暗黒の悪夢編

第1話 起きない人


 魔神ベルカーンの襲撃から一週間が経った。

 幸い被害はほとんど無かったけど、そんな事より何より大きな問題が一つ。


「フィオ、おはよ」

「…………」

「今日もいい天気だね。散歩したくなっちゃうぐらい……」

「…………」

「そういえば、アナザーさんはとっくに起きて仕事してるんだってさ。ねえ、フィオも早く起きなよ」

「…………」

「フィオ……お願いだから、目を覚ましてよ……またいつもみたいに遊ぼうよ……」


 そう。

 わたしにとって、世界中のありとあらゆる物事よりも大きな事件。


 アナザーさんと合体してベルカーンを倒したフィオ。無事に分離できたまではよかったんだけど……。

 あれから一週間経っても、彼が目を覚ます気配はない。

 ずっと、眠ったままなの。


「ミリーナさん」

「……なに」

「せめて軽いものでも口にしないと……」

「食欲ない。放っておいて」

「……でもっ!」

「…………」


 様子を見に来たプルミエディアちゃんを追い返し、膝を抱えて座り込む。

 フィオが目を覚まさないのに、何かを食べる気になんてなれるわけない。

 大丈夫、わたしはオーバーデッド。多少の無理をしたって死ぬわけじゃないもん。


 合体なんていうとんでもない事を仕掛けた張本人であるアナザーさんも、こんな事になるとは思っていなかったらしく、多忙な時間の合間を縫って色々と調べているみたいだけど、成果はなし。

 このままフィオが目を覚まさなかったら、わたしは……。


 眠り続けるフィオの横で泣いていると、何やらばたばたと慌ただしい足音が近付いてくるのを感じた。

 もう、今度は何?


「わっかりましたですわーっ!!」

「うるさい」


 大声と共にドアを開け放ち現れたのは、仕事をしているはずのアナザーさんだった。

 あまりにもうるさかったから、とりあえずぺしっと頭を叩いておく。


「痛いですわ……」

「何がわかったのさ?」

「そう! そうです! フィオグリフがどうしてグースカ寝続けているのか、ようやっとわかったのですわ!」

「ほんと?」


 胸を張ってドヤ顔をしているのが少し腹立つけど、期待せざるを得ない。

 フィオを起こす方法も分かったんだよね? ねえ、そうだよね?


「恐らく、わたくしと合体した事で遥か遠い記憶を思い出し、魔神であるベルカーンが最後の最後に悪足掻きしたせいで、フィオグリフは長い悪夢に囚われているのですわ! そうなると起きるのは早くても一年後。しかしそこまで待てるほどの余裕はありませんから、直接その悪夢に乗り込み、そして彼をぶっ叩いて起こしてやるのです!」


 うーん……?

 つまり、記憶の整理中って事?

 だとしたら、待ってあげた方がいいのかな。でも、たしかにフィオグリフ抜きでミルフィリアとの決戦が起きでもしたら困るし……。


 うん!


「じゃあわたし行ってくる!」

「お待ちなさい。たかが悪夢と言っても、あのフィオグリフが見ているものなのですから、一人では危険すぎますわ」

「うっ」


 悪夢の中に乗り込むってーのがどういう事なのかはよく分からないけど、たしかにあのフィオを苦しめるようなものなんだから、わたしだけじゃ不安が残る、か。

 本当なら一人で行きたいけど、それで失敗でもしたらどうにもならないもんね。


「人数制限はあるの?」

「こちらの事情も考えますと、四人程度がベストだと思いますわよ。あなたはどうせ確定として、他のメンバーは──」


 そこまで言いかけたアナザーさんだったけど、後ろから部屋に転がり込んできた三人に踏み潰されるという悲劇に見舞われた。

 哀れな……。


 えーっと、入ってきたのは──。


「話は聞かせてもらったわ!」

「フィオグリフにはなんだかんだお世話になってるし、私も行きたい!」

「暗黒神様が苦しんでおられるなら、ニャルが行かないわけにはいかないのです! マッハで飛んでいくのです! そしてご褒美としていっぱいたくさん可愛がってもらうのです! うへへ……」


