第34話:天国―Phantom―

「なぁなぁヒューマ。子供達の服の経費、博士の財布から落ちねぇかな?」

「無理だろ」

「えぇッ!? ちょっ、俺のポケットマネーから出せってんのかぁ!?」


 ホウセンカのフリールームでテルリは、持っていた紙コップを強く握りながらヒューマの適当な言葉に嘆きを叫んでいた。ツバキから給料は振り込まれているが、まさかそこから出さないとならないと思うと、テルリの泣き言も理解はできる。

 テルリがこうなったのも実はヒューマのせいであるが、ヒューマはあえて何も言わない。子供達を、恐らくは仕事が無くなるだろうと、テルリに勝手に預けたのはヒューマである。そして、その結果がテルリに懐く子供達であった。テルリのフレンドリーな人格が受け入れやすかったらしい。そのため、ホウセンカ内のメンバー全員、満場一致で子供達担当はテルリとなったのだ。


「いや、服のセンスは博士やキノに任せた方がいいだろ! 俺、女の子の服なんてワンピースぐらいしか思いつかないぞ!」

「清楚な趣味だな。そこはテルリには期待してない。だから金だけ渡してくれるといい。あとは俺とキノでやる」

「結局俺の金かよぉーッ!!」


 テルリが頭を両手で押さえながら悶える。哀れ、テルリ。世帯を持たない上に給料水準がクルー内で一番高い彼がお金を出すのは仕方がない事なのだ。ツバキが出すのもやぶさかではないが、そこはヒューマの口添えも合ってテルリに任せる事にしたのだ。

 今でこそ結局、自分の財布の中身を確認している絶望しているテルリだが、最初にこの話を出したのはテルリ自身だ。それに、あくまで彼のケチな部分がそうさせているだけで、財布の中身は恐らく潤沢だろう。貧乏人だった故の、金を使う際の抵抗感が強いだけなのだ。


「それで、あの子達は?」

「あぁ、今は各部屋でゆっくりしてもらっているよ。警戒心はとりあえず解いてくれた。……あいつら、どうすんだよ?」

「置いていくわけにはいかない。少なくとも、しばらくはここから動けないのだから、戦艦で住まわせていいだろう」


 テルリの思っている心配とは違う回答をするヒューマ。実際、ホウセンカのエネルギーの再生産には数週間かかる。だから、空軍と海上防衛隊に連絡して、ツバキのコネでエネルギーの補給を頼んでいるが、それが来るまでにも時間がかかる。

 その間に海賊の拠点だった島の探索ができるからいいが、テルリが言いたかったのはその先の事だった。


「そうじゃねぇよ。それより先だ。……子供達に、戦争を見せるのかよ」

「…………」


 それもヒューマは答えられない。答える資格がない。何せ、被害者であるニーアを仲間として迎え戦力にしている時点で、子供達のこれからを決める権利はないのだ。

 だから、テルリには悪いと解りつつも、ヒューマは冷静に呟くしかなかった。


「決めるのはあの子達だ。だが、もし関わるならば俺達が護るつもりで行く」

「……はぁ。結局、俺達が頑張るしかないわけか」


 テルリは黒髪を掻き、大きく溜め息を吐いた。子供達を護るのが大人の義務、というのは絶対的な常識ではないが、それでもそう教えられてきた二人はそういう結論を出すほかない。

 勿論、補給に来た空軍や海上防衛隊に掛け合って連れて帰ってくれる可能性もある。だが、できればそれは、子供達の意志で決めてほしかった。少なくとも二人にとって、強制だけさせたくなかったのだ。

 戦艦を操る男とギアスーツを操る男は、小さな決意をするのであった。



     ◇◇◇◇



 海賊の拠点の捜索が始まった。ヒューマとキノナリは海賊の施設の管制施設を調べる予定で、ツバキとニーアはあの子供達が大量に死んだあの場所に来ていた。

 ツバキはいつもホウセンカの中で着ている白衣ではなく、まるで手術をする時に着る手術着に着替えていた。ニーアはいつものコアスーツを着て、ヘルメットだけを被っている。


「…………」

「……なにを、しているんですか?」


 ツバキが部屋に入ってから、死体の一つ一つに手を合わせて目を瞑っていた。まるで何かを念じるように、祈るように。その光景がニーアにとってはあまりにも異様に見えたので、思わずそう訊いてしまったのだ。

