第3話 Insanity Blaze Scream


 ヴァニティアリスの同族……つまり魔神たちを蘇らせるために、私ことミルフィリアはとある忘れられた秘境に来ている。


 うふふ、うふふふふふ。

 もちろん、マサヒロたちを連れて、ね。


「ひぃー、なんつー眺めだ! 立ってるだけでチビっちまいそうだぜ……」

「そう? いい景色じゃない」

「そりゃ、ミルフィリア様が女の子らしく怖がるなんて微塵も思っちゃいなかったっスけど……ほら、あれ」


 さり気なく失礼な事を抜かしているマサヒロが指差す先には、めちゃめちゃへっぴり腰でよぼよぼと歩くコスモスとルミの姿があった。

 なるほど。つまりあれが「女の子らしい」とでも言いたいのね?


「ひえぇ~……! お、落ちる! 落ちちゃうわよぉ~……!」

「わわわ、お、押さないで~! 落ちて死んじゃうってぇ!」

「「…………」」


 想像できる? 私があんなリアクションしている姿。想像できないわよね?

 っていうか、ビビりすぎよ。まっすぐ歩けば落ちやしないっての。まったく……。


「ほら、行くわよ」

「おーいぃ、てめぇら! 置いてかれんぞ~!」

「「わわ、ま、待ってください~!!」」


 はぁ。

 なんだか調子が狂うわね。


 ノロマな彼女たちに苛立ちつつ、私は先へと進んでいく。

 確かヴァニティアリスの記憶によれば、かつてここで、アナザーがとある魔神三兄妹と戦い、そして滅ぼしたのよね。

 でも、魔神ってのはどいつもこいつも異常な程にしぶとくて、一度や二度死んだ程度じゃその魂はダメージ一つ負わない。これは既に検証済み・・・・だから間違いないわ。

 そうよね、ヴァニティアリス?


『うむ、そうじゃな。現に最奥部からは彼奴らの残滓を感じる事ができるからのう。これは、放っておいてもその内復活するんじゃないか?』


 へぇ。本当に、どれだけしぶといのやら。ちょっとだけその不死性が羨ましいわ。


『お主も同じようなもんじゃがな』


 はっ、違いないわね。


 ひたすら歩いていくと、やがて禍々しい気配を漂わせる洞窟に入った。どうやらお目当ての魔神三兄妹はこの奥に眠っているみたい。

 そんな時、ふとヴァニティアリスが呟いた。


『……そういえば、ベルカーンの奴もこの近くで倒されたんじゃったかのう。あやつの気配が見当たらんのが気にかかるな……』


 ベルカーン? そんな名前、知らないわよ? どういう奴なの?


『ん、うーむ。妾配下の魔神どもの中でも特に大きな力を持った大幹部が十三柱おってのう。その中の一柱がベルカーンじゃ』


 大幹部、ねえ。

 あなたにもそんな趣味があったのね。なんだか子供が喜びそうじゃない。


『やかましい。彼奴ら十三魔神将を吸収できれば暗黒神にも対抗できると思うのじゃがなぁ』


 そう。

 それは探すしかないわね。


『……現金な奴め』


 なにか?


『な、何でもないぞ? は、はははー』



 騒ぐマサヒロたちを無視し、ひたすら進む。

 すると、徐々にフィオグリフの“暗黒”にも似た黒い霧のようなものが視界を遮るようになってきた。


 ん、モンスターね。


「ヴオォオオオオ!!」

「邪魔」

「ヴオオオッ! ……ヴォッ?」


 立ち塞がった巨大な熊のようなモンスターを、抜いたラグナロクで一刀両断した。

 熊は斬られた事に気付いた素振りすら見せず、叫び声を上げたまま消えていく。


「弱い」

「いやいやいやいや! 今の奴、俺たちだったら余裕で死んでましたからね!?」

「あっそ。さっさと行くわよ」

「う、ういーっす」

「「……暗い、怖い、寒い……」」


 マサヒロたちが敵わないとなると、普通の人間には到底立ち入れない魔境ってわけね。疑っていたわけじゃないけど、やっぱりここは正解だったみたい。

 無駄足を踏む事にはならなそうで安心したわ。


 ユキムラの奴も連れてくればよかったかしら?


『いや、彼奴は“十三将筆頭”シンファドリークを復活させる時に使う予定じゃからな。しばらく引っ込んでおってもらわんと困る』


 はいはい、わかっているわよ。ちょっと言ってみただけじゃないの。口うるさい婆さんは嫌われるわよ? って、シンファドリークが魔神十三将とか言うヤツのリーダーだなんて初めて聞いたのだけど?


