第4話 君の苦しみを、私は知っている。


 笑えるほどに巨大な剣と共に現れたミリーナだが、どうも様子がおかしい。

 目が血走っており、呼吸が荒い。その上、普段ならば神々しさすら感じる彼女の神気が、ありえない程に禍々しい気配を纏っている。


 私がいない間に、ミリーナの身に何があった? 事と次第によっては、絶対に許さんぞ。誰だ? ミリーナに手を出した阿呆は。


「フィオ、会いたかった~! も~、なっかなか見つからなくて焦っちゃったよ~」

「……ミリーナ」

「それに、それにさぁ。お邪魔虫がわんさか居るし~。邪魔、邪魔、邪魔ァ!! わたしのフィオに群がるなッ!!」

「おい、ミリーナ!」

「待っててね、フィオ。今、ぜ~んぶ片付けちゃうから」

「話を聞かぬか!!」


 やはりおかしいな。普段ならば、いくら興奮していても私の言葉が届かないなんて事は絶対に有り得ない。

 これではまるで、あの時の……。


 ……! まさか、またか? また、何かをしたのか? ゼルファビオスが……。


「あれあれあれ~? おかしいのです~。なんでまた居るのです~? ミリーナ……ラヴクロイツゥゥゥゥ!!」

「ちょっ、タンマタンマ! 落ち着けこの変態ッ! フィ、フィオグリフ様ー! ニャルラトゥスを止めてくださーい!!」


 ぬ!? い、いかん! ちょっと目を離した隙に、ニャルとミリーナが一触即発の状態になってしまっている!


 馬鹿でかい大剣を振るミリーナと、霊術を放ったニャルの間に慌てて割って入り、身体を張って何とか受け止めた。危ない……。


「「あっ」」

「落ち着け、お前達」

「フィ、フィオグリフ様……」

「フィオ? なんで? なんでなんでなんで? なんで邪魔するの? どうして? 退いてよ、そいつ殺せないでしょ!」


 ……うーむ。

 やはりおかしいな。私が一度ミリーナを殺さざるを得なかったあの時とそっくりだ。そっくりだが、何かが違う気がする。


 そっとミリーナの顔を見る。


「…………」

「…………」



 彼女は、泣いていた。

 泣きながら、狂気に染まった笑みを浮かべていたのだ。


『たすけて』


 そう、彼女が叫んでいる。

 心の中で、そう叫び続けている。

 他の誰に分からなくとも、私は分かる。私だけは分かる。


 そして、これは、あの時とは違う。

 となると、犯人はゼルファビオスでも、グローリアでも無い。



「そうか、貴様か……」

「え?」

「フィオグリフ……様……?」



 とうの昔に殺したはずの貴様が、何故ここに居るのかなど、今はどうでもいい。




 だが。

 だがな。




 ……許さん……!



「フェルミタシアァァァァ!!」

「……フィオ!」



 ミリーナをおかしくした犯人。

 それは、私とシェプファーが、遠い昔にきちんと塵も残さず滅し、宇宙の遠い彼方……ブラックホールに飲まれて確かに消えたはずの、“異界種の王”。


 〈義骸魔神〉フェルミタシア。


 よりにもよって、ミリーナの魂に寄生するとは、いい度胸だ。

 そんなに私を怒らせたいのか?

 ならば、見せてやろう。



『ギィィィヒャッハハハハハハ!! よぉよぉよぉ、久しぶりだな! 会いたかったぜぇ? 愛しの暗黒神様よォ!』

「な、なにあれ!?」

「気持ち悪いな……」

「み、見てるだけで吐きそうじゃ……」


 汚い笑い声と共に、ミリーナの背後に映る、気色悪い姿。

 まず中央に・・・巨大な手があり、そこに四つの口がついていて、更にその口一つ一つから無数の触手が生えている。そして、足はなく、宙に浮いている格好だ。

 触手の先にはまた口があり、そこから眼球がギョロリと生えている、異形という言葉ですら生温い程の気持ち悪い生物。

 それが、異界種の王。

 それが、〈義骸魔神〉フェルミタシア。尚、この名は奴の本名をこちらの言葉で発音できるようにいじったものだ。


『ヒャハハハハハ!! いいじゃんいいじゃん!? 随分とギャラリーを連れちゃってるじゃねえか、暗黒神よォ! こいつらぜーんぶ消し炭にしちまうぜ? しちゃうぜ、しちゃうぜ? いいんだな? あぁん!?』