 ツバキは全員分の合掌を終えた後に、部屋の入り口で立つニーアに向かって優しく微笑んでこの行為を説明する。その目には少しだが、涙の跡があった。


「死者への祈り、もしくは追悼、というべきなのかもしれないわね。せめて、皆が死んでも天国に行けるように、って願っていたのよ」

「天国?」

「死んだ後に魂が導かれる、楽園よ」


 ニーアにはそれがとても滑稽な御伽話に思えたが、ツバキの真面目な表情にその言葉は飲み込まれる。ツバキの思想は、彼女の専門とする生物学としてはある意味で異端な考え方だ。


「昔話でね、人は死んだ後に天の上にある国に導かれるの。そこで彼らは幸せに暮らす」

「そんなの、ないじゃないですか」

「そう。結局これは御伽話。天の上には宇宙が広がっていて、国なんてない。でもね」


 ニーアは勉強で知った知識を語り、ツバキはそれを肯定する。人類は、進化する事によって昔話を否定してきた。天国も、地獄も、人魂も、神様も。全てが全て、科学や現実が明るみにしてきた。

 それでも、その思想が生き残っているのは、ツバキが語る思想があるからかもしれない。


「人が死んで、現実を知っていたとしても、その幻の国で幸せであってほしいと願うのは、間違いかしら?」

「それは……」


 たとえ、本当にその天国がなくとも。この世からいなくなってしまった者の幸せを願うのは間違いではない。ツバキにとってこの子供達は赤の他人だ。それでも、彼女がその光景に慈しみを覚えたのだから、彼女は彼らがせめて安らかなる幸せを、導きを願うだけなのだ。

 それはある意味ではエゴイズムなのかもしれない。無力な自分を棚に置いて、ただただ願う事しかしない。そんな、あまりにも無残なエゴイズム。でも、それは、戦う力を持たないツバキにとっては、自分が行える最大の方法でもあった。


「……まぁ、私だって本当に天国があるなんて思ってないけど。でも信じる事は出来る。私達、人間が認識できない物があってもいいじゃない」

「……僕には、詳しい事は解りません」


 ニーアはツバキの思想を全てを理解できなかった。ニーアはまだ未熟だ。勉強をして、死も知ってやっと人間的教養を得てきたばかりなのだから、仕方のない事だ。

 でも、彼が解る事はただ一つ。


「でも、死んでしまった人達を想う事は出来ます」


 そう言って、ニーアはツバキと同じように合掌をしていく。ニーアにとっても赤の他人に近い。それでも、彼らの苦労は知っているし、守れなかった悔しさもある。

 せめて、せめて彼らに、この世にはなかった幸せを。その願いが、ニーアが彼らに捧げる祈りであった。



    ◇◇◇◇



 同時刻、キノナリは管制室のコンピューターにアクセスをしていた。電子技術に長けている彼女がコアスーツに内蔵してるOSを使い、その内部データを洗い流していたのだ。

 しかし、どうにも状況は順調ではなかった。キノナリの表情に曇りが見えてくる。ヒューマは、そんなキノナリに助け舟を出す。


「ルビィにやらせようか?」

「いや、いい!」


 何でもできる上にプライドも高いのか、ヒューマの助け舟を断ったキノナリはヘルメットのバイザーに映るデータの海に更に集中する。ヒューマがついてきたのは効率化のためなのだが、こうもキノナリがハッスルしていると助けようにも助けられない。

 ヒューマはそんなキノナリを横目に、ルビィに小声に指示を出す。


「ルビィ。海賊の他の手掛かりになる情報を探してくれ」

「――――」


 ヒューマにだけが理解できる小声で返答した相棒であるルビィは、ヒューマのOSから管制室のコンピューターに入り込んだ。ルビィの得意分野、というよりは彼女の日常だ。電子の海は彼女にとってはホームグラウンドだ。


「あぁ! ヒューマ、ルビィ入れたでしょ!」

「効率化だ。頭に血が上ってるぞ」


 キノナリが吠えるが、ヒューマはそんなキノナリに冷静にそう言うしかない。ここから先はヒューマの仕事がないので、ヒューマは冷静にこれからを考える。

 海賊は恐らくこの拠点を捨てた。だから手がかりが見つからないのも、それを見越してか。だが、少なくとも何らかの跡は残っているはずなのだ。手がかりとなる跡が。絶対的なそれが。

 その日の情報収集は結局、なんの成果もあげられずに終了した。

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