第5話 暗黒神と義骸魔神


 私を縛り付けていた大いなる枷を外し、最近まですっかり忘れていた、本来の力を発揮する時が来た。


 いや、まだ足りぬ気がする。

 私は、まだ何かを忘れているのか?


「……まぁいい」


 今はゴミクズを処理する事に集中しよう。


『ギャハハハハッ!! 漲る、漲るぜェェェ! やっぱり我慢はいけねえよなぁ? テメェもその気らしいし、俺様も一切出し惜しみはしねェぞォ!?』


 シェプファーに匹敵する程巨大化した私だが、フェルミタシアも同様に、宇宙の星々が小石に見えてしまう程の巨体となった。

 ここまでデカくなれば、遠い彼方に居るミリーナたちからも見ることができるかもしれない。


 ああ、久方ぶりだ。

 随分と、久方ぶりだな。


 もう二度と《アカシック・リミット》を解放する事など無いと、当時は思っていたが……。何が起きるかわからんものだ。


「さぁ、行くぞ!」

『来いやァ!!』


 四つの赤い眼を持ち、自分でも数え切れない程にある無数の腕。

 これが私の本来の姿に、最も近い。まだ忘れているっぽいから、確実にそうだとは言いきれんのだが。


 腕を振りかぶり、フェルミタシアの巨体を殴りつける。

 奴の身体が吹っ飛んでいき、無数の惑星がそれに巻き込まれて塵と化した。

 安心しろ、後で戻す。だからノーカンだ。


『おいおいおい、やってくれるじゃねぇか! おら、お返しだァ!』

「ふん」


 光を遥かに超える速度で奴が戻り、触手で攻撃してきたが、それを掴んでやった。

 そのままぶちりとちぎり、暗黒で包んで無に返す。

 しかし奴もわかっていたのか、あっという間にそれを再生し、再度攻撃してきた。


『小賢しいんだよォ!』

「それはこちらのセリフだ」


 何度も何度も繰り返し、ちぎり、再生し、攻撃し、反撃する。

 えぇい、このままではキリがないではないか!


 シェプファーを呼び出す事が出来ればいい話なのだが、そんな隙はない。

 どれだけ距離を離してみたところで、コイツはあっという間に追いついてくる。どうしても時間がかかってしまう詠唱など、挟み込めるわけがないのだ。


 ならば!


「喰らえッ!」

『オラァ!!』


 私とフェルミタシアは、同時に口から光を吐き出した。

 私のは真っ黒で、フェルミタシアのそれは真っ赤だ。


 光と光が激突し、無音のはずの宇宙に、バチバチとけたたましい音が響く。

 何故音が在るのか、細かい事はいい。だって理由とか仕組みとか、私知らんし。そういうのはシェプファーの奴に聞いてくれと言いたい。


「ぐぐぐ……!」

『ふんぎぎぎ……!!』


 押し込み、押し込まれ、光と光が激しい争いを繰り広げる時間が続く。

 時間を止めてみたところで、このゴミクズは普通に動けるから意味がない。そもそも神たるものに時間の概念を押し付ける事自体が無意味なのだ。

 どちらが勝つか、どちらが負けるか。

 ただひたすらに、根比べだな。


 ……いや。あまりミリーナを待たせたくはない。すぐにコイツを消し飛ばし、ぎゅっと抱きしめてやらねば。


「失せろ、フェルミタシアッ!!」

『なッ……馬鹿な!? くそ、くそっ、クソったれ!! 負けられるかァァ!!』


 ミリーナの涙を思い出した瞬間、力が湧き出た。

 私が放った光が、フェルミタシアの醜悪な光をみるみるうちに押し込んでいき、どんどん奴の巨体に近付いていく。


『クソッ、クソがッ!! 俺様を誰だと思ってやがる! 同じ奴に二度も負けるなんて、あっちゃならねぇんだよォ!!』


 そんな事を叫びながら、フェルミタシアは遂に私の光に飲み込まれた。

 だがこれで終わるわけがない。この程度で死ぬような奴なら、私はこれほど警戒してはいないからな。


 そして、案の定。

 奴は生きていた。

 触手が何本も消し飛んではいるが、生命反応もまだまだ大きい。


『……なんなんだ、なんなんだよ、テメェはよォ!? 俺様は無敵なんだ! 最強なんだ!! なのに、どうして! どうしてテメェには届かねえ!?』

「知るか。とっとと死ね。ミリーナが待っているのだ」

『あぁ、うぜぇ! うぜぇんだよ! 愛だの恋だの、そんなくだらねぇ感情に振り回されてるような奴が、俺様よりつえぇなんて有り得るはずがねェ!』


 ……む? いや、愛だの恋だのって、何の話だ? むむ? 私はミリーナの事が確かに好きだし大切に思っているが、そういう事なのか?

