Side:ブレイブ聖王国の誕生


 ノストラ王国が首都、グランデ=エル・レリックズ。

 かつては古代の超文明、グローリアス王国の首都があったこの場所の目前に、今。私ことミルフィリアは立っている。

 手駒にした、フォンデルバル・クロスバーン公爵の兵を引き連れて。


 目的は単純明快。

 愚王を排除し、私の新たな王国を作り出すためよ。

 フォンデルバルの心を掌握し、公爵領を手に入れたのも、ハイラルをはじめとする数多の戦士達に力を与えたのも、全てはこのため。そして、これからのためでもある。


 人の力をもって神を排し、この世界を人の、ヒューマンの楽園とする。

 ただそれだけのために、私は戦ってきたし、これからも戦い続けるの。


『ふふふ……。そんなお主自体が、最も人からかけ離れた化け物であるのに、相変わらず面白い事を言うのぅ』


 ……ヴァニティアリスか。

 しばらく黙りを決め込んでいたくせに、今更出てくるなんてどういう風の吹き回しかしら?


『なぁに。どうやらわらわの存在を暗黒神に知られたようなのでな。そろそろ隠れているのも限界かと察したまでよ』


 へぇ。でも、彼が自分で気付いたというわけではないのでしょう? 妙に鋭い事もあるけれど、大概鈍いものね、フィオグリフは。


『うむ、うむ。その通りじゃ。かつての大戦でわらわに傷を負わせ、長い沈黙を守らざるを得なくした忌まわしき神が……。アナザーが、入れ知恵したのよ。まっこと、鬱陶しい奴じゃて』


 アナザー、ね。

 確か、人間が生まれるよりも遥かに昔の時代に、フィオグリフと共に最高神を務めていたのだったかしら? そんなのが今更出てくるなんて、やっぱり神ってヤツは面倒ね。殺しても殺しても、また湧き出てくるのだから。まるで黒光りする害虫みたい。


『ククク、まさにそちの言う通りよな。そのくせ、下手に力を持っておるものだから、尚タチが悪い。もしも暗黒神も同様に、仮に倒せても復活するのだとしたら、これほど厄介な事はあるまいて』


 それは確かに、厄介どころではないわね。元々、倒せたらこの上ない奇跡と表現しても差し支えないというのに、復活なんてされたらたまらないわ。

 二度もあの化け物を倒せる保証なんて、どこにも無いのだし。

 そう考えると、ただ倒す以外の方法を考えた方が良さそうね。


『そうさな。現実的かどうかはわからんが、封印してしまう他なかろう。フェルミタシアが、奴にそうされていたようにのぉ』


 ……かつてはフェルミタシアをブラックホールに封印したフィオグリフが、今度は逆に封印される。そう考えると、少し面白いかもしれないわね。


『ククク、確かに面白い。フェルミタシアの奴が大喜びしそうじゃな。よし、よし。それでいこうではないか』


 わかってるわよ。というか、それしか方法が無いのだから、そうするしかないでしょ。フェルミタシアがどうとか、そんなもの関係ないわ。


『ククク、そうじゃな。すまんすまん。我らにとって大事なのは、わらわとお主の願いのみ。それ以外はどうでもよい』


 ええ、そうよ。

 ヴァニティアリス。あなたには感謝しているし、私にとってたった一人の家族だとも思っている。けれど、他の奴らなんてどうでもいいわ。ただ私たちのために、私たちの願いを叶えるためだけに働いていればいいの。


 さて、長話が過ぎたわね。


「ハイラル」

「はっ!」

「首尾は?」

「我らの動きに気付き、王を守るために出陣してきました。が、問題はございません。ミルフィリア様の御加護を得た我々に、それを持たざる人間程度が敵うわけがありませんからな。ただちに大将の首級を上げ、蹴散らしてご覧に入れましょう」

