第4話 転生神メフィストと愛と豊穣の女神テト、脱走する。


 広い広~い神域のとある一角。

 アタシこと転生神メフィストは、いつも通りに様々な世界を眺め、その中から適当な魂を転生者として招くために探している。


「あー、まったくもう。ミルフィリアの奴、片っ端からアタシの転生者を殺してくれちゃって! おかげさまで社畜のごとく働き詰めよこっちは! くぅー、忌々しいっ!!」


 あの方が居た頃は、アナザー様やあの方がたまにいらっしゃって、一緒に外界を眺めてのんびり過ごせていたのに。今はこうして休む暇も無いぐらいに各世界を睨む日々を送るハメになっている。それもこれも、あのグローリアとかいう馬鹿神が無能なせいよ! いっちょ前にいばる暇があるならさっさと「あっち」を安定させなさいよね!

 それに、あのミルフィリアという女勇者の存在も忌々しい。せっかくアタシが苦労して転生者を発掘してきても、あの赤髪ツインテールがそれを殺してチートを奪っていくんだもん。くそっ、くそぅ!


 転生者も転生者で、無駄に目立ってんじゃないわよ! だからあの女に目をつけられるんだっつーの!

 はー。次はもっと臆病なくらい慎重な人がいいわね。じゃないとすぐに始末されちゃうから意味無いもの。


「これまでに一体何人の転生者が殺されたのやら」

「数えるのも馬鹿らしいぐらい」

「はぁ、そうなのよねぇ……って!?」

「メフィちゃん、おつかれさま」


 び、びっくりしたー!!

 独り言を呟きながら転生させる魂を探していたアタシの隣にいつの間にか現れ、声をかけてきた神の正体は、“愛と豊穣の女神”、〈テト〉。見た目は可憐な銀髪の小さな女の子だけど、アタシたち正なる神々の中でもかなりの古参だ。アタシもそうだけどね。


「どうしたの、テト。何か用事?」

「おつかれのメフィちゃんのお手伝いをしようと思って。わたしはどこでも仕事ができるから問題ない」

「本当? さすがテト、ありがたいわ」

「ぶい」


 アタシとテトは、人をはじめとする下界の生物たちを塵芥以下の存在としか見なしていない大多数の正なる神々とは違い、日々を懸命に生き、アタシたちにエネルギーを供給してくれる人間や動物たちに友好的な、変わり者の神として知られている。

 というか、そうでもないと転生神やら愛と豊穣の神なんてやってられないしね。


 でも、正直言って馬鹿神連中と付き合うのもさすがに嫌になってきた。できることなら、アタシも下界に降りてみたい。というかぶっちゃけ、復活したアナザー様やあの方にお会いしたい。社畜のごとき神生活に疲れたのよ。


「ねぇ、テト」

「なに」

「脱走しない?」

「下界に?」

「そう。あの方にお会いしたい。会って昔みたいにまた可愛がってもらいたいのよね」

「メフィちゃんはいつまでも子供」

「だって……」


 幼女の見た目をしたテトに、子供と言われるなんて思わなかった。

 ぶー。どうせアタシはいつまでもお子様ですよー。

 そんな風にむくれるアタシを尻目に、いつも無表情なテトが突然真剣な顔つきになった。

 な、なになに? 急にどうしたの?


「メフィスト」

「う、うん」


 テトがアタシの名を省略しないで呼ぶなんて事は、相当にやばい状況が迫ってきていないと起こり得ない。

 と、いう事は……。


「魔神が復活してる。このままじゃ下界どころか神域ここまで危険」

「……へ?」


 ま、魔神? えっ? 魔神? あの?

