第51話:経験―Settlement―

 ギアスーツデッキで待っていたスミスに手を振る。スミスは昨日の事もあってか少しよそよそしい。仕方のない事だ。それぐらいニーアだって解っている。

 ニーアはあくまで気にしていない素振りを見せた。ここで暗くなってはいけない。決めたのだ。自分の道を。在り方を。やり方を。だから、胸を張ってスミスに相対する。


「おはよう、スミス」

「お、おは……よ」


 やはり緊張をしている。そんなスミスにニーアはコホンと咳払いをして、深呼吸をした。ここから先は、あくまで明るくだ。自分の中にある虚ろなあの風景なんて思い出さずに。面と向かって、誠実に。それこそが自分であると信じるために。


「昨日はごめ――――」

「ごめん!」


 ニーアが意を決して謝ろうとした瞬間、その言葉をスミスが頭を振り下ろして遮った。その言葉は、ニーアがスミスに言おうとしていた言葉と同じ、謝罪の言葉。

 タイミングが同じで、尚且つ言おうとしていた事も同じで。そんな状況になってしまったら、お互いがお互いを見やり、きょとんとしてしまう。しばらくの沈黙。でも、ニーアはそんな滑稽な事に笑わずにはいられなかった。


「はははッ! そんな声をでかくしなくてもいいでしょ」

「し、仕方ないだろ! 気にしてたんだよっ!」


 腹を抱えて笑うニーアに、むきになって顔を赤らめるスミス。そんなスミスに、少しの笑いを残しながらも、真剣な表情で微笑んだ。


「解ってたよ。スミスは僕のためを思って言ってくれた。僕、変に悩みすぎちゃってたみたいだ」

「……ニーア」


 ニーアはそう言って恥ずかしそうに髪の毛を掻く。これまでの自分の在り方は間違ってはいなかったかもしれない。でも、それだけじゃダメなんだって、ニーアはそう結論付けた。

 だから、せめてもう少し、気楽に考えよう。変に突き詰めて考えるからダメなんだ。それに、自分の事を信じてくれる人がいるのだから。


「だからさ、スミス。僕は君が言った言葉も嘘にはしない。生きて帰る。そのために努力するし、何だってする」

「…………」

「お願い、スミス。僕と一緒に戦ってくれないかな?」


 ニーアは戦場で。スミスは彼を送り出すために。二人でいるから戦える。海賊の時には考えもしなかった事だ。でも、アルネイシアでスミスと知り合って、ホウセンカで戦って、スミスがいたからニーアは生きている。

 ニーアはスミスに手を伸ばした。ニーアがヒューマに教わった、共に戦う誓い。アルネイシアでそれを知り、ホウセンカで一度スミスと交わし、そして今。今度はニーアがスミスと交わす。


「……バカっ!」


 そんな事を言われてしまったら、そんな手を差し出されてしまえば、断る事なんてできやしない。彼は自分を頼ってくれる。自分もまた彼に頼る。そんな素敵な関係を、ここで失うなんてあり得ないのだから。

 力強く、まるで縋るように両手でそのニーアの手を握りしめる。ニーアはそんなスミスの小さな手を、優しくもう片方の手で包み込んだ。



     ◇◇◇◇



「ニーアが言っていた、絶対に倒したい相手の事を考えていた」


 和解をした後、再びあのデッキにあるギアスーツの開発会議室で、スミスは腕を組みながら資料をニーアに渡した。そこに載っていたのは、ニーアがアルネイシアで戦闘をした時の映像の一部だ。

 青と黒。左右非対称のギアスーツ。史料には、内部フレームや装甲の配置などを加味した上での推測として、あの機体は一世代前のアークス型だとされていた。


「カルゴのヘルメットに残っていた映像記録を元に考えてみたんだ。ニーアが固執する敵の正体」

「レイン・カザフ、って名乗ってた」

「それも記録に残ってた。残念だけど、その名前を調べても情報は出てこなかった。けど――――」


 スミスはニーアに渡した資料とは別の資料を手渡した。履歴書。もしくは人物のパーソナルデータ、というべきか。様々な情報が載っている中、資料に目立つように存在する画像。そこに描かれていたのは、若い金髪を伸ばした碧眼の青年であった。

 ニーアはその顔を知っている。いや、この画像そのままではないが、少なくともこれに類似した物を記憶していた。


「教導官、カラー、そして機体特徴で調べればある程度の見当がつく。ツバキさんとトロイド博士に手伝ってもらって、世界機構のデータベースで探し出したんだ」


 レイン・カザフ。いや、本名は別にある。だがニーアはそれに目もくれなかった。ニーアにとって、あの敵はレインであるのだから。本名なんて関係ない。

 経歴、実力評価、戦績……スミスが見つけ出してくれた戦闘に必要な情報のみを頭の中に加えていく。

 ある実験部隊の部隊長であったその男。レインは十五年前……世界機構設立当初から軍に関わっていた人物である。データによれば、当時まだ試作型であったカルゴのテストパイロットも務めていたほどの人物であったようだ。それほど優秀で、そして信頼があったのだろう。

 だが、そんな輝かしい経歴の持ち主であった彼も世界機構の軍縮の波に押し流されたのだろう。その経歴の最後には長々と上っ面だけの理由が書かれた上で退役、とされていた。


「あいつは強敵だ。経験は豊富だろうし、使用しているのはアークスという古い型だけど慣れている。たとえ性能がカルゴよりも低くても、乗り手の腕が性能を上回る可能性もゼロじゃない」

「僕では勝てない?」

「正直、な。それを支えるべき技術者であるオレでも、参ったと言いたいくらい」


 スミスはそう言って溜め息を吐いて俯く。だが、チラリと片目を見開くと、そこにはニーアの諦めを感じない瞳が映る。ここで諦めてくれれば、スミスにとっては嬉しい事であった。ニーアが生きて帰ってくる可能性が大きく上がった。逃げろ、戦うなとハッキリ言ってやれる。

 でも、ニーアはここで立ち止まってくれないのだ。前に進もうとする。たとえそこに越えられない壁があっても越えようと進むだろう。ならば、それを助けるのがスミスの仕事なのだから、俯くのを止めて真っ直ぐにそのニーアを見やる。


「経験の差じゃ絶対に勝てない。だから、オレができる限りの改造を施す。カルゴはアークスの次世代機。性能差でその経験の差を埋めてみせる」

「頼む。僕にできる事なら何でも言ってよ」


 ニーアのその発言にスミスはしばらく思考を巡らせる。これからも、ここから先も、二人で作り上げていく。だからこそ、それには名前が必要だ。


「名前を決めてくれ。生きて帰ってくる、その願いを込めてさ」

「名前かぁ……」


 ヒューマにも勧められた機体の名前。これからの戦いにおいても、ニーアを守り戦う力を与えてくれる相棒なのだから、名前ぐらい付けてやってもいいのではとニーアも考えていたが、いざ付けてくれと言われると思いつかない。

 ニーアのうーん、と腕を組み思考を巡回させている様子を見て、これは今日は決まらないなと悟ったスミスはまた小さく溜め息を吐く。でも、その溜め息は先程と違って明るいものであった。

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