魔神ベルカーン編
第1話 勇者システム
そこに用意された私の部屋に、今。何故かミリーナが正座した状態で居る。
「……フィオ。お願いがあるの」
「うむ。それを聞く前にこちらから質問したい事がある。その剣はどこで手に入れた?」
何やら頼み事があるらしいが、ラグナロクを奪われたミリーナが、果たしてどこからこんな大剣を仕入れてきたのか。私はどうもそれが気になって仕方が無い。故にさっさと聞いてみることにした。
「あ、これ? えっとね、〈魔剣アルマゲドン〉って言うんだけど……」
「聖地に生えていたのを拾ったのでしょう? それぐらい知っていますわ」
「そうそう……って、わぁっ!?」
「ん? アナザーか。どこから湧いてきた」
「わたくしはゴキブリか何かですの!? 普通に入ってきただけですっ!!」
椅子に腰掛けている私と、床に正座しているミリーナ。この部屋には先ほどまで二人しか居なかったのだが、いつの間にかアナザーが入ってきていたらしい。わざわざ気配を消して現れる必要性はどこに?
まぁいい。
「聖地だと?」
「うん。わたしが、勇者になった場所。なんで聖剣じゃなく魔剣があったのかはわからないけど」
「お前が勇者に……という事は、つまり」
「ええ。勇者生誕の地、ですわね。歴代の全ての勇者たちが、必ず訪れる場所ですのよ」
「そんな場所があったのか……」
なるほど、これは思わぬ知らせだ。
流れ的に、何故勇者などというものが生まれたのか。そもそも、勇者とは何なのか。ここで聞いてしまう方がいいだろう。
「ミリーナ。そこはどこにある? 何という名前なのだ? まさか、“聖地”だけ、などというシンプルなものではあるまい」
「……ごめん。わたしからは話せない」
「何?」
話せない? ミリーナが、私に? まさか隠したいわけでもあるまいし、つまりは、話したくても話せないのか。恐らく、何らかの制約……あるいは呪いのようなものがかけられているのかもな。
となると……。
「アナザー」
「おまかせあれ、ですわ。かの地の名は、〈霊峰ヴェンジェモア〉。この世界で最も高い山であり、“勇者システム”を考案した正なる神々が一柱……〈闘神ラース〉が住んでいる場所でもあります」
「……そうか、ラースが……。いや、それよりも。“勇者システム”とは何だ?」
遂に正なる神々の一柱が出てきたか。それも、よりによってラースとはな……。だが、そんな事より気になることを口走ったぞ、コイツ。
「ええ、お教えして差し上げますわ。勇者が何故存在するのか。何故、決まった周期で現れるのか。そして、何故あなたを狙うのか」
「ごめんね、フィオ。わたしが説明してあげられればよかったんだけど……」
「気にするな。その分ラースに地獄を見せてやるだけだ」
「……うん」
遂にわかるのか。
勇者とは何か。
私が平穏に暮らすには、どうすればいいのか。
「わたくしや正なる神々の連中は、わかりやすく“勇者システム”と呼んでいますけれど、正式には“魂力自動供給システム”と言いますの」
「魂力自動供給……?」
まるで何かの部品というか、機能のようだ。いや、実際その通りなのだろうな。神というのは得てして傲慢であり、人間をはじめ、あらゆる生物を“駒”程度の存在だとしか思っていない者がほとんどだ。
「ええ。“魂力”とはつまり、グローリアやゼルファビオスなどのトップクラスを除いた、正なる神々の面々が様々な活動をするにあたって必要なエネルギーの事。
これを最も効率よく生み出す生物が“人間”であり、“勇者”が人々の希望を集める事によって“魂力”を収集し、そのまま神域に転送。
そしてその時代に必要な分だけの“魂力”を刈り終えた“勇者”は、ミリーナのように神への反乱を画策する前に、暗黒神……つまりあなたの元に行くように思考誘導され、あなたに始末される事で役目を終えるのです。ミリーナの時は、この子の意思が強すぎた為に並の神では誘導する事ができず、わざわざゼルファビオスが出張ってきた、というわけですわ」
「……ふむ」
訂正しよう。
正なる神々にとって、あらゆる生物は、“駒”どころではない。
放っておいても勝手に生えてくる、都合のいい“糧”だとしか思っていなかったのだ。
要は、人間が作物を育てるようなものか。いや、それはおやっさんのように真面目に働き、愛を持って農作業をしている者に対して失礼だな。
そして、私は……。
「アナザー」
「……やっぱり怒りますわよねー……」
「神域の入口はどこにある? 正なる神々などこの世には要らぬ。全て私が滅ぼしてやろうではないか」
「お、落ち着いてよフィオ! 今はそれよりも、あの赤い女……ミルフィリア一派の事をどうにかしなきゃ!」
「……それはそうだが、神というものはつくづく傲慢に過ぎる。実にくだらん存在だ」
私が“ゴミ箱”として利用されていたのは、まぁ百歩譲って許してやろう。
だが、鬱陶しくはあったが、懸命に生きた勇者たちを、そして愛すべき人間たちを、一体なんだと思っている!!