「期待しているわ」

「はっ!! 必ずや、そのご期待に応えてみせます! では、申し訳ありませんが、少々お待ちください。すぐに貴方様のための道を用意致します」

「ええ」


 フォンデルバルと並ぶ、最も力を与えた駒であるハイラルが、私のナイトたちを率いて出陣していく。

 しかし、すぐに片付くでしょう。

 数の上ではこちらが圧倒的に不利だけれど、そんな事は何の問題にもならない。それだけの力を与えているのだから。


 この時代において、間違いなく最強の軍が、今、私の手の中にある。

 

『さて。ただ待っているのも退屈じゃしな。ここは一つ、ナイトどもの奮闘を観戦しようではないか』


 ええ、そうしてみましょうか。

 愚かなノストラの兵が、将が、現実を理解した時に絶望する顔を見るのが、今から楽しみね。



「ハイラル! 貴様、乱心したかッ!! 我らの都に攻め入るなど、何という無謀、何という恐れ知らずだ!」

「これはこれは、レーウェル王子ではありませんか。はっはっはっ、まさか貴方自らが騎士を率いて出てくるとは。何という無謀、何という恐れ知らず。その言葉、そっくりそのままお返しいたしましょう」


 ふぅん、なるほど。

 次期国王候補筆頭とまで言われている、第一王子のレーウェルが出てくるなんてね。

 まぁ、数だけで言えば普通ならこちらがあっという間に鎮圧されて終わる戦いだし、箔を付けるという意味合いが強いのでしょう。


 何せ、こちらは五万の兵で来ているのに対し、あちらはその十倍。五十万もの大軍なのだから。その上、地の利もあちらにあるとなれば、いきなり王族が出てくるのも、まぁ不思議ではないわ。


 でも。

 確かに一方的な戦いにはなるけど、虐殺されるのはあなたの方よ、レーウェル王子。


「どうやら正気を失ってしまったようだな! 聞けぃ、我が兵たちよ!! 目の前に居るアレらは、同胞などではない! 気が狂った自殺志願者どもだ! さぁ、好きなだけ戦功を上げよ! 私は無能が嫌いだが、有能な者には相応の対価を支払うぞ! 大金に溺れたいのなら、美女を連日連夜抱く日々を送りたいのなら、奴らを殺せ! 首級を上げよ!」