 最後の変態がものすごく気になるけど、まぁこれで人数は揃ったかな。

 さっきも会ったプルミエディアちゃんに、世界が割れてからフィオと旅をしてきたというクリスちゃん。そして、変態魔王ニャルラトゥス。

 この三人が、部屋に押しかけてきた女たちの正体だ。


 メンツ的にもまあ妥当なあたりだと思う。だってこの子たち、ここにいても暇してそうだし。


「ぬあーっ!! あなたたち、わたくしを誰だと思っているんですの!? 豪快に踏み潰した挙句謝罪も無しなんて!」

「えっ、あっ、ご、ごめんなさい!」

「き、気付かなかったんです」

「あなたなんてどうでもいいから引っ込むのです! そしてさっさとニャルを暗黒神様の悪夢の中へと送るのです! さあ早く!」


 復活して早々文句を言うアナザーさんと、慌てて謝罪する二人。だけど、最後の変態のせいで台無しだよっ!


 えー……。

 ニャルの奴と一緒に行くのぉ? 普通に嫌なんだけど……。でも早くフィオを助けてあげたいし、贅沢は言っていられないかぁ。


「ニャルラトゥス……帰ってきたらお説教ですわ。アーキ翁から」

「にゃっ!? 何故です!? 解せぬのです! 断固拒否なのです!」

「やかましいですわっ!! まぁ、他の二人は……死なないといいですわね」

「「えっ」」


 あー。

 やっぱりそういう危険もあるんだね。


 ま、死ぬ時はフィオと一緒だって決めてるし、わたしは何も躊躇する理由なんて無いんだけど。

 うだうだ悩む暇は無いよ?


「ちょ、ちょっと待ってください。えっ、悪夢の中ってどんな感じなんですか?」

「知らないですわ。でも、恐らくフィオグリフの中の暗黒が、防衛機構となって襲ってくるだろうとは思いますわよ」

「それに殺されたら、普通に死ぬと?」

「ですわ。当たり前じゃありませんの。悪夢と言っても、一つの世界として成立しているのですから。死の概念もありますわよ」

「「……」」

「そんなモンが怖くて暗黒神様をお慕いしていられるわけがないのです! どんと来いなのです! ぶっ潰して突き進むのです!」

「単独行動は慎んでね、ニャルラトゥス。フィオを助けるために行くんだから」

「ニャルに命令していいのは暗黒神様だけなのですぅ!」

「なにおぅ!?」


 こ、こいつ……っ!!

 やっぱり腹立つ! ほんとこいつとだけは反りが合わないよっ!!

 あーでもくそぅ!! 絶対ついてくるよね!? 何を言っても無駄だよねフィオのためなら! あーもう!! そういうところだけはよく分かっちゃうのが悔しい!


「で! プルミエディア! クリス!! キミたちは結局どうなの! 来るの、来ないの!?」

「……行きます。ずっと助けられてばかりなんだから、今回こそは、あたしが彼を助けたい!」

「うー……行きます行きますよ! その、私だって助けられてばかりだし……。色々と被害を受けてる気もするけど……」


 うん。

 本当に、フィオにも仲間ができたんだなぁ。昔はずっとわたしと二人っきりだったから、素直に嬉しいかも。


 えへへ。

 待っててね、フィオ。


 今、会いに行くから!


「それでは早速いきますわよ? 全員、フィオグリフの前に集まりなさい。術式を起動して、悪夢の入口に飛ばします」

「うんっ」


 やっぱりニャルラトゥスの存在がどうしても気になるけど、仕方ない。

 わたしを含め、いつ魔神が襲来しても対処できるように全員準備は万端だし、覚悟もできた。たぶん。

 後は、悪夢の中に入ってフィオを探し出して助ければいい。


 きっと一筋縄ではいかないと思うけど、どんな困難が待ち受けていたって絶対に突破してみせる。


「ふぅ……緊張する……」

「同じく……あー、覚悟しろ私っ!」

「暗黒神様の悪夢ですかー、どんなところなのかワクワクですー。すーぐ助けて差し上げて、たっぷり褒めてもらうのです! うっふっふー、ニャルはいつ何時でもオールオッケーなのですー!」

「……アナザーさん、お願い」



 いざ行かん!

 フィオが見ているという、悪夢の中へ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る