覚えていろ、正なる神々どもよ。
貴様らは、必ず殺しに行ってやるぞ。
「それに、だ」
「うん? なんですの?」
「正なる神々を全て殺せば、“魂力”がどうこうというのを気にする必要も無くなるのだろう? ならば、私が勇者に狙われる事も無くなる。つまりは、私の目的も果たされるわけだ。放っておく理由など無い」
「それはそうですけれど。善神だって居るのですから、ひとまとめに皆殺し、というのはやめていただきたいですわ」
「そ、そうだよ? 例えばほら、愛と豊穣の女神ちゃんとかさ! 殺しちゃったらあっという間に大地が干上がっちゃうよ」
「ぐぬぅ……。だが、連帯責任という言葉があるだろう」
「全ての神々の雑務をあなたが引き受けるというのなら、何も言いませんわよ?」
「……わかった、殺す神は選んでやる」
「さすがフィオ。面倒は嫌いなんだね」
「まぁな……」
ちぃ……。
本当ならば一人残らず消し飛ばしてやりたいのだが、そうもいかぬようだ。小賢しい。これだから神という奴は嫌いなんだ。
となると、殺してもいい神は誰だ……?
まず、“闘神”ラースはアウトだ。勇者を生み出す元凶である以上、許す理由がない。
「あっ、フィオ。誰を殺すべきか考えてるんでしょ」
「む? そうだが。よくわかったな」
「そりゃあ、付き合いが長いからねぇ。キミが考えていることぐらいすぐにわかるよ!」
「……それではわたくしは消えますわ。なんだか甘い雰囲気になってきましたので。まったくやってられませんわー」
「うむ。またな」
「あっさりすぎません!? どうしてこう、あなたはわたくしに対して異常に冷たいのでしょうねえ!」
「やかましい。とっとと失せろ」
「うぬー……! ひどいですわー!!」
何やら喚きつつ、アナザーは走り去って行った。
まぁ、ミリーナの代わりに教えてくれたのだから、感謝はしてやるか。
さて。そもそもどんな神が居たかな……。
闘神ラースに、破壊神ゼルファビオス……。
光神帝グローリアに、軍神エイレス……。
罪神……はダメか。余計な仕事が私に増えてしまう。
奴は死した魂を集め、生前に犯した罪の数に応じて刑を考え、執行するという役割を持っているからな。私がそれを代行するなど、考えるだけで眠たくなる。
……ええい、考えるのも面倒だ!!
「決めたぞミリーナ」
「ん?」
「私に逆らった神は皆殺しだ」
「どこの暴君さっ!? それで必要な神まで殺しちゃったらどうするの! もっと真剣に考えなさい、このバカ!!」
「む、むう。ダメか……そうか……」
その方が手っ取り早いし、名案だと思ったのだが、ダメらしい。
……この件はミルフィリアと魔神どもを始末した後に考えるか。
だが、正なる神々が全員いなくなれば、勇者はもう生まれなくなるだろうし、私は平穏無事に生活する事ができるようになるのだ。どうにかしてそれを実現できないものだろうかな?
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