 完全に勝利を確信しているレーウェル王子が、蹂躙を前提とした演説で兵たちを鼓舞している。

 兵たちも兵たちで、あまりにも分かりやすく自分たちが有利だと理解できる状況にあるものだから、すっかりその気だ。

 あの中には奴隷の身分にある者も多いはずだけど、戦功を上げればそこから抜け出し、裕福で満ち足りた生活が送れるのだと、そう信じきっている。


『ククク……愚かよな。すぐに絶望を、恐怖を、とことん味わう羽目になるという事を知らずに、のぉ』


 さぁ、行きなさい。

 かわいい私の木偶人形ナイトたち。


「見よ、同志たち。奴らは愚かにも、我らに勝てるつもりでいるぞ。ミルフィリア様の御加護を賜り、祝福された我らに、だ」


 声を張り上げるレーウェル王子とは対照的に、淡々と、静かに、しかしよく通る声で演説するハイラル。

 そして、それが嘘のように、絶叫した。


「許せるかッ!! 我らを愚弄する事は即ち、我らの王であり、現人神であるミルフィリア様を愚弄する事と同義であるッ!! そんな愚物を、生かしておいて良いのか!?」

「「良いわけがない!!」」

「そうだ!! 奴らの存在は許されない! ただ殺すだけでは生温い!! ありとあらゆる苦痛を与え、絶望を与え、一族郎党全てを根絶やしにせよ!!」

「「殺せ!! 殺せ!!」」

「全てを殺せ! 全てを奪え!! 奴らの目の前で!! 奴らの娘を、妻を、財産を、何もかもを奪い去ってしまえ!!」

「「奪え!! 殺せ!! 潰せ!!」」

「さぁ行くぞ! 圧倒的な勝利を、ミルフィリア様に捧げるのだ!! そしてこの国を献上し、全人類にかの御方の祝福を授けるのだ!! それこそが我らの使命であるッ!」

「「うおお!! ミルフィリア様、万歳!!」」


 ……なんか、あれね。

 自分でやっておいてなんだけど、聞いていてすごく恥ずかしくなるわ。

 だって、あんなのただの狂信者集団じゃない。普通の人が見たら、頭がイカレているとしか思えないでしょうね。


 ほら、その証拠に。

 あれだけ勢いだっていたレーウェル王子の軍勢が、普通にドン引きしているもの。


 そして、狂信者の軍勢が凄まじい速度で進撃し……瞬く間に、レーウェル王子の軍勢を飲み込んだ。

 そりゃあそうでしょう。

 兵士一人一人が、千の兵に匹敵する戦闘力を持っているのだもの。ハイラルに至っては、勇者にだって勝てるかもしれない。ユキムラ相手はさすがに無理だろうけどね。


「な、なななな……!? ば、ばかな! ななな、なん、なんなんだ、この強さは!? こ、こんなの、勝てるわけがない! 勝てるわけがないではないかぁっ!!」

「逃がすな!! 一兵たりとも逃がしてはならん! 全て殺せ!! そしてミルフィリア様に捧げるのだ!!」


 ……なんか、私を邪神か何かだと勘違いしていない? さすがに、同じヒューマンの死体を大量に送られて喜ぶ程、特殊な性癖はしていないわよ。

 まぁ、異種族の奴隷の死体なら、多少褒めるぐらいはしてあげるけど。


 間もなくして、レーウェル王子も呆気なく討ち取られ、狂信者たちの雄叫びと共に、戦いは終わった。もうあの都……グランデ=エル・レリックズには、兵なんてほとんど残ってはいないでしょう。残っているのは王を守る近衛兵あたりでしょうけど、そんなもの何の役にも立たないわ。


「ハイラル」

「はっ!! ここに!」

「言っておくけど、ヒューマンの民を殺してはダメよ? 奴隷屋は、使えそうだから残しておいて、奴隷以外の異種族は全員殺しなさい。いいわね?」

「あの死体どもの家族はどうなさいますか?」

「……ヒューマンは殺すな。異種族は殺せ。今さっきそう言ったわよね」

「は……はっ!! も、申し訳ございません!!」


 こうして狂信者の軍勢が都に攻め入り、奴隷とヒューマンを除く、全ての民が殺された。もちろん、女子供でも容赦なし。容赦する必要もないし、心は私が簡単に掌握できるから全く問題は無いわ。


 奴隷となっていたヒューマンは一人残らず解放され、公爵領に溜め込んであった衣服と食糧を与え、真っ当な職に就かせる事を確約。

 逆に、異種族は貴賎を問わず虐殺され、都の外に全員串刺しにされた上で死体を晒される事となった。


 国王? そんなものも居たわね。

 頂点に立つのが、ハイラルでもフォンデルバルでも無いという事を示すため、生き残った民たちを全員大きな広場にまとめた上で、私自らが国王という名のオヤジを殺害。

 ノストラ王国の終焉を知らしめ、ヒューマンによる、ヒューマンのための、ヒューマンのためだけの理想郷……【ブレイブ聖王国】の誕生を宣言した。


 もちろん、国王を殺害した時点で、集まった国民全てを洗脳し、ハイラルたちと同様に私を狂信的に崇めるかわいい信者たちとしてあげている。


 ああ、なんて幸福な国家なのかしら。近いうちに、全てのヒューマンをこの国に集めて、全ての異種族を滅ぼしてみせるわ。


 さて。新しい国に生まれ変わったのだし、ノストラ王国が侵略を仕掛けていた国々と和解しなくては。

 特に、リムディオール王国には、フィオグリフが関わった事もあるというし、穏便に済ませるべきね。

 ああ、他の街にいる貴族たちも洗脳しないといけないし、忙しくなりそう。分身して、私総出で当たる事にしましょうか。


 気になると言えば、アナザーが接触してしまった事でいらない知識を得た、フィオグリフの動向だけど……。

 まぁ、なるようになるでしょう。

 あっちだって、グローリアがどう出てくるかわからなくて、迂闊には動けないはずだしね。

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