 遥か遠い昔の事だけれど、確かにあった大戦が頭に浮かび、ぶるっと身震いする。

 あの方とアナザー様が居なければ、今頃世界を統治していたのはアタシたち正なる神々ではなく、奴ら……魔神の方だっただろう。そう思えるほどに、壮絶な戦いだったの。


「幸い、下界にはあの方とアナザー様がいらっしゃる。グローリアのクソ神なんかよりも、よっぽど頼りになるはず」

「う、うん。それはそうね」

「だから──」


 いつもはアタシが下界への脱走計画を話してみても鼻で笑うだけだったテトが、見た目に反して男前な表情で言う。


「──逃げよう、あの方たちの所に。ここに居てもわたしたちは死んでしまうから」

「それだけ、やばいってことね……」

「そう。どうせわたしたちが抜けても代わりの神が仕事の穴埋めをするだけだし」

「……うん。わかった、逃げよう。アタシとテトの二人で、下界まで。あの方……えっと、今はフィオグリフって名乗っていらっしゃるのよね」


 あの方ことフィオグリフ様の現在のお名前をなんとか思い出すと、テトはこっくりと頷く事で「正解」と告げてくれた。

 となると、早速逃げるための計画を練る必要が……。


「逃走経路は既に確保済み。時間も今から動けば大丈夫。というか、魔神復活の報告を受けて神域中が混乱してる今じゃないと、脱走するのは難しい」

「お、おう。動きが早いわね……」

「どやぁ」


 どうやら既に準備はできているらしい。つまり、自分一人でも逃げられるにも関わらず、わざわざアタシに声をかけに来てくれたのだ。さすがテト、優しすぎて涙が出る。


 よーし! そうと決まれば行動あるのみ! 元々、グローリアやらゼルファビオスやらなんてのに忠誠なんてまるで捧げちゃいないのよ、こっちは!

 アタシとテトのご主人様は、昔からフィオグリフ様だけだもの!


「ただ、問題があるにはある」

「へ?」

「たぶん、フィオグリフ様はわたしたちの事、ほとんど覚えてらっしゃらない。会話を盗み聞きしてたけど、そんな感じだった」

「がーん」


 ……ま、まぁあの頃から随分と経ったものね! 仕方ないわよね! フィオグリフ様ったら、昔から大雑把なところがあるし!


「だ、大丈夫よ! なんとかなるわ!」

「……まぁ、うん。じゃあ行くよ」

「おー!」


 地味にショックではあるけど、気にしていても仕方がない。

 アタシだって、そんな昔の事を一から十まで覚えているかと聞かれると、そうでもないし。あの大戦の事だって、魔神がいつどこから現れたのかとか、そういう細かい部分は覚えてないもんね。ただ、すっごく怖かったとしか。


 ……テトは神域の外からでも、大地に恵みを与え、祈りを捧げる者達に祝福を授けるという仕事はできるから問題ないけど、アタシは別。転生するに相応しい魂を見つけるには、どうしてもこの神域の設備を使う必要がある。だから、職務放棄する事になってしまうのだけど……。だ、大丈夫よね?

 それに、転生者を送り出してもどうせ狩られてしまうんだし。うん、大丈夫ね。あの赤髪ツインテールをどうにかしないと、転生者なんていくら居ても意味ないわ。


 それより何より、自分自身の命の方が大事だし、フィオグリフ様にお会いして、また昔みたいに頭を撫でて欲しい。


 微妙に不安を抱えながらも、それ以上に期待を胸に抱き、アタシとテトは神域から無事に脱走した。

 すぐに上に報告が行くでしょうから、追手が来ないように遠くへ逃げないと。


 まぁ、追手なんて出してる余裕は、たぶん無いと思うけどね。

 今頃神域では魔神にどう対処するか、正なる神々連中が雁首揃えて話し合っている事だろう。それでいつも通りくだらない言い争いが始まって、グローリアに一喝されて鶴の一声で方針が決まって終わる。

 奴らの事だ、どうせそんなオチでしかないはず。となると期待するだけ無駄よね。

 さっさとフィオグリフ様の所に合流して、魔神をどうにかしないと。


「テト、あの方は……」

「落ち着け。今探ってる」

「アッハイ」


 しょぼーん。

 なんだかアタシ、いらない子なような……。テトが何から何まで全部やっちゃってるし、申しわけない……。


 何か出来ることは無いかな?


「メフィちゃんは余計なことをしなくていい。わたしに任せて、そっちで弁当でも食べてなさい」

「うぅ~……」


 しょぼーん。

 アタシ、本当にいらない子なんじゃ……。


 いや、でも。

 余計な事をしない方がいいのかしら……。

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