第3話 パンデモニウム・ゲイム②
“ユグドラの大森林”。古来より存在するこの地には、霊界の王がかつて植えた巨大樹があり、それに寄り添うように妖精たちが国を構えている。
尚、メビウスから聞いた話だ。
だが……。
「おっかしーなー。なんで妖精が誰もいないんだろ?」
「本当に妖精の国なのだろうな? まるで人気……いや、妖精っ気がないではないか」
「妖精っ気て……。でもたしかにおかしいね。もっとこう、わらわらーっと群がってきてもおかしくないのに、遠巻きにすら気配が感じられないなんて」
「ご主人様の霊力に当てられているのだとしても、気配が感じられないというのはおかしい。恐らく、何らかの理由でこの地を離れているのでしょう」
「でもぉ、妖精ってぇ、旅に出たりとかするものなのぉ?」
「んー、そんな習性はないはずだけどなぁ」
「となると、何かから逃げてしまった、とかか?」
「もしくは、既に殺されてしまっているか、かな」
「ふむ」
むう。ミリーナやプルミエディアを差し置いてまで、フィリルと合流しに来たというのに、誰もいないというのは些かつまらんな。おとなしく別の方に行くべきだっただろうか。
まぁいい。さっさとフィリルを探すとするか。
「居た。何やら異空間があるようだが、その中にフィリルがいる」
「グリモワールという魔王の根城でしょうか?」
「だろうな。他に異空間を使うようなやつがいたら、それはそれで面倒だ」
「あはは、たしかに……」
「便利なものよねぇ。誰が最初に編み出したのかしら」
「んー。たぶんアーキおじいちゃんじゃないかな。史上初の魔王だし」
「おじいちゃん……?」
〈原始王アーキ〉だったか。
詳しいことは記憶にないが、かつては正なる神々の一柱であり、グローリアの腹心だったジジイだ。が、ある日、主に反旗を翻すも、あっさり敗北。罰として下界に落とされ、神から魔王へと変じたのだ。
そういえば、あのジジイはメビウスのやつを孫のように可愛がっていたな。
しばらく顔を見ていないが、何をしているのだろうか。
「まぁ、そんなことはいい。さっさと行くぞ」
今はジジイよりフィリルだな。
霊力の揺らぎ方からして、戦闘しているようだし急いだ方がいいだろう。
◆
「なんだ、この塔は?」
「うえ、なんて悪趣味な……」
「骨と内蔵で作られた建造物、といったところかしらぁ? 気持ち悪いわねぇ」
「センスを疑いますね。グリモワールとかいう輩の住処でしょうか」
「アタシはこんなところには住みたくないなあ……」
例の異空間の出所にいくと、なかなかにグロテスクな塔があった。
満場一致の大不評であり、もちろん私もこんなイロモノに住み着くようなイカれた感性を持ってはいない。さっさとフィリルを見つけて帰るか。まぁ、邪魔をするようならグリモワールとかいう奴も消しておくが。
こっそりUターンしようとしているクリスを捕獲し、米俵スタイルで担ぎながら中へと入っていく。
そういえば、クリスの仲間についてだが、リムディオールのステラマリア王女が全力で探し出すと約束してくれたので、一旦放置している。連絡手段もきちんと受け取ったので、こちらは待つだけでいいというわけだ。
「お、おろしてよぉ、フィオグリフぅ……」
「ふん。逃げようとした罰だ」
「ちょっ、お尻撫でないでっ! も~! 離してぇ~!」
「おとなしくご主人様の寵愛を受けとるのです。女としてこの上なく名誉な事なのですから」
「は、恥ずかしいんだってば!」
「こんなに和やかでいいのかしらぁ」
「いいんじゃなーい? どうせフィオグリフ様は何言っても聞かないよー」
「まぁ、それもそうねぇ」
じたばたと暴れるクリスの尻を撫でたり、軽く叩いたりしながら、悪趣味な塔の中を進んでいく。
しかしまぁ、なんというか。
「無駄に広いな」
「そうですね。まったく、フィリルは何をしているのでしょう」
ここがグリモワールの住処だとするなら、中で戦闘しているらしいフィリルは、かなり危険な状況にあるはずだ。できる限り早く見つけてやりたいのだが。
うーむ、気配からして、もっと上の階か? さて、階段はどこだろう。
「フィオグリフ様ー」
「なんだ、メビウス」
「手分けして探しますか? たぶん目標はもっと上にいかないと見つからないだろうし」
「そう……いや、待て。天井をぶち抜いて行けばいいだろう?」
「「「はい?」」」
「なるほど、名案です」
「うむ」
何故かレラ以外の女たちには驚かれてしまったが、こんなだだっ広い塔をいちいち歩き回ってられるか。ショートカットするに限る。
そうと決まれば、拳を上に向け……。
「ちょっ!? そんなことしたら塔が! 塔そのものが! っていうか私を担いだままだよね!? ま、待って待って──」
「ふん」
「ごふぅっ!?」
天井に向かって飛び上がり、次々とぶち破りながら上っていく。
何やらクリスの奇声が聞こえたが……あっ。いかん。
「おい、生きているか?」
「のおおおおぅ……いったぁ……!!」
かなり上の階層にて着地し、気付く。
クリスを担いだままだと、彼女の身体にダイレクトダメージが入ると。
「し、死ぬかと思ったよ!? フィオグリフのばかぁっ!!」
「すまん。うっかりしていた」
「うっかりなんて次元じゃないよねぇ!? もう! いい加減おろしてよ!」
「う、うむ」
……ピンピンしているではないか……。
何もそんなに怒らなくても……。
私、しょんぼり。
「そ、そんなに落ち込まなくても……」
「……また、飯を作ってくれるか?」
「へ? それはもちろん作るけど……えっ、心配するのそこ?」
「うむ。なら良いのだ」
よかったよかった。これでへそを曲げて、二度と手料理を振る舞ってくれなくなるのではないかと思っていたのだ。
なぁに、クリス本人はこの程度では死ぬまい。
「ねぇ」
「なんだ? しかし、メビウスたちがついてこないな」
「ふざけんなこのバカグリフッ! もっと! 私のっ! 心配を、してよぉ!」
「お、おぅ? しかしだな、お前の強さは認めている。この程度で死ぬような柔な身体ではあるまい?」
「それとこれとは話が別っ! 女の子は心配してほしいんですぅ!」
「そ、そうか。すまない」
一階に置きっぱなしだったメビウスたちが追い付いてくるまで、めちゃくちゃ怒られた。その形相は、クリスと二人で世話になった夫婦の、奥方のそれを彷彿とさせた、とだけ言っておこう。
フィリルを拾ったら、クリスに何かプレゼントでもしてやるか? 果たして、何を贈れば喜んでくれるだろうか。やはり、指輪か? おやっさんが言っていた。怒った女には指輪を贈り、左手の薬指にはめてやるのが一番効くと。
うむ、うむ。そうしよう。
ありがとう、おやっさん。貴君の教えは早速役に立ちそうだぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます