第40話:矛盾―Ray―

 ターゲットロック、砲撃開始。その思考が脳を駆け巡った瞬間、全身に感じるのは肉体に多大な負担をかける砲撃による反動。両腕のガトリングガン、右肩のキャノン砲、左肩のミサイル、背中のバズーカを一斉に掃射する事はスミスの計算では考えられていない動きだ。ゆえに、内部フレームが軋み、機体全体が、それを支えるニーアにも通常よりも重い反動を与える。

 だが、今はそんなものに構う余裕なんてないのだ。ニーアは肉体のダメージを無視し、攻撃を続ける。

 一方、ニーアに相対して攻撃対象であるギアアーマーを狙撃しているグレイであったが、そのスコープの先の光景に違和感を覚えていた。


「なぜ、ダメージがない……?」


 ニーアの一斉砲撃は肉体の負担をかける代わりに異常な攻撃力を有する。元来、人間に対しては過ぎた武装であるバズーカやミサイルを積んだ機体なのだからそれは当然の事だ。だが、ニーアの砲撃を受けてもなお、そのギアアーマーは健在であった。

 グレイは最悪の予想をし、果たしてそれが本当であるかを確かめるために、腰に装着していたグレネードランチャーを使用しスモークグレネードをギアアーマーに撃ち込んだ。威力もないその攻撃。だが、結果的にその行動はニーア達の砲撃が全くもって無駄である事を示す。


「……バリアー、だと」


 放たれたスモークグレネードの軌跡を狙撃銃のスコープを介して観察していると、そのグレネードがギアアーマーに到達する前に爆発する事を発見したのだ。そして放たれた煙は、ギアアーマーを中心にまるで透明の球体が形成されているような形を浮かび上がらせて、ギアアーマーを避けた。

 この技術を言葉にするのは容易だ。何せ、この技術を開発した技術者がホウセンカの艦長をしているのだから。彼女が作り上げた高コストであるが強力なオーバーテクノロジー。

 しかしツバキはこの技術を内密に扱っていた。行き過ぎた技術、それを生み出してしまった者として責任を持ってその技術は秘匿していたはずだ。

 だが――――ツバキは唇を噛んだ。


「世界機構、その議員が敵なら……」


 ホウセンカで自分が生み出した技術が牙を剥いた瞬間を確認したツバキは、自分が無意識の内に行ってしまっていたミスに気付く。世界機構に所属していた頃、バリアージェネレーターを内蔵した機体、RRを世界機構の技術者に任せていた事があった。整備程度の軽度な事だ。だが、もしそこで技術の漏洩が行われていたら……その想像が現実であれば、今のこの光景も想像がつく。

 アカルト議員が持ち出したギアアーマー。その最大の矛の弱点は莫大なエネルギーコストとその巨大な図体だ。精密機器の塊であるギアアーマーに防御力を見込むのは見当違いで、撃たれ弱い欠点を持つ。しかし、そこにツバキ自身が生み出した最強の盾を組み込んだら……それこそ、ギアアーマーは真の意味で対戦場兵器と成り上がる。

 師であるトロイド博士が生み出した、全ての生命を破壊する最大の矛と、弟子であるツバキが生み出した、個を中心に身を守る最強の盾。皮肉なのか、それは時代を切り開こうとした技術者の技術を終結した兵器だったのだ。


「ハハハハハハッ!!」

「グゥッォ!!」


 全てを破壊し全てから身を守る最悪なる兵器に高笑いを隠せないガルトラに対し、ヒューマは食い下がるしかない。ギアアーマーの破壊が難しいのならば、その核となるこのギアスーツの破壊が先決だが、それもまた辛い状況であった。ヒューマの刃は敵に届かない。幾多もの刃に阻まれて、敵の破壊を行えない。

 ヒューマの援護は不可能。二人の戦いは他者が阻むのが難しいほど高機動な戦闘を行っている。銃撃を行っても、ヒューマに当たる可能性は否めない。

 キノナリの計測による発射時間のカウントダウンが進む……。



      ◇◇◇◇



「クソッ!」


 スミスがギアスーツデッキで悪態を吐き、鉄で出来た壁に拳を叩きつけていた。最悪な状況で、何もできない自分に苛立っている。技術者はいつもそうだ。最悪な状況なのに自分達では何もできない。それが、スミスには解っている事だがとてもじゃないが我慢できるものではなかった。

 他の技術者も悔しそうな表情を浮かべる。だからこそか。彼女がそこに現れた事に気が付いたのは、スミスだけであった。


「マリー! 何やってんだ!」


 マリーがギアスーツデッキに入り込み、そして生身でスターターデッキに足を揃えていたのだ。そしてまるでギアスーツの装甲を待っているようにしていた。危険であり意味が解らない行動。しかし当人であるマリーは真剣な表情でスミスに訴えかける。


「これを使えば、ニーア達と戦える。だから出してスミス!」

「バカ! コアスーツもなしに、いやそれどころか――――」

「皆が嫌な顔してる! 誰かが何か変えないと!」


 マリーの無理矢理な言い分に頭を痛めるスミス。マリーの言い分は尤もだが、そのために彼女が戦闘に出ると言う結論はおかしい。それにそんな事をしてしまえば、ニーアが絶対に怒る。

 だが彼女の言い分は正論だ。この状況を変えるには何かをしないといけない。諦める時間なんてない。何もしないで諦めるか。何かして諦めるか。いや、諦めるなんて事をしてはいけないのだ。信じて送り出した仲間が諦めずに戦っている中で、送り出したスミス達が諦めてしまったらいけない。

 スミスは――――マリーを見つめながら必死に探した。自分の知識の中でこの最悪な状況を突破できる手段を。たった十数年しか生きていない。でも、その十数年の中で自分に色んな事をを教えてくれたツバキの知識を。

 ――――なんでもいい! 皆が生き残る方法を探せ。外法でも、強引でもいい。ツバキさんがオレに語ってくれた夢、仲間が教えてくれたやり方、なんでもいい! 引っ張り出せ。オレの人生、全てから!

 その思いは、計らずか、彼女に一つの夢を思い出させる。それはツバキの語ってくれた夢の中にあった、一つの拘りであった。そしてそれを思い出すと共に、彼女の記憶にあった知識が一つの道を作り出す。


「……盾を破る手段……捕虜のギアスーツ……オートコントロール……」


 散り散りになっていたその言葉はスミスに確信をもたらす。できるかもしれないという希望。ほんの数パーセントの可能性。不確定要素の多い手段。

 だが、それがどうした。全てが繋がったスミスは、自分の中にある不安感にそうハッキリ言い切ってやった。見つけ出した手段に迷いはない。一パーセント、いやたとえそれがゼロパーセントの領域に入ったとしても、そこにそうなり得ると言う可能性があるならば、それを信じて突き進むしかない。

 一瞬だけ、ニーアの事を想った。彼は怒るだろう。でも、それならそれでいい。嫌われたってもいい。震える心なんか無視してしまえ。今はこれしかないのだから。


「マリー! お願いしてもいいか」



     ◇◇◇◇



 幾度も行われた刃の交差は、ギアアーマーの不気味にも澄み渡るかのような女性の声によって止められた。単純なものだ。エネルギーのチャージが終わったと、そうとだけを伝えたのだ。

 作戦失敗。ギアアーマーどころから、ギアスーツも破壊できずに止められなかった。肉体のダメージもあるとはいえ、皆の命が懸かっているこの状況下で成す事が出来なかった。

 何度も交差した事によってボロボロに刃こぼれを起こし始めた右腕の剣、ルベーノを突き立てようとするが、それも最初と比べて力弱い。ヒューマの肉体的ダメージも限界を迎えつつあった。


「……やはり、お前はあの化け物には遠く及ばない」


 男はそう呟いた。ゆっくりとギアアーマーに収まり、そしてギアアーマーを身に纏う。海上で相対する眼前の過去の英雄を騙る男を見下し、ギアアーマーのコンソールを握る。

 男にとって戦いは愉悦であった。しかしそこに終わりは来る。それが今だ。それもまた失うと言う意味では愉悦であり、快楽である。


「この海でェ! 藻屑となりィ! 散り果てろォッ!!」


 偽物がァッ!!――――その叫び声は、ヒューマにはもう聞こえていなかった。

 放射される光。バイオスフォトンは光子だ。それが集えば綺麗な光にもなるだろう。それがたとえ生命を破壊する災悪なる光であっても。その光が全てを飲み込まんとしても。

 そして、綺麗な災禍の光はヒューマの世界を包み込んだ――――

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