『なにおぅ!? 妾はいつでもピチピチの美女じゃい! 失礼なやつめ! ん? あ、ああ。そ、そうじゃったかな。すまんすまん、後で詳しく教えてやるわい』


 ……こいつ……。


『おっ、発見じゃぞ!』


 逃げたわね? まぁいいけど。

 完全に辺り一帯が黒一色に染まり、まるで時が止まっているかのように音すらも一切無いこの場所に、それはあった。


「こりゃぁ……」

「う、うぇっ……」

「め、目玉が……絡みついてる?」

「相変わらず魔神ってのは気持ち悪いわね」


 三兄妹とか言ってたけど……。

 こんなの、性別なんてわかりやしないじゃないの。


 どろどろに腐った逆三角形の肉体に無数の目玉が絡みつき、それぞれ黒目の部分が口になっている。

 三……兄妹……? どこらへんが……?


『これは驚いたのう。既にここまで再生しとるとは。再生能力が昔より上がっとるんじゃないか?』


 ……ふーん……。

 ま、いいわ。


「…………」

「「えっ!?」」


 じぃーっと魔神三兄妹を眺めていたマサヒロたち三人の背中を蹴り飛ばし、視線の先にある魔神の肉体に突っ込ませた。


「ごぼべぼ!? げほぁっ!! み、ミルフィリア様!? な、なにを!?」

「…………」


 へぇ、あの肉体の中は液体状になっているのね。溺れかけているという事は、そういう事でしょう? これは、実に面白いものを見させてもらっちゃったわ。


「ま……まって!! 待ってください! ま、まさか、まさか!!」

「さ、ヴァニティアリス。やるわよ」

『うむ!』


 あー、鬱陶しい事この上なかったわ。

 何がミルフィリア様。汚らわしい異種族のメス二匹と、馴れ馴れしい転生者ゴミクズ風情が私の仲間面してんじゃないわよ。気色悪いったらありゃしない。近くできゃんきゃん喚き立てるヤツらを見て、聞いて、何回! 今すぐに処分したいと思ったことか!!


「……そ、そんな……そんなぁ!! こんな、初めから、わたしたちを生贄にするつもりで……? う、うそ……ですよね?」


 魔神三兄妹の肉体の中で必死にもがきながら、マサヒロが、コスモスが、ルミが、それぞれ叫んでいる。

 ああ、ああ。たまらないわ……!


 さぁ、古の魔神三兄妹!!


『ギル・ディアス・ルオーよ!! 妾と我が友ミルフィリアの呼びかけに応じ、幾億年の眠りより……甦れ!!』





「『貴様の中で溺れているそのゴミ共が、貴様への餌だ!!』」


 “死”をも焼き尽くす炎を燃え上がらせ、黒一色だったこの場所が瞬く間に赤く、紅く、赫く!! 染まっていく!


「ぎ、ぎぃぃぁぁぁ!!」

「痛い痛い痛い痛い!!」

「み、ミルフィリア様ぁぁ!! た、助けて! 何でもしますから! 何だってしますからぁ!! お願いだからたすけてぇ!! たすけてよぉッ!!」


 あはは。

 あはははは。


「『アハハハハハハハ!! たまらない、たまらないわぁ……! その怒りに! 悲しみに! 嘆きに! 恨みに!! ありとあらゆる負の感情に満ち満ちたその表情!! 私はその顔が大好きなの! 好きで好きでたまらないのっ!!』」


 アハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハアハハはははハハはははハハ!!


 赤い光が天井を突き破り、天高く立ち上り、空を割る。

 そして、轟音と大爆発をお供に──。



『大丈夫?』

『あ、あんた、は……?』

『私? 私はミルフィリア。古の勇者よ。さ、あなたも、お友達も、黙っていなさい。今助けてあげるから』

『た、助かる……のか……?』

『……ええ、もちろん。勇者に不可能は無いのよ?』


 ありがとう、マサヒロ。

 ありがとう、コスモス。

 ありがとう、ルミ。


 愛しているわ。

 私の哀れな害虫たち……!!



──魔神三兄妹が復活した。



『ヒャーーーハッハッハッハァァァ!! 俺様はあたしはボクは蘇った! 生き返った! ヒヒヒヒヒヒヒヒ……!』

「あ、おはよう。あなた……たち? が、魔神三兄妹ね?」

『そうだよお姉さん。そうだねお姉ちゃん。そうだなぁねーちゃん!! ヒャハハハッ!! た、ま、ら、ね、え、ぜ!』


 ……ねえヴァニティアリス。

 魔神って、こんな変なのしかいないわけ? フェルミタシアと大してノリが変わらないんだけど。


『……そ、そんなことは無いぞよ?』


 怪しい……。

 ま、いいけど。


「あなたたちの名前を教えなさい」

『嫌だな。嫌だね。やなこった!!』

「殺すわよ?」

『できるわけないよ。できるわけないね。無理無理だっつーの! ヒャハッ!』



 仕方ないからボコボコにして言う事聞かせようか。こいつらなんかムカつくわ。


『いや、だからギル・ディアス・ルオーじゃって。さっき妾が呼んだであろうが』

「うるさいわね。確認のため、本人たちにも聞いておきたかっただけよ」

『うわ、妾、信用無さすぎ……?』

「やかましい」


 こうして私は、魔神三兄妹こと〈ギル・ディアス・ルオー〉を配下に加えた。

 方法? 半殺しにして脅してあげただけよ? 簡単でしょう?

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