更に打ち込む。
[返事しろよ、雅比]
しかしみやびって打ちにくいな。
なんで二文字なんだ、一文字で十分だろうに。
意味あるのかよ。
つらつらとそんな事を考えていると立て続けに返事が来た。
[すまぬが何もない]
[ワシにできる事はなにもなさそうじゃ]
[色々考えてはみたのじゃがなにも出てこぬ]
奇しくも先ほどの久住と同じような答えだった。
どう返事をしようか迷う。励ましてやるべきだとは思っているのだが。
[いや何もないってことはないだろ]
なにかあるはずだ、と続きを打って送信ボタンを押そうとする指が止まる。
なにかってなんだよ。この三日間で俺はなにかできたのか?
自分の中で言葉が上滑りする。
雅比は俺が打ち込んだ文字を読み取ったようで、
[なにかを思いつけばそうしておるとも]
[出雲議会へ陳情することも考えたが、そもそも党が味方をしてくれぬ]
[狐神稲荷党を頼ろうとも、かの神を止めるには至るまい]
具体的な提案を返すこともできず、指が宙をさまよう。
[どうあがいても無駄じゃ]
しかしその一言は許せなかった。
身体の奥底から沸きあがってきた獰猛な熱が頭と胃袋を同時に焼き尽くす。
「お前いいかげんにしろよ!」
怒鳴りつけた。
突然キレはじめた俺に、居合わせた乗客たちがぎょっとした顔で振り返る。
構うもんか。
「いつまでもぐじぐじふて腐れてるんじゃねえよ! 自分から勝負はじめておいて勝手に敗北宣言するとかどんだけだよ!」
『しかたなかろう! 他になにをやりようがある!』
「思いつかないことを責めてるんじゃねえよ! 思いつく努力を投げ出そうとしてることを怒ってんだよ! お前の覚悟はそんなもんだったのかって聞いてんだ!」
くそッ、めちゃくちゃムカつく!
「――なあ、俺はな雅比、俺は感動したんだぜ! 蝉川彦に会いに行ったときお前が話してくれた計画に! こんなすげえこと考えるとかとんでもねえやつだなってよ! 面白そうだ、こいつを手伝おう、ってそう思ったよ! なあお前にとってもチャンスなんだろ! それをこんな簡単に諦めていいのか!? それでいいのかよ!?」
ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえた。
『悔しくないはずなかろう!? いいはずがないではないか!? じゃが…………っ』
バスの中に沈黙が落ちる。
頭のおかしいやつとでも思ったのだろう、乗客たちはもうこちらを見ようともしない。
運転手がどこか遠慮がちに病院へ到着することを告げる。
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