 思わず首を傾げて考え込んでみるが、どうにもわからん。


『何マヌケ面晒してんだコラ』

「いや、どうもわからなくてな。私が抱く感情は、そういう事なのか?」

『俺様に聞くんじゃねえよ。相変わらず、つえぇクセに締まらねぇ奴だぜ』

「うるさい」


 む。どういうわけか、途端に余裕を見せ始めたな、コイツ。

 何か隠し玉でもあるのか?

 思わぬ痛手をもらってしまわぬように、気を引き締めておく必要があるな。


『クソが。ここまで全部あの女の言ったとおりかよ。アイツ、どこまで見通してやがんだかな』

「……何?」


 あの女……恐らくミルフィリアの事なのだろうが、まさか、全てが奴の掌の上だったとでも言うのか?

 ここで私とコイツが戦い、そして私が勝つ事も、ミルフィリアの計画の内……?


『ギャハハハハッ! 笑える、笑えるぜ! なぁおい! あの女、本当に人間かよ? ククク、面白ェじゃねえか。ここまでユカイな奴は初めて見た』

「……何を言っている?」


 ああ、確定だな。

 “本当に人間か”と言うことは、神であるグローリアは当てはまらない。よって、コイツを復活させ、唆した犯人は、やはりミルフィリアだ。


 ……奴め、何を企んでいる?


『暗黒神よォ。俺様ちゃんは学んだぜ? 学んじゃったぜ? クソ腹立つが、俺様だけじゃテメェには敵わねぇ。だがよ、俺様の力をあの女に貸せば、もしかしたら、もしかするかもしれねぇなァ……』

「……貴様、まさか」


 くそ、ここで完全に仕留めるには火力が足りんか! やはり、私はまだ何かを忘れているようだ。今の力は、これでも本来の私には及ばない。だから、火力が足りないなどという屈辱を味わう羽目になっているのだ。


『ギャハッ、ギャハハッ! いいぜいいぜ、やっちゃうぜ!? 魔神どもを全て復活させ、あのミルフィリアとかいうガキに憑依させてやる! なぁ、面白ェだろ!? 今回はつまり、俺様とアイツからの宣戦布告ってわけだなァ! ギャハハハハッ!!』

「魔神を全て復活させるだと? そんな事をすれば、さすがにグローリアの奴も黙ってはいないぞ」

『上等じゃねえか! 元々、あいつら……正なる神々は全員ぶっ殺すつもりだったんだ! あっちから出てくるってんなら、神域を探しに行く手間が省けるってモンだァ!』


 なるほど、そう来たか。

 ミルフィリアの奴、どこまでぶっ飛んでいるのだ。いや、まずどうやって魔神の事を知った? 今目の前に居るフェルミタシアもそうだが、魔神どもは全員が遠い昔……それこそ、まだ人類がどの世界にも生まれていない時代に封印されているのだぞ。


 あの女、本当に得体がしれん。

 人間なのかどうかすらも、なんだか怪しくなってきたな……。


 ハデスの奴、実に厄介な女を蘇らせてくれたものだ。


『ギャハ、ギャハ、ギャハッ! そういうわけだからよォ、ここは逃げさせてもらうぜェ! また会おうぜ、暗黒神!』

「逃がすと思うか?」

『クク、捕まえられると思ってんのか? 分かってんだろうが、俺様はあの女にも既に憑依してんだぜ?』

「…………ちっ」


 おのれ、化け物め。

 コイツの厄介なところは、ありとあらゆる生命体に憑依し、その全てを消されない限りは絶対に本体は死なない、という事だ。

 つまり、目の前のコレを消したところで、コイツの一部を消すことしかできない。その上、あっという間に再生してしまうから、一部を消したところでまるで意味がないのだ。


 ここで私に敗北し、滅ぼされる事を考えて、予め避難先を確保してあったわけだな。相変わらず、小賢しい。


『ハハハ……本当に、長生きはしてみるモンだなァ? 俺様が人間ごときを気に入るなんて珍事が起きるとはよォ! アイツがどこまで行けるのか、見届けてやりたくなっちまったぜ!』

「死に損ないが、これ以上世界を引っ掻き回してくれるなよ」

『そいつは無理な相談だァ。世界を引っ掻き回して、めちゃくちゃにぶっ壊す事が俺様の趣味だからなァ!』



 とりあえず、ムカついたから消しておく事にした。

 だがすぐに再生するだろう。ミルフィリアの元でな。


 全く、面倒なことになったぞ……。

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