馬鹿と天才は紙一重
松本虎二郎
天才達の楽園
『この世界に天才など一握りも存在しない。その天才も周囲に潰される。周囲と比べ孤立する彼らだからこそ、凡才による保護が必要である。要するに天才と凡才には明確な区別をつける必要があり、同じ環境で生活するなど論外である。天賦の才は保護し、後に世界を導いてもらわなければならないのだ。』
というご高説が宣言されたのが3年前、天才だけを集めた学舎のようなものが完成したのが数か月前。そんな場所に何故入ることになったのかはよく分からないが、一つだけ言えることがある。
ガラス越しの月明かりが、淡く自室を照らす。こういう雰囲気の時は決まってヤツが来る。いや、正確にはある部屋に向かうのだが俺はそれを阻止しなければならない。
ベッドから音を立てないように立ち上がる。八畳ほどの部屋に並べられたのは大量の本棚。特にジャンルが偏っているわけではなく、専門書からライトノベルまで分け隔てなく並んでいる。音を殺して出口に向かうのは青いジャージを着た少年だ。後ろ髪には寝癖がついて、一部だけが跳ね上がっている。
そのまま部屋を出ると正面には別の扉がある。部屋の横にあるネームプレートには【
「なんだよ板垣、今日もいたのか。時間変えたのになんでいるんだよ」
少年の様な声を発するのは奥の部屋から歩いてきた少女だった。髪は長い銀色で、ルビーの宝石の様な真紅の瞳。成長が止まったかの様な幼い外見をゴスロリ衣装で包んでいる。その手にはニムラバスとか呼ばれているナイフ。このアルビノ少女、名前を
「頼む神原。向かい側の部屋で殺人事件だけは勘弁してくれ」
板垣と呼ばれた少年がそう言ったのを聞いているのか、瀬那は腰に手を当てつつこう言った。
「つまりあれか、お前も雪奈の歪んだ顔が見たいのか。なら仲間だな」
瀬那は嬉しそうにスカートをたくし上げると、そこから新たなナイフを取り出した。どう見ても同じナイフにしか見えないが瀬那からしたら違うらしい。ナイフをそのまま板垣に差し出すが、彼はそのナイフを叩き落とした。
「ちっがーう!いい加減そのぶっ飛んだ思考回路どうにかしろ!」
「……違うのか?もしかして邪魔しに来たのか?」
瀬那は理解できない様な顔をした。その表情は傍目から見れば人形のように可愛らしいと思えるだろう。しかしその表情は、板垣にとって疲労の象徴みたいなものだった。
「俺は言ったぞ。殺人事件は勘弁だと」
「つまり死なない程度に刻めばいいんだろ?毎晩のことだがなぜ邪魔しに来るのだ?」
少年は頭を抱えた。この学園に入って常識が通じない相手によく会うようになった。最近は自身の常識が正しいのか疑問になっている。それでもだ、目の前の少女は殺人に対してあまりに非常識だった。
「助けてくれ……」
誰にいう訳でもなく声に出す。どうしてこうなった。天才っていうのは変人だと認識していたが、ここの生徒は奇人だらけだった。
そのぼやきを聞いてか、目の前のドアが開いた。出てきたのは黒い髪を乱雑に切った少女、狩野雪奈だ。正面から見て左側だけ切るのを忘れているのか、サイドテールの様な髪型が非常にだらしなく見える。しかもパジャマがはだけて片方の胸がそのまま出ていた。藍色の寝ぼけ眼で2人を見ると、たった一言、
「トイレ」
とだけ言った。その姿を見た瞬間、瀬那は狂喜の声を上げた。
「さあ雪奈、今日こそ君の柔肌を僕に切らせてくれ!ついでに君の愛液を飲ませてくれると僕はもう死んでもいい!って邪魔をするなトーテムポール!今のは彼女なりの合意だぞ!」
「トーテムッ……?」
知ってたことだが、瀬那の頭はポップコーンだ。人間の脳とは構造が違うからアホみたいな解釈を平気でするし、変な呼び方だってする。右手に持ったナイフを振り回すが、板垣が後ろから抑えた。こんな物騒な相手でも、成長が遅れている少女は何の苦も無く抑えられるのは自明だった。
「いい加減にしろ!とりあえず今日はもう部屋戻れ!」
「嫌だ!僕は雪奈の顔が歪むところを見たいんだ!」
言い争いの中、雪奈は何も気にするそぶりもなく歩いて行く。そんな騒ぎをしつつ俺、
だからといって、なんで
馬鹿と天才は紙一重 松本虎二郎 @matsuji
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