「……貴様ァ……!」

「なんです、なんなのですぅ!? いきなり現れて生意気な奴なのです! ぶっ殺すのですっ!!」

「ほっほっほっ。確かに、儂ら魔王を前にして、随分と剛毅な事じゃて。のう、メビウスや」

「うん、アーキおじいちゃん。どうやらミリーナのヤツにへばりついてたみたいだけど、フィオグリフ様のお手を煩わせるまでもない! ここですぐ処理しようか!」



 黙れ。

 貴様ら、相手をよく見ろ。


 魔王ごときが何人居ようと、何万人居ようと、このゴミクズには敵わぬ。


「ヴィシャスッ!!」

「は、はイっ! 何でしょウ、フィオグリフ様!」

「すぐに私とコイツを遠い宇宙の彼方へ飛ばせ!! コレは、貴様らごときが手に負える相手ではないッ!!」

「エッ?」

「早くしろ、馬鹿者がッ!!」

「は、はイっ!!」


 この一瞬で、まずはミリーナとフェルミタシアを分離させる。わざわざコイツが出てきた以上、そんな真似は不要かもしれぬが、万が一ミリーナに何かあってはいけない。

 このフェルミタシアというゴミクズは、グローリアやミルフィリアよりも遥かに厄介だからな。うかうかしていると、私の仲間達があっという間に殺されてしまう。


『おいおいおい、いきなり俺様ちゃんと逃避行かよ!? 踊り出したくなるほど嬉しいぜ、暗黒神ッ!! これで誰にも邪魔されずに、テメェをぶっ殺せるってモンだァ!! 長生きはしてみるもんだなァ!?』

「抜かせ。ミリーナにこれ以上危害を加えさせないためだ。さぁ、覚悟はできているだろうな。この死に損ないが……!」


 無事に宇宙の彼方へ飛ばされた事を確認し、急いで空間を隔離。いくら遠いとはいえ、奴ならばここからでも元の世界へと攻撃できるはずだからな。だが、隔離してしまえば心配は無用になる。


『ギャハハハハッ!! あの女に言われてミリーナっつー小娘に取り憑いてみたがよ、馬鹿げてるほど効果絶大じゃねえかよ! たまには他人様の意見も聞き入れてみるもんだな? 俺様ちゃん、学んじゃったぜ!?』

「あの女、だと?」

『おうともよ! 驚いたか? まぁさすがの俺様ちゃんもよ、宇宙の牢獄に閉じ込められちゃ、脱出は不可能に近かったわけよ。でもそこになんと! 心優しい救いの姫様が、ってなァ! いやァ、驚いたぜ? まさか俺様ちゃんみたいな全世界の敵を、助けに来るような大馬鹿が居るとは思わなかった!』

「……そういう事か……」


 ふん。いくら異界種の王、恐るべき全生命体の敵たる存在、フェルミタシアと言えど、私とシェプファー特製の檻からは自力で抜けられるわけがないからな。

 しかし、女、か。

 そうなると、かなり絞られてくるな。グローリアか、ミルフィリアか……。まさか私も知らぬ誰かという事もあるまいし、普通に考えればミルフィリアあたりが無難か。愚かな事をしてくれたものだ。



 ……努めて冷静に分析する私だったが、この期に及んで飛び出したフェルミタシアの言葉に、ついに堪忍袋の緒が切れた。


『それにしてもよぉ、楽しかったぜ? あのミリーナっつー小娘の心に取り憑くのはよォ! 事情なんざ知らねえし興味もねえが、事もあろうに心の中でずっと叫んでやがるんだ! 助けて、フィオ、助けて。ごめんなさい、ごめんなさい、助けて……ってなァ! 笑わせやがる! テメェみてぇなバケモン相手に、ずっとだぜ!? ケナゲすぎて俺様ちゃん大爆笑だっつーの! 今時流行んねえんだよ、そういうのは!! ギャハハハハッ!!』


 ……ミリーナ。

 遅くなってすまなかった。

 お前ならば大丈夫だろうと、ずっと側で見守っていなくとも、お前ならば安心だと、高を括っていたが、私が間違っていた。

 寂しい思いをさせてすまない。

 辛い思いをさせてすまない。

 苦しい思いをさせてすまない。



「殺すッ!! 殺してやるぞ、フェルミタシア! さぁ、構えろ! 何万年越しか、はたまた何億年越しかもわからんが、ここで貴様に引導を渡してやる! 今度こそ、今度こそ! 塵も残さず消えてなくなれッ!!」

『上等だゴラァ!! キレてんのはテメェだけじゃねぇぞォ! よくも俺様をあんなクソみてぇな場所に閉じ込めやがったな! シェプファーの前に、テメェをぶっ殺してやるぜェェ!!』


 お前の苦しみは、他の誰が理解せずとも、できずとも、私だけは知っている。

 ミリーナ、もう少しだけ待っていてくれ。



《アカシック・リミット……解放ッ!!》

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