One Way

島津鮎

序章

「おまえは私の子供を産んだ。」 

 唐突に、目の前の相手にこう言われて、驚かない人間が果たしているだろうか。

『産んだ』と。しかも過去形なのだ。身に覚えがないとか、取りあえずそういう問題ではない。話のあまりの突飛さに二の句が継げない。確か自分たちはそんな話をしていただろうか。

 木村ユキノは目の前の相手を見つめる。ひどく生真面目な顔をした同級生の、整った口元を見た。黒い瞳は静かだが、その奥にくるおしく、燃えるものがあるようだった。

(この人誰・・・)

 昨日まで、クラスで普通に過ごして、勉強して、そう放課後は一緒に委員会にも行った。本が好きなのだ。1クラスに図書委員は2人までで、なかなか人気の委員であった為、立候補者でじゃんけんになった。ユキノと一緒に勝ち残って4月から今まで務めてきたのだ。

 クラスで特別目立つ方ではなく、図書委員以外では接点もあまり無かった。

 いつも窓際の席で、外を眺めているか本を読んでいる。

『おはよう』『バイバイ』以外の会話の記憶がおぼろげだ。

 それなのに・・・それなのに。

 掴まれた手首が熱かった。相手の激情が肌から直接入り込み、胸の奥を焼いた。 息苦しくて、眩暈がする。ユキノは後ずさろうとして、よろめいた。

「逃げないで。」

 驚くほど強い力で掴んだ手首を引き、そのまま薄く血管の浮く部分に唇が当てられる。

 その瞬間、ゴウと強い音がユキノの身体を駆け抜け、瞬く間に広がっていった。

 意識が途切れる瞬間感じたものは、自分を抱きしめる腕の感触と、何故か悲しみに満ちた彼女の黒い瞳。

(どうしてそんなに悲しそうなの・・・?)

 すべては闇に飲み込まれていっても、ユキノの脳裏にはそのことだけが残